第6話 聖戦士二人

 場所はイムラーヴァ、フェルナバール王国の辺境砦にもどる。アリエルが追いつめられた場所だった。

 火災に焼け落ちた砦跡で、ガレキを片付け、何かを探す一団。少し離れた場所に天幕とのぼりが立てられており、紋章はグラドロン教皇国のものだった。作業中の一団の中から、背の高い女が振り返って声をあげた。


「おおっと、見えたよロレント。隠し通路はこの下だ。さて、木ぎれが邪魔だね……」


 まわりの作業員を下がらせて、女は三つ編みにまとめたブルネットを背に払い、手に持った杖を構えた。地味な色のチュニック姿だが、服の上からもスタイルの良さが見て取れる。

 すこし離れた場所から、隙のない身なりをした青年騎士が駆けてくる。端正な顔立ちに金髪の美丈夫。慎重は一八〇センチを超えているだろうか。一見してただ者ならぬ威厳を身にまとっていた。


「おい待て、カレン。こんな所でお前の魔法を使うな。私の部下ごとふっとばす気か」


 騎士は片手を掲げて呪文を唱えた。あたりの地面からモコモコと影のような人型が生えてくる。目鼻立ちも確かならぬそれらは、通路の扉にのしかかっていた廃材を手際よく運びだした。精霊使役魔法の一種である。あたりの作業員が「さすがは……」と感嘆のつぶやきをもらした。


「失敬な。あたしだって手加減くらい心得てるよ。ま、先に行くからね」


 ガレキが片づけられた扉を、躊躇なくくぐる女。


「お前の手加減はあてにならん……」


 つぶやきながら騎士も後に続こうとしたのだが


「ロレント様お待ちを! ベレラカン王国の使者と名乗る者が!」


走ってきた部下に呼び止められた。整った顔が不快そうにゆがめられる。


「ベレラカンの連中だと! いまさら何を!」


 口調はとげとげしいが、無視はできないらしい。足音を荒げながらロレントは、ノボリの元の天幕に向かった。


 天幕の中で、騎士ロレントとベレラカンの使者カラニンは向かい合った。


「これはこれは四聖戦士のお一人、聖騎士ロレント・ジンバルさま。お目にかかれて光栄です」

「世辞は結構、カラニン卿。何の用でこんな廃砦に来られたのかな?」


 カラニンは、一言でいえば、二重アゴに笑い顔を貼り付けた男だった。外交官といえば聞こえはいいが、謀略・諜報畑で生きてきた食えない人物である。


「私どもにとって、今回の事件は非常に痛ましいものです。フェルナバール第三王女にして四聖戦士のお一人が、このような事件に遭遇されるとは。わが国におきましては、会談場所において住民総出の歓呼で迎えようと準備を進めておりましたものを……」


 カラニンの美辞麗句に、ロレントの顔つきはかえって険しさを増していく。


「……場所と時間と使節の人数を、把握した上での襲撃だった。フェル王国側が第三王女を傷つける理由がない以上、会談相手のベレラカン王国より情報が漏れたのでは? はっきり言うが、教皇国はその疑念を強く持っております」


 言葉の底に怒気がこもった声音だったが、張り付いた笑い顔は、それをあっさり受け流した。


「何をおおせられますか。我らとしても戦は望む所ではございません。和平の手がかりが得られるならむしろすがりつきたいほどですとも。その上、使者に立たれたのはまごう事なきイムラーヴァ全体の英雄のお一人。それを害して残るのは、国を問わぬ民草の怒りと非難だけでございます。ベレラカンにとって、何一つ益になることはありませんとも。ロレント様におかれましては、なにとぞわが国の真情を誤解されませぬように」


 立てた板に水の弁明に、ロレントも顔をしかめながらも切り込めない。実際、今回の襲撃の意味を測りかねているロレントたちだった。

 カラニンの弁とは裏腹に、ベレラカン側にすれば四聖戦士の一人アリエルが和平交渉の使者に立ってくるのは、うとましい外交上の一手のはずだ。民衆の面前で和平など訴えられたら、ベレラカン国民の戦意に間違いなく水を差す(それこそがフェルナバール側の狙いだったろう)。しかし「民草の前に立たせるわけにはいかないから殺してしまえ」は、いくらなんでもありえない暴挙だ。民衆感情を考慮すれば、なおさらに。

 と、その時


「失礼いたしますカラニン卿。無礼をお許し下さい。ロレントさま……」


会談に割り込んだ兵が一人。ロレントの耳元で何かをささやき、小さくうなずきあうと、再び天幕を出て行った。


「ええと……その……アリエルさまの安否について、何か進捗がございましたでしょうか……?」


 張り付いた笑い顔がわずかにほころんで、隠しきれない関心がのぞく。なるほど、その情報を得るための「使者」か。……まあ教えてやろう。隠し通せるものでもないし、伏せておく口実もない。


