第58話、エクセンブラ守備隊 No.2

 生憎の曇天が広がる薄暗い日。

 念願だったキキョウ会直営の賭博場が開店してから数日が経った。

 その賭博場には際立った特徴がある。我がキキョウ会だけが持つ特徴で、それは従業員が女性のみであることだ。


 女の従業員しかいないってのは、ひとつの売りだ。腐る程ある同業他社との競合の中で、他との違いを鮮明にし、特徴付けするのは商売の基本と言えるだろう。

 この戦略は世の中のスケベ親父どもだけじゃなく、物珍しさからか若者や女性客に至っても大いに歓迎された。

 ジャレンスに協力を仰いで、有力な商会や冒険者、各ギルド、行政区のお偉いさんから貴族までと幅広く事前にそれとなく宣伝してもらっておいたのも功を奏した形だ。調子に乗ってコスチュームデイでも開催したらもっと話題になりそうね。

 何にせよ、みんなの努力の甲斐あって悪くない滑り出しを迎えたってわけだ。


 今日はぽっかりと暇な時間ができてしまった私とグラデーナが、いつもの甘味処でティータイムとしゃれ込む。

 ヴァレリアは今日は休暇で、同じく休暇のロベルタたちと遊びに行ってる。少しずつ姉離れができてるようで安心ね。

「なぁ、ユカリ。どっか殴り込みでも行かねぇか」

 グラデーナの何気ない呟きが物騒極まりない。ストレスでも溜まってるのか。

「ちょどいい相手がいれば、私もそうしたいけどね。最近はどこも大人しくて、刺激に欠けるわね」

「だよなぁ。訓練で体がキレてるだけに、暴れたくなるよなぁ」

 かくいう私もグラデーナと同じく持て余し気味だ。

 キキョウ会の財政は順調も順調、特に賭博場の効果は絶大だ。客足はこれからも伸びると予想されるんで、投資額の回収も予定より早まりそう。次の計画も早めに練っておいた方がいいかもしれない。


 だけど順調が故の不満もある。不満というか、ただの我儘だけどね。

 キキョウ紋に喧嘩を売ってくる不届き者をとことん叩きのめしてきただけあって、最近はあんまり喧嘩も売られなくなってきてしまった。ちょっと前までは、最近は喧嘩をよく売られるなんて言ってたのにね。

 平和になるのは当初の予定通りではあるんだけど、そうとなったらなったで退屈に感じてしまう。人間ってままならないものね。


 余所の賭博場から引き抜いた件で、色々なゴタゴタは予想されてるんだけど、今のところその兆候もない。予想できてるのに何もないから肩透かしを食ったような、消化不良のような落ち着かない気持ちになってしまう。

