第44話、続、集まる人々
「たのもー!」
午後のティータイム。お茶うけに買って来てもらった焼き菓子を貪る優雅なひと時だ。事務所でヴァレリアとまったりしてると、変な呼びかけに気が付いた。
「……なんか叫んでるのがいるわね」
「お姉さま、わたしが見てきます」
「気を付けなさいよ」
わざわざ玄関前で挨拶してるくらいなんだし、殴り込みじゃないと思うけど。はて、誰だろうね。
ちなみに今、キキョウ会にいるのは私とヴァレリアの二人だけ。ローザベルさんとコレットさんも時間の空いた時には、変装の魔道具を使ってエクセンブラ観光に精を出したり、買い物したりと自由な生活を満喫してる。今もね。
「お姉さま!」
ヴァレリアがちょっと嬉しそうな声で、呼びかけてくる。その様子から問題ってわけじゃなさそう。
すぐに妹分に先導された訪問者たちが姿を現した。
「よぉ! 久しぶり!」
そこにあったのは、まさかの姿。軽い挨拶をして来たのは、収容所以来の懐かしい顔だ。
「え、嘘っ! よぉ、じゃないわよ。いきなりやって来て!」
なんと、オフィリアたちがいきなりやって来た。手紙でちょっと待ってろって書いてたのはこういうことか。どうせなら今から向かうの一言くらい書いておいて欲しかった。
オフィリア、ワイルド系エルフのアルベルト、おっとり系エルフのリリアーヌ、穏やかなお姉さまのヴェローネ、獣人少女のミーア、懐かしいメンツだ。かつての冒険者御一行が勢揃いでやって来てくれた。嬉しいわね。
応接セットに座って、全員でしばらく旧交を温める。収容所で別れてから、しばらく経ってるからね。積もる話もある。
ジークルーネたちとの出会いや、見習いたち、ローザベルさんとコレットさんの合流、今やってること、これからやりたいこと。オフィリアたちの冒険譚や近況なんかも姦しく話し続ける。
紅茶を三杯飲むくらいの時間が経って、少し話も落ち着いた。
そろそろ本題に入ろうか。
「それでみんな、ここに来たってことはウチに入るってことでいいの? 単に遊びに来てくれたってだけでも嬉しいけどさ」
顔を見合わせるオフィリアたち。
オフィリアとアルベルトが何かあるようで、他の三人はそれに任せるようだ。
「そのつもりだが、条件がある」
「条件?」
「分からないか? 手紙にも書いたが、あれからあたいらも強くなった。ユカリ、久しぶりにやろうぜ。今度はあたいが勝つ!」
「あたしもだ!」
そんなことだろうと思ったわよ。オフィリアとアルベルトは今にも戦闘態勢に入りそうだ。
「戦うことが条件ってのなら別に構わないけど、冒険者稼業はもういいの?」
「長い人生、冒険者なんていつでもできるからな。今はキキョウ会とやらに入った方が面白そうと思っただけだ」
如何にもロクでなしっぽいことを言うオフィリアに、大いに頷くアルベルト。この二人はそれでいいとしよう。でもね。
「あんたたちはそれで良くても、他の三人はいいわけ?」
三人とも戦闘狂とは全然違うけど、元々冒険者をやってるだけあって、面白いものや面白いことが大好きらしい。
ウチが面白いかどうかは議論の余地があると思うけど、興味を持ってくれてるならそれでいいか。それに面白いかどうかってより、面白くできるかどうかは本人次第だと思うしね。
また訪問者がいないとも限らないから、ヴァレリアを事務所に残して地下訓練場へ移動する。
ヴァレリアは私たちの戦闘が見たいと残念そうだったけど、そこは我慢してもらおう。訓練での模擬戦なんてこれから何度だってやるんだし、その時に見てくれればいい。
「凄いな。地下にこんなの作ってるのか」
広々とした訓練場、がっちりしっかりした上に中身も充実した武器庫と薬品庫も見て感嘆する一同。
地下の施設を紹介し終えると、オフィリアとアルベルトはすぐに武装を整えて臨戦態勢に入る。とは言え、二人がかりで私と戦うわけじゃなくて、順番にまずはオフィリアからやるらしい。
そういえば魔法ありでオフィリアたちと戦うのは初めてよね。収容所じゃ訓練で何度も戦ったけど、今回は前よりもずっと楽しみだ。
私もオフィリアも手加減くらいはできるから、見習いとは違って何でもありの戦闘だ。
「冒険者の力、見せてもらうわよ」
普段のキキョウ会メンバーとの模擬戦や街中のならず者との戦闘、ましてや魔獣との戦闘とも違う。
