第106話、お友達?

 騎士団長フランネルの案内で屋敷の中に入ると、初めに聞こえて来たのは複数の子供の声。次いで目に入るのは走り回る元気な姿だ。

 鬼ごっこのような遊びでもしてるのか、楽しそうに何かから逃げ回る様にして走ってる。広い屋敷ならではだろう。大人でも走り回れるくらい広そうだし。ちょうど走る子供を追いかけるメイドも現れた。なんとも平和な光景ね。


 客として訪れた私には、同行してる騎士団長のフランネルがそのまま案内係を務めるらしく、応接室に連れていかれた。

 そういや、ジョセフィンから伯爵夫人は子供好きって聞いてたわね。まさか屋敷が託児所みたいになってるとまでは思わなかったけど。


 案内された無人の応接室に入ると、そこには見慣れた服と装備が置いてあった。

「いつまでも汚れた囚人服では落ち着かないだろう。俺はレディ・オーヴェルスタと話をしてくるから、着替えを済ませておいてくれないか。少ししたらメイドをやるから、茶でも飲みながら待っていてくれ」

 そういうことなら着替えようか。きっとあの中年女囚が手配しておいてくれたに違いない。


 部屋を出て行くフランネルを見送ると、さっそく血に汚れて破けた囚人服を脱ぎ捨てて、着心地の良いトーリエッタさん作の服を身に纏う。浄化魔法でさっぱりとすることも忘れない。

 室内での話し合いで、今更戦うこともないだろうから外套までは着込まない。

 魔道具のかんざしで髪をまとめると、妙に気が引き締るような気がする。今では割とお気に入りのスタイルだ。うん、よし。

 ついでに装備の確認をしてると、静かなノックのあとに折り目正しいメイドが入ってきて給仕してくれた。

 紅茶の香りを楽しめるなて、久々に優雅なひと時ね。



 かなり落ち着いた頃合いに、お呼びが掛かった。

 どうやら朝食を一緒に食べながら挨拶をしようってことらしい。お腹も空いてるし、ちょうどいい。ご相伴に預かろうじゃない。


 案内されたのは大食堂。それも子供たちが勢揃いしてるのか、多くが席について今か今かと食事を待ってる状況だ。

 え、まさかこの環境で私も食事をすんの?

 奥のテーブルにはフランネルがすでに着席して待っていて、私と伯爵夫人の分と思われる皿も準備してあった。

「……ちょっと、これどうなってんのよ?」

「なにがだ?」

 なに不思議そうな顔してんのよ。フランネルのすっとぼけた顔を見ながらも大人しく席に着くと、間もなく待ち人が現れた。


 オーヴェルスタ伯爵夫人といえば、王都での有名人。しかも、それは裏の実力者であるゲルドーダス侯爵とも張り合えるくらいの大物だ。

 その人の写真を見る前は、私は歴戦を思わせる老獪な老婆や中年女性を想像してた。まぁ、それが普通だろう。

 しかし、実際の伯爵夫人の見た目はかなり若い。そして美人だ。年は相応に食ってるはずだけど、やっぱり外見年齢は当てにならないわね。


 伝統ある大貴族家の夫人として相応しいような、美貌と知性を備えているように見える。写真よりも実物の方がもっと気品があって美しい。

 彼女は私がいるテーブルまでくると、お茶目にウインクだけしてみせて、食事の前の挨拶を始めた。

「みなさん、おはようございます。今日はこちらのお客様がお見えになっていますから、お行儀よくしましょうね。それでは朝食をいただきましょう」

 宗教的な祈りの言葉などはなく短く挨拶を終えると、元気に返事をした子供たちがさっそく騒ぎながら食べ始める。

 刑務所の中に幼稚園。でもって、その園長が伯爵夫人? なんの冗談よ。


 準備されてた皿に湯気を上げるスープが注がれると、コンソメのような食欲をそそる匂いが立つ。

 小さめの丸パンが山盛りになったバスケットからも香ばしい匂いが漂い、見た目にも鮮やかな色とりどりのピクルスも食欲を誘う。

 これまた大量の炒った豆とゆで卵もあって、タンバク源も申し分なさそうだ。

 逼迫してるはずの王都とは思えないほどに充実した朝食だ。平時の貴族家の食卓からすれば質素かもしれないけど、状況を鑑みれば上等な部類だろう。子供たちの栄養に配慮でもしてるんだろうか。