 こっちから仕掛ければいいのかもしれないけど、賭博場の経営も始めたばかりだし、ウチも私以外は基本的に忙しいからね。


「また魔獣でも狩りに行く?」

「そういや、アイスゴーレムと戦ったんだろ? あたしも一度はヤッてみたいな」

 しばらく雑談に花を咲かせてると、窓からキキョウ会の外套を着たのが走ってくるが見えた。あれは第五戦闘班のメンバーか。

 その子は窓越しに私とグラデーナの姿を見つけると、そのまま店の中に入って私たちのテーブルまで直行してくる。

「会長、副長代行、お休み中に失礼します」

 ポーラが可愛がってるドワーフのがっしりした体格が特徴的なメンバーだ。礼儀正しいわね。

 戦闘時以外でこういった伝令は珍しい。第五戦闘班は今日は賭博場での警護が担当だったはずだ。何かあったのか、私とグラデーナは目を合わせて頷き合う。

「どうしたの?」

「トラブルです。班長のポーラさんから会長を呼んできて欲しいと」

 居住まいを正しつつ、言葉少なに用件を伝えるドワーフ娘。ここだと話しにくいことみたいね。

「すぐに行くわ。グラデーナもくるわよね?」

「もちろんだぜ」

 何か面白いことかと目を輝かせる副長代行殿。不謹慎だけど私もきっと似たようなもんね。

 お茶代を精算して退店すると、急ぎ足で賭博場に向かった。



 そう離れた場所じゃないからすぐに到着する。

 護衛の控室まで直行すると、ポーラが珍しく困り顔で私とグラデーナの到着を出迎えた。

「ユカリ、グラデーナもきてくれたのか」

「どうしたってのよ?」

「その様子だと、暴力沙汰ってわけじゃなさそうだな」

 少し残念そうなグラデーナ。

「それだったら、あたしらで叩きのめして終わりだよ。ちょっと厄介な相手でな。今は別室で待たせてある」

「厄介?」

 グラデーナとまた顔を見合わせてから、ポーラに説明を促す。


「なるほどね」

 一通り聞き終わって納得する。

 確かに厄介と言えば厄介な相手だ。相手はエクセンブラ守備隊の副将軍で、行政区のお偉いさんに当たる。

 だけどねぇ、しょうもない話だ。

「まさか借金こさえた上に、権力で誤魔化そうなんてな。情けねぇ奴」

 グラデーナが呆れるのも当然のこと。

 ここ数日、ウチに入り浸っては負けが越して、とうとう首が回らなくなるほどの借金を作ったらしい。しかも自分の立場を利用して、負け分をチャラにしろなんてほざいてるらしい。死んだ方がいいクズね。


 こんなんじゃ、お偉いさん相手でも信用貸しは考えものになってくるわね。まったく。

「普通ならとことん追い込んで、できるだけの金は回収するんだが、相手はこんなんでも一応はお偉いさんだからな。対応を間違えると厄介なことになるだろ?」

「まぁね。だけどチャラにはできないわよ。そんなふざけた真似は絶対に許さないわ」

「舐めすぎだよなぁ。キキョウ会をよ」

 さて、どうしたもんかな。

 とにかく直接話してみようか。それと本当に払えないのかの調査も必要ね。

 ドワーフ娘にもうひとっ走りしてもらって、情報班に現状を伝えてもらう。そんでもって守備隊の副将軍とやらの情報を洗ってもらう。

「私が話してみるわ。グラデーナとポーラも同席して」

 貴賓室で待たせてあるってことらしいけど、半ば軟禁中のお偉いさんのところに向かう。



 一応ノックをしてから入室する。

 目に入るのはソファーに腰かけた中年のおっさん。中肉中背でこれといった特徴もない。だけど、その傲岸不遜な態度は見るだけで人を不快にさせる。

 だけど私には分かる。こいつの緊張が。

 よく観察すれば気が付くはずだ。組んだ足は震える足を押さえつけるため。同じく、硬く組んだ手は震える手を抑え隠すため。暑くもないのに、だらだらと流れる汗は隠しようもない。

 こいつは虚勢を張ってるだけの小者だ。

「貴様か、ここの責任者は」

 声が震えなかったのだけは褒めてあげてもいいかもしれない。その虚勢がどこまで続くか見ものね。


 私は穏やかに微笑みながら対面のソファーに腰かける。グラデーナとポーラは扉の前で待機だ。

「ええ、そうです。ここの責任者でキキョウ会の会長を務めています。自己紹介を」

「ふん、いらんわ。貴様が噂のユカリノーウェ・ニジョーオーファスィか。俺はエクセンブラ守備隊の副将軍、ダグラス・ダント・ダクマスティだ」

 副将軍なんて良く言ったものだ。

 エクセンブラ守備隊は街の規模に比して、現在では非常識なほどに少人数しかいない。

 本来の任務は外敵からの防衛と街の治安維持、それから魔獣や盗賊の討伐なんかも含まれるんだけど、戦争の影響で人員が壊滅的に激減して、有名無実な組織に成り下がってしまった。

 現実には、外からの脅威に対しては冒険者ギルドが中心となった各ギルドが担ってるし、街の中では裏社会の組織が用心棒と称してのさばってる。

 そもそもこの副将軍とやらの本人にその資質があるようには全く見えないし、ただ単にポストを埋めるだけの人員にすぎないのは誰だって承知のことだろう。

「よく御存じで、副将軍閣下。最近の街の様子はどうですか?」

 サイドテーブルに準備されてある冷たいお茶を取り出して勧めながら、どうでもいい話題で時間を稼ぐ。

 副将軍とやらも、核心の話題に触れるのが怖いのか、私の機嫌を取ろうとしてるのか、偉そうな態度とは裏腹に積極的に街や守備隊の状況を話してくれる。


 単なる雑談のつもりだったけど、他の組織の情報なんかも聞けて意外と実のある時間になってしまった。

 そうしてるうちに、ドワーフ娘がそっと部屋に入ってきてポーラと何か話すと、こっちに寄ってきた。

「お話し中に失礼します。会長、こちらを」

 副将軍に断りを入れてから、ドワーフ娘が差し出すメモ用紙に素早く目を通す。

 街のお偉いさんだけあって、情報班ではあらかじめマークしてたみたいね。メモにはかなり詳しいことまで書かれてる。


 ダグラス・ダント・ダクマスティ。ダクマスティ伯爵家の五男坊。レトナークの貴族で、本家や領地はレトナーク本国にある。

 旧ブレナーク各領地を支配するために派遣されてきた貴族の一人。有名無実の守備隊、しかもナンバーツーの座に据えられるだけあって、大して重要な人物ではない。だけど、家格自体は派遣されてきたレトナーク貴族の中でも高い方だ。

