ダイアンの決意(前)
◇
行き場のない感情を持てあまし、
(ちくしょう……、ちくしょう!)
胸のうちではき捨てながら、重力に身をまかせた。風を全身に受けながら落下する。地面の直前でブレーキをかけて、ふわりと空中で一回転して
周囲の視線を集めながら、状況の
ゾンビは目についた人を、手当たり次第に追いはらおうとする。そのたびに周囲からさけび声が上がり、それが
「あそこのゾンビをどうにかしてください」
「宮殿の中にはもっといるんです」
近くに他の魔導士は見当たらない。自分がとむらうしかない。一番攻撃的なゾンビにねらいを
「どいてください!」
本来なら火の魔法でとどめをさすところ。自分にはそれができる。けれど、あの人はついさっきまで生きていた。その事実が頭をよぎると、途端に
(まだ彼らを救う方法があるかもしれない)
ふと、そんな考えが胸に芽ばえ、かまえた右手を下ろした。
(
巫女の居場所は見当もつかない。けれど、
◇
建物へは入らず、
かたく閉ざされた門の前で、
「外に出してくれ! ゾンビがそこまで来ているんだ!」
「ダメだ! 門は開けられない! 建物に引き返せ!」
「建物はゾンビだらけなんだよ!」
「だったら、ゾンビを早くどうにかしてくれ!」
その時、一体のゾンビが群衆の中へつっ込んでいき、人だかりが二つに分かれた。あわててそこへ向かい、ゾンビだけを
「ありがとうございます」
近寄ってきた守衛が感謝の言葉をのべた。
「今はどんな状況ですか?」
「ご覧の通り、大量のゾンビが現れたというか、いっせいにゾンビ化が始まったんです。それなのに、門が開けられないので、魔導士の方を呼び戻すこともできません」
「他におかしなことは起きてませんか?」
「そうですね。今は落ち着いていますが、さっきまで
自分は気づかなかったけど、いつの間にか、地鳴りがほとんど聞こえなくなっていた。
少し離れた場所で悲鳴が上がった。新たに現れたゾンビの対処へ向かう。
「ウォルター」
それを終えた時、ふいに呼びかけられた。
振り返ると、ダイアンが立っていた。全身から力がぬけていくような安心を感じた。けれど、あのことが頭をかすめると、反射的に顔をそらした。そして、自分を責めるように声をしぼりだした。
「ダイアン、ごめん……。守れなかった、守れなかったんだ……」
彼女がゆっくりと歩み寄ってきて、両手でソっと僕の手をにぎった。
顔を見ることができない。約束を守れなかった。彼女の大事にしていた生活を守ることができなかった。
「城外も通りに人が出てきています! おそらく、同じ状況です! 岩の巨人がうろついている分、外のほうが
城壁の上にいた守衛が大声で言った。
「今のを聞いただろ。外は岩の巨人だらけだ。まだゾンビのほうがマシだ」
「俺たちもいずれゾンビになるんじゃ……」
守衛がおどすように言うと、群衆は口をつぐんだ。
そうだった。今はゾンビよりも岩の巨人を先にどうにかしなければ。
「行かなきゃ……。助けに行かなきゃ」
そうダイアンに言い残して、数メートル進んでから一気に飛び上がり、城壁を越えて市街へ向かった。
◆
ウォルターが飛び去るまで、ダイアンは顔を上げられなかった。なぐさめの言葉をかけなければ。その思いはあっても、相手の目を見れば、心をかき乱されそうだった。
彼女には能力が一つある。名前は
それが自身の選択とわかっていても、この能力を残した
特に、『最初の五人』が深く関わる『転覆』直前に関しては、ぬけ落ちた記憶のピースがあまりに多い。
『誓約』の影響で、出会った直後はウォルターに能力が通じなかった。けれど、同意を得てからは心を読めた。おかげで、すぐに疑いは晴れ、突然部屋に出現した相手にも、心を許すことができた。
とはいえ、心を読めるのは恐ろしいことだ。知りたくもない相手の気持ちも知ってしまう。そのため、彼女はウォルターと背中合わせで話すことが多かった。
『巫女』と呼ばれていた時代は、
『転覆』後、彼女は身を隠し続けた。確実なことは言えないが、それが自分で自分に
能力を失った今の自分では、周囲に迷惑をかけるだけ。その思いがあり、名乗り出ることは考えなかった。しかし、彼女を
「私も――戦わないと」
自身を勇気づけるようにつぶやいた。ダイアンは
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