常日頃、様々な魔獣を相手に戦う冒険者はどんな状況にも対応する力が必然と身につく。オフィリアには幻影魔法のようなスキルもあるから、尚更面白い戦いになるはずだ。
お互いに向き合って、いざ戦闘開始。
身体強化魔法を使ったオフィリアを見る限り、遠慮は無用だしそんな配慮は失礼だろう。
強くなったと豪語するだけあって、かなりのレベルだ。だけど、それだけならキキョウ会メンバー戦闘班の方がまだ上だ。会長としては新入りに舐められるわけにはいかない。ふふっ、収容所でオフィリアと初めて戦った時と同じね。
ここで初めて私も身体強化魔法を発動する。
「っ! ユカリ、お前やっぱり凄い奴だな」
「雑談の時にも言ったでしょ? キキョウ会は鍛え方が違うってね」
それでもオフィリアの戦意は萎むどころか増していく。やっぱり戦闘狂だ。
「行くぜ!」
気合の声とともに、いつかのように私に向かって全力で突っ込んできた。
剣の振りかぶりを避けながら掴みかかれば、幻影のスキルのせいでやっぱり見た目通りには掴めない。しかもスキルだけあって、魔法の様に看破することができない。
以前の様にカウンターを狙ってもいいけど、それじゃ芸がない。せっかく久しぶりの再会で今は魔法が使えるんだ。それをやらないのは勿体ない。
魔法を使う。オフィリアのスキルは見えてるものと実体の距離が少し違うだけだ。範囲攻撃に対してはあまり意味がない。
一旦距離を取ってから、今度は私からオフィリアに向かって突っ込んでいく。
カウンター戦術じゃなく、積極的な攻撃にオフィリアは楽しそうな笑みを浮かべる。この戦闘狂はまったく!
極めて薄い水晶の膜を張るように、大きな盾を形成しての体当たりだ。これを避けることは難しいし、そもそも見えないように極薄で無色透明だから、盾の存在を気づかれてもいないだろう。体当たり戦法で怯ませてから打撃で追い込む目論見だ。体当たりだけじゃ倒せないけど、水晶が割れるから面白いリアクションが期待できるかもね。
オフィリアにぶつかると思ったその時、魔力の波動を感じ取った。
何かと思えば、オフィリアの足下から炎が吹き上がったんだ!
「嘘っ!」
まさかの火魔法。しかも中級程度の威力はありそうだ。
薄い水晶の盾はオフィリアに当たる前にガシャーンと大きな音を立てて砕け散り、私は後退を余儀なくされる。
オフィリアも驚いたようだけど、私も十分に驚かされた。お互いにニヤリと笑ってから、即座に戦闘再開。
私は近接戦闘の方が好きだけど、能力的には中距離や遠距離、または超長距離戦闘の方により適正があると思う。その真価を見せてやろう。
今度は近づかずに、離れたまま魔法を使う。オフィリアも私の正体不明の魔法を警戒して不用意には近付いてこない。スキルもあるし、当たらない自信があるんだろう。
当たらないのなら当たる状況に追い込めばいい。簡単なことだ。当てるだけなら飽和攻撃でもいいかもしれないけど、今は違うことを試したい。
ちょっとだけ気合を入れると、オフィリアを囲むように熱に強い金属柱を次々と隆起させる。ピンポイントでオフィリアを狙った場合に当てることは難しいだろうけど、これなら幻影のスキルは関係ない。意図を察したオフィリアだけど、もう遅い。天井まで届く檻に閉じ込められたオフィリアは、金属の細い柱を破壊しようと躍起になるけど、私の作る金属柱はそんな柔な強度じゃない。
続けて檻の上に一杯に広がる岩石を生成する。オフィリアが下から見上げると、恐怖でしかないだろうね。そして、岩石が自由落下を始める。
アルベルトたちギャラリーは外から見て、十分に状況が分かってるから特に慌てることはしない。
オフィリアが身を縮こまらせ、そこに容赦なく落下する巨大岩石。
「うおおおおおおおおおおっ!」
なんという蛮勇か。縮こまってたわけじゃなくて、力でも貯めてたというのか、オフィリアは裂帛の気合を持って剣を振り上げた。
すると、あっさり切り裂かれる岩石。
「……あれ?」
衝撃に備えたオフィリアからすれば、ずいぶんと軽い感触だっただろう。