 決して真面目や誠実とは言い難い性格だけど、最低限の仕事はこなす働きぶり。最近までは特に問題も起こさず、公私ともに可も不可もなくといった人物だったらしい。

 ところが、ギャンブルにはまって一転。別の賭博場で大きな借金を作ったらしい。

 実家の伯爵家に頼るわけにも行かず、守備隊の資金に手を付けたってのが、こいつの近況だ。ジョセフィンたちもよく調べるもんだね。ホント。

 で、さらに今日ここで、借金こさえたってわけか。救えないわね。

 メモ用紙は手の中に握り締めて、火魔法で燃やし尽くす。


「失礼しました。ところで副将軍閣下」

「な、なんだ?」

 潮目が変わったことを感じたのか、さっきまで饒舌に話してたのが噓のように、また緊張を漲らせ始めた。

「ずいぶんとお金に困っておいでとか」

「……根も葉もない噂だ」

「そうでしたか。では今日の分のお支払いは、いつまでにして頂けますか?」

 ポーラの話だと、チャラにしろって言ってたらしいけどね。どう出てくるか。

「少しだけ待ってくれないか。俺の方も色々と立て込んでいてな」

 ほう、払う気はあると。

 それならば話は別だ。お客様として遇さねばなるまい。もっとも、それほど気は長くないし、返す当てがあるならだけど。また公金に手を付けるつもりなのか、どっかで一山当てようとでもいうのか。まぁ、どんな金であろうと構わない。

「ではお待ちしましょう。他ならぬ副将軍閣下の頼みですからね」

「あ、ああ。数日中には使いを寄こす。その時に全額払おう」

 本当に払えるのかは微妙なところだけど、そう言うのなら今は信じよう。払えないなら取り立てるだけだ。



 副将軍が帰るのを見送って、ソファーで一息つく。

 グラデーナとポーラが苦笑いしながら、私と向き合う位置に座ると、まずはポーラに苦情だ。

「ポーラ、なんか払ってくれるらしいわよ。チャラにしろって話じゃなかったの?」

「あのよ、ユカリ。自覚してないのか?」

「凄い威圧感だったぜ。ユカリが金に厳しいのは知ってるが、あれじゃチャラにしろなんて、とてもじゃないが言い出せん」

 おっと。無意識に怒りが溢れ出してたか。

 私はギャンブルも金も好きだ。時には無謀なことをしてしまう気持ちだって理解できる。

 だけど、その結果を誤魔化したり、逃げ出したりするのはダメだ。

「それにしても本当に払える思うか? 数日中なんて言ってやがったが、もし来なかったらどうする?」

「この件はポーラに預けるわ。もし約束を破るようならとことん追い込んでやりなさい。こっちは公金横領の情報も掴んでるからね。最悪、レトナークの伯爵家を巻き込んででも、取り立てるわよ」

「はは、そっちの方が面白そうだな。ま、しばらくは様子見か」

 約束通り払うならそれでよし。そうでないなら、追い込むまで。


 あるいは別の支払い方だって構わない。金額相応ならね。

 レトナークの貴族でそれも伯爵家の息子。しかも有名無実とはいえ、エクセンブラ守備隊の副将軍だ。ウチの情報班でも知り得ない情報のひとつも知ってるだろう。対価に情報ってのは悪くない。

 もし使えるようなら他にも負ってる借金をウチに一本化してやってもいい。そのまま手駒にしてしまうのも悪くないかもしれない。


 この件はポーラに任せて、あとは情報班とも連携してやってもらおう。

 余程のことがなければもう私の出番はない。


 それにしても借金の取り立てなんて、戦闘班にやらせるのは勿体ないわね。

 今後もこの手のケースはありそうだし、専門の部隊か、あるいはアウトソーシングしてしまおうか。もしかしたら、そういった会社を立ち上げるってのもありかもね。

 金がないなら情報、それもないなら身体や頭で。

 幹部会で相談してみようかな。

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