第42話、くだらない勝負

 私と勝負がしたいなんてどんな物好きだ。

 それとも、ただ話題の生意気な女にちょっかいをかけようとしてるだけかな。


 支配人からの伝言に即座に了として、卓へと向かう。

「よく来てくれた、勝負を受けてくれて感謝するよ。今夜は楽しもうじゃないか」

「お互い、自己紹介なんて野暮な真似はやめようぜ。ここではただの勝負師だろ?」

「まぁ、お下品な」

「名前や肩書なんてどうでもいいですわ」

 それは同意見ね。本当にどうでもいいわ。ましてや行きずりの相手の名前なんて、いちいち覚える気もないしね。


 順に初老の男、まだ若い派手な男、マダム、お嬢っぽいけどどこか擦れたような女。この四人でテキサスホールデム風のカードゲームに興じてるようだ。

「そのゲームに混ぜてくれるってわけ?」

「逃げるなら今の内だぜ?」

「オホホ。あたくしたちのレートで大丈夫かしら?」

 ふーん、随分と強気ね。

「ディーラーをお願いしますわ」

「よろしいかな? お手並み拝見といこう」

 また専任のディーラーなしでやるのか。まぁいいわ。

 それにディーラーの順番なんてどうでもいいし、私からで別に構わない。カード捌きには自信があるし、よく見ておきなさい。

 もちろん、イカサマなんてしない。私からはね。


 席に着くと新しい飲み物を受け取って喉を潤す。

 カードの束に目をやると、妙に気を利かせた支配人が新品のを渡してくれる。

 四人からの熱い視線を感じつつ、封を開けてから流れるようにカードを切って配り終える。

「ふむ」

「ははっ、面白れぇぜ」

「手先は器用なのね」

「……やりますわね」

 負けるつもりはない。人数も多いし、最初は相手の出方を見てみるか。

 持ち手も悪かったし、一巡だけ様子を見てこのゲームは降りる。

 四人はほとんど喋らなくなり、まさしくポーカーフェイスに徹してる。その後も消極的な展開が続き、最後にマダムが少額のチップを獲得した。

 最初の印象だと、もっと派手にやってそうに見えたのに、そんなことはなかったわね。意外に手堅いのか。


 お次は初老の男がディーラーだ。

 謎のベテラン感を醸し出してるだけあって、カードを配る手に淀みはない。

 オープンにされたカードを確認してからベットが始まる。私の手はキングのスリーカード。悪くない。動いてみるか。

「レイズ」

 ここでレイズを宣言して金額を釣り上げる。さて、どうなるか。

「レイズ」

 初老の男がさらに釣り上げるけど、表情は読めない。

「レイズ」

 ポーカーフェイスを崩してニヤリとした、派手な男がまた釣り上げる。自信があるのか、ブラフか。分からないわね。

「レイズ」

 マダムが微笑を浮かべながら同じく釣り上げてくる。

「レイズ」

 おいおい。お嬢っぽい女がさらに釣り上げた。この程度の金額なんかどうとも思わない程の金持ちか。

 こうなってくると、スリーカードじゃリスクは冒せない。勝負はまだ始まったばかりだ。全然焦る必要はないし、ここは降りよう。

 勝負は最終的にトータルで勝ってなんぼ。まだ無意味に突っ張る必要はないし、そんな場面じゃない。

「……フォールド」

「おや、よろしいのか」

「まぁね。今回は譲るわ」

 これは要注意ね。私は努めて冷静にこれからの勝負に備えなければならない。何かある。



 何度もゲームを繰り返す。

 次第に隠す気もなくなったのか、やり口があからさまになっていった。奴らのやってることは単純だ。


 私が消極的であれば、四人も消極的に。私が積極的であれば、四人も積極的に。結託されてるわね。

 これじゃあ私は絶対に負けないと思える強力な手でないと、思い切った勝負ができない。チップ全損を受け入れられるなら別だけど、マルツィオファミリーの賭場で負けて帰るなんて絶対に許容できない。

 かと言って、この場から逃げるのも癪だ。


 ゆえに根気強く、そこそこ良い持ち手が来ても我慢して消極的に勝負をし続ける。一応、体面というか他の客もいるから、何でもかんでも全部レイズをするような真似はしてこないから、辛うじてゲーム自体は続けられる。