私が作り出した岩石は、実はうすーい軽石だったんだ。下から見上げれば恐ろしい程の巨大岩石も外から見れば薄い板状だ。偽装のためにちょっとした凸凹くらいはくっ付いてるけど。その程度ならオフィリアであれば直撃したところで怪我もしない。しかも軽石だから空気抵抗もあって、ゆっくりと落下。
結果、無傷でキョトンとするオフィリア。
「相変わらず、えげつない戦い方してくるな。でも収容所にいた頃とは戦い方が全然違った」
「まさか檻を作って逃がさないようにするとは。見てて驚いたのなんの」
「しかもあの檻、めちゃくちゃ硬くてビクともしないんだぜ?」
潔く降参したオフィリアを檻から出すと、アルベルトと勝手に戦闘評価を始めてしまった。
戦闘狂たちは気の済むまで放っておいて、残った三人と雑談してると、今度はアルベルトがやるぞと勢い込む。
「ユカリ、選り好みするわけじゃないが、あたしとは遠距離魔法なしでやってくれないか」
「いいわよ。そっちの方が好きなんでしょ?」
アルベルトはオフィリアと同じようにニヤリと笑うと、エルフらしからぬ近接戦闘を始めた。
今度の私は特製グローブを装着し、それを使ってアルベルトの攻撃を避けずに全て正面から弾き返す。
アルベルトの武器であるウォーハンマーに向かっての全力での打ち込みは、まさしく攻防一体の戦術だ。振り下ろされるハンマーに向かって平気で殴りつけ蹴り返し、少しでも隙があればどんどん殴りつけていく。
経験ある冒険者のアルベルトも未知の戦闘だったらしく、もの凄くやりづらそうにしながらも、面白くてたまらないといった笑みを浮かべる。こいつらはもう、手に負えないわね。
そのまま戦闘を続けると、私の拳がいいところに決まって、そのままノックアウト。でもアルベルトは満足そうだった。
あとで聞いてみたところ、アルベルトの近接戦闘はただの趣味らしくて、冒険者として戦う時にはエルフらしく弓を主装備として雷魔法も使って戦うそうだ。そっちの方がずっと強そうなんだけど、趣味なら仕方ない。私は趣味には理解のある女だからね。
ついでに実力を見るために、残った三人とも模擬戦を実施した。
先の戦闘狂には劣るものの、キキョウ会の正規メンバーとして十分な実力がある。これなら戦闘班でも問題ない。あとは色々やってもらいながら希望を聞いていこう。
オフィリアたちも負けん気が強いから、これからもっともっと強くなる。それに負けじと他のメンバーも強くなるはずだ。見習いもそれに続けとレベルを上げていくだろうし、いい循環ができそうね。私もうかうかしてられない。
地下に降りてからずっと戦闘をしてたせいで、時間の感覚がなくなってたわね。
いつの間にか夜になってたみたいで、ヴァレリアから話を聞いたらしいキキョウ会のメンバーが見習いたちも含めて続々と地下に集まって来た。
「おおっ、オフィリアたちじゃねぇか! 久しぶりだな!」
それぞれで勝手に挨拶が始まる。好奇心の強いオフィリアたち冒険者は積極的にジークルーネや見習いたち、見知らぬメンバーにも物怖じせずに話しかけていく。
うん、気の良い奴らだ。これなら何の心配もいらないわね。
その後なぜか始まってしまった模擬戦には、もう付き合いきれない。
「私は食堂に行くからあとは好きにしてなさい」
「あ、わたしも行きます!」
私は夕飯を食べるべく、地下を後にしていつもの食堂に向かう。同じく、戦闘狂じゃないメンバーや事務所に残ったままのヴァレリアを引き連れて。
オフィリアたちには見習いのような基礎訓練は必要ないから最初から正規メンバーになる。元から見知ったメンツも多いし、ジークルーネたちとの顔合わせも良好だ。でも知らないことも多いだろうから、訓練とは別に講習は受けてもらうけどね。
彼女たちにはしばらく、見習いたちの面倒を見てもらう。縄張りでの見回りとか目立つところでキキョウ会の活動をするには、キキョウ紋の外套を羽織ってやってもらいたいしね。そうと決まればすぐに採寸をして作ってもらわねば。また服飾店ブリオンヴェストに行かないと。
ついでに見習いたちの外套の準備くらいはそろそろ進めておいてもらおうかな。ここまでくれば脱落者も出ないだろうし、まとめて採寸してもらった方がいいかも。
そして翌日の夜、ジークルーネの元同僚もキキョウ会に合流した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます