曲がり角のまちこさん
右城歩
第1話 知らない日本
そこは知らない場所だった。雰囲気は日本のように思えるが、それにしては妙なところが多い。立ち並んでいる家は一昔前の日本家屋といった風貌だが、建物自体は新しく綺麗だ。人通りは多く、その2割ほどが和服を着ている。お祭りがあるから着ているという様子でもなく、普段から着慣れているように見える。その風景は昔白黒の写真で見た、大正時代から昭和初期の様子に似ているようにも思えた。それと大きく違うのは、服装や街の雰囲気は古く見えるのに、街行く人が手に持っているのはスマートフォンだということだ。それに、超薄型の巨大モニターがところどころ商店の上に設置してある。古いセンスのまま技術だけ進化した世界、といった感じだ。
気がついたらこんな場所にいたので、とりあえず周りの様子を確認してみたら余計に状況がわからなくなった。
しかし問題はそこでは無い。俺は今1人の女の人を探している。その人こそ、この訳がわからない状況を解決してくれる可能性がある人だからだ。その女性を探すためにも早急に解決しなければいけない問題がある。それは、今自分が非常に空腹であるということだ。
「すみません、この近くで食事ができる場所はありませんか。」
ここがどこだかはわからないが、知らない場所で何かを探すならば人に聞くのが1番早い。俺は通り過ぎる人の中からできるだけ人の良さそうな男性を選び、声をかけた。
「1人かい?男1人なら『木村屋』がいいよ。ほら、すぐそこに赤い看板があるだろ。」
木村屋、と書いてあるかどうかは判別できないが、確かに赤い看板の店はある。近くに行くといい匂いがしたので、迷いなく店に入った。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
見た目は古そうな定食屋なのに若いお姉さんがチェーン店みたいなマニュアル接客をしてくれるので意外に思ったが、俺みたいな若者はそっちの方が安心できる。店員の服装も和風の居酒屋チェーン店にありそうな服で、和服なのに動きやすいようにズボンを履いている。店員さんの大きめな胸がエプロンで強調されていて、つい凝視してしまう。いつもなら目を反らすところだが、今は状況に混乱しているので仕方がないだろう。
店員に一人と伝えて案内された席でまた困ったことがあった。メニューの文字が読めない。思い返せば街を見渡しても文字が無かった。妙な記号がところどころに書いてあって不思議に思っていたが、このメニューを見てようやくわかった。この記号のようなものが文字だったのだ。
いよいよこれは夢か何かだろうか。話している言葉は確かに日本語なのに、文字は見たこともない記号。日本にそんな場所があるのだろうか。あったとしても、なぜ自分はここにいるのだろうか。
「これをください。」
考えてもわからないしとにかく腹が減っているので、とりあえず『》┯:〜〟○』と書かれているものを指差して注文してみた。この文字の読み方にも少し興味がある。
「チキン南蛮定食ですね、少々お待ちください。」
現実かどうかもわからない場所で料理を頼んだので、もっと訳のわからない料理が来るかもしれないと覚悟していたが、かなり無難な料理が来て拍子抜けした。実際に運ばれて来た料理も俺の知っているチキン南蛮で間違いない。少なくとも見た目と味は。
「1280円でございます。」
ここで初めて、お金を持っているか確認していないことに気がついた。いつも財布が入っている左のポケットを叩くと、確かに財布は入っている。そういえば、通貨は円なんだな。やっぱりここは日本なんだろうか。
財布から2000円を取り出して渡すと、巨乳の店員さんが明らかに怪訝そうな顔をしたので、どきっとした。
「これは何ですか?」
「1000円札です。」
「日本のお金持ってますか?」
「・・・これが日本のお金じゃないんですか?」
「もしもし、警察ですか。」
俺は全速力で逃げた。判断からの行動のスピードにはなかなかの自身がある。
店員の女が全力で追いかけて来た。この店員の行動力もなかなかのものだと感心した。
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