第132話、お仕事のおさらい 後編

 街の中で起こる諍い程度で、いちいち驚くような人はいない。そんなのは浮世離れした王侯貴族か深窓の令嬢くらいじゃないだろうか。

 マーガレットはもちろん、店の中の喧嘩やそれに対するちょっとした制裁程度で驚いたりしなかった。ただウチのメンバーの見事な仕事ぶりに感心したくらいだ。


 食事の後に店を出ると、仕事中だったヴァレリアにばったり会った。

「あ、お姉さま! それと、マーガレット?」

 これまでと同じようにマーガレットが今日から加わったことを説明してやると、今度はヴァレリアの仕事の話題に。

「そういえばヴァレリアさんは会長の護衛ではなかったですか?」

「まぁね。だけど今のところは争いもないし、ずっと私に張り付いてても暇だからね。別の仕事をやってもらってるわ」

「今はスカウト活動をしています」

 スカウトといっても、ヴァレリアが直接に勧誘するわけじゃない。そういうのが得意なタイプじゃないし。

 だけど、この子には独特の嗅覚がある。ヴァレリアが気に入るような奴なら、それはたぶん誰も文句がないような人材なんだ。今までにも何度か、ヴァレリアの情報を切っ掛けにして、ウチに入ることになったメンバーがいるから実績ありなんだ。


 特に情報班に所属することになったメンバーが多かったから、ジョセフィンの頼みもあって暇な今はスカウト活動に専念してもらってる。

 それに前から思ってるけど、ヴァレリアには活動の場を広げて欲しいんだ。ずっと私に張り付いたままってのもね。ちょっと前からロベルタやヴィオランテのお陰で休暇もちゃんと取るようにはなったけど、それでも私はもっと色々な活躍を望んでる。それができるハズの子だからね。


 邪魔をしちゃ悪いし、少しだけ話して別れる。

「じゃあ、ヴァレリア。遅くならないうちに帰って来なさい」

「はい、良いのを見つけてきます」

 そう言うと走って行ってしまった。どうやら気合も新たに頑張ってくれるらしい。



 スラムの様子を見に行くらしいヴァレリアと別れて、キキョウ会と親交の深い店舗を紹介しつつ街を歩く。

 すると見慣れた外套の連中がいるのを発見した。大荷物を抱えて店から出てくるところだ。

「お疲れ、シェルビー。みんなで装備の調達?」

「あ、ユカリさん。そうっすよ、訓練用の装備がボロくなってたっすからね。それに新人の武装の相談も済ませてきたっす」

「そう。新人といえば、今日からこのマーガレットがウチに入ることになったから、よろしくしてやって」

 笑顔で挨拶を交わすマーガレットと、シェルビーに戦闘支援班の面々。


 シェルビーを班長にした戦闘支援班だけど、ここの役割も結構多いし、どんどん増えてきてもいる。

 その役割は主として、戦闘班が持てる能力を十全に発揮させるための支援だ。

 運転手として移動の補助から始まって、移動用魔道具の保護や拠点防御も担う。工兵のような役割を担うこともあれば撤退の支援もするし、戦闘班の戦力が足りなければ戦闘にも参加するんだ。

 それに戦闘時は当然として、普段から回復薬や魔法薬も大目に持ち歩くこともしてる。

 あとは装備の管理も。個人の持ち物はともかく、キキョウ会としての持ち物である装備も結構ある。その貸し出しや保守なんかも含まれる。今もちょうど訓練用の武器の入れ替えをやってくれてたみたいだし。それから新人の個人的な武器調達の面倒も見てくれてるんだ。



