第94話、王都の拠点

 ゲルドーダス侯爵家でまったりと寛ぐ私たちは、今は待ちの状態だ。

 洗練された所作が美しいメイドさんが淹れてくれた高そうな紅茶の香りを楽しみながら、なんとなく優雅な気持ちに浸る。

 そうしてるとリラックスした気持ちになって、長く伸びた髪をまとめてる魔道具の簪を引き抜くと、軽く指で梳いて髪を整える。なんとなくだ。

 ちょっとした時間、そんなことに耽ってると、ふと視線を感じてそっちに目をやる。

 ちょい悪オヤジだ。いつの間にか部屋に来てたのね。なにやら熱っぽい視線に感じたけど気のせいかな。私が目を向けると、何事もなかったかのように話し始めた。

「お待たせしてしまいましたかな。準備ができたのでご案内しましょう」

 移動の時間らしい。まともな建物ならいんだけど、どうなることやら。

「情報班のみんなは、あとよろしく頼むわね。ジョセフィン、何かあったら全ての判断は任せるわ」

「分かりましたよ。いざとなれば奥の手も使いますね」

 どうせ聞き耳立ててるのもいるんだろうし、精々脅しておこう。まぁ、大丈夫だとは思うけど。

 実際のところ、ジョセフィンには切り札になりそうなヤバい魔法薬をいくつか持たせてるし、本当にピンチになったとしても、どうにか切り抜けることはできるだろう。

「アレはなるべくなら使わない方が良いわよ。私でもどうなるか分からないからね」

「少し試してみたい気もしますけどね」

 冗談めかして怖ろしいことを抜かす私たちの会話はどう捉えられてるんだろうね。どうでもいいけど、ちょっとその様子を見てみたい気もする。

「じゃあ私たちは先に行くわ。えーと、次期当主、案内よろしく」

 もったいない精神を発揮した私は残った紅茶をぐいっと飲み干すと、情報班のみんなに見送られながら応接室を退室した。

 呆れた目を向けてくる一部の視線など気にならない。ならないよ?



 部屋を出て長い廊下を歩いてると、社交が得意そうなちょい悪オヤジが積極的に私に話しかけてくる。こいつの名前なんだったっけ?

 特に興味を惹かれない話題だけど無視をするほどでもない。適当に付き合ってやってると、なんかよく分からない展開に。

「それでは吾輩とディナーをご一緒してくれますかな?」

 なんでそうなる。どこに私が色よい返事をする要素があったというのか。

 それにしてもキザったらしい誘い文句だ。正直に言って私の好みじゃないどころか、ぶちのめしたい衝動にすら駆られる。


 私はこれまでにも男との会食の機会はそれなりにあった。これでもエクセンブラじゃそこそこ立場があって、ある程度まとまった金も動かせる存在だからね。お偉方や金のある男たちがビジネスの話にかこつけて色目を使ってくるなんて、それこそ何度もあった話だ。

 自分で言うのもおこがましいけど、これでも私は雑誌やなんかじゃ美貌の女会長と称されてるみたいだからね。あえて言うけど、凄くいい女だって評判なんだからね! 私が自分で言ってるわけなくて、そういう評判なんだからね! なんか文句ある?


 まぁ、そんな訳でエロオヤジが私に興味を持ってしまうのは無理もない話だ。むしろ当然のことかもしれない。

 だけど私がそんな色ボケた誘いに乗るはずがない。指一本だって触れさせやしないし、女と思って舐めてかかって下らないことを言われようもんなら容赦なくぶちのめして来たもんだ。そんなことを何度か繰り返すと、噂でも広まるのか、余計な下心を持った奴からのお誘いはほとんどなくなった。

 それからは快適になったもんよね。いくつか大きな取引を逃したかもしれないけど、どうということもないし、そんな誘いに乗るくらいなら死んだ方がマシってもんよ。そもそも私たちは足元みられるほど困ってないしね。


 キキョウ会の会長である私に対するふざけた行いは、破滅を覚悟した上で喧嘩を売ってるに等しいってことを理解してもらわなきゃいけない。

 今回のだって露骨に下心丸出しで、はっきり言って不愉快そのもの。食事だけであっても、こいつに付き合ってやる義理はない。

「……立場ってものを理解してないようね」

 極寒の視線を送ってやると、冷や汗をたらしながら狼狽するちょい悪オヤジ。最初の時に少しはあった威厳が台無しだ。侯爵ほどの大物ぶりを身につけるにはまだまだ修業が足りないようね。

