第54話、流行

 最近、キキョウ会で大流行してるある事柄によって、ウチのメンバーは魔法のレベルが著しく急成長してる。

 使える魔法の等級が上がったのもいれば、そうじゃなくても単純に威力や効果が増大してるんだ。

 その大流行によって、面白いように効果上昇があるもんだから、魔法訓練への熱が大フィーバー中で特に魔力回復薬の需要が追い付かないほど。

 切っ掛けはある魔法が苦手な見習いへの助言。地下訓練場での一幕だ。



「あの、魔法はイメージだって分かってはいるんですけど、どうしても上手くいかないんです」

 戦闘班に所属してるメンバーは、武器や身のこなし以外にも魔法戦闘の技能が求められる。攻撃や防御に回避、自身の魔法適正を伸ばすこと以外にも汎用魔法を使いこなし、他者が使う魔法まで含めて、総合的な知識を身に付けることまでも要求される。戦いを制するには単純な力と技以外にも、様々な知識が必要となってくる。

 色々と考えてしまうとキリがないんだけど、まずはなんといっても、自分が得意とする魔法を作り伸ばすことだ。それさえおぼつかないようじゃ、全般的に上手くはいかない。初歩の初歩に立ち返ることね。

「それは頭の中で上手くイメージできてないからね。漠然としたイメージじゃ効果もそれなりにしかならないわよ」

 超基本的なことなんだけど、それが難しいってのはまぁ分からなくはない。

「何かコツとかないでしょうか?」

 うーん、人それぞれイメージのやり方ってものがあるしね。言葉で説明するのはなかなかに難しい。あ、言葉か。

「そうね。それなら言葉に出してみたら?」

「言葉、ですか」

「あんたは火の魔法に適性があったわね。なら、こういうのはどう?」

 私には火魔法の適正はないけど、ちょっとくらいなら使うことができる。そのちょっとも強固なイメージ補正と十分な魔力があれば、効果はバカにできないものになる。適性がなければ難しい魔法を使うことは不可能だけど、単純に威力だけなら別の話だ。


 目を閉じて右手を前に突き出すと、おろむろに『呪文』を詠唱した。


【灼熱と閃光を秘めし我が魂の呼び声に応え、内なる赤き地獄を顕現せよ! ヘルブラストファイヤー!】


 どうせだから大げさに、悪ノリも混じりつつ大仰に、普段はやらない詠唱をして魔法を放つ。

 詠唱の内容は凄く適当。それでも豪快な炎が噴き上がった。

 魔法適正がなければ、通常は焚火を熾す程度の火しか出ないはずだけど、バカ魔力と強固なイメージができれば一端の攻撃魔法っぽいのは使えてしまう。慣れれば詠唱でのイメージ補正だって必要ないけどね。