 少額のチップを取っては、降りてチップを取られることを繰り返す。あー、イライラするわね。


 粘ってフォーカードでもこないかと思ってるんだけど、イカサマなしの運任せじゃそう上手くもいかない。

 しかしだ。こっちが疲労とストレスを募らせてるように、四人もそうであるはず。さらに、私がなかなかキレずに勝負も捨てず、四人がかりでも食らいついてるから、内心では私以上に焦れてるに違いない。

 相手は四人もいるんだ。誰かが必ずボロを出す。ミスもするし、余計な真似だってするかもしれない。それまでの我慢だ。



 時は流れる。もう何ゲーム目だったか。本当に疲れたわね。

 なんかもう面倒ね。楽しさの欠片もないゲームにバカバカしい気持ちになってくる。なんだか冷めてしまった。

 ちょうど良い手も来たし、これを最後に大きくやって帰ろうか。はいレイズっと。そう言えばフレデリカはどうしてるかな。


 意識をそらした瞬間、派手な男がやりやがった。集中力を欠いてたのは事実だけど、イカサマを見逃すほど甘くはない。

 派手な男はストレスが爆発したのか、我慢できずに遂にやらかしたわね。

 こう考えてる間も全く気が付いた様子を見せることはしない。派手な男が緊張の瞬間をやりとげたと思ったところで、ゆっくりと立ち上がる。四人ともポーカーフェイスを崩しはしないけど、どこか緊張する感じは伝わってくる。これはイカサマを実行した派手な男以外も全員が気が付いてるわね。

「どうかされたのか?」

「はっ、便所にでも行くのかよ?」

 デリカシーの欠片もない阿呆ね。


 何食わぬ顔で雑談を始めようとするのを眺めつつ、私は髪に差し込んだ、かんざしもどきの鉄串を引き抜く。

 その仕草と紫紺の髪が流れ落ちるのに目を奪われる一同。その瞬間、引き抜いた鉄串を一閃させた。

「あ? っあぎゃああああああっ」

 派手な男は一瞬だけ呆気にとられる。

 だけど、その状態を認識するや否や情けない悲鳴を上げながら暴れて、卓上のチップやカードをまき散らす。


 私が投擲した鉄串は、卓に置いた派手な男の腕を深々と貫き磔のように固定する。狙ったのは、袖に隠したイカサマの証拠。ずいぶんと古典的なやり方ね。

 鉄串を引き抜こうと暴れる男を押さえつけて袖を強制的に捲り上げると、袖口に仕込んだカードは腕ごと鉄串に貫かれ、まさしく動かぬ証拠として衆目に晒される。

 すでにここは周りの客も従業員も含めて注目の的だ。

「ねぇ、これは?」

 気取った髪型を崩すように乱暴に髪を掴み上げ、腕ごと貫かれたカードを見えやすいように少し動かしながら端的に聞く。

「い、痛てぇ痛てぇ! 離せ、やめろっ」

「これは何だって聞いてんだけど」

 口調は荒げさせもせず、髪を掴む手だけに力を込める。プチプチと引き千切れるのに構わず、さらに力を入れていく。

 答えたくないのなら、そうしたくなるようにするまでよ。

 他の客もイカサマがあったのだと分かると、私の味方になって派手な男を非難し始める。かなり騒がしくなってきたわね。


 さてどうしてくれようかと、凶悪な考えがいくつか浮かんだところで、支配人と用心棒数人が慌てた様子で別室から姿を現す。

「お客様! トラブルは困ります、どうか落ち着いてください」

「私は落ち着いてるわよ。この状況を見れば一目瞭然だと思うけど」

 すぐに状況を理解した用心棒が、私から派手な男を奪い取って制裁を与え始める。

「このイカサマ野郎! ふざけやがって」

「生きて帰れると思うなよ!」

「……この男は我々が処分します。喧嘩を売られたのは、当店も同じです。どうかこの件、我々に預けてはくださいませんか?」

 この男、か。他の三人はお咎めなしってことなら話にならない。冗談でしょ。マルツィオファミリーが許したところで私が許しはしない。

 卓の四人が結託してたのは間違いない。現に残った三人は青ざめた顔で成り行きを見守ってる。関係がないのなら被害者として、私と同じように怒らなければおかしいことにも気が付いてないらしい。