 手打ちにしたとはいえ、キキョウ会とゲルドーダス侯爵家は仲良くやるような間柄じゃない。一緒に食事? 冗談でもゴメンよ。


 ちょい悪オヤジは目論見が外れたからか、やる気がなくなったのか、玄関まで私たちを案内すると早々に立ち去ってしまった。

 てっきり私たちにくれた拠点まで、ちょい悪オヤジが案内するもんだと思ってたんだけどね。代わりに壮年の執事が案内役を務めてくれるそうだ。



 壮年執事が先行する形で小型車両を運転する。

 私たちの車両団はそれにぞろぞろと追随していく。場所は予想してた通りの外縁部にある大型倉庫らしい。貴族街からはちょとばかし距離がある。

 のんびりと荒廃した面白くもない街並みを眺めながら、ブルームスターギャラクシー号を走らせると、やっとこさ倉庫街に到着した。


 そのまま進んで間もなく目的地に到着したのか、壮年執事の小型車両が停車した。

 壮年執事が大きな入り口の横で操作盤から何かをすると、ゆっくりと扉が開かれる。

 そこはぱっと見、展示場のホールほどの広さがあった。天井の高さはそれほどでもないものの、敷地面積はかなりの大きさがある。具体的には分からないけど、まぁ良くある展示場のホールって感じの広さかな。私たちの車両団が中に入っても、まだまだ余裕があるだろう。

 ただし外観はお世辞にも綺麗とは言えない。爆風にやられたのか戦争の傷跡か、崩れたり穴が開いたりしてる。周囲の建物も似たようなもんだけど、マシな方なのかな。


 入り口を開いた壮年執事がそのまま中に入るように促して、車両に乗ったままの状態で中に侵入する。

 適当に車両を停めると、降り立ってなんとなく見回してみる。なーんにもないわね。ほこりや砂の堆積は凄いけど、他にはなんにもない。

 ここが私たちの拠点になるんだし、取り敢えずは建物の補修と掃除かな。

 案内役をしてくれた壮年執事に一応の礼を言って帰らせると、さっそく動き始める。情報班が帰って来るまでは時間もありそうだし、少しは綺麗にしておきたい。


 ちなみに壮年執事に聞いたところによると、現在の王都には持ち主不明になってしまった土地や建物が腐るほどあるらしい。ゲルドーダス侯爵家や一部の権力者たちは、そこを乗っ取って自分の物だと主張して憚らない。今回提供を受けた大型倉庫もその一つってわけだ。奴らの懐は僅かたりとも痛んじゃいないってことね。まったく、上手いことやるもんね。


 広いだけで何もない空間を前にして、少し呆けたようなキキョウ会メンバーと未だ一緒にいる捕らえた貴族一同に号令をかける。

「みんな、お掃除の時間よ! 浄化魔法でチリ一つ残さない気持ちで掃除しなさい! 土魔法系統が使えるのは私と一緒に建物の補修を始めるわ! ここがしばらく私たちの家だからね、徹底的にやるわよ!」

「面倒だが仕方ねぇな。おう、やるぞ!」

「はい、姐さん!」

「埃っぽいところで寝るのは嫌だから、ちゃんとやりましょうね!」

「あたしは補修組かぁ」

「わ、わしらもやるのか?」

 貴族連中はどうでもいいけど、世話係のメイドはともかくとして、奴らも黙って見てることはできないようで一応働き始めた。

 キキョウ会の正規メンバーは魔力が有り余ってるから、これだけ広い倉庫でも浄化魔法をかけまくるくらいならお釣りがくるだろう。

 それにキキョウ会メンバーには衛生観念を叩き込んであるから、案外みんな綺麗好きだ。やると決まったからには、放っておいても問題ない。


 対して土魔法系統の使い手はあんまり人数が居ないから、大型倉庫の壁となれば一人当たりの担当面積が相当に広くなる。魔力的には問題ないと思うけど、日頃から戦闘のことばっかり考えてる連中だから補修作業でまともに使えるのかが心配ね。

