第107話、サプライズ
私を誘って軽やかに先を歩くロスメルタを不審に思いながらも付いていくと、客間であろう部屋の前に到着した。
ロスメルタは目的地らしいそこのドアを、軽くノックだけをして返事も待たずに開け放つ。
「ごめんなさいね、お部屋に待機なんかさせちゃって。でも、お友達を連れて来たから、それで許してね」
なにやらお茶目なことを言いながら部屋に入っていくけど、いったい誰なんだか。私も遠慮せずに部屋に入ると、そこにはまさかの見知った顔が。
その人は書き物をしてたペンを落としながら、驚いて声を上げる。
「……ユカリさん!?」
「え、カロリーヌ!? なんでこんなところに!」
「うふふ、感動的な再会ね」
してやられた。カロリーヌがなにをやらかして隠れることになったのかは知らないけど、ロスメルタが匿ってくれてたらしい。
気になるのはふたりの関係だけど、それは後で聞こう。いま大事なのは、ロスメルタが私の友達を助けてくれてたってこと。手を組むべき理由が増えたわね。そんなつもりはないけど、これで私が裏切ることはなくなった。義理は大事だからね。
「わたくしはこれから執務があるので外します。積もる話もあるでしょうし、お茶を入れさせるからゆっくりしていって」
私の心境を知ってか知らずか、悠々とロスメルタは部屋を出ていく。やられたわね、隠し玉にしては上等すぎる。
ソファーに座ってメイドの給仕を受けると、改めてカロリーヌと向き合う。
「……カロリーヌ、元気そうでなによりよ。まさかこんなところで会えるなんて思ってもみなかったけど」
カロリーヌの隣に移動すると、体のあちこちに触れながら再会を喜ぶ。
「あたしもそうだよ、ユカリさん。ロスメルタ様もお人が悪い」
サプライズって奴か。もしかしたら、私との話し合いが上手くいかなかった時の切り札だったりしたのかもね。
「それで、込み入った事情かもしれないけど、良かったら話してくれない?」
「もちろんさ!」
隠し立てすることもなく、カロリーヌは全てを話してくれた。
女子再教育収容所から王都に戻ったカロリーヌは、売春婦の元締めとして王都にいた関係者をまとめ上げていた。
戦争中だった王都から一旦は逃げ出した人たちだったけど、行き場のない彼らは壊滅した王都に戻っていたんだ。
プロの売春婦は、荒廃した環境では極めて重要な職業だ。安い料金で荒くれ者や寂しい者たちを慰め、治安の向上に貢献する。平時にも大事だけど、特に非常時には欠かせない職業ってことね。
カロリーヌは元締めとして客とのトラブルを解決したり、理不尽に上前をはねようとしてくる裏社会の組織とも上手く渡りを付けてやってたらしい。それは収容所に入る前からやってたことと変わらない。
だけど、戦後になって大幅に勢力を拡大したのは、元いた王都の裏社会の組織じゃなく、レトナークの新興勢力と蛇頭会。
残念ながらその新興勢力は話しの通じる相手じゃなく、ただ搾取するだけの存在だった。いや、搾取というには生温い。高額すぎる上納金や勝手な召し上げ、いつの間にか居なくなる娼婦も続出したし、薬漬けにされる娼婦や常連客も多数出始めた。
あまりの暴挙に反発は必至。カロリーヌは元締めとして、関係者一同と一致団結して対抗しようとしたらしい。ただ、暴力で対抗することが不可能なことは明白。荒事に長けた売春婦なんてそうそういるもんじゃないし、後ろ盾になってくれる勢力に心当たりもない。
それでも黙っているわけにはいかないことから、ギルドやマスコミを通じて窮状を訴えようと画策してたところで襲撃を受けたらしい。
カロリーヌはなんとか逃げおおせたものの、共同戦線を張ってた関係者は一網打尽。逃れたカロリーヌにも、王都の裏社会では賞金が掛かったらしくて潜伏せざるを得ない状況に追い込まれてしまった。
