第41話、久しぶりの勝負
キキョウ会は今、少々困った事態に直面してる。
有体に言って、金に余裕がない。運営資金が枯渇したわけじゃないし、酒場の開業に必要な準備金も確保はしてある。なので、今現在そこまで深刻というわけじゃない。でもこのままじゃジリ貧なのは目に見えてる。
なぜなら、見習いが大勢増えたのに実入りは全然増えてないからだ。
キキョウ会のメンバーたちが自室に引き上げた夜も深い時間に、世知辛い話を事務所に残ったふたりで交わす。
酒でも飲んで忘れてしまいたい気もするけど、現実逃避したところで何も変わらない。どうにかしないと。
「ユカリ、どうしますか? 六番通りの酒場の開店を前倒しで進めましょうか」
「うーん、その辺は稼ぎの中心になるかもしれないから、拙速にやりたくないのよね」
「そうは言っても、このままではユカリの魔法を頼りにするしかないですよ?」
「それはなぁ。いざとなればやむを得ないか……あいつら想像以上に食べるからね」
見習いが予想以上に食べまくるもんで、エンゲル係数が半端じゃないのよね。でも一番食べるのが私だから、文句も言えない。それに腹一杯食べさせてやることくらいできなくてどうするってのよ。そんなところをケチるなんて、女が廃る。譲れない一線ね。
それにしても何か金策はないもんか。手っ取り早く大金を稼ぐには、どうしたら。
あ、ドカンと一発、勝負をしてくればいいじゃない。
「……フレデリカ、久しぶりに一勝負やりに行かない?」
「っ、ユカリ、良いのですかっ!?」
フレデリカは驚く、と言うよりも歓びを露わにする。こいつも実は無類のギャンブル好きだからね。
余所の組の賭場を荒らすのは無用な争いを生むだけだし、負けて栄養分にされるのも癪だ。
ただでさえ人手不足で忙しいキキョウ会に余計なことをしてる暇なんてなかった。そんなわけでキキョウ会は賭博を禁止してる。いや、してた。ご都合優先の会長権限で、今回は限定解除してもいいだろう。キキョウ会のためだからね。私欲じゃないからね!
それにちょうどいい相手にも心当たりがある。
「今回だけよ。それに大勢で押しかけるわけにもいかないから、私たちだけで行くわよ」
「そうと決まれば、こうしてはいられません。ユカリ、すぐに準備を!」
どれだけギャンブルに飢えてるんだよ、もう。
早く早くといつにない調子で急かすフレデリカ。
「ちょっと待ちなさいって」
鏡を前にして、収容所を出てから伸びっぱなしの髪が妙に気になる。今日はどのタイミングからか、変な癖がついてて鬱陶しいし。
今からセットするのも面倒だし、適当にやってしまおうか。
おもむろにシンプルな鉄串を生成して、髪をまとめると鉄串を刺し込んで固定する。かんざしっぽい感じで、こいうのもたまにはいいかな?
目的の賭博場に向かって夜道を女ふたりで歩く。
あまり治安のよくない街の夜間、本来なら褒められた行動ではないだろう。
だけど私たちに近寄ろうとする者は誰もいない。
原因は夜間でも目立つ、この月白の外套のせいだろう。夜にこそ映える、月白の外套に背中のキキョウ紋。微かな灯りで煌めく、胸につけた紫水晶のキキョウ紋。
敵対する意思のある組織や人でなければ、最早キキョウ会に手を出そうとするのはモグリに近い。それほど普段から目立つ活躍ぶりを披露してる。この街で暮らす無法者なら、喧嘩を売っていい相手とそうでない相手くらいは把握してるんだろう。
想像以上の快適さで、夜道の散歩と洒落込むことができた。目的地は近い。
金を稼ぎに行くと豪語するくらいなんだから、もちろん勝算がある。
向かってる賭博場は、キキョウ会に敵対的な組織が運営する非合法の賭場。当たり前のようにイカサマが行われてると考えて間違いない。
私はギャンブルに強いというよりも、イカサマに強い。その手管を見抜くことには自信があるんだよね。
そこから相手が今、勝とうとしてるのか、穏便に負けようとしてるのかは状況からある程度推し量れる。単純な丁半賭博なら精度も高い。そこに勝負を賭ける!
もしくはイカサマを見抜いて、バラされたくなかったら出すもん出してもらうって展開もアリだ。そうなると荒事も覚悟しないといけないけどね。
今回、フレデリカは戦力外。普通の客として楽しんでいてもらおう。その方が私への警戒心も薄くなるだろうし。
ちょっとばかり長い散歩を経て、やっとこさ目的地に到着する。
マルツィオファミリーが運営する酒場で、一見すると普通の酒場だ。マルツィオファミリーは、ちょくちょく六番通りでちょっかいをかけてくる迷惑野郎どもの組織。どうせ悪どく稼いでんだろうし、そこから少々巻き上げるくらい大したことはないだろう。
この店の奥に賭博場があるんだ。実際に来るのは初めてだけど、ブルーノから聞いてるから間違いない。
店に入ってみれば、酒場だけあって深夜でも営業してるし、酔客でそれなりに賑わってうるさいほど。
話によれば、奥の扉から地下に行くらしいんだけど、そのまま通してくれるとは思えない。ま、なるようになるか。
「フレデリカ、行くわよ」
「ええ、賭場がわたしを待っています」
キリッとした顔で言ってもカッコよくはないからね?
特に注文もせずに奥の扉へ近づこうとすると、カウンターの中の中年マスターから制止される。
「ちょっと待ちな。お前、その花の代紋は」
堂々とキキョウ会の外套を着てるんだから、別に隠したりするつもりは全くない。相手からしたら、私たちキキョウ会から日頃の恨みも込めて金をむしり取るチャンスだからね。今日はあえて、この格好でやって来たんだ。
「立ち入り禁止ってわけ?」
「いや、俺はここの門番でもある。お前らを素通りさせるわけにもいかないんでな。その代紋つけてるなら自覚はあるだろ? ここで少し待ってろ」
「話を付けて来てくれるってわけね。今日は別に喧嘩しに来たわけじゃないわ。遊びに来ただけだから、そこんとこよろしく」
「その通りです。勝負の時間だって限られているのですから、なるべく早くしてください」
ここまで来てお預けにされたフレデリカが不満をぶつけるけど、さすがに相手もベテランだ。特に反応もなく別の若いのに酒場を任せて、奥の扉の向こうに消えていく。淡々と自分の仕事に徹するようだ。
突っ立ったまま待つのも間抜けだし、どのくらい待てばいいのかも分からないから、適当に軽い酒だけ注文して中年マスターを待つ。
グラスが半分ほどになった頃、ようやく姿を現すと無言のまま奥に行くよう促される。
どうやら客として認められたようね。もちろん、カモとしてだろうけど。フレデリカは高確率でカモにされるだろうから、賭けるのは少額にさせておかないと。
意外と長い通路を軽口叩き合いながら進むと、また扉があって門番らしき屈強な男と身なりの良い、これまた中年男性が待ち構えてた。
特に急がず、堂々とその中年の前に到着すると、
「ようこそいらっしゃいました。キキョウ会会長、ユカリノーウェ様」
へぇ、私のことは知ってるようね。フレデリカをガン無視なのは、この際気にするまい。
「邪魔するわよ。今日は楽しませてもらうわ」
「歓迎いたします。本日は是非、特別なお客様のためのVIPルームへいらして下さい」
そう来たか。普通の賭場なら他の一般客やなんかもいるから、おかしな真似はしにくい。悪評が立てば、客が寄り付かなくなるからね。
VIPルームなんて聞こえは良いけど、怪しいことこの上ない。絶対に何か企んでるに違いない。でもいいわ。乗ってあげようじゃないの。
「そう? ならお言葉に甘えさせてもらうわ。フレデリカはどうする?」
「わたしは一般の賭場で結構です。お金持ちが集まるような場所ではレートも違いますし」
なら当初の予定通り、フレデリカにはひとりで遊んでてもらおう。
「それではユカリノーウェ様、ご案内いたします」
私は身なりの良い中年男性にエスコートされて上の階へ、フレデリカは地下へ向かい別れた。
階段じゃなくてエレベーターで上に移動し、目的のフロアに到着。
エレベーターホールと思しき場所から、大きな両開きの扉を抜けると広々とした空間に出る。思った以上に高級感のある、まさにVIP向けの社交場だ。
月白の外套を翻して歩く私はかなりの注目を集めてるらしい。ジロジロ見てくるのはいないものの、こっそりやチラッと感じる視線の多いこと。それにヒソヒソと、あの外套と代紋はどうのって話す言葉が聞こえる。私は耳もいい。
