第59話、招待状
相変わらずの雪景色、今日もちらちらと舞い落ちる雪がいい加減に鬱陶しい。
少し前にオープンを始めた賭博場の様子を見に行った帰り、ザクザクと薄く積もった雪を踏みしめながら本部に向かう。
寒さ自体は外套の温度調節機能によって大して感じることはないんだけど、それでも露出した耳なんかは十分に冷たい。吐く息の白さも季節感を十分に感じさせる。
朝の訓練とかで外套を着てない時に感じる芯まで冷やされるような感覚は嫌いじゃなかったりするんだけど、毎日の事だとだんだん鬱陶しくなってくるのよね。早く本部に帰ってぬくぬくとしたい。
そんな春が恋しくなる、冬がやっと半分を越えたあたりのある日。
帰り着いてホットティーで一服してると、一通の手紙がキキョウ会の会長宛に届けられた。
いつぞやの闇市への招待状と同じく、エクセンブラでも超大手の組織からだった。
「今度はクラッド一家からかよ。一体何だろうな」
「果たし状か?」
「随分と格式ばった体裁の封筒ですね」
差出人はエクセンブラでも特に力のある五大ファミリーの内のひとつ、クラッド一家からだ。
はてさて、そんな大物一家から一体何の用件だろうね。取り敢えずは読んでみようか。
幹部連中が見守る中、封を切って中を確かめる。
『クラッド一家 新代表就任祝賀会及び、今期総会のご案内
寒冷の候、皆様におかれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。
さて、ご承知のように先日、当一家ではバルジャー・クラッドが新たな当代に就任する事となりました。これを祝しまして、クラッド一家本家にて、就任祝賀パーティー並びに、今期の総会を開催する運びとなりました。
エクセンブラの発展のため、多くの皆様がご参会頂けますよう宜しくお願い申し上げます。』
手紙の主題はこんなところ。このあとに、具体的な参加条件やら日時が書いてある。
総会ってのは、裏社会の連中が集まって顔合わせをやったり利害調整をやったり、まあ悪党の親玉が集まって悪だくみをする会みたいなもんだ。
キキョウ会は女だけの特異な存在だし、エクセンブラじゃまだ新参だからこれまでは縁がなかった。
クラッド一家の代替わりの情報も入ってきてはいたけど、キキョウ会とは直接に関わりがないし、関係ないと思ってたんだけどね。そう言えば、ブルーノ組はクラッド一家の傘下だから、間接的には関わりがあるとは言えるかもしれない。
さて、どういう気まぐれかな。今まではこういった催し物からのお誘いは完全に排除されてたのに、今回からってのは何か理由でもあるのかないのか。
「どうだった?」
「何が書いてあったのですか?」
みんな前のめり過ぎる。大物からの手紙だから気になるのは分かるけど。
「大した用件じゃないわ。代替わりのお披露目会と総会をやるから、顔を出しにこいってさ」
「なんだって!?」
「総会って、五大ファミリーが持ち回りでやってるってやつか? それに呼ばれたのか」
総会は半年に一度あって、超大手である五大ファミリーが順番に主催してるらしい。
毎回総会に合わせて何かしらの理由をつけて、別のパーティーを同時にやるのが恒例なんだとか。今回は代替わりの就任披露だから分かりやすいわね。
「キキョウ会も出世したな」
「面白そうじゃな、わしも行ってもいいのか?」
「あ、あたいも行ってみたいな」
「わたしだって!」
相変わらずノリのいい連中だけど、そういうわけにもいかない。
一応、総会ってのは格式のあるものらしく、招待される側はその組織の代表自身と次席かその代理の二名のみが出席できる。キキョウ会の場合は私とジークルーネがそれに当たるわね。
招待される側の身の安全は、威信にかけて招待主が保証するってのが習わしで、護衛を引き連れたりはしないものらしい。
そんなわけで、招待されてるのはふたりだけで、他は行ったとしても門前払いされるだろう。
まあ周辺にはエクセンブラ中の各組織の構成員が集まってくるらしいけどね。
総会に出席できないことを言えば、残念そうなみんなだけど、こればかりは仕方がない。
「こういった顔合わせは初めてだけど、面倒臭そうね」
「ああ、興味深くはあるが、堅苦しそうだ」
いや、ホントに。
「クラッド一家のメンツを潰すことにもなりかねませんから、サボりはダメですよ」
「キキョウ会の利益を考えれば、ここは出席するべきだろうな」
