幽霊パーティー3

    ◇


 鉄製なのでフタだけでも結構な重さだったけど、二人がかりで何とか開けられ、それを後ろの壁へ立てかけた。


 いったん明かりを消したので、すぐには中身を確認できなかった。湾曲わんきょくした棒のようなものが大量に入っていて、あやしい光をかすかに放っている。


「明かりをつけてくれ」


「わかりました」


 魔法のランプをともし、あらわとなった中身が目に飛び込む。おたがいに口をポカンと開けて、顔を見合わせた。箱に入っていたのは大量のマスケット銃だった。


 細部さいぶは異なるものの、パトリックの屋敷で見た物とよく似ている。この国では武器の所持が禁止されているし、魔法という攻撃手段があるため、武器を必要としない。


 そう、マスケット銃を用いるのは〈侵入者〉だ。これはそれとのつながりを示す決定的な証拠だ。清々すがすがしい気持ちで、ロイとかたい握手をかわした。


「やりましたね」


「ああ。もしかして……、乾燥パスタとか作らなくていい展開か?」


「まあ、乾燥パスタは乾燥パスタでやりましょう」


 でも、これだけたくさんの銃で何をするつもりだ。金もうけとは思えないし、反乱でも起こすつもりだろうか。


「証拠として一つ持ち帰りましょう」


「銃は一丁いっちょうと言うんだよ。これなら、三分といったところかな」


 ロイが『梱包こんぽう』の作業に取りかかった矢先だった。涙声のスージーからSOSエスオーエスのメッセージが届いた。


『ウォルター! 助けてください!』


『……どうしたの?』


『私……、もう怖くて動けません』


『今、どこにいるの?』


『わかりません。屋敷のどこかです』


『それで、何があったの?』


『幽霊を見たんです。女の人の幽霊です』


『幽霊?』


 切羽せっぱつまった様子だけど、襲われたり、追いかけられたりといった事態ではないようだ。見まちがいかもしれないし、話をさせて落ち着かせよう。


『廊下に立っていたのに、突然フッて消えちゃったんです』


『うん……』


『気になって様子を見に行ったら、今度はポルターガイストです!』


『……ポ、ポルターガイスト?』


『はい、突然イスがジャンプしたんです! 私、もう怖くて動けなくなっちゃって。そうしたら、いきなり耳元で女の人の声が聞こえたんです。「何してるの?」って』


 ただ事じゃない。見まちがいだとか、勘違いだとか、気休きやすめの言葉を口にだせないほど、幽霊がたたみかけてきている。


『幽霊です……、幽霊がパーティーしてます。幽霊パーティーが開かれてます!』


『とにかく、今すぐそっちへ戻るから。何かあったら、また連絡して』


 スージーは意外と平気そうだし、幽霊も節度せつどを守って、おどすだけにとどめている。とはいえ、これから何があるかわからない。


「スージーは何だって?」


「幽霊パーティーが開かれているそうです」


「幽霊パーティー……?」


「幽霊とかポルターガイストとか、そういうのがせいぞろいしているみたいで」


 オカルトが大好物だいこうぶつなロイだけど、心霊しんれい関係は無関心だ。予言や超能力、あとは未知みちの生物とか大陸とか、そっち方面が好みだ。


「心配なので急いで戻りましょう。『梱包こんぽう』は外でもできますよね」


 手早てばやく箱のフタをしめ、ロイが南京錠の付け直しに取りかかる。ところが、床に落ちたそれがにぶい音を立てた。施錠せじょうされた状態で『梱包』したため、このままでははめ直せない。


