第12話 刃物の男と魔道士

 地面すれすれを駆けるガラズチ。まるでトカゲが地を這うような素早い動きに、三人は一瞬圧倒される。

 ガラズチが最初に狙ったのは、パルヴィだった。

 パルヴィの間合いに入った瞬間、ガラズチは手にした長剣を斜めに薙ぐ。

 鎌鼬のごとき、素早い軌跡。

 それを後ろに跳んでかわすパルヴィ。だがすぐさま、もう片手の短剣が彼女に迫った。

 長剣を振れば、普通ならばわずかに隙が生まれる。しかしガラズチはそこからスピードを落とさず、パルヴィの懐に踏み込んできたのだ。


「――――っ!」


 どうにか短剣の腹でガラズチの短剣を払うことに成功するが、既に二撃目――またしても長剣が彼女の肩を斬りつけんとしていた。

 突然、ガラズチはそこで攻撃の手を止め、上に跳ぶ。

 エドヴァルドが、ガラズチの背後から拳を繰り出していたからだ。

 水平に放たれたエドヴァルドの拳は空を切る。しかし、追撃はしない。すぐにその場から離れ、距離を取った。同時にパルヴィもさらに後退する。

 何の前触れもなく、地面が激しく隆起した。

 ガラズチの落下の瞬間を狙った、ヘルマンの魔法であった。

 以前、エドヴァルドを傷だらけにした地の魔法の威力は、あの時と変わらない。

 だが、ガラズチは至って冷静であった。激しく隆起を繰り返す地面の頂点・・を見極め、トン、トンと軽業士のように跳躍していく。


「――!?」


 ガラズチが着地したのは、驚愕するヘルマンの前であった。

 パルヴィの時とは逆の軌道で、笑みを浮かべながらヘルマンに斬りかかる。

 ヘルマンは、その一撃を腕で受け止めた。

 ガキン――と、まるで金属同士がぶつかったような音が響く。


「おお? 腕を一本貰うつもりだったんだがな。これが混蟲メクスの身体能力ってやつか」


 剣が少し刃こぼれしたのを確認すると、ガラズチは剣を放り捨てた。そしてすぐに、体に括りつけた短剣の一本を抜く。

 少しでも多くの人間を狩るため――何より楽しむために、得物をその場で次々と使い捨てていく。それが彼の戦闘スタイルであった。

 新たな短剣でヘルマンの首を狙い、突くガラズチ。

 首に届く寸でのところで、またしてもヘルマンは腕でガードする。そのまま力任せに横に払うと、ガラズチの体勢が少し崩れた。

 その彼の背後に接近するのは、エドヴァルド。

 彼女の拳は、蒼い光に包まれている。打撃の威力を増幅させる魔法を使ったのだ。

 エドヴァルドはガラズチの頭を狙い、腕を振り抜いた。

 当たった、とエドヴァルドは刹那の間に思った。この軌道は避けようがない。

 だが――。


「なっ――!?」


 インパクトの寸前、ガラズチは背を逸らしたのだ。

 それと同時に、短剣を彼女に向けて放つ。短剣はエドヴァルドの二の腕に赤い線を引いて、茂みの中へと消えた。

 恐ろしいほどの身のこなしで避けながら、カウンターまで仕掛けてくる。

 ガラズチの底知れぬ戦闘能力に、得体の知れぬ恐怖が三人の胸の内に湧いた。

 この人間は、今までにどれほどの人間と相対し、ほふってきたというのか――。

 ガラズチが新たな短剣を体から引き抜いた、その時だった。

 これまでの喧噪とは比べものにならない、津波のような悲鳴が城下町から聞こえてきたのは。

 三人は一斉に目を見開くが、ガラズチだけは不適な笑みを浮かべていた。


「どうやらうちの王様もおっ始めたようだぜ。いつ聞いてもこの音色は興奮するねえ」

「――!」


 彼の言葉を聞いた瞬間、エドヴァルドは城下町に向けて駆けだしていた。

 今、あの場所にテムスノーの兵士はほとんどいないはずである。何せ、フライアやオデルたちの捜索に大半が出払っていたのだ。エドヴァルドたちと城に戻った兵士らは、現在王の警護に付いている。