分かってるけどね。クラッド一家はキキョウ会に対しては中立を貫いてて、敵対的なことは今までに一切なかったし、こうして大きな会に招待してくれてるくらいだから、こっちからわざわざ不興を買うような真似はすべきじゃないだろう。意味がないし。
出席は面倒だけど行くとして、問題は他のファミリーね。
「そのお披露目会ってのには、エクセンブラ中から親分連中が集まってくるんだろ?」
「そうですね。だとすると、マクダリアン一家には、なるべく近寄らない方がいいかもしれませんね」
それが面倒なのよね。
エクセンブラには、特に力のある五大ファミリーと言われるのが存在してる。
キキョウ会がこれまでにあしらってきたチンケな組織とはわけが違う、大きくて色々な意味で力を持った組織だ。私たちとて、無闇に敵には回せない。
今回のクラッド一家はそのひとつ。
他には、アナスタシア・ユニオン、ガンドラフト組、蛇頭会、そしてマクダリアン一家。この五大ファミリーこそがエクセンブラを牛耳ってると言っても過言じゃない。一家と名乗ってない組織でもファミリーと呼ばれるのは何でなのかね。まあどうでもいいけど。
とにかく五大ファミリーってのは大きな組織らしく、その影響力はエクセンブラに留まらず、近隣の街や他国にも及ぶ。そもそも、アナスタシア・ユニオンと蛇頭会は、エクセンブラが本拠地じゃないしね。
そして当然のことながら五大ファミリー同士は仲が良いはずもなく、一枚岩とはお世辞にもいえるもんじゃない。利益が相反するのもあって、敵同士なわけだけど戦力が拮抗してるせいか、割かし安定状態にある。少なくとも総会が開ける程度にはね。
今回のクラッド一家の代替わりは、その安定状態がどうなるかの分水嶺と言えるかもしれない。
弱体化したと見られれば、中小の組織まで含めて、どんどん攻め入れられる可能性がある。一つ間違っただけでも、時は戦国、下剋上、なんてことにもなりかねない。もちろん、他の五大ファミリーだって黙っちゃいないだろう。新代表は大変よね。
キキョウ会の目線で見ると、五大ファミリーは私たちに対して敵対的なのと、そうでないのに分けられる。
今回の招待主であるクラッド一家は、わざわざキキョウ会を招待してくれてるように敵対的ではない。
ブルーノ組を傘下に収めてるだけあって、その筋からキキョウ会の情報が渡ってるのかもしれないわね。ブルーノ組とは偶然だけど共闘関係になってた時期もあるし、今でも回復薬を融通したり情報交換程度の交流はある。
問題なのはマクダリアン一家だ。
キキョウ会にとっては最悪の相手で、明確に敵だと言える。理由はいくつかある。
ひとつは六番通りによくちょっかいを掛けてくるマルツィオファミリー。こいつらは、マクダリアン一家の傘下だ。いつも痛い目に合わせてるし、カジノで揉めた件もある。大金も分捕ったしね。
それから、キキョウ会がぶっ潰したロジマール組。ここも実はマクダリアン一家の傘下だったらしい。ただ、四次団体とか五次団体くらいの地位らしくて、重要視してるとは思えない。
小さな組織が増えたり消えたりなんて珍しいことじゃないし。メンツの問題はあるかもしれないけど、それを気にするのはマクダリアン一家本家じゃなくて、ロジマール組と直接の親子関係やなんかを結んでるところだろうし。
そもそもマルツィオファミリーにしても、ロジマール組にしても、喧嘩を売ってきたのは向こうなんだから、私たちキキョウ会が悪いところなんて欠片もない。
まあ小競り合いなんかはどうでもいいことで、決定的なのは引き抜きをやった賭博場の件だ。
実はマクダリアン一家の直参がやってた賭博場からごっそりと引き抜いたから、かなり恨まれてる。ウチが直接乗り込んで女性従業員たちを逃がしたところだね。
あの後、しばらくは全くバレてなかったんだけど、キキョウ会直営の賭博場が営業を始めたら、そこでいなくなった女たちが働いてるんだからね。そりゃ、バレるってもんよね。いつまでも隠れててもらうわけにもいかないし、もう隠すつもりもなかったけどさ。
当然、直参は激怒。マクダリアン一家にだって話は行ってるだろう。
まだ何かしらのアプローチもないけど、近々何かが起こると考えてる。もちろんね。
無闇に敵に回していい相手じゃない。けど、マクダリアン一家はもうすでに敵なんだ。
どんな相手だろうと、売られた喧嘩は買う。キキョウ会はいつでもウェルカム。かかってこい!
