第115話、雷火の戦士
残された最後の敵、ゴーストに相対するのはグラデーナだ。奴はグラデーナの獲物。それは変わってない。
グラデーナはゴーストに向かって剣を突き出すと、強気に宣戦布告する。
「これから死ぬお前に一つだけ教えといてやるぜ。あたしはなぁ、敵に背中を見せる奴が大っ嫌いなんだ! もう邪魔は入らねぇから、さっきの続きといこうじゃねぇか。さぁ、ぶっ殺してやるから掛かって来いよ!」
そう告げると同時に、なぜか身体強化魔法をカットした。
……なるほど、そうか。邪魔する者のいないタイマン勝負で、己の力のみで本気の勝負を挑もうってことか。その意気やよし!
今のグラデーナは身体強化魔法を使ってないから、魔法薬が効いてる状態だと普通に身体強化魔法を全力で使ってる状態に等しくなる。つまり、魔法薬のインチキなしの状況を自分で設定し直したんだ。
自分の力だけで格上の敵を倒す。倒してみせる。そういうことだ。
厳しい戦いになるだろう。最悪、死ぬかもしれない。一撃で首を落とされてしまえば私だって助けることは不可能だ。それでも、これがグラデーナの選択ならば私は最後まで見届けよう。
一度こっちを見たグラデーナに頷いてやる。思いっきりやってきなさい!
勝負がどうなるにせよ、ゴーストはここで死ぬ。
グラデーナは手加減なんかしないだろう。グラデーナが勝つならば、奴は死ぬ。私はそうなると思ってるけど、仮にゴーストが勝ったとしても、その時には私が殺す。
本当ならゲルドーダス侯爵家には旧ブレナーク側の戦力として、オーヴェルスタ伯爵家とは別に戦力を保持してて欲しかったんだけどね。こうなってしまっては行くところまで行くしかない。キキョウ会を敵に回して、しかも殺し合いを挑んできたのは奴らの方だ。
睨み合う二人の戦士。ゴーストはグラデーナの意図が分からないんだろう。敵を前にして身体強化魔法をカットする意味を図りかねてるに違いない。
ゴーストの阻害魔法は、最早グラデーナには通用しない。
身体強化魔法を使った状態ではゴーストの方が完全に上回る。剣の技量はどっこいどっこいだろう。
だけどグラデーナは剣だけの戦士ではない。近接魔法戦闘だって得意なんだ。そして、そこにこそ彼女の真価はある。
「さっさと来いよ、ゴースト。あたしに勝ったら、ユカリと遊べるぜ?」
「……舐めるなよ、女風情が付け上がるなっ」
意地って奴があるんだろう。それとも、私たち全員を相手にしても僅かな勝算でもあるのかもしれない。
グラデーナさえあっさりと倒すことができれば、ゴーストにとっては若衆は脅威ではない。残す警戒すべき対象が私しかいなくなれば、逃げおおせるチャンスだって生まれる、と思ってるのかもしれない。それとも、私にだって勝てると思ってるのかな。
言葉と同時に動き出す。全力を出したゴーストはかなり速い。
グラデーナも対抗しようとするけど、速度の差は歴然だ。いきなりゴーストの一撃がグラデーナの右腕に直撃する。
「ってぇ!?」
剣を手放さなかったのはさすがだ。手数で攻めるゴーストは速度差にものをいわせてグラデーナを圧倒した。頭部や急所に迫る攻撃以外は、ほぼ防ぐことはできず、何度も外套越しの身体に叩きつけられる。
でたらめなタフさを誇るグラデーナでも、あれじゃいくらも持たない。
あっという間にボロボロにされてしまうけど、ギラついた目は死んでない。あのタフさは称賛に値するわね。肉体も精神力も。打ち身どころか、肉離れや骨折だってしてるだろうに、あのヤル気に満ちた目。
優勢に驕ることなく、ゴーストは冷静だ。グラデーナが持つ長剣のリーチを生かせない近距離で奴は剣を振るう。勝負は決したかのような圧倒ぶりだ。
冷静ながらも圧倒する男と、劣勢ながらも相手を上回る気迫で勝機を待つ女。
勝ち目など全く見えない。どう見たって逆転なんて不可能だ。それなのに、あの覇気に満ちた目だけが敗北の予感をねじ伏せる。
チャンスは一度。グラデーナはそれを狙ってるんだ。
離れようとするグラデーナに、ゴーストはさらに距離を詰める。
――グラデーナの、狙い通りに。
肉薄するような距離に至って、グラデーナは自らの得意な魔法を初めて使った。ここまで来てやっとだ。
