第109話、伯爵夫人の訪問

 キキョウ会の王都拠点は高く重厚な外壁と、それに囲まれた倉庫群からなる要塞じみた造りで構成されてる。

 その倉庫群のひとつが宿舎棟のような構造に造り替えられていて、私の部屋もそこに準備万端となってたんだ。


 前までは適当に床で雑魚寝だったはずだけど、今は個室とベッドがバッチリと準備されてるような豪勢さだ。無駄に凄い。

 寝具も貴族が使う上等なもので、刑務所とは雲泥の差がある。

 そんな至れり尽くせりな環境と邪魔の入らない久々に快適な睡眠を満喫すると、いつも以上の爽快な朝を迎えられた。


 早朝からキキョウ会メンバーと一緒に楽しい戦闘訓練で体をいじめると、みんなで広々とした浴場で汗を流す。裸の付き合いって奴よ。

 着替えて朝食を摂った後、ちょっとした話をして昼前には動き出す。

「じゃあ行ってくるぜ。お貴族様を怒らせたとしても、あたしは知らねぇからな」

 不調法者であると自認してるらしいグラデーナは、ロスメルタに失礼を働いて怒らせてしまうことを心配してるらしい。

 あの人なら平民の無作法なんて気にしないだろうし、むしろ私たちと手を組むならその程度でいちいち目くじら立てられてたらやってられない。ロスメルタの周りにいる人からしたら気に食わないかもしれないけど、そこは慣れてもらうしかないかな。付け焼刃で完璧な礼儀作法なんて覚えられないし、仮にそんな真似をしても、逆におちょくってるようにしか見えないだろう。


 最後まで不服そうにしながらもデルタ号を発進させるグラデーナを見送って、私たちは伯爵夫人御一行を出迎える準備だ。

 準備といってもそれほど大したことはない。時間的に昼食の時間には差し掛かるから、その仕込みと掃除をするくらいか。


 ジョセフィンから不在時のもっと細かい報告を聞いてる内に時間が過ぎる。

 具体的な潰した相手や、話を付けた相手のこと、ぶんどった慰謝料なんかの成果、ギルドの状況。

 これまでの成果は上々だ。キキョウ会の物資は潤沢。立派になった寝床やこの要塞を見れば分かるように、生活物資や資材に不足はない。各ギルドとの関係は良好だし、持って帰るお宝もたくさん確保してるらしい。

 傭兵ギルドにも随分と余裕が生まれたらしく、近々ゼノビアは傭兵稼業を休業してこっちに来ることになってるんだとか。嬉しいわね。


 必要な事を話し終え、雑談を始めたタイミングで報告が入った。

「ユカリさん、ジョセフィンさん、いいですか。グラデーナさんがそろそろ戻るみたいです」

「そう、じゃあ門まで出迎えに行こうか」

 若衆の報告に頷くと、ジョセフィンと一緒に席を立つ。

 要塞に設けられた、ひと際高い尖塔は見張り台になってるらしく、王都の遠くまで見渡せる。デルタ号は目立つし、近づいてくればすぐに分かるだろう。



 キキョウ会メンバー総出でデルタ号を迎える。

 近くに来たらしいデルタ号から合図のつもりかクラクションが一度鳴らされた。

 間もなく姿を現したデルタ号は、あらかじめ開いておいた要塞の門をくぐって、ノンストップで中に侵入すると、私たちが出迎えるちょっと手前までやって来て停止する。


 助手席に乗ってた赤い鎧の騎士がデルタ号から降りると、こっちに目配せだけして了解を取ってから荷台の扉を外から開こうとする。

 気の利くウチの若衆が率先して扉を開くのを手伝うと、まずは赤い鎧の騎士団がぞろぞろと降りて来て周囲の安全を確かめるべく警戒する。

 出迎えの私たちは非武装だけど、魔法の使える世界においては武器を持っていないからといって、安全が確保されてるわけじゃない。それでも友好的な態度から敵意がないことくらいは示せるだろう。