 忙しそうなシェルビーたちとも別れて、また街歩きを再開する。

 ちょっと喉も乾いたし休もうかと思ってると、またもやウチの外套を発見した。

 今度はなにかの揉め事らしい。

「マーガレット、ちょっとこっちで様子を見ようか」

「え、はい」

 私が助太刀に行かなくていいのかって感じだけど、そんなのは無用だ。むしろ原因も知らないんだし、邪魔しない方が良い。


「あくまでも自分の物と間違えたと、そう主張するんですの?」

「そうだ! 間違いくらい、誰にだってあるだろうがっ」

 シャーロットが睨みつけながら問い質すと、まだ若い商人らしき青年は開き直ったように逆切れする。

 お嬢っぽい感じのシャーロットだけに、一見すると舐められやすいってのはある。

「そのような下らない嘘が通用すると思われるなど心外ですわね。盗もうとする前の挙動から、こちらは全てを目撃しているのですわ」

 分散してみかじめを徴収してたのか、キキョウ紋を付けた連中が騒ぎを聞きつけて徐々に集まってきた。


 物騒な空気を纏った若衆が、シャーロットの後ろに控えて睨みを利かせる。

「い、いちいちうるせぇ女だな。なんでお前なんぞに、そんなことを言われなきゃなんねぇんだ! もう付き合ってられるか! とにかく、俺は忙しいんだっ」

 お嬢風のシャーロット一人相手には居丈高だった青年も、分が悪いと悟ったらしい。いきなり反転して逃げ出した。

 特に慌てず、第五戦闘班の副長たるシャーロットがさっと目配せすると、若衆があっさりと蹴倒してそのまま制裁を加えた。

「その大荷物、他にも盗んだ物がありそうですわね。連れて来なさい」

 うん、今日も平和が守られてるようね。

 まだやることが多いらしいシャーロットたちには軽く声だけかけて、顔合わせだけ済ませておいた。


 戦闘班はもう十分な人数も揃いつつあるし、近い将来の組織再編では、戦闘団に格上げしようかと考えてる。名称を変えると意識も変わるし、悪いようにはならないだろう。今のところは、ただの思い付きだけど。

 現状もひとつの戦闘班の人数が多いから、いくつかの小隊のような編成を組んでるし、幹部候補生が多く現れれば、今は第一から第五までの編成を増やしてもいい。人数はまだ増えるはずだし、キキョウ会の下につく組織だって多分増えていくだろうからね。


 六番通りはこんなもんかな。

 あとキキョウ会の支配下にあるシマとしては、旧マルツィオファミリー、旧スタンベリー会、旧カークチュール組が支配してた場所がある。

 それから他の傘下に収めた組織に支配させてるシマだってある。実質的に私たちキキョウ会の支配下といっていいところだ。実務は任せっきりだけど、多額の上納金を納めさせてるし時々だけど面倒もみてやってる。まぁ、私が出向くことはないし、案内できるほど詳しくはないからパスだけど。



 さてと、そろそろ本部に帰ろうかな。この時間ならもう少し人も戻って来てるだろうし、まだまだ紹介すべき人はたくさんいる。

「マーガレット、本部に戻るわよ。あんたの部屋の準備も出来てるだろうしね」

 新しい毛布の手配とかはしてたみたいだから、準備といってもその辺の運び入れとか簡単な掃除程度だけどね。

 まだ見習い扱いの彼女に個室を用意したか、相部屋、あるいは大部屋にしたかは私にはわからない。その辺は事務班に全部任せてるし、マーガレットの性格からしてどうなっても文句は言わないだろう。それに所持金もないらしい彼女なら、寝床にも食事にも困らない環境はそれだけでも嬉しいだろうしね。


 一応は特別な仕事をしてもらう期待の新人だから、雑な扱いはしない手筈だけど。

「なにからなにまですみません」

 恐縮するマーガレットには気にするなと伝えて、今日のところは本部に戻ることにした。



 戻ってみると、なにやら騒がしい。

 どうやら出掛けてた治癒班が戻って来てるみたいね。

「ほう、例の新入りか。わしがかの有名な治癒師、ローザベルじゃ。困ったことがあれば、なんでも相談するんじゃぞ」

 新人のマーガレットやかなり増えた弟子の前で大物ぶるのは、キキョウ会の顧問にして治癒班のトップであるローザベルさん。

 現代の治癒魔法の発展に大きく貢献した本当に凄い人のはずなんだけど、わざとらしく大物ぶる態度が逆に小物っぽく見えてしまう。冗談でやってるんだろうけど、相変わらずお茶目な婆さんだ。