立場としてマルツィオファミリーと近いのが多いのか、悪い噂ばかりで好意的な反応は少ないわね。あるいは単に女性蔑視なだけか。
客層は見るからに金持ちな成人男性とその連れ合いの女性がほとんど。連れの女性は伴侶じゃなく、ただの遊び相手だろう。何もかもが釣り合ってない。
地元の大商人とそこの取引相手らしき商人、それから貴族っぽいのもいれば、わずかに冒険者っぽいのもいる。
客の他には、やたらと露出度の高い衣装を着た女性従業員やボーイが飲み物を持ってそこらを歩き回ってる。
「おおっ! 支配人、そちらは今話題のキキョウ会かね?」
「これはブーラデッシュ様。こちら、お召しになった外套が示される通りの方でございます」
「ほぅ。不躾だが早速、一勝負どうだね? 新しい客と勝負するのが趣味でしてな」
いかにもな成金っぽい中年男が物怖じせず、話しかけてくる。今日は中年ばっかりね。舐めるような眼差しが気持ち悪い。不快ね。まぁ、こういうのの金を巻き上げても心は痛まないしちょうどいいか。
「構わないわよ」
即答すると、若干驚いたようだ。自分から誘っておいて、それは何だっての。
まさかの支配人だったという中年は、気を利かせてすぐさま場を整えてくれる。
「お二方でゲームをなさるのですね。あちらの卓をご利用ください。只今準備をさせますので」
「私は初めてここに来るし、そっちのルールに合わせるわ」
別のボーイに案内されて、素早く準備された卓に移動すると、すかさず飲み物を持った露出度の高い女性が近づいてくる。
適当なのを受け取って一口飲むと、支配人自らがまた登場。
「ユカリノーウェ様、チップをお持ちしましたので、お好きなだけ換金をお願いいたします」
確かにね。こんなところで客同士が直接レコードを使ってやり取りするなんて有り得ないわね。さて、どのくらいにしておこうか。
VIPしかいないフロアだし、少額での勝負なんかはないだろうし……。ま、いいか。
「そうね、取り敢えず一千万くらいにしておくわ」
「畏まりました」
特に反応もないから、無難なところだったかな。
差し出したレコードから差っ引かれる代わりに、チップが私の前に用意される。百万のチップと十万のチップが積まれた。うーん、こうして見ると凄く少ないわね。対する成金中年の前には、私の十倍くらいのチップが積まれてる。
それに別の卓を見てもたくさんのチップが積まれてあって、なんだか私が貧乏人みたいに思えてくる。まぁぶんどって増やせばいいか。
ああ、それにしても。ここの空間だけが、かの伝説のバブル時代のようだ。色々と世間は大変な状況のはずなんだけどね、レトナークも旧ブレナークも。ここだけ見ると、随分と余裕があるように感じられる。
「それではブーラデッシュ様、ユカリノーウェ様、ごゆっくりとお楽しみください。失礼いたします」
恭しい仕草で下がる支配人。裏社会の人間とは思えない優雅さね。正直、マルツィオファミリーにしておくのはもったいない。
いきなりサシでの勝負を申し込まれるとは想定外だったけど、これはこれで面白い。
私を見る視線は気持ち悪いけど、従業員への態度なんかは意外と気さくで優しい感じがするから、悪い人ではないのかもしれない。
「さて、俺はブーラデッシュ商会を営む、その名の通りブーラデッシュだ。中央通りで移動用の魔道具をメインに商売をしている。ああ、そちらの自己紹介は結構だよ。最近、エクセンブラを賑わす有名人だからな」
「それは光栄ね。その店には何度か行ったことがあるし、近い内に何か買いに行くと思うわ」
これは社交辞令じゃない。見習いも増えてジープ三台じゃ分乗しても手狭になってきたから、思い切って大きめのバスでも買おうかと思ってる。この街でそういうのを扱ってるのは、こいつの店しかないから必然的にそこで買うことになるわね。もちろん今の台所事情じゃ無理だから、もっと先になるけど。
「おお、その時には歓迎しよう。では、そろそろ勝負と行こうか」
勝負は何でもいいと言うと、得意なのかカードを手に取って切り始める。
お互いがディーラーを務めるタイマン勝負。まだ始めたばかりだし、相手が真っ当に勝負をしてくるなら是非もない。楽しませてもらおうか。久しぶりの勝負に血が騒ぐ。たまらないわね、この緊張感。
始まったのは、ポーカーのテキサスホールデムようなカードゲーム。