「支配人、それは無理な相談ね。直接の被害者はこの私。この件、あんたたちに預けて私が納得いくようにしてくれるっての? 当然、タダで済ますつもりはないわ。相応の代償が必要になるけど、あんたたちに私が納得する内容の話ができるとは思えないわね。まずは私がそいつと話をつけないとね。その後でなら、その男は好きにしてくれて構わないわ」

「先に当事者同士で話を付ける、と仰いますか」

「こいつらがマルツィオファミリーと無関係なら、私が個人で話を付けるわ。もちろん文句はないわよね。それともマルツィオファミリーとして、こいつらの代わりに私が納得できる代償を支払ってくれるって言うのなら考えてもいいけど」

 どんな要求をされるか分からない恐怖。拒否すれば報復も辞さないとする固い意思。そこまでして庇う価値があるとは思えない。


 そして支配人は空気の読める男のようね。ここは私に譲れば、これ以上の追及はしないと汲んでくれたようだ。

「……分かりました。双方合意の上であれば、当店としては介入いたしません。ただし、最終的な処分は我々が下しますので、そこだけはご承知おきください」

 彼らにもメンツがあるからそこだけは譲れないってところはある。とにかく派手な男については切り捨てたか、あとで補償でもあるんだろう。こいつらがマルツィオファミリーと本当に繋がってたかどうかは分からないけど。

 ま、私に損がなければどうでもいい。そこまで執拗に調べたいとも思わない。

「あの、あたくしたちは」

 今まで置いてけぼりだった三人の内、マダムが不安げに声を上げる。自分たちは見逃されるかもしれないという、僅かな可能性に賭けて。

 そんな希望は早々に粉砕してやろう。

「もちろん、私に付き合ってもらうわよ。五人で同じ卓を囲んでたんだから当然よね? 支配人、五人だけで話がしたいから、どこか部屋を貸りるわよ」

「それでしたら、あちらの部屋をお使いください。おい、その男も運んでおけ」

 VIP向けの控室みたいなものなのか、簡素だけど高級品が使われた部屋に案内される。用心棒たちにボコボコにされた派手な男も、同じ部屋に運ばれて乱暴に放り込まれた。



 同じ卓を囲んだ関係者の五人だけが部屋に入って、扉が閉じられる。

 何かしらの魔道具か何かで盗聴やら盗撮やらされてる可能性もあるからシンプルに行こう。

「最初に言っておくわ。一切の弁明を聞くつもりはないし、タダじゃ済まさない」

 個人を指定しない言葉だけど、これが全員に向かって言われてる自覚はあるようだ。

「だったら、どうするのかね?」

 最悪のケースも考えられる場面だ。三人とも、そこに転がった派手な男のようにはなりたくないだろう。

 初老の男が表面上は落ち着いて聞く。マダムとお嬢も取り乱さないだけ大したもんだ。

「地獄の沙汰も金次第」

 今の私は相当、あくどい顔をしてるだろうね。

「……おいくらなのかしら」

 マダムは金で片が付くならと、ちょっと余裕ができたようだ。


 こういう時にはどうするか決めてある。

「半分ね」

「半分?」

「持ってるチップの半分を私に渡すこと。それでこれ以上、何も言わないし何も求めない。終わりよ」

 実際、半分でもこいつらが持ってるチップは莫大な金額になる。いつかの盗賊から奪った財宝と比べても遥かに多いだろう。

「……ふぅ。賛成だ」

「あたくしも」

「賛成ですわ」

 それで済むなら、と言った風の三人。全財産の半分じゃなくて、あくまでも手持ちのチップの半分にすぎないからね。私の優しい采配に心の底から感謝するように。これなら逆恨みの心配もないわね。

 倒れたままの派手な男にも、チップを渡せば私からは手を出さないと言えば、好きにしろとだけ呟いた。

 脅し取ったなんて言わせない。イカサマに対する正当な要求だ。



 部屋を出ると何事も無かったかのように、それぞれで楽しむ客の姿があった。

 血まみれの卓も新しいものに交換されて、騒動の痕跡はすでにない。散らばったチップが一纏めにされて置かれてるのが唯一の痕跡か。


 辛うじて立ち直った派手な男も含めて、チップの分配を静かに行うと、私の前には大量のチップが積まれた。

 お金が好きな私としては、これはちょっと頬が緩むわね。本当はこいつらだってこのチップの全部を賭けに使ったりはしないし、単なる自己顕示欲のための見せ金のはずだから、いくら金持ちと言ってもそれなりには痛いのかもしれない。

 大量のチップをボードに乗せてさっさと別れると、精算しにカウンターに直行。チップの金額を全てレコードに入金してもらって、ミッションコンプリート。


 今日の戦果は莫大だ。

 大体の金額だけど、初老の男からは四億、派手な男からは六億、マダムからは三億、お嬢からは二億、端数も合わせれば合計で約十六億になった。

 うん、ヤバいわね。普通だったら帰り道で人生が終わるかもしれない金額だ。私も気を付けよう。

「ユカリノーウェ様、お帰りですか?」

「ええ、有意義な時間だったわ。それじゃ、私はこれで帰るわね」

 表面上は何事もなかったような支配人に帰りも先導される。

「あ、私の連れも一緒に帰らせたいんだけど」

「お連れの方でしたら、酒場でお待ちです」

 あのフレデリカが自分から切り上げるなんて予想外ね。

 まぁ無理やり引っ張って連れ帰るなんてことにならなくて良かったしいいか。



 酒場への入り口手前で支配人と別れて、フレデリカの元へ。

 カウンターでひとり寂しげに飲みもせず、顔を伏せる女。憐れみを誘う光景ね。

「フレデリカ、お待たせ。どうしたのよ?」

「ユカリ~! ふぐぅ、えぐっ」

 私にガバッと抱きついて、泣き出すフレデリカ。普段とキャラが違いすぎるけど、ギャンブルに関わった時はこんなもんだ。

「また負けたの? やりすぎるなって、何度も言ったのに」

「だってだって~、うぅっ」

「それで、どのくらい負けたの?」

「……全部」

 ん、良く聞こえなかったわね。

「え、もう一度言って」

「全部です! もう全くの素寒貧です!」

「はぁっ!? あんた、まだ数百万は持ってたはずよね? それを全部!?」

 何やってんだか、こいつはホントにまったくもう!

「うぅ~」

「とにかく、もう帰るわよ。お金なら貸してあげるから、しばらくはそれでなんとかしなさい」

 百歩譲って、キキョウ会の外套を賭けに出さなかったことだけは評価してやろう。

 項垂れるフレデリカの肩を抱いて外に出る。


 もう空が薄明るくなってるわね。

 今日も別に休みじゃないし、結局は徹夜か。まぁ一日程度寝なくても、なんてことはない。

「ところでユカリの方はどうなったのですか? VIPルームになんて誘われていましたけれど」

 冷たい明け方の風に当たりながら歩いてるせいか、フレデリカも普段の調子を取り戻しつつある。ひんやりとして気持ちいいから頭も冴えるだろう。

「ん、私が負けるわけないじゃない」

「いえ、どのくらい稼いだのですか?」

「ふふっ、それは帰ったら話すわ」

 キキョウ会の運営資金の管理はフレデリカに任せてあるから、その時には嫌でも分かる。



 イカサマ四人組とマルツィオファミリーの関係は分からずじまいだし、フレデリカがマルツィオファミリーに結構な額を貢いでしまったけど、総じてプラスだ。なんせ、運営資金は当面どころか当分は安泰になったんだからね。

 気になるのはマルツィオファミリーに損害があったのかなかったのか。それ次第でキキョウ会へのアプローチも変わってくるかもしれない。マルツィオファミリー単独ならそれほどじゃないけど、他と手を組まれるとやっかいだから情報収集には力を入れるべきね。


 ちなみに今夜の稼ぎの半分はキキョウ会に納める。キキョウ会は税率五十パーセントなんだ。高いか安いかはそれぞれの見解によるだろうね。

 キキョウの紋をしょって金を稼ぐなら、どんな理由があってもその対価は当然必要だ。会長の私とて例外はない。一応、もし黙って稼いで金を納めない場合には制裁がある。具体的には決めてないけど、組織が大きくなってくれば細かいルールまで含めて色々きちんと決めないといけないかもね。個人的には窮屈で嫌なんだけどさ。みんなの意見を聞きつつ、ぼちぼちやっていこう。


 今日の不満は前半のサシでの勝負は面白かったのに、最後にケチが付いたことね。

 金を稼ぐという当初の目的は十分以上に果たせたわけだけど、ちょっとだけスッキリしない。

 近いうち、パーッと使って憂さ晴らしでもしようかな。

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