巫女への執着(前)

     ◇


「断る」


即答そくとうか……。理由を聞いていいかい?」


巫女みこ抹殺まっさつに協力できるわけがない」


 理由は明快めいかい。この国の人々は記憶を失ってもなお、巫女を敬愛けいあいする気持ちをいだいている。それを肌でひしひしと感じてきた。巫女は断じて悪人でも怪物でもない。


「だったら、それは僕が担当しよう。君はマリシャスの始末をしてくれればいい」


「巫女の抹殺をたくらむ連中と、手を組めないと言っているんだ」


「……『最初の五人』であるはずの君が、そこまであの女の肩を持つ意味がわからないな」


「おかしいのはそっちのほうだ。お前らが巫女の命をねらう理由は何だ」


「言葉では説明しづらいし、深く考えたこともない。食欲や性欲に似た本能的な欲求――アイデンティティ的なものとしか言えないな」


 そんなふざけた動機で……。怒りが沸々ふつふつとわき起こってくる。どんな理由があっても、この男とは相容あいいれない関係だと思い知った。


「ヒプノティストも君と同じなのか?」


「そうだ」


 勝手に代弁だいべんしたけど、きっとそうだ。トランスポーターは納得できないといった表情を見せた。


「お前の目的は何だ。どうして『誓約』を解除したいんだ」


「――僕らが『最初の五人』と呼ばれていた時の記憶」


「……記憶?」


「君も知りたくないか? 僕らが『誓約』を結ぶ前、どんな関係だったのか。そして、記憶を失う『誓約』を、どうして結ぶことになったのか。

 記憶を取り戻せば、離れ離れになるどころか、敵味方に分かれた僕らが、もう一度一つになれるかもしれない。後でヒプノティストにも声をかけて、君にした話を彼にもするつもりだ」


 情にうったえる内容に心を動かされた。確かに、興味をひかれる。積もり積もったモヤモヤを解消できるチャンスかもしれない。思わず、相手から視線をはずして考え込んだ。


 自分にしてみれば『誓約せいやく』はあってもなくてもいいもの。〈悪戯〉トリックスターで能力を無効化できるため、それから受ける恩恵おんけいは大きくない。


 かつて、この世界の住人であったことも、巫女打倒のため立ち上がったこともないと確信している。けれど、自身を納得させるだけの答えを求めていた。


「ある意味、僕と君は今日初めて出会った。でも、僕はそんな気がしない」


 言葉につまった。心情的には否定したかったけど、どこかで会ったような、なつかしい感情をいだいていた。これまで出会った敵とは根本的に違う。


 思い返せば、パトリックとも打ちとけるまでに時間を必要としなかった。同じ『最初の五人』だからだろうか。


 トランスポーターの顔つきが変わった。こちらの反応に手ごたえを感じたのだろう。


 いや、巫女の抹殺なんて受け入れられるわけがない。ただ、『誓約』の解除にかぎれば、それは必須ひっす条件ではないか。ひとまず、トランスポーターの真意しんいをはかろう。


「巫女に手出ししないと約束するなら、『誓約』解除のために協力してもいい」


「君は僕の話を聞いていなかったのか?」


「そっちこそ、こっちの返答を聞いたはずだ」


 トランスポーターはため息をついてから、警戒するように辺りを見回した。


「もちろん、タダでとは言わない。君が怒っている理由もわかる。僕はこの国に攻め込んできた敵だし、協力によって得られる利益も少ない。だから、交換条件があるんだ。

 ゴーレムをあやつっている男……確か、ネクロとか名乗っていたっけ。そいつを今から始末しに行ってもいい。さっきそこまで送ったところだから、どこにいるかはだいたい見当がついている」


「なっ……!?」


 思いがけない提案に、開いた口がふさがらない。戦う気を一気にそがれた。相手の思考回路がいっそう理解できなくなった。


「……お前の仲間じゃないのか」


「それは誤解さ。彼らとは一時的に協力関係を結んだにすぎない。元々、この作戦は彼らの発案はつあんで、僕は始めから反対していた」


「どっちにしろダメだ。巫女の命をねらっていることに変わりないじゃないか」


「ずいぶんこだわるけど、君はあの女に会ったことあるのかい?」


 口をつぐんだ。いまだに会えていないことに歯がゆさを感じた。


「その様子だと会ったことないのか。まあ、隠れているのだから仕方がない。もう一度、返答のチャンスをあげるよ。二者にしゃ択一たくいつだ。ただの一度も会ったことのないあの女を守るか、僕と手を組んで、ゴーレムからこの国を守るか」


「――どっちも守る」


 誰かの命を差しだして守る命なんてない。子供っぽい理屈りくつとわかっていても、ゆずれなかった。巫女への執着という点では、こいつと似た者同士か。


「まあ、そういうのは嫌いじゃない。ますます、記憶を取り戻したくなったよ。ただ、そっちがその気なら、こっちも相応そうおうの態度で君にのぞまなければならない」

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