残された器

     ◆


 ダイアンは同地区の住民たちと共に、レイヴン城の東棟ひがしとうに避難し、そこの二階にある手ぜまな一室に、数家族と一緒に押し込められた。


 部屋は息苦しさをおぼえるほどで、まさにすし詰めの状態。部屋がそんな状況にも関わらず、廊下にも人があふれていた。


 とはいえ、周囲にいるのは、居候いそうろうするトーマスベーカリーの一家や、パンの配達で顔を合わす近所の住人たちなので、気は楽だった。


 中庭に面した窓から外をながめていると、空から一羽のカラスが急降下してきて、中庭の芝生しばふに下り立った。


 一羽のカラス――ルーは愛嬌あいきょうたっぷりにクルクルと回転しながら、まわりを取り囲む建物へ目を走らせた。


 自分をさがしているのだと思い、ダイアンは手を振って合図を送った。しかし、ルーはなかなか気づかなかった。


 用もなく部屋から出るなと、役人からキツく言われていたが、仕方なく中庭まで行くことにした。


「ルーちゃん」


 回廊かいろうの柱のかげから、ダイアンが手招きしながら、小声で呼びかける。ルーがスキップするように飛びはねながら近づいてきた。


「おじょうちゃん、大変だ」


「何かあったの?」


「岩の巨人という呼び名は伊達だてじゃないな。街にウジャウジャ入り込んじまった。もうメチャクチャだ。魔導士もてんやわんやだし、いずれここにも来るぞ」


「えっ!? ジェネラルがいるから大丈夫なんじゃなかったの?」


 ルーは昨日の夕方にもここへ報告に来ていた。


「そう言っているのを小耳こみみにはさんだだけだって。第一、ジェネラルがどいつかもわかんねえし。俺の時代にはいなかったからな。いや、そいつ自身はいたんだろうけどさあ、基本、身のまわりは女の子でかためていたから」


「ああ、そう……」


 ダイアンが冷たいまなざしを向けた。


「ウォルターは?」


「あの小僧こぞうか。さっきピョンピョンと空を飛びまわっているのを見かけたな。あの様子なら、元気なんじゃないか」


 ダイアンが心配そうに考え込む。


「そんなに気になるなら、様子を見に行ってきてやるよ。あいつは要注意人物だからな」


「そういう意味じゃなくて……」


「それじゃあ、いつでもここから逃げられるよう、お嬢ちゃんも準備しておけよ」


「気をつけてねー!」


     ◆


 スプーが乗り捨てた『うつわ』は、ドアをけやぶって突入した魔導士たちによって、ただちに取り押さえられた。


 まもなく内門は下ろされたが、すでにおびただしい数のゴーレムが市街へ侵入した。市街の外にいるのは、始めから休眠きゅうみん状態にあった個体のみだ。


 大門おおもん決壊けっかい後、クレアのチームは一時的に近くの建物へ逃げ込んだ。しかし、不審者出現の情報を聞きつけると、ゴーレムの目をかいくぐって城壁塔にかけつけた。


「こちらです」


 守衛しゅえいに案内され、クレアとコートニーが城壁塔の最上階へ向かう。部屋に入ると、不審者が二人がかりで床に押さえつけられていた。


「こいつです」


「元気いっぱいね」


 クレアは顔をしかめ、コートニーは危険を感じて、思わず身を隠した。不審者が狂気きょうきを感じるほどの暴れ方をしていたからだ。


「ずっとこんな感じです」


「おい、おとなしくしろ!」


 取り押さえられてから十分は経過していたが、不審者は抵抗をあきらめようとせず、全力で体を左右にゆらしていた。それでいて、生気せいきの感じられないうつろな表情をしているのが、異様いようさをきわ立たせた。


「見てください。こいつとそこの死体は同じ顔をしているんです」


 クレアとコートニーがアイコンタクトをかわす。コートニーが恐る恐る近くでかがむと、不審者はうろんな目つきで彼女を見た。


 コートニーは相手に手を当て〈分析〉アナライズを発動した。


『能力:〈扮装〉スプーフィング 術者:スプー』


 目ぼしい情報はかけられた能力の表示と、ゾンビであることだけだ。


「どうだった?」


「ゾンビです。あと、〈扮装〉スプーフィングっていう能力がかかっていますけど、能力は持っていないみたいです」


「じゃあ、暴れているほうが偽者にせものというわけね」


 次に死体の『分析ぶんせき』に移ったが、収穫は特になかった。


「向こうは死亡と書かれているだけで、ゾンビではありません」


 『忘れやすい人々』――ゾンビ化する一部の平民と違い、貴族は死亡してもゾンビになることはない。いわゆる貴族きぞくがたゾンビとは、スプーら『エーテルの怪物』が乗り捨てた『器』だ。


 普通のゾンビとの違いに足が速いというものがあるが、それは体が健康な状態であることと、ネクロが何らかの命令を与えていることに起因きいんする。


     ◆


 昇降しょうこう機のある部屋がせまいため、スコットは下の階で待機していた。そして、ゴーレムが闊歩かっぽする市街を窓からながめていた。


 またもや敵にしてやられた。一矢いっしむくいることさえできない自身のふがいなさが身にしみた。やりきれない思いが胸をつき上げ、「くそっ!」と近くの壁にコブシをたたきつけた。


 ふと窓の外へ目を戻すと、中央通りを一人でうろつく女の魔導士が目にとまった。ビクビクとゴーレムを警戒しながら、脇道に入ったり出たりしている。


「あいつ、あんなところで何やってんだ」


 挙動きょどう不審ふしんな様子から、遠目からでもケイトだとわかった。レイヴン城を出たケイトは、どこかの部隊と合流しようと考えたが、運悪く大門の決壊にかち合い、危険地帯で孤立こりつ状態におちいった。


「ちょっと外に出てくるって、クレアに伝えておいてくれ」


 スコットは居ても立ってもいられず、近くの魔導士に伝言を頼んでから、急いでケイトのもとへ向かった。

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