 赤い鎧の騎士団が壁を作る中、藍色の髪の騎士が進み出る。騎士団長のフランネルだ。

「ユカリノーウェ殿、出迎え感謝する。レディをお連れした」

「うん、よく来てくれたわね。ロスメルタは車両に乗せたまま中に入る? それともここで降りる? 遠くから監視されてるわよ」

 この拠点はいくつもの視線にさらされてる。どこの誰かまでは分からないけど、とにかくたくさんだ。ロスメルタが姿を現せば、一発で王都中の勢力に知れ渡ることになるだろう。

 まぁ、この目立つ赤い騎士団の所為で、すでに隠すも何もないだろうけど。

「元より織り込み済みだ。オーヴェルスタ・クリムゾン騎士団、整列!」

 フランネルの号令に騎士団が一斉に動き出すと、デルタ号から私の目の前まで続く道が出来上がった。道の左右に騎士が並んで、通路を形作ってるんだ。その先には貴族らしい華やかな衣装に身を包んだ美しき伯爵夫人の姿。


 ロスメルタはゆったりとした足取りで進むと、私の前まで来て、優雅に微笑みながら挨拶をしてみせる。

「ユカリノーウェ、本日はお招きありがとう」

 私が招いたつもりはないし、ロスメルタが来たがっただけなんだけど、そこを指摘するのは大人げないってもんだろう。

「よく来てくれたわね。今頃、ここを監視してる連中は大慌てになってるかな」

「ふふ、何が起こるのかで王都は表も裏も大忙しになるのでしょうね。そんな様を笑って見ていられるのも、仕掛ける側の特権よ」

 苦労をするのはこっちだって変わらないから、笑う気にはなれないけどね。

 ただ、先手必勝は私の好みと合う。待つよりも先に仕掛けるのは望むところだ。

「それにしても、聞きしに勝る要塞ぶりね……。こんなものを余所者であるキキョウ会が良く造れたものです」

 それは我がキキョウ会の教育と訓練の賜物。


 外周を覆いつくす頑丈な外壁の核は私が造ったけど、その他は全てプリエネが主導した若衆によって造られたものだ。

 急造の建築班は最初こそ手間取ったものの、そもそもの魔力量が一般と比べれば桁外れだ。訓練課程で徹底的に鍛えられる魔力と、魔法を具現化するための基礎知識やイメージ力は並外れてる。そんな連中が揃ってるのがキキョウ会なんだ。魔法適正さえ合致するなら、その適性の許す範囲において大抵のことはこなしてくれるだろう。


 普段なら余計なことは外注で済ませるけど、今回は状況が許さなかったしね。さすがに自前でここまでできるとは、私も予想の上をいってたけど。

 感心するロスメルタにこの要塞がいかに優れてるかなんて自慢しながら、本拠点となる倉庫の中に案内した。



 大勢が見守る中じゃ、相談事もやりにくい。話し合いの席には必要最低限で臨む。

 キキョウ会側は私とグラデーナ、参謀役のジョセフィン、護衛のヴァレリアが席に着く。

 伯爵家側はロスメルタと見たことのない実直そうな男、ただ者ではない気配を漂わせながらも何故かメイドの恰好をした妙齢の女、そして騎士団長のフランネルが同席した。


 この場の主導権はロスメルタの方に渡す。あくまでも伯爵家がメインとなって事を起こすわけだし、私たちキキョウ会はその手伝いなんだからね。

 準備が良さそうなところでロスメルタに向かってひとつ頷くと、彼女は隣に座った実直そうな男に進行を促す。

「お初にお目に掛ります、キキョウ会の皆様。わたしはロスメルタ様の次席秘書を務めております、カントラッドと申します。ロスメルタ様の命により、本日の進行役を務めさせていただきます」