「そうそう、大いに頼っていいよ」

 相乗りするのはローザベルさんと同じく顧問のコレットさん。謎めいたエルフの美女は、同種族にしては珍しい治癒魔法適性の持ち主で、かつ、伝説の治癒師であるローザベルさんに匹敵するほどの実力者だ。

 どっちも頼りになる人だけど、普段は悪ふざけを生きがいにしてる面倒な人でもある。


 治癒班は各種回復薬の作成のみならず、最近じゃ魔法薬の生成にまで手を出してる。それができるのは、まだトップの二人と一部だけに限られるけどね。

 弟子の治癒師は基本的な治癒魔法と回復薬の生成を頑張ってもらってる。

 キキョウ会で使う分で考えると、訓練も兼ねて作られた回復薬はあまりにも過剰な量ができてしまうんで、つい最近から治癒師ギルドに渡りをつけて売り払うことも始めた。


 治癒師ギルドが扱う回復薬は、本来ならば所属してる治癒師が正当な報酬と引き換えに義務として納品した物がメインになる。通常は忙しい治癒師からは、本当に義務となる最低限の納品に留まるらしいけどね。


 ギルドに所属しない治癒師からも買取はやってるみたいだけど、普通は買いたたかれる。

 さらには私たちのような組織から買い取ったりなんて、通常ならしないはずなんだけど、こっちには伝説の治癒師であるローザベルさんとコレットさんがいる。それが自ら、あるいは弟子が作った物となるだけで色がつく。同じ回復薬で同じ効果しかなくても、欲しがる連中は山ほど現れるんだ。


 今やキキョウ会の後ろ盾もあって、エクセンブラの治癒師ギルドも下手な手は打てないと悟ってるらしく、ちょっかいも掛けてこなくなったらしい。以前はギルドに戻れだのなんだのとの要求が鬱陶しかったらしいけどね。


 あそこはいけ好かない職員が多いけど、ギルド長はまだ話せる奴だったこともあって、交渉の末、取引相手になったんだ。一応、表沙汰にはしない取引だけどね。

 だけど、回復薬の需要はエクセンブラのみならず、世界中でいつでも足りないくらいなんだ。溢れまくってるキキョウ会がおかしいだけで、特にまとまった数を捌くとなれば買い手も多いし高く売れる。


 ウチは余ったものを処分するだけで大金が稼げて、治癒師ギルドもマージンで儲けられる。欲しがる方もたくさん手に入って嬉しかろう。誰もが得をする循環には、キキョウ会を敵視する治癒師ギルド職員も黙らざるを得ない。

 会長である私は全然絡んでないけど、こうしてまたキキョウ会は資金調達と地盤固めが強化されてるわけなんだ。うんうん、素晴らしいことよね。


 一仕事終えた後の暇そうな治癒班と親交を温めた後は宴会で締める。

 これもいつものことで、なにかといっちゃやってることね。

 まだマーガレットが入ったことを知らないメンバーも、ほとんどはここで紹介できる。


 ただ、オフィリアを班長にした遊撃班だけは、エクセンブラの街にはいないからまた今度だ。

 遊撃班には冒険者の活動範囲である森の様子を見に行ってもらってるんだ。不良冒険者の動向や、他の冒険者への何気ない聞き取りなんかもやって貰う手筈。

 班員の実地研修や訓練を兼ねた野外演習も含んでるからしばらくは戻らない予定。帰ってきたら紹介しよう。

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