「さあ、わたくしたちもいただきましょう。遠慮なく召し上がってくださいね」

 明るい笑顔の伯爵夫人はそう言うと、さっそくスープから手を付け始めて、世にも幸せそうな顔でスプーンを口に運んでは子供たちに慈愛の視線を送っていた。

 なんか思ってたのは違うわね。まぁいいわ。貴族ならいくつもの顔を持ってるのが普通だろうし、気にしてもしょうがない。

 それよりもまずは腹ごしらえだ。朝っぱらからハードな運動したし、実はかなり空腹なんだ。


 ゆっくりと少しずつ食事をとる伯爵夫人、黙々と大量のパンの山を減らすフランネル、静かながらも高速でスープを飲み干し次々と給仕される料理を平らげる私との奇妙で平和な食卓。

 子供たちは食べ終わったのから、勝手に食堂から出て行ってるようだ。食後から元気に遊ぶのかもしれない。

 食べるのが遅い子供が何人か残ってるものの、やがてそれもいなくなる。

 それでもしつこく食後のフルーツを食べ続ける私を、のんびりと紅茶を飲みながら待つ伯爵夫人とフランネル。いや、このオレンジが目を剥くほど美味しくてつい。


「……んんっ! 待たせたわね。えーと、レディ?」

 いくつかオレンジを食べて満足した私は、咳払いをして話を促す。

「ふふ、わたくしのことはロスメルタで構いませんよ。これからお友達になるかもしれない間柄なのですから、畏まることはありません。ね、ユカリノーウェ?」

 食えない女だ。どこまで本気なのやら。

「そう? じゃあ、ロスメルタ。私の用件は分かってるはずよね。早速で悪いけど、返事を聞かせてくれない?」

「まぁ、せっかちね。折角こうして会えたのに」

 悪戯っぽい笑顔と上品な仕草は、ムカつくほど魅力的だ。これが社交で鍛えた技なのか。

 まぁ、今更急いでも意味はない。無駄話がしたいなら少しくらい付き合ってやるか。こんなところに籠ってたんじゃ、いつも同じ話し相手しかいないだろうしね。


 私は軽く肩をすくめると、お茶のお代わりを要求して話を変えた。

「それにしても子供が多いわね。ここはなに?」

 気になってることを聞いてみる。こんな刑務所の奥の隠れ家でいったい何をやってるのやら。

「あなたも知っての通り、ここはわたくしの隠れ家よ。そして、王都で最も安全な場所。子供たちにとって安全は何よりも代えがたいわ。ユカリノーウェ、あなたもここにたどり着くまでには苦労をしたでしょう?」

 そういやジョセフィンから聞いた話じゃ、子供好きが高じて孤児院をやってるとか言ってたわね。確かに、ここなら人攫いや理不尽な暴力におびえる必要もないし、十分な食事や、きっと教育だってされてるに違いない。

 そこらのチンピラどころか、ちょっとした組織でもあの騎士団の守りを突破することは難しいだろう。そもそも刑務所に押し入るって発想が生まれないだろうしね。

「まぁね。でも手間がかかり過ぎて、苦労どころじゃなかったわよ」

 いや、ホントに面倒だったからね。少しだけ睨むようにして苦情を口にしてみるけど、ロスメルタはどこ吹く風だ。

「そこはほら、わたしくって敵が多いじゃない? フランネルたちが心配して、どうしても慎重になってしまうのよ」

 なんでも、ゲルドーダス侯爵からエクセンブラに拠点を置くキキョウ会の会長が会いたがっている、と漠然とした連絡が来て伯爵家として困惑したらしい。


 伯爵家が集める多岐に渡る情報にはキキョウ会の事もあって、一応知ってはいたらしいけど、今までに何の関わり合いもなかった団体からの急な申し出だ。

 さらに、伯爵家と侯爵家は事実上の敵対関係にある。ゲルドーダス侯爵自身とロスメルタは、個人的には悪友のような関係らしいけど、家と家、特にゲルドーダス侯爵家の次期当主からは目の敵にされているんだとか。どうせこの伯爵夫人がろくでもない事をやらかして怒りを買ったんだと思うけど。いや、想像でしかないけど、きっと間違いないだろう。

 そんなわけで、なにがしかの罠を疑い、徹底的にキキョウ会と私の事を調べ上げたらしい。それで時間がかかったんだとか。敵からの紹介じゃ、そうなるのも、やむを得ないわね。はぁ、無駄な苦労をさせられた。


 こっちも伯爵家や伯爵夫人の事については、それなりに調べたつもりではあったけどね。それでも騎士団の詳細や実力までは分かってなかったし、実際に戦ってみてかなり参考になった。奴らは戦力として十分あてにできる。騎士団を名乗るだけあって、そこらの悪党やチンピラとは格が違う。

 あとはボスである伯爵夫人を信用できるかどうかの問題だけど、そこはなんとなく大丈夫な気がしてる。ただのカンだけどね。


 しばらく他愛もない話を続け、王都やエクセンブラの状況なんかまで話題にしつつ、本題に入っていく。

「ユカリノーウェ、あなたの目的は? あなたの口から聞かせてちょうだい」

 すでに調べはついてるんだろうし推測だってしてるはずだけど、ここで真偽を見定めるつもりか。どう判断されるにせよ、私に噓はない。好きに判断すればいいし、単刀直入なのは嫌いじゃない。

