a half of sister
祈岡青
姉
六つ上の兄は早々に独立して出て行き、この家には、ふたつしか違わないあたしと莉々が残された。莉々は可愛い。あたしと全然似てない。近所や学校で美人姉妹だなんだといわれる中で、あたしたちふたりの顔立ちがほんとはまったく違うことに気づく人間はほぼいない。
でもそれに関してはあたしも同罪で、姉は母親に似て妹は父親に似たのだというひとたちに、「その子、あたしと父親違うの」と告げることは一度だってできなかった。
「お姉ちゃん」
莉々が屈託のない笑顔であたしのことを見ている。アーモンド形のくりくりとした大きな瞳で、あたしに笑いかけてくる。
「夏祭り二人で行こうよ」
「はあ、なんであんたと行かないといけないわけ」
「んもう、いいじゃん! 行こうよ! お姉ちゃん!」
甘ったるい声で妹がまとわりついてくる。あたしの腕にすり寄り、ねえいいでしょ? いいでしょ? といいながらあたしの周りをぐるぐると回る。
「あーはいはいわかったから」
だいたいの場合においてあたしのほうがこの子に根負けする。
紺と白で用意されていたそろいの浴衣のうち、当然のように白のほうを着た妹は、赤いかんざしを差してあたしの前を行く。そうしてまた「お姉ちゃん!」と振り返る。
屋台が連なる道は頭上を赤提灯がまっすぐに続いていた。その朱色の光の下で、莉々はこれ見よがしに小首を傾げ、うちわで口元を隠した。ヨーヨーに似た水玉模様のあるそれは水色の和紙で作られた、けっこうな値段のするとても綺麗なものだった。
弓の形に細められた目元で莉々が笑っていることは簡単にわかった。そうでなくてもいつだって楽しげに笑っている子だ。
結い上げた髪の後れ毛が、莉々の顔回りでやわらかに風に吹かれている。煌々とした赤提灯、祭りの屋台もそこを覗き込んでいる道行く人々も、全部が莉々の背景になって、一枚の写真のように幻想的で美しかった。
そんなに可愛いなら彼氏と来ればいいのに。色とりどりの紫陽花が描かれた浴衣を着付けて、髪を編み込みで結い上げて、紅玉の下でしゃらしゃらと金の飾りが揺れるかんざしを差して、どうしてあたしといっしょにこの子は来たのだろう。気負っておしゃれをして毎日顔を眺め合っているあたしと二人で花火を見て、何が楽しいというのか。
「もう、お姉ちゃん早く行こうよ! 向こうのほう、すぐひとでいっぱいになっちゃうよ!」
くちびるを尖らせた莉々が声を上げる。それで止まっていたあたしの時間はまた動き出した。
花火会場の川岸へと近づく道は予想していたほど混んではいなかった。地元主催の小さな祭りだからか、人々は連れと寄り添ってゆっくりと歩き、穏やかな雰囲気が漂っている。
周りはカップルばかりだった。すっかり日が落ち、提灯の明かりも届かない夜闇の中で、目の前の男女がどちらからともなく両手を絡め合う。それを見た莉々が小さく「うわ、」と呟いた。それから意味もなくくすくすと笑い出す。
「ねえ、今の見た?なんか恋人たちのひみつを覗き見ちゃったって感じ」
ひそひそ話をしようとあたしに身を寄せてきた莉々の肩が、とん、とあたしの胸のあたりにぶつかる。あたしより少しだけ背の低い莉々の顔が、頬のすぐそばにあった。笑い止んだ妹がふと上目遣いであたしを見やる。このまま肩を抱き寄せてキスができそうな距離だ、と思った。
暗い夜の河川敷、延々とつづく道の中ほどで立ち止まり、二人並んで花火を見上げる。アナウンスと共に始まった最初の一発目は盛大にあたりを照らした。まぶしすぎて色彩も形状も楽しめないくらいだった。それ以降は少し落ち着いて、上空にパッと二、三輪の火の花が咲く。
隣に立つ莉々の頬が照らされている。いつも笑みを浮かべている横顔が今はほう、と静かなため息をついて、咲いては散る花火に魅入っている。その横顔がゆっくりと身体ごと倒れてきて、あたしにしなだれかかってくる。
莉々があたしに触れてくるたび、その意味を、あたしは深く考えないようにしている。莉々があたしの前に現れてからずっと。
莉々は可愛い。明るいしだれとでも仲良くなれる。天真爛漫で、末っ子気質で、あのくりくりとしたアーモンド形の瞳で少しくらいわがままをいわれても可愛い。
そういう多少は感じるきょうだいとしての親しみも、突然あたしの前に差し出された知らない子供への憎しみも、考えないようにしている。
あたしと兄を一年以上も親戚の家に置いて行ってしまった母は、莉々と新しい父を連れて帰ってきた。迎えに来てくれたときの泣き叫びそうなほどの安堵とひきかえに、別れた父と一緒だった頃よりすっかり血色のよくなった母の薔薇色の頬と、差し出されたちいさくてまるまるとした知らない生きもの。あのときの憎悪。それは十年以上経った今もまだ確かにあたしの中にある。
莉々のことを思うと芋づる式に連なって出てくるそれらの強い感情に、あたしはどうすることもできなくて、したくなくて、ただ目を逸らしつづけてきた。今もそう。
妹の髪から家のシャンプーの甘い匂いがする。涼やかな風が浴衣のあいだを吹き抜ける中、あたしの肩はほんのりとあたたかい。そこにまつわる愛しさと嫌悪感、どちらともを忘れられるよう、耳に響く轟音と、夜空に弾けては消えていく花火を眺めていた。
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