それは電撃を纏わせた拳による殴打。
剣を右手だけに握らせて、繰り出した左の拳。至近距離で狙いすました一撃は外れない。
金属の軽装鎧を身に纏ったゴーストは、ただの拳にしか見えないそれを避ける必要すら感じなかっただろう。あるいは魔力を感じ取っていたとしても、対魔法に優れた魔導鉱物の鎧に自信があったのかもしれない。
それに、もし別の予感が働いたとしても、あのタイミングじゃ避けられない。完璧だ。
「うおおおおおおっ!」
吼えるグラデーナの左の拳が鎧の胸元、心臓の辺りを捉え、バヂっと破裂するかのような雷火が炸裂した瞬間。
右手に持った剣で、ゴーストの首は胴体から切り離された。
「……か、回復、頼む」
蓄積したダメージがもう限界だったみたいで、回復だけ頼んで倒れ込むグラデーナ。
「姉さん! 大丈夫ですか!?」
「グラデーナさん、やっぱすげぇよ! 大逆転じゃないっすか!」
走り寄る若衆たちが必死に呼びかけるけど、もう気を失ってるわね。
ここに至ってはもう警戒の必要はない。ヴァレリアの方も片付いたみたいで、こっちに向かってきてる。私たちの役目もこれで終りね。
倒れたグラデーナに第三級の傷回復薬をぶっかけて傷を癒してやる。
さっきの戦闘を思い返すけど、本当に大逆転って感じだったわね。それだけあの魔法が反則級に強いってことなんだけど。
グラデーナの魔法適正は雷魔法だけど、これは結構レアな魔法適正だ。世界中を探すとなればそこそこの人数はいるだろう。だけど戦闘で自在に使いこなすレベルとなれば、かなりの少数派だ。それだけ扱いが難しいってことね。
そんな魔法使いがキキョウ会にはグラデーナの他にアルベルトもいる。同じ魔法適正であっても、ふたりの魔法の使い方が全く異なるのは興味深い。
グラデーナが使ってるのは雷魔法といっても、魔力によって疑似的に"電気のようなもの"を放出してるわけじゃない。魔法によって間接的に引き起こされた、自然現象としての雷そのもの、もしくはそれに近いものだと思われる。
世の中の凄い魔法使いの中には天から自在に落雷並みの魔法を対象に命中させるなんて離れ業を使うのもいるらしいんだけど、グラデーナの場合にはもっと小規模で直接的に電撃を操るって感じなんだ。
大規模なのが無理な代わりに小回りが利く感じで、便利な電気ショックのスタンガンを常時携帯してるようなもんだ。大かがりなことや難しいことができない代わりに出力だけならアホみたいに高くできるから、大型の魔獣であろうとも昏倒どころか余裕でショック死させられる凶悪さがある。
この魔法っていうかグラデーナの電撃の凄いところは、当てさえすれば問答無用でほぼ致命的な有効打になることだ。
電気ショックによって生物の筋肉は強制的に収縮してしまうから、痛みに強いとか根性があるとか関係なく行動の自由を奪えるんだ。威力の加減も利きやすいから、相手によって即死させるか痺れさせるかなど調整だってやりやすい。
さらには魔力による疑似的な電撃とは違うから、対魔法防御が何の意味もなさないというところに真価がある。これは凄いことだ。
グラデーナは自らの身体に、ある程度まで自由にその電気を纏わせることができる。ただし、肉体限定みたいで武器や防具に電気を纏うことはできないらしい。そんなわけで殴る必要があったわけだ。
ともかく、拳に纏った強力な電撃は通電しやすい金属の鎧を通してゴーストの体に流れ込んだ。彼女の操る高電圧ならば、空中放電によってでも感電させられるはずだけど、より確実を期すために直撃させるチャンスを待ったんだろう。
最後は呆気ない幕切れのように見えても、ゴーストにとってはどうにもできない終わり方だ。
電気ショックによって硬直した直後、容赦のない剣が首を刈り取った。斬るまでもなくショック死してたかもしれない。それだけのことだ。それだけのことでも、分かりやすく凶悪で強力な戦法だ。私だってあの電撃を食らえばただじゃ済まない。キキョウ会の副長代行、ここにありって強さよね。
それに雷魔法は適性がなければ使えないから、私も当然使えない。正直うらやましいと思う魔法だ。グラデーナの場合はかなり特殊だしね。