 そのことを、エドヴァルドは瞬時に思い出したのだ。

 そして判断した。自分が止めなければ――と。

 ガラズチを前に逃亡する形になってしまうが、二人ならエドヴァルドの真意を理解してくれるだろうと思った。何より、二人に任せればこの場は問題ない、とも。


「お? せっかく楽しいところだったのに、メインディッシュが逃げ出してしまうとはな。一人で行ったところで、どうにかなるとは思えんけどなあ? まあ、お姫様・・・はさっさとお前らを片付けて追いかけりゃすむだけか」

「……俺たちも、お前をすぐに片付けて向かわせてもらう」


 ガラズチを見据えながら、静かに告げるヘルマン。


「あんたらでは俺を倒すのは無理だろ? 今ので実力は大体わかった。残念だが、お前らよりさっきのお姫様のほうができる」

「あら。随分と舐められたものね」

「短剣の扱いがなってねえ女と、やたらと頑丈なだけの男。まぁ開幕戦にしちゃあ楽しめたけどな。俺も次の場所に行くぜ」


 ガラズチは手にしていた短剣を地に放ると、また新たな短剣を引き抜き、構えを取る。


「残念だけど、あなたはここ以外の場所で戦うことなんてできないわ」


 パルヴィは自分の髪の先を、短剣で少し切り取った。不可解なパルヴィの行動に、ガラズチは少しだけ眉を寄せる。


「本気だしてあげるから」


 パルヴィは笑みを浮かべた後、『力ある言葉』を紡いだ。







 中庭に着いたラディムは、見慣れない人物を見つけ、足を止める。

 いや、さっき見た。 

 眼鏡をかけた藍髪の青年。紛れもなく、空を飛んでいた人物だ。

 その青年もラディムの存在に気付いたらしい。紫水晶のような目をラディムへと向ける。


「おや? 確か君は……」


 ぞわり――。

 ラディムは彼の声を聞いた瞬間、全身の血が逆流したかのような錯覚に陥った。

 忘れもしない、地下の一件の時に聞いた声。宝石の『向こう側』から、地下を操っていたもう一人の魔道士のものであった。


「あんただったのか……。まあ大臣のジジイが魔道士だと言った時点で、薄々そうなんじゃないかと思ってたけどよ……」


 魔道士を名乗る混蟲メクスであったのなら、それはそれでショックを受けていたであろうが、状況を考えると混蟲だった方がまだ良かった気さえする。言葉が通じる可能性があるからだ。

 だが、この魔道士には間違いなくこちらの言葉は届かない。魔道士が常識外の存在であることは、ヴェリスと話をして嫌というほど実感させられた。

 説得で事態が収拾しない。つまり、『力ずく』で止めるしかないわけである。


「ちょうどいい。君には一度会っておきたかったんだ。探す手間が省けたよ」


 笑顔を見せ、古くからの友人に接するように、手を軽く広げるペルヴォ。対するラディムは拳を握り、知らず一歩後退していた。

 彼の笑みの奥に潜む、底知れぬ黒い感情が伝わってきていたのだ。

 ヴェリスの時に感じたそれと、同じような感覚。内に流れる『蟲』としての本能が、危険だと警告を送ってきている。


「確認だけど、ヴェリスを殺したのは、君で間違いないんだよね?」

「……あぁ」

「そう、良かった。これで心おきなく殺せるよ。死が幸福だと思えるようななぶり殺しを、一度試してみたかったんだよね……」


 恍惚の表情で告げる彼の足元に、螺旋状の緑の光が発生する。光は上昇し、みるみる内にペルヴォの体を包んでいく。

 やはり魔道士は、詠唱を介さずに魔法を発動させることができるのか――。

 小さな恐怖と緊張感を内包しながらも、ラディムは冷静であった。どこか意識の外側から、状況を見つめているような感覚。

 ラディムは姿勢を低くし、ペルヴォの一挙一動を見逃さまいと、さらに彼を強く見据える。

 光がペルヴォの全身に行き渡る直前、ラディムは腕を交差した。


 ――来る。


「僕の研究対象は物言わぬものばかりだったからね。精々、良い断末魔を聞かせておくれよ!」

「大気よ! 我が身に宿りて荒れ狂う盾となれ!」


 瞬間、ペルヴォから放たれた緑の光が、ラディムの魔法と衝突する。

 緑美しい中庭は、激しい光と爆風に蹂躙じゅうりんされた。

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