「砦の脱出坑からは誰も見つからなかった。以上。知りたいことはそれだけでしょう? どうぞお引き取りを」


 ロレントの切り捨てるような返事に、張り付いた笑顔がひくひくと引きつる。


「はて、どういう事でしょうなあ? アリエルさまが脱出坑に入ったのは複数の証人がいる事実。にも関わらず坑道内はもぬけのカラですか。これではまるで、神隠しにでもあったような」

「ハッ、神隠しとはまた大げさな」


 ロレントの嘲笑のまじった物言いに、カラニンの薄笑いがゆらぐ。


「そうではありませんか? ある地点から別の地点に転移する魔法は、現在では『転移門トラベルゲート』を使う方法しか残っておりませんが。別な方法をご存じならば、ご教示願いたいものですなあ、聖騎士さま」

「……坑道を通って出口側から出たことは、まったく考慮外のようですな」

「!……」

「まるで脱出口は途中でふさがっていたと言わんばかりだ」

「…………」


 ロレントの腹の内を探るつもりだったのだろうが、かえって自分たちの関与をさらけだした形になった。カラニンは笑みを消した鉄面皮のまま、機械のように一礼して天幕から出て行った。

 ロレントの背後から、ごそごそ天幕をめくって入ってくる女がひとり。カラニンが帰るのを待っていたのだ。


「やれやれ、種明かしはしてやる必要なかったんじゃないの? あれじゃ、こっちはお前らを疑ってるんだって言ってるようなもんじゃない」


 ガキ大将のような笑みを浮かべた、カレン・イクスタス。大賢者という二つ名が、少々台無しだ。


「……もう宣告したようなものだったからな。教皇国はベレラカン王国を疑っていると。それよりカレン、報告はお前がしてくれてよかったのに」


 ロレントとしてはそれだけカレンの観察眼を信頼しているわけだが


「かんべんしてよ。あのオッサンの前に出たら、話が長くなるだけじゃない」


心底めんどくさそうなカレンの口ぶり。二重アゴのオッサンの口から、だらだらお世辞を聞かされてもうっとうしいだけである。

 ロレントと並んで立つと、彼の長身にほとんど迫るような背丈だった。おまけにゆったりしたチュニックの上からも明らかな胸部の躍動。黙っていれば神秘的な美人でとおる顔立ちなのだが、その立ち振る舞いとガタイの良さから、一見で魔法職と見られた試しがない。

 その破天荒な性格と、これまた天性のものといえる腕力で、大陸のあちこちで武勇伝を作ってきた。……そのためかどうか、イムラーヴァの平均からいうと、やや行き遅れ気味である。


 閑話休題。ロレントは調査結果をうながす。


「で、お前の見立てでは?」

「『転移』を通り越して『次元跳躍』だね。フェルナバール王国の『勇者召還の間』で感じた反応と同じだと思う」


 カレンも表情を引き締め、答えた。ことは彼らの戦友の安否に関わる問題であり、二人とも胸のうちには焦燥を抱えていた。


「次元跳躍……やはりアリエルは……世界の壁を超えたのか……」


 深刻な表情のロレント。現地調査以前に、ある程度予測されていた事だった。

 彼が仕えているグラドロン教皇国は、イムラーヴァ最大勢力を誇るラーヴァ正教の本拠である。世界の守護を掲げる教皇国にはイムラーヴァ全体にわたるレーダーのような感知網がそなえられ、ある程度規模の大きい異変は逃さず検知される。『ラーヴァの瞳』と呼ばれる秘宝級魔道具アーティファクトだった。「道具」というより、規模からすれば「施設」と呼ぶべきかもしれない。

 アリエルが遭難した夜、『ラーヴァの瞳』は「まるで勇者帰還時のような」反応を検知した。それを実地調査で確かめるため、二人は現教皇の命により、そろってここを訪れたのだった。


「アリエル……一体どこに……無事でいてくれ……」


 うろうろと歩き回るロレント。有能な人物なのは間違いないが、物事を悲観的にみるきらいがある。平たく言えば心配性だ。


「落ち着きなってロレント。跳んだ先がひどい場所だって確証もないんだから」

「楽観視できるものか! 跳躍先の可能性は、ほとんど無限大だぞ! 生存に適した環境に出あうのが、どれほどの低確率か……」


 ◇─────◇


 タクマが帰ってくる前に、夕食の支度にかかるアリエル。一国の王女とはいえ、パーティーを組んで野営をした経験もある。簡単な料理なら余裕でこなせる。ましてこの世界のキッチンでは、鍋に水をはってコンロにかけるだけでお湯が沸く。根菜類の下ごしらえは、電子レンジを使うと楽。すでにネットでいろいろなノウハウを得ていた。