「元の場所に戻すことまでは考えてなかった」


 つめが甘かった。何十回とくり返し、ピンポイントで『梱包』が解ければ、元通りにできるかもしれない。けれど、そんな悠長ゆうちょうなことをしているヒマはない。


「適当に荒らして、単なるドロボウのように偽装ぎそうしておくか」


「そうですね。あと、もう窓から出ちゃいましょう」


 侵入した形跡けいせきを残したことだし、かえって窓が開いていたほうが自然だ。ついでに、絵画も盗めば目くらましになると考えたけど、時間がかかるのでやめた。


 探す場所同様、荒らせる場所も少なかったけど、小物入れを開けたり、イスを倒したり、ベッドのシーツをめくったり、ひと通り荒らしてから、急いで男の部屋を後にした。


     ◆


 時をさかのぼって、ウォルターとロイの二人が離れに侵入をはたした直後。『交信』で報告を受けた後も、スージーは与えられた役割をつとめ続けた。


 同じ場所に居続けるのはあやしまれると考え、人を待っているふりをしながら、本邸の廊下を行ったり来たりした。離れの様子をうかがう時には、横目でさりげなく行った。


 パーティー会場への入口がつきあたりに見え、そこには頻繁ひんぱんに人の出入でいりがあったが、この廊下は使用人が二人通ったのみ。怪訝けげんなまなざしを向けられるも、スージーは会釈えしゃくと無邪気な笑みでやりすごした。


 何も起こらず退屈を感じ始めた頃、スージーはふいに視線と人の気配を背後から感じ、反射的にふり向いた。


 廊下に立つ若い女の姿を、彼女の目がはっきりととらえた。ところが、その女はまたたく間に視界から消えた。


 始めは見まちがいと考えた。しかし、ほんの一秒にも満たない時間とはいえ、網膜もうまくに焼きついた映像はあまりに鮮明だった。


 若い女は茶色いストレートのロングヘアーで、パーティードレスでなく、闇にまぎれるような暗い色のワンピースを着用していた。


 何より印象的だったのは、相手が指先で手まねきしていた――と感じられたことだ。


 スージーは若い女を幽霊と考え、恐怖に身をふるわせた。この場から逃げだしたい気持ちにかられたが、見張りの役目を果たすという責任感が、彼女をふみとどまらせた。


 恐怖をやわらげるため、見まちがいと確かめるため、彼女は勇気をふるって、若い女が立っていた場所へ向かった。すぐそばに部屋の戸口がある。オズオズと中をのぞき込んだ。


 その部屋は使用人の休憩室で、雑多ざったな物が所せましと置かれている。明かりはついておらず、窓からやわらかな光がさし込んでいた。


 戸口から見える範囲には誰もいない。わずかながら安心感を得て、スージーが廊下へ目を戻した瞬間、バタンと休憩室の中で大きな物音が上がった。


「キャッ!」


 おどろきのあまり、彼女は悲鳴ひめいを上げて、窓側の壁まで後ずさった。しばらくビクビクと立ちすくんだ後、物音の発生源を確かめようと戸口へ向かった。


 それにタイミングを合わせるかのように、かわいた金属音が突如として鳴りひびき、スージーは目を疑う光景を目撃した。


 燭台しょくだいがテーブルの上をクルクルと回転していた。それに目を奪われていると、追い打ちをかけるように、そばにあったイスが飛びはねて空中を一回転した。


 偶然では片づけられない現象が続き、彼女は夢の中にいるような心地ここちになった。彼女の頭はパニックとなり、しだいに目の前で起こる異常を受け入れ始めた。


 けれど、彼女の身にふりかかった戦慄せんりつは、ここからが本番だった。うなじに吐息といきのようなぬくもりを感じるやいなや、若い女の声がはっきりと耳に届いた。


「何をしているの? イタズラしちゃダメよ」


 悲鳴も上げられず、ドタバタと部屋へかけ込んだ彼女は、足がもつれて前のめりに倒れ込んだ。戸口をふり向いても誰もいながったが、つんばいのまま、追い立てられるように部屋の奥へ逃げ込んだ。


 その後、足がすくんた彼女は、立ち上がることさえできなくなり、〈交信〉メッセージングでウォルターに助けを求めた。

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