「嘘っ!?」

「え、会長って火魔法の適正持ってましたっけ」

「さすがはお姉さまです」

 見習いたちが騒ぐ中、ヴァレリアたちも今更ながら驚いてるようだ。

「私には火魔法の適正はないけど、あのくらいの威力ならイメージの力で出せるわよ」

「あの、わたしのよりもずっと威力が高いように見えたんですけど……」

 ちょっと落ち込んだような女の子。

「あんたも言葉に出してみたら、もっとイメージがしやすくなるかもよ? 色々と試してみなさい。適正持ちなんだから、私よりも凄いのが使えるようになるはずよ」

 素直に頷く彼女にイメージしやすそうな火に関する適当な詠唱なんかを教えてやる。

 ぶつぶつと呟くのを見て、あとはしっかり練習しなさいよと言って地下訓練場を後にした。



 次の日の早朝、いつものように訓練しようと地下に降りると魔法の炸裂音が響きまくっていた。

 それと様々に聞こえてくる呪文詠唱。


【紅蓮の血を持つ火の化身よ! 我が身に宿りて力を貸せ! ファイヤーボール!】

【青き風の囁きは千の声となって我が意を伝えん! ウィンドヴォイス!】

【我が望みは遥か高みへと至る理にあり! 我が足、我が腕、我が魂こそが全てを凌駕せんと欲す! エクストラパワー!】


 などなど。そこかしこからそれっぽい呪文詠唱が聞こえる。

 今までそんなことをしてるのは、あんまりいなかったんだけど、これは昨日の影響か。

「会長、聞いてください! 魔法の威力が上がったんですよ!」

「わたしの魔法も効果が上昇しました!」

 確かにそうみたいね。見れば分かる。でも思った以上に効果覿面なようだ。

 魔法が苦手だったり、イメージが十分でなかった人にとって、特に効果が出てるようね。うん、大変結構。というか、こんなもんでレベルアップできてしまうのか。


 まぁ、日頃から魔力を鍛えたり、講義で魔法についての理解度が高いからだとは思うけどね。

 別に呪文を唱えれば絶対に効果が高くなるってわけじゃない。イメージがしやすいかどうかの話でしかないから、私や他の魔法が得意なメンバーは今後も詠唱とかはしないけどね。



 図らずもキキョウ会メンバー全体の魔法能力の底上げとなった呪文詠唱。

 その恩恵は何も戦闘に限った話じゃない。

 サポート系の魔法についてはむしろ、直接戦闘とは違った意味で大きな恩恵をもたらしてくれた。その中でも特筆するのは刻印魔法だ。


 新たに幹部となったシャーロットの魔法適正は刻印魔法。それが開花したんだ。

 元貴族なのに戦闘狂のきらいがある彼女は、戦闘に直結する魔法適正じゃないことに不満があったらしい。

「わたしくの魔法適正は戦闘では役に立ちませんから」

 なんて宣って、貴重な魔法適正も宝の持ち腐れだった。本人にやる気がないんじゃ仕方ないけどさ。

 これまでに刻印魔法の効果は当然知ってたけど、使える魔法の等級が最低だったし、特に興味がなかったらしい。

 もったいない。刻印魔法は最下級だったとしても、金になる魔法だってのに。まぁ貴族なら金に困ることはなかっただろうし、そんなもんなのかな。


 元々シャーロットが使えるのは第七級の最下級魔法のみ。効果としては気休め程度で、ないよりはマシと言われるようなものだった。

 刻印魔法の優れてるところは、適切な魔力の供給さえあれば、その魔法の効果が自動で、しかも半永久的に続くこと。効果を及ぼしたい物や場所に、定められた刻印を施すだけでいい。

 でも何にでもできるわけじゃない。刻印を施すモノのキャパシティを超越することは不可能。例えば、ただの木の棒にはどんな種類であれ刻印魔法を施すことはできないし、鉄の武器であれば下級魔法の刻印を一つ施すのが精々。ミスリルならば中級魔法の刻印が二つはイケるかもしれない。


 装備品に良く使われるのは、軽量化の刻印とか、硬度を高めるだとか、切れ味を高める刻印とかがスタンダード。

 便利ではあるけど、キャパシティを超えてしまうとその物自体が壊れてしまうのだから軽々に実行はできない。試しにやってみて壊れたんじゃ取り返しがつかないからね。


 さらに厄介なのは、同じ素材の武具であったとしても、どういう基準があるのか、刻印を施せる数や効果が必ずしも一定ではないということ。

 記録によれば、鉄製でも中級魔法の刻印が施せた例もあれば、逆にミスリル製でも下級魔法の刻印一つでダメになった例もあるらしい。素材によってある程度の線引きはできるらしいけど、それが絶対ではない。

 つまり、かなりのリスクがあるんだ。愛用の武具に後から刻印を施すのは勇気が要るわね。それ故に希少な魔法適正ではあるけど、使い勝手がイマイチな魔法と認識されてる。


 通常、刻印入りの武具は、それが施された状態で売りに出される。もちろん高価だし、一般的にたくさん流通するものでもない。刻印が入ってるイコール、素材自体が高価な武具になるからね。

 でもそれが後からとはいえ、タダで施してもらえるなら?