 でも、建築系が得意だってのが今回連れて来た若衆の中にいたはずだ。たしか、名前はプリエネだったわね。せっかくの得意分野の出番なんだし、指揮を執らせてみようか。実力を確かめるいい機会でもある。

 他の慣れない若衆にだって難しいことをやらせるつもりはないし、まずは壁の穴を塞ぐ作業や崩れた場所の修理でもやらせてみよう。

「補修組、集まってるわね。あんたたちは壁の修理をやってみなさい。私は修理が終わった壁の点検と強化をするから、終わったら呼びなさいよ。プリエネ、あんたが指揮を執りなさい」

「よっしゃあ! 補修程度なら楽勝なんで任しといてくださいよ!」

 元気のいい返事に頷いて、あとはお任せだ。

 さて、私は呼ばれるまで天井の修理でもしてようか。見たところ天井に穴が開いてたりはしないけど、いざ雨が降って雨漏りでもしたら嫌だし、穴が開くほどの損傷はなくても痛んでたりくらいはするだろう。補修と強化はしておいて損はない。



 外に出ると軽いジャンプでふわりと屋根の縁に降り立つ。

 開けた視界には荒廃した街並みが広がるばかりで面白くもなんともない。それに雲が多くなってきたわね。雨が降るかも。どれ、ちゃっちゃと終わらせよう。


 大型倉庫の屋根は平面ではなくて鋭い山並がいくつも立つような形状をしていた。

 ひとりでまともに点検してたんじゃキリがなさそうな感じだけど、潤沢な魔力と鉱物魔法を得意とする私にとっては造作もない。

 トタンのような材質の屋根に触れると、私は自分のイメージする材質に屋根全体を一気に作り変えてしまう。強度と軽量に優れていて耐食性もあるチタン合金でいいかな。微妙に感じる損傷や厚みのバラつきも、この際に整形して均一にしてしまう。よし、いける。

 無駄なこだわりを発揮して頑丈な屋根をイメージのままに作り上げて満足感に浸る。僅かな時間で仕上げたにしては良いものができたと思う。うん。


 一度やり始めると無駄にこだわってしまうのは、なぜだろうね。その後も夢中になって、誰も間近では目にすることのないだろう屋根なのに、精緻なキキョウの紋様や文字を彫りこんだりして遊んでると、いつの間にかそこそこ時間が経ってたらしい。

「会長ー、どこですかー?」

 お呼びが掛かったか。すっかり忘れてたけど、ちゃんと壁の修理はできてるかな。

「今いくわ!」

 遊びを切り上げてプリエネの声がした辺りに屋根から飛び降りると、作業は終わったのか補修組が集まってる。

「あ、会長! どんなもんですか、できてますよ!」

 個人個人でバラバラに適当に修理したんじゃなくて、プリエネを中心に協力して作業したみたいね。修理にムラが少ない。見た感じ悪くなさそうね。

 聞いてみると、この一面の壁だけじゃなくて四方を同じ要領で修理したらしい。この分なら全く問題ない。出来栄えに満足して軽く労っておく。

 その間も壁に手を触れながら、さり気なく見た目はそのままに壁の内部構造を作り変えていく。ただの石壁の中身は薄いながらも複合装甲にして、ここでも無駄な防御力を獲得する。

「よし、これでいいわ。中の掃除が終わってるなら夕飯の支度に入ろうか」

 腹減っただのなんだのと騒がしい若衆と開きっぱなしの入り口から中に入る。


 浄化魔法による掃除程度に大した時間を掛けることはなかったらしく、内部は既に輝かんばかりに綺麗になってるわね。

 さらには幹部たちが中心になって、手持ちの食料から食事の準備を始めたり、野営道具を使って簡易的な寝床まで作られてる。

「おう、ユカリ。そっちも終わったか? こっちはメシの準備始めちまってるぞ。ジョセフィンたちが戻る頃にはできるだろうから、少し休んでろよ」

 うーん、キキョウ会は働き者が集まってるわね。外にいた私と補修組にはもうやることがなさそうだ。

 みんなの楽しげに働く様子を見てると、ちょうどいいところに情報班も帰ってきたらしい。聞き覚えのある車両の走行音が近づいて来てる。雨が降る前に帰って来れたみたいで良かったわね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る