「私たちに遠慮は不要よ。始めて」

 最初の顔合わせってことで、一応の自己紹介から始まった。まどろっこしいけど、まぁしょうがない。お互い、名前も知らない相手と話し合いなんて、やり難いだけだろうし。


 秘書の男は別にいい。まだ若い感じだけど如何にも有能な秘書って感じだし、私としてはそれ以上の感想はない。名前だって多分、明日には忘れてる。少し気になったのは、次席秘書ってことは主席だか筆頭だかの秘書が別にいるだろうってことだけ。

 フランネルが紹介された際にはグラデーナとヴァレリアの目が光ったけど、それもまぁいい。この先、訓練で手合わせをする機会くらいあるかもしれない。

 最も気になったのはメイドの格好をした女だけど、こいつはやっぱりただのメイドじゃなく、ロスメルタの身辺警護役であり、伯爵家で諜報を担う役目もやってるらしい。得体の知れない感じだけど、その分、実力もあるんだろう。なんとなくだけど、ジョセフィンと似たような空気がある。

 こっち側の紹介をした時にも、同じような感想だったと思うし、その辺はお互い様だろう。


 さて、本題だ。

 ここで顔合わせをした両陣営、共通の目的はオーヴェルスタ伯爵家が王都を安定的に支配すること。

 そのために必要なのは、まずもって外国勢力の排除だ。今日はそのやり方を話し合うんだ。


 秘書の男が主導して本題に入る。

「レトナークの裏社会を中心とした外国勢力の排除が必要なことは自明ですが、いくつか問題があります」

 こっちでも問題があることは分かってるけど口は挟ますに先を促す。それはお互いに分かってるはずだけど、こういうのは共通の認識を明確に持っておくことが重要だ。分かってるはず、なんてのは危険な思い込みだ。

「はっきりと申し上げて、ロスメルタ様指揮下の部隊はそれほど数が多くありません。そちらの戦力規模を具体的にお聞かせ願えますか?」

 伯爵家はロスメルタが当主代行として動いてはいるけど、病床に伏した伯爵を守るために伯爵家本邸に主戦力が詰めてるんだとか。

 クリムゾン騎士団は、後になってロスメルタが個人的に集めた私兵だ。その私兵があの実力ってのが凄いところだけど、人数が多くはないし、騎士団に所属してない兵力だって潤沢にいるわけじゃないらしい。

「今動かせる戦力、として数えられるのは30人くらいね。そっちは?」

 私が戦力として勘定するのは、グラデーナとヴァレリア、それからアルベルトとミーアに見習いを含めた第三戦闘班の若衆、オフィリアと見習いを含めた遊撃班の若衆、それと戦闘支援班の若衆だ。実地研修も兼ねて第三戦闘班と遊撃班の見習いも帯同してるけど、彼女たちを矢面に立たせる気はない。ただ、それでもある程度の戦力としては見込める実力はあるから、戦力には勘定する。

 情報班はジョセフィンも含めて情報戦に終始するはずだし、最悪の場合のいざという時の戦力として通常の戦力からは除外する。コレットさんと見習い治癒師も除外だ。


 これから王都を獲るための大規模な抗争をおっぱじめようって時に、この人数だけを聞かされれば少なく思われるかもしれない。

 それでもだ。キキョウ会のメンバーたる者は、そんじょそこらのただの30人じゃない。見習いだってゴロツキよりは遥かに頼りになるし、正規メンバーは一般レベルから大きく逸脱した実力を持つ。幹部に至っては一騎当千と評しても差し支えない。強者を自負する私が太鼓判を押す30人だ。

「こちらは200人程度とお考えください。いずれにしても、王都全域に渡る外国勢力を排除するには戦力不足です」

 外国勢力は実力はさておき人数だけは多い。概算で少なく見積もっても数百人では収まらないだろう。

 しかも、奴らは本国からいくらでも送り込まれてくるんだ。実質、数千人いると考えていいし、もちろん一か所にまとまってるわけでもない。私たちだけで全て潰すとなれば、どれだけの時間が掛かることか。