ロスメルタは子供の誘拐と人身売買の撲滅のために独自に動いてたこともあって、カロリーヌはそれに目をつけて接触したらしい。そして持ってる情報と引き換えに、娼婦たちの救出と自身の庇護を求めて今に至るわけだ。
一通りの話を聞いて私も驚いた。かなりハードな状況よね。
「……あんたも苦労したみたいね」
「まぁね。ロスメルタ様のお陰で、ある程度は救われたけどさ」
いくら伯爵家でも既にどこぞへと連れていかれてる人までは救出できない。子供と一緒に囚われてた人だけが助けられたらしいけど、それだけが精一杯なんだろう。余力だってそんなにないだろうしね。
助かった、あるいは無事だった娼婦は既に王都は脱出してるらしい。別の街とか国とか、今ではバラバラだ。そして大勢の娼婦がいなくなった王都では、女性が被害にあいやすくなってる状況で、実は深刻な問題になってるらしい。ロスメルタはカロリーヌの助力を得て、敵対勢力の排除後に色町の再建を急ぐ腹積もりもあるんだとか。色々と考えてるわね。
そうなるとだ。自動的にカロリーヌは王都での仕事でしばらく忙しくなってしまう。その辺のことは片が付いたら改めて話そう。
「とにかく、カロリーヌ。無事でよかったわ」
諸々の面倒な事情は置いておくとして、私たちは一先ず互いの無事を喜んでハグを交わした。
ハグの後もカロリーヌと話をしているうちに、いつの間にか時間もかなり経っていた。
私は一度キキョウ会の拠点に戻るべくカロリーヌの部屋を辞すると、メイドの案内でロスメルタの私室を訪れた。
「ロスメルタ、私は一旦拠点に戻るわ。細かい段取りの話なんかは、また後日ってことで」
「ええ、分かりました。あ、そうだ。わたくしもユカリノーウェの屋敷を見てみたいわ。次はわたくしがそちらに伺います」
どういう風の吹き回しだ。こんなムショの中に屋敷まで作って隠れてるくせに。
「あんた、隠れてるんじゃなかったの? ウチの拠点なんて見張ってる奴がいくらでもいるだろうし、すぐにバレるわよ?」
「わたくしはユカリノーウェと手を組んで動き出すと決めたのです。かくれんぼの時間はもう終わりにするつもりです」
そこまで覚悟を決めてるなら、こっちとしても構わない。もう私は乗り気になってるしね。
それに、このムショまでまた来るのも面倒だ。ロスメルタから会いに来てくれるんなら、手間が省けてちょうどいい。
「じゃあ明日の昼頃にしようか。迎えを寄こすから、それに乗ってきて。身柄の安全は保証するわ」
「あら、それは助かります。例の派手な大型車両ね?」
ロスメルタの居場所がバレる事が問題ないなら、遠慮はいらないはずだ。ド派手だけど、突き抜けた防御力を誇るデルタ号を迎えにやる。
デルタ号は装甲兵員輸送車だから、護衛の騎士だってかなりの数が同乗できる。今回には打ってつけだろう。
むしろ、伯爵家がいよいよ動き出すってことで、ド派手に決めるのはアピールになるかもしれない。隠れる必要がなくなったってのなら、伯爵家主導をアピールするためにも、積極的に目立つべきだ。
「そうよ。アレの運転手はあんたのとこの騎士団長に匹敵するような強者だし、万が一の事態だってどうにでも跳ね返すわ」
運転手の座はグラデーナが譲らないだろうし、今回はロスメルタの護衛を兼ねるから私も文句はない。
「……運転手が、ですか?」
「まぁね。とにかく私は帰るわ。また明日」
さすがのロスメルタも運転手が強いってのは想定外らしい。貴族家の運転手が基準じゃそう思うのも無理はないけど、グラデーナの趣味を説明するのも面倒だ。実際に会ってみれば、なんとなくでも察するだろう。貴族は空気を読むのが上手いし、ロスメルタなら間違いない。
さて、これでようやく、みんなのところに帰れるわね。
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