「はあ……科学文明って、ちょっと便利すぎ。最初は魔素がないのにあせったけど、慣れると魔法の出番がないわ……。ん、野菜のストック、足りなかったかしら?」


 ◇─────◇


「たとえある程度の文明があって意思疎通可能な相手がいても、それが友好的な保証など何もないんだ!」

「そりゃそうかも知れないけどさ……」


 ◇─────◇


 最寄り駅前の商店街、すでに顔見知りの八百屋にやってきたアリエル。


「おばさーん、このトマトとセロリくださーい」

「あーらアリエルちゃん、いらっしゃい。そうだ、このズッキーニ、売れ残りでよければ持っておいき」

「ありがとうございます。うれしいですー」

「アリエルちゃんが来てくれると商店街が明るくなっていいねえ。まるで◇ッサンの○リーさんみたい。あはははは」


 ◇─────◇


 ロレントの見事なペシミストっぷりを、苦笑しながらカレンがなだめる。


「まずは落ち着きなって、まだ十分確証が得られたわけじゃないけど、あたしはアリエルが跳んだ先は、タクマの世界じゃないかって思っている」

「タクマの世界だと?」

「うん、次元跳躍の際には、異世界同士が一瞬つながるわけだから、対象世界に特有な粒子が微量に残るわけ。手持ちの機材で調べた限りでは、脱出坑内で見つかった粒子は、『勇者召還の間』で検出されたものとよく一致するわ」

「そうか、それなら……いや、しかし、都合よくタクマと出会えるとも限らないし……」


 ◇─────◇


「ただいまー」

「おかえりなさーい、タクマっ。お風呂にする? お夕飯にする? それともぉ、あ、た、し?」

「どどどどど、どこでそんな事覚えたのぉぉっ?」

「えへへ、ネットで色々と……」

「変なサイト見るの禁止! 保護者フィルターかけるから!」

「えー?」


 アリエルがネットのオタク文化に毒されるのは、さすがに回避したいタクマであった。


 ◇─────◇


「とにかくさ、あたしは蒼銀の塔に一旦もどるよ。塔の設備で分析し直して、結果が同じだったら、例の計画を進めるわ」

「単独の次元跳躍か……」


 ロレントの表情は、相変わらず固い。魔法使いとしてのカレンには全幅の信頼を置いているが、彼女が挑もうとしているのは前人未踏の大魔法だ。


「そんな顔ばっかしてたらだめだよ。眉間にたてジワが残っちゃうよ? 大丈夫、カレン姐さんに任せておきな。絶対アリエルを無事に連れて帰ってくるから。それよりも……」


 カレンはチュニックの襟ヒモをとき、左鎖骨をさらした。エロティックな意味はない。その部分に、入れ墨のように見える幾何学模様が記されている。


「色々考えたんだけど、アリエルが命を狙われるとすれば、こいつが原因じゃないかって思う」

「む……」


 ロレントは左袖をめくった。肘に近い部分に、カレンのものと同じ図形がある。それは彼ら四聖戦士が魔王を封じた際の封印基点『縛魔の紋章』。タクマの左足とアリエルの背中にも、それは記されている。魔王封印の鍵を四人で分かち持つ秘儀であり、それを担う者を抹殺しようとするのは、すなわち魔王の解放を願う者にほかならない。


「まさか人族でそんなマネに手を貸す奴がいるとは思いたくないが……そうだとすれば、ベレラカン王国、もしくはベレノス連合が魔族と通じている……か。何ということだ……」


 さらに眉間にシワをたて、苦渋の表情をうかべるロレントだが、こればかりは無理もない。魔王軍の侵攻にあわやという所まで追い込まれ、異世界の勇者にすがって辛くも命拾いした人族だというのに、それから半年もたたないうちにこんな愚行に走る輩が現れるとは。

 カレンは襟ヒモを直し、立てかけておいた杖をとった。


「跳躍呪文のめどがついたら、一度グラドロンの教皇様を訪ねるつもり」

「うむ」

「まさかあんたが不覚をとるとは思わないけど、気をつけなよ?」

「ああ、お前もな……」


 それだけ言い交わすと、カレンは足早に天幕を出ていった。アリエルが命を狙われたのが縛魔の紋章のためとすれば、当然ロレントとカレンも対象になり得る。


(ふん、望むところだ。もし私を狙ってきたら、返り討ちにして黒幕を引きずり出してやる……!)


 腕組みのまま、闇の中に目を据えるロレントだった。

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