「私たちの目的は友達の故郷である、この王都に平穏をもたらすことよ。そして、キキョウ会に舐めた真似をした連中を潰すこと。それだけよ」

 王都が平和になれば、ゼノビアが抱える問題はそれでなくなるし、未だ行方の分からないカロリーヌの助けにもなるはずだ。ついでにゲルドーダスと組んでふざけた真似をした奴らは、少なくとも二度と手出しをしなくなるように警告をしてやるし、話の通じない奴らは容赦なく潰す。

「ゲルドーダス侯爵家はどうするの? 敵なのでしょう?」

「敵だった、よ。手打ちにした以上は、キキョウ会から喧嘩を売ることはしないわ。手を組むつもりもないけどね」

 ロスメルタが私を見つめる。

「……あなたの事は色々と調べさせたわ。キキョウ会の設立から拡大、その背景となった武力や資金力、個人的な活躍まで。あの五大ファミリーが君臨するエクセンブラで、短期間によくぞそこまで成し得たものと称賛するしかないわ」

 エクセンブラでのことは、キキョウ会が女の集団だから舐めてかかって見逃されてたってのはあるだろう。多分、これが普通の新興勢力なら、初期の段階で叩き潰されてたかもしれない。もちろん、運だけでここまで来れたとは思ってない。実力あっての成果だ。

 それにしても、かなり詳しく調べたみたいね。そりゃあ、時間がかかるはずよ。


 ロスメルタはフランネルに目配せすると、また少しだけ雰囲気を変えて話し出す。

「取引をしましょう、ユカリノーウェ。わたくしと手を組めば、あなたの目的は果たせるわ」

「元よりそのつもりで、ここまで来たわ。ロスメルタ、そっちの目的は?」

 こっちも一応は確認しておかないとね。

「わたくしの目的も同じようなものよ。王都の平和、それに尽きるわね」

 それは当然、オーヴェルスタ伯爵家が主導した上で王都に平穏をもたらすことだろう。

 外敵の排除、治安の回復、復興、道のりは遠いけど、まずは敵を排除しないことには何も始まらない。成し得ることができたなら、オーヴェルスタ伯爵家は、王都における絶対的な存在になるだろう。キキョウ会が手を貸せるのは、外敵の排除だけになるけどね。

「取引内容は?」

「キキョウ会の武力を伯爵家の物として提供すること。具体的な標的は、レトナークからやって来ている裏社会の構成員の排除と、蛇頭会の排除。見返りとして、キキョウ会の敵対勢力の情報をできる限り提供するわよ。それから、オーヴェルスタ伯爵家による王都の平穏を約束しましょう」

 不満はない。王都はオーヴェルスタ伯爵家の主導で平定してもらうことに意味がある。絶対的に君臨する存在を中心として一致団結を図って、これからの統治を実行する。そうでなければ、いつまでも混乱状態が続くだろう。キキョウ会は伯爵家を陰から武力でバックアップするんだ。あくまでも、表に立つのは伯爵家でなければならない。

「上等よ。でも、蛇頭会? 確かに奴らは王都にも食い込んでると思うけど」

 蛇頭会の暗躍は私たちでもある程度は予想してたけど、実際にはそれ以上だった。


 ロスメルタの情報によれば、レトナーク裏社会の手引は蛇頭会が主導してやってるのはもちろん、人身売買から麻薬の蔓延まで、実質的に仕切ってるのは蛇頭会らしい。諸悪の根源ってやつだ。想像以上にあくどい連中だけど、奴らは元より私たちの敵だ。それに表立って喧嘩を売るのはオーヴェルスタ伯爵家であって、キキョウ会じゃない。いずれにせよ避けては通れないのなら、いつものように押し通るだけ。何の問題もない。


 今のところ、キキョウ会とオーヴェルスタ伯爵家の目的はガッチリと嚙み合ってるわね。

 あとは具体的にどうしていくかだけど、その前に一度帰りたい。キキョウ会のみんなにも話して、それからよね。

「ああ、そうそう。ユカリノーウェ、晴れてお友達になれた記念に、わたくしのお友達をあなたにも紹介したいわ」

「友達? 別に構わないけど、誰のことよ」

 私の疑問を余所に、朗らかに笑いながら食堂を出て行くロスメルタ。付いてこいってことらしい。私の事も、いつ友達になったのか分からないけど、どうやらロスメルタにはそう認定されたみたいね。

 それにしても、紹介したい友達か。うーん、厄介事じゃなければいいんだけど。

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