ルールの基本は、最初に各人の手元に二枚ずつのカードが配られて、ボードには合計五枚のカードが出されて順次オープンにされる。この七枚から五枚を使って役を作る。
手元に配られた二枚の状態から順にベットやレイズをしていき、ボードに出されてる五枚のうち三枚のカードを一気にオープンにする。プレイヤーが順にアクションをして、さらに一枚のカードをオープンにする。同じようにして、さらにもう一枚のカードをオープンに。手持ちの二枚と、オープンにされた五枚のカード、合計七枚から好きな五枚を選んで役を作り最終的なショーダウンとなる。途中で額が吊り上がりすぎたり、勝てないと思った場合には、すでに賭けたチップを放棄して降りることもできる。
面白いのは自分の手が何も役がない、いわゆるブタであっても、ブラフで値を釣り上げて行って、相手が降りれば勝利できることだ。もちろん、相手が下りなかった場合には丸損だけどね。
細かいルールはまだまだたくさんあるけど、大まかにはこんなところだ。収容所で初期の頃に覚えた懐かしい思い出がよみがえる。
成金中年のカード捌きを見る限り、かなり腕に自信があるようだ。今のところイカサマはない。
私は配られたカードを見て、いきなり百万のチップをベットする。相手も大金持ちだから、百万ごときでビビったりはしない。面白いわね。その余裕を徐々に削ってやるわ。その後はお互いにレイズをせず、静かにショーダウン。
結局この勝負は双方が役なし。成金中年はしょぼい手札でいきなり百万ぶち込む私に警戒心を持ったようだ。この百万と成金中年がコールした百万はプールされて、次の勝者に渡る。本当はブタ同士でもカードの強弱で勝敗が決まるはずだけど、ここではローカルルールを採用してるみたいね。
今度は私がカードを配る。何食わぬ顔で成金中年顔負けのカード捌きを披露して、相手の精神に圧力をかける。
負けじと成金中年も最初から百万チップをベット。かなりの負けず嫌いみたいね。だけどこの感じだと良い持ち手じゃないわね。初手から見込みの薄いカードで百万張った私に対抗してるだけだろう。こっちは弱いカードのツーペアが揃ってるけど、恐らくはこのままで勝利できる。
読み通りに勝利して、プールされてた二百万と今回の二百万を獲得した。
こうして、交互にカードを配りベットを繰り返す。純粋に運も絡むものの、読み合いやテクニックに差があれば、回数を重ねていく内に徐々に差は付いてくる。
お互いに掛け金を大きく釣り上げていくようなやり方はせず、静かに勝負を楽しんだ。
私の前には最初と比べて多くのチップがあり、成金中年の前からは同じだけの量が失われた。私の手持ちが、およそ四倍ほどになったあたりで、ブーラデッシュが降参した。
「いや、参った。これはとんでもないお嬢さんだ。キキョウ会、噂以上かもしれんな」
「そっちこそなかなかだったわよ。ブーラデッシュさん」
「俺では勝負にならんな。とは言え、楽しかった! また今度勝負してくれるかね?」
「ええ、喜んで」
カモになってくれると言うのなら喜んでお相手しよう。
この人は技術的にイカサマも可能だったろうけど、私相手に通用しないことは序盤で感じてただろうし、そもそもそういう手合いじゃない。大商人ならそのくらい分かって当然か。結局、お互い純粋に勝負を楽しんだ。
儲けさせてもらったし、勝負自体も楽しかった。いずれデカいバスでも買って少しは還元してあげよう。
ブーラデッシュはもう帰るようで、エレベーターホールに出ていく。
私もあっさりとだけど、凄く稼いだよね、これ。いや、金持ち連中のレートってハマるとヤバいかも。フレデリカを連れてこなくて良かった。
いきなり十分稼げてしまったから、当面の活動費はこれで足りる。今のところ、これ以上の儲けは必要ない。
しかも余計な喧嘩を売らなくて済んだし、ここらが潮時か。
考え事をしつつ卓に残って飲み物に口を付けてると、支配人が近寄ってきた。
「失礼いたします。ユカリノーウェ様、あちらのお客様から是非に勝負を、と申し出があるのですが、如何いたしますか?」
支配人が向ける手の方を見ると、何人かの客が集まるカードゲームの卓がある。そこの連中が私を招いてるらしい。
挑まれた勝負なら受けて立つのが私の流儀。
もう帰ろうかと思ってたけど止めだ。最後に荒稼ぎしてやろうじゃない。
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