 具体的にどうするつもりなのか、ここからがお手並み拝見ね。

「そこで戦力を増やします。様子見や日和見を決め込んでいた貴族や私兵を持っている商会に対して檄文げきぶんを送り我々の陣営に加えます」

 はて、檄文を送った程度で決起するんだろうか。相当に腰の重い連中だと思うけど。

 この程度の疑問は想定してたのか、秘書の男は説明を続ける。

「無論、言葉だけで説得はできないでしょう。そこで本気であることを示すために行動しますが、その前にひとつ毒を流し込みます」

「……毒? 流すってどこに?」

「ここからは極秘事項になりますので、キキョウ会の代表であるユカリノーウェ様には、こちらの誓約書にサインを頂戴いたします」

 機密保持契約みたいなもんってことか。なんだか冷めるわね。

「……本気で言ってる? 私たちに対して?」

「え、ええ。重要な機密ですので、ぜひご同意いただければ……」

 私は秘書の男からロスメルタに視線を移すけど、彼女は面白そうに見てるだけだ。まぁいいわ。なら言ってやろうか。


 背筋を伸ばすと秘書の男に睨みを利かせる。グラデーナたちも私に倣って、同じように態度をとった。

 空気が変わったところで、私からの忠告だ。よーく、聞いておきなさい。青二才。

「筋を通す。それが私たち、こっちの世界のやり方よ。誓約書? そんな紙切れなんて必要ないわ。というよりも、そんな紙切れ程度で私たちを縛ろうとする事の無意味さ思い知るべきね」

 書面でもって合意を得る。それは貴族や商人の習慣であって、裏社会では通用しない。今回のは別に商取引をしようってわけじゃないんだ。そして私たちキキョウ会側には契約関係に明るい人材もここにはいない。この時点で対等な取引とはいえない。


 ロスメルタが妙な企みをしてるかどうかなんて分からないけど、やるとしたら巧妙な文書の作り方で私じゃまず気付けないだろう。だけど騙し討ちするようなことがあれば、誓約書や契約書なんてもんがあろうがなかろうが関係なく報復する。

 キキョウ会は裏切られない限り、こっちからは裏切らない。そして意外なことに裏社会の組織は基本的にはどこでも同じだ。筋を通さないところは排除される運命にある。なんにせよ、信用が大事な商売ってことだ。


 私たちはこいつ舐めてんのかって顔を思わずしてしまったし、特に強面で迫力のあるグラデーナには、秘書の男もびびってしまったようだ。息をのんで硬直してる。

「あまりいじめないでやって頂戴。カントラッドは有能な秘書だけど、まだ経験が浅いのよ。カントラッド、誓約書は要らないから計画の全てを話しなさい」

「……ロスメルタ様がよろしければ。皆様、失礼をいたしました。それでは計画をお伝えします」

 ロスメルタに助け舟を出された秘書の男は、姿勢を正すと改めて計画とやらを聞かせてくれた。



 計画の全貌を聞かされた私たちは、その大胆不敵でありながらも先を見据えた内容に驚嘆するしかなかった。

 たしかに、これは機密中の機密だ。事前に漏洩しようもんなら成立し得ない。

 見事な計画だとは思うけど、それでもまだ机上の空論だ。本当に上手くいくかどうかは分からない。

 どう転ぶにせよ、私はこう思わずにはいられない。そしてそれを素直に伝える。

「……ロスメルタ。あんた、とんでもない悪党ね」

 そう言いつつ、私は微笑んで手を差し出す。

「あら、わたくしのどこが?」

 とぼけたことを抜かしながらも、こちらも微笑んで私の手を取るロスメルタ。


 片や王都を牛耳ろうという伯爵家の当主代行。

 片やエクセンブラ裏社会の新興勢力である組織の会長。

 立場は違えど、案外いい友達になれそうだ。

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