なんにせよ、魔力を伴わない電撃ってのは強い。強力無比とさえ言ってもいいかもしれない。絶縁処理された防具を持ってる奴なんて、まずいないから、攻撃を当てさえすれば電撃による行動不能や火傷によって大ダメージを与えられる。
グラデーナの電撃が命中し雷火が煌めいたとき、それは敵が間違いなく倒れるときなんだ。
倒した敵の持ち物を回収してるとヴァレリアが戻って、ほどなくグラデーナも目を覚ました。
怪我をした若衆も倒れたグラデーナももう全快だ。ウチのメンバーなら今からもう一戦だってやれるだろうね。
「ゴースト、強かったわね。満足できた?」
「……まぁな。でも本当なら最初の阻害魔法でやられてたけどな」
うん、正直でよろしい。魔法薬がなければ、多分、盛り返す前に負けてたわね。
ゴーストの阻害魔法はかなり高度な魔法だった。あのレベルで阻害魔法を使いこなす奴は、そうそういるもんじゃないだろう。入念に対阻害魔法の訓練を積んでたはずのグラデーナでさえ苦戦したんだ。
「あれは年季の違いよ。まだ私たちは若いしね。これからも基礎訓練を続けていけば、特別なことをしなくたっていずれは追い越すわ。それに、よく言うじゃない? 強い奴が勝つんじゃない、勝った奴が強いんだってね」
「ははっ、そうかもな。でも、あたしもまだまだってことだ。もっと気合い入れねぇとな!」
大きな壁を乗り越えたグラデーナはもっと強くなるはずだ。
敵の最大戦力であるゴーストは確かに強かった。地力の強さはもちろんだけど、特にあの阻害魔法は厄介極まる。
地力に勝る強い戦士であっても、あの魔法の前には敗れ去るだろう。それだけ強力な魔法だった。
下手な暗殺者を送って来ず、いきなりゴーストと戦ってたとしたら、私たちは全滅してたかもしれない。
でも、現実は違う。生き残ったのは私たちだ。教訓に学び訓練を重ねて阻害魔法への対抗技術を身に着けた。それだって簡単なことじゃない。
そして私はもっともっと上を想像してる。
様々な魔力パターンや出力でもって、ランダムに阻害される妄想とかを無駄に色々考えて訓練を重ねてるんだ。多分だけど、世界のどこにもそんなことまでする奴はいないと思う。でも、可能性はゼロじゃないし、なによりも私自身が思いついてしまった手段なんだ。存在する可能性がある以上、油断はできない。そこまでやってるのはキキョウ会でも私だけしかいないけどね。
そんな私からしてみれば、ゴーストが使ってた阻害魔法なんて秒で破れてしまうレベルでしかない。
見た瞬間に理解できたし、破れる確信まで持てた。実はその辺の技術はキキョウ会で阻害魔法の適性があるソフィにフィードバックしてて、彼女は人知れず恐るべき阻害魔法の使い手になってたりする。ソフィの協力もあって、私たちは対阻害魔法の技術を磨いたんだよね。まぁ余談だけど。
とにかくここでの私たちの仕事は終わりだ。
クリムゾン騎士団はまだなにをやってるのか撤収はしてないらしい。それでも余計な手出しは無用だろう。
「お姉さま、どうしますか?」
「騎士団の連中はまだ上にいるみたいだな。ちょっくら様子でも見に行くか?」
「……他にも襲撃があるなら、とっくに来てるだろうし、もうここは大丈夫かな。上も戦闘してる感じじゃないし、先に帰ろうか。拠点が気になるわ」
ロスメルタは拠点への襲撃の可能性は低いって予想してたけど、こっちでのゲルドーダス侯爵家からの襲撃は予想を大きく超えた人数だった。あの人だって全知全能ってわけじゃないんだ。こっちの騎士団より、拠点の方が心配ね。
「あっちはオフィリアとアルベルトにミーアがいるからな。それにいざって時のコレットさんもいるし、問題ないとは思うがな」
「でもお姉さまの予感は当たります。早く帰りましょう」
たしかに悪い予感はしてる。そして、悪い予感ほどよく当たる。世の中、そういうもんだよね。
「なにもなければいいけど、少し気になるわ。さっさと戻るわよ!」
「おう!」
荒らした現場もそのままに、慌ただしくジープに乗り込んだ。
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