現状そんな感じだから、マクダリアン一家はキキョウ会にとって、いつ表立って抗争を仕掛けられてもおかしくない相手なんだ。
直接の子分に対する明確な敵対行為だから、私たちも知らん顔はできないだろう。
元より承知の上でやったことだから、今更の話だけどさ。いっそのこと、こっちから仕掛けても良いんだけど、何しろ忙しくてね。なかなかそうもいかない。
「総会中に何かされるってこともないわよ。クラッド一家の仕切りなんだから」
「ま、嫌味のひとつくらいなら聞き流してやれよ」
「そもそも近寄るのをやめとけよ」
クラッド一家の手前もあるし、私から何かをする気はない。
一応、招待に預かって行くわけだし、こっちから喧嘩をおっぱじめるような無礼な真似をするつもりはないわよ。
「ウチは単なる顔見せっすよね?」
「キキョウ会は五大ファミリーとは直接の関係はありませんし、他の組織とも利害調整の余地のある案件は特にないですからね」
「話題のキキョウ会よ、顔のひとつも拝んでやろうってところだな」
「会長も大変ですわね」
「副長のわたしの方が緊張しそうだがな」
クラッド一家の思惑は分からないけど、見たいってんなら見せてやろうじゃない。
ジークルーネの美丈夫っぷりと、私の尊顔をね!
総会に向けての準備を進めるキキョウ会。
準備といっても、やることは私の準備くらいで、キキョウ会は通常営業だけど。
当日の服装はキキョウ会の外套に、トーリエッタさんが作ったインナーで十分だ。ジークルーネも似たようなもの。
あとは手土産ね。今回はクラッド一家の祝賀会も兼ねてるわけだし、下手な物を持って行ったら笑いものだ。何を持って行くのが適当かジョセフィンに相談してみよう。
「やっぱり金目のものですね。総会参加者は、それぞれで扱っている商品を、宣伝の意味も込めて贈り物にするのが通例だとか」
「ウチのシマでそんなのあるかな。六番通りの職人手製の商品くらいしか思いつかないけど」
「それでいいんじゃないですか? ユカリさんが提供しているインゴットや金属糸で作った六番通り製品なら喜ばれると思いますよ」
「服はサイズや趣味が分からないし、生地のまま渡すのでいいかな。武器や防具ってのも難しいわね。少量ならインゴットのままプレゼントしてもいいか。自分で使っても、売り払ってもらってもいいし」
「ですね、いずれにしても喜ばれると思いますよ」
「そうするわ。ありがとう、ジョセフィン」
お土産はこれで決定ね。あんまり凝ったものを用意できないし、そこまで考えるほど親密な相手でもない。
服飾店ブリオンヴェストには生地を買い取りに行こう。在庫はあると思うけど、なければ金属糸持参で発注だ。
あとはアレだ。
キキョウ会はどんなに目立たないようにっていっても、すでに手遅れなくらいに目立ってる。それならもう、とことんド派手に決めてやろう。その方が私の趣味に合うし、アレのお披露目には十分な舞台だ。度肝を抜いてやる。
アレの準備はもう整ってる。総会の当日に受け取って、それでクラッド一家に向かうとしよう。
総会は面倒だけど、アレのことを考えると心が躍る。
ふふ、楽しみになってきたわね。
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