 所持してる武具が大きなキャパシティを持った素材であったなら?

 万が一失敗しても、取り返しがついたとしたら?

 そりゃあ、やるわよね。


 キキョウ会には、貴重な刻印魔法使いがいる。訓練によって魔力が鍛えられ、講義によって魔法への理解を深め、呪文詠唱によるイメージ補正によって、中級魔法が使えるまでに至った刻印魔法使いのシャーロットだ。


 特別な素材が使われたキキョウ会の外套が、大きなキャパシティを持つだろうことは間違いない。それも計り知れないくらい。見習い含めて、所持してる武器だって悪い素材は使ってない。

 さらに、失敗して壊れてしまっても補充ができる。今となってはウチも貧乏所帯じゃないし、作り直してもらえばいいだけだ。予備だってあるんだし、失うことを恐れる必要はない。


 私たちは刻印魔法の可能性と有用性を認めて、大いにやってもらうことにした。

 実験込みで、希望者の外套には刻印魔法を施してもらう。それも希望する効果をできるだけたくさん。壊してしまっても全然構わないし、むしろ限界を探って欲しいとすら思ってる。


 みんなの様々な要求に応えて色々と魔法を使ってれば、シャーロットの魔法だってさらに上達するはず。将来的にもし上級魔法の刻印ができるようになれば、その存在価値は計り知れないものになる。

 これが呪文詠唱に続いて、最近のキキョウ会での流行だ。みんなして好き勝手に次々とシャーロットに刻印を要望してる。


「会長、わたしくの刻印魔法が有用なのは理解できますけど、忙しすぎるのですが……」

 疲労して愚痴る姿は、普段のお嬢っぽい凛々しい感じが鳴りを潜めて、なぜだか妙な色気を感じるわね。

「一通り全員分やれば少しは落ち着くわよ。今こそ練習のやり時と思って頑張りなさい」

「はぁ、それもそうですわね」

 ウチには潤沢な回復薬があるからね。精神力が持つ限り、どこまでだって戦える。

「ところでシャーロット、私の靴と手袋にも刻印して欲しいんだけど」

「……もう、とことんやってやりますわ! 貸してくださいませ!」

 あ、でもこれはトーリエッタさん謹製だから壊れない程度に抑えてもらわないと。

 一応、あんまり壊されまくっても困るんで、最初は外套そのものじゃなくて生地に対して限界まで刻印を施してもらって、素材その物のキャパシティをある程度見定めてもらった。その甲斐あって、最初の段階以降は破壊される装備も大分少ない。


 私の外套は壊れることなく、裾の方に綺麗に刻印が並んでる。キキョウ会メンバーの羽織る外套は最早価格のつけられない代物だろうね。

 トーリエッタさんに見せたら、刻印のデザイン自体も盛り込んだ新たな外套をデザインしてくれそうだ。


 シャーロットの刻印魔法はもちろん金になる。特に鍛冶屋からすれば垂涎もの。

 彼女自身は金儲けに対して興味は薄そうだけど、能力を秘匿するか、大っぴらに公開して金を稼ぐかは本人に任せるつもりだ。どちらにしてもメリットとデメリットはあるしね。もちろん、キキョウ会としては金を稼いで上納金をたくさん納めて欲しいけど。凄く稼げることは目に見えてるわけだし。

 シャーロットは戦闘班の副長でもあるから、金稼ぎばっかりやってられても困るんだけど、どうなることやら。


 あとはリリィを中心に花をアレンジした装飾なんかも流行ってるみたいね。

 武骨者の集まりとはいえ、時折垣間見せる女っぽいそうしたところは案外悪くない。

 このささやかな趣味の集まりは何となくだけど、とても良いものに思えて私も参加することにしてる。

 戦闘ばっかりじゃないってことよ。

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