第29話、本格始動前
超絶スタイリッシュにして究極の外套作りのための採寸とデザインの相談に訪れ、子供の様にはしゃぐキキョウ会一同。
トーリエッタさんの弟子たちと理想の外套にすべく細かくも熱の入った話し合いをしてる。師匠が作った渾身の力作、極上の見本を私とヴァレリアが身に纏ってるから、弟子たちにはいい刺激になってるらしい。
今日の午前中だけは私たちが大勢で押しかける上に、貴重品を持参するってことで、気を利かせて臨時休業の貸し切りにしてくれたらしい。
貴族なんかの一部の上客にはこうした対応をするって聞かせてくれたんだけど、ありがたいことね。
どっさりと追加で超レア金属糸を惜しげもなく提供する私に、無表情になる服飾店ブリオンヴェストのその他スタッフたち。
ちなみに前回渡した報酬の月白の金属糸で女性物のシャツを作ってみたところ、大店のご婦人に目玉飛び出るほどの大金で売れたらしい。それが今回の報酬は、墨色と月白の金属糸をそれぞれ二十六束ずつだからね。店主のトーリエッタさんはもう開き直ったみたいだけど、会計担当の人は顔が引きつってる。
「まだ先の話だけど、予備の外套も作ってもらうつもりでいるからね?」
「はははっ……そんなにぽんぽん持ってこられると、感覚がおかしくなっちゃうな。ものすっっっごく貴重な素材のはずなんだけど……貴重だよね? こっちが間違ってるわけじゃないよね? 一体どうなってるのさ」
「秘密の入手ルートがあるのよ。別に違法なことはしてないし、心配無用よ」
「はぁ、まぁいいけどさ。こっちにとっては貴重な素材に触れるし、お金も稼げるしで有難い事しかないわけだからさ」
「そうそう、ポジティブに考えなさい。今後は入手ルートなんかを聞かれることもあると思うけど、その時は正直に答えていいわ。客の女が持ってくるってね。あとはこっちで対処しておくから」
金のにおいがするところには特に悪い奴が集まってくるもんだ。
下手に秘密を守ろうとして貰って、被害が出ては面白くない。この店とは末永く付き合っていきたいし、まだ明らかにはしてないけど、ここ六番通りは我がキキョウ会のシマなわけだしね。
「確かに。この目立ちまくる商品をウチが作って提供してるなんて調べればすぐにバレちゃうだろうけど、それでいいの?」
「何の問題もないわ。もちろん言いふらすのはダメだし、基本的には秘密だけど、しつこく聞かれたらキキョウ会からの提供だって答えちゃって」
「キキョウ会? あのー、それって」
「ま、その内に分かるわよ、その内にね。それよりも今回の注文分を頼んだわよ」
「それは任せておいてよ。弟子たちも妥協なんてしない連中だからさ」
貸し切りにしてくれた時間いっぱいを使って、なんとか全員分の話がまとまった。あとは任せておけば、こっちは出来上がりを待つだけだ。今度は完成次第、キキョウ会まで持ってきてもらうように手配しておいた。
店から出た直後、トーリエッタさんだけには先にキキョウ会のことを伝えておこうかと思い直す。
組織の名前も紋も出してるんだから、なんとなく想像はついてるだろうし、彼女になら構わないだろう。
「先に戻ってて。ちょっと、ここの店主と話してから帰るわ」
「そうですか? では先に帰りますね」
みんなを見送って店に戻ると、店員さんが不思議そうに寄って来た。
「どうかされましたか?」
「ちょっと忘れ物をね。あ、いいからいいから。すぐに帰るし、お構いなく」
エスコートを断って奥に入る。開店準備に忙しそうだったし、勝手知ったる他人の店。ひとりで行けるからお構いなくと辞退すれば食い下がることなく、奥へ通してくれた。
作業中の音が聞こえるでもなく、妙に静かだったせいで思わず気配を消して歩いて行くと、ドア越しに会話が聞こえてしまった。
「師匠、あの人は何者なんですか? こんな上物をほいほい持ってくるなんて普通じゃないですよ」
「そうですよ。素材も普通じゃなければ、金属糸のクオリティだって普通じゃない。全く歪みがないし、太さも均一で乱れがないんですよ!? こんな精度、ありえない」
「少なくともブレナークや近隣諸国に、こんな金属糸を作れる職人がいるなんて聞いたことがないです」
「みんな気にしすぎじゃない? あたしはこれを使って仕事ができるだけで満足だけど。報酬だって凄いし」
「わたしだって職人として、こんな素材を扱えるのは嬉しいのですが、得体が知れなくて少し怖いです」
「こう言っちゃなんですが、はっきり言って怪しいです。この金属糸を持って街の上層部に相談してみたらどうですか?」
おーおー、言ってくれるわねぇ。さっきまであんなにノリノリだったのに。私たちが帰って冷静になったのかな。
まぁ確かにやりすぎてる感は否めないかも知れない。言いたいことはよく分かる。
だけどね、そんなことを実際にされると物凄く面倒なことになるよね。そんなことになれば、私だって怒っちゃうよね。文句があるなら初めから断って欲しいんだけどな。
「お前たちが言うように、得体が知れないのは確かに怖い。だけどね。それよりも、あのお客さんを怒らせる方が、わたしはもっと怖いよ。怖いけど、わたしはあのお客さん好きだよ。だって普通に接している分には良い人だし、金払いだって半端じゃない。職人としてやりがいのある仕事だって与えてくれる、お客として最も歓迎すべき人さ」
「師匠、それはそうなんですが……」
「お前たちも一端の職人なら覚えておきな。ただ物を作ってりゃ良いってもんじゃない。もっともっと人を見る目を養いな。あのお客さんは、お前たちが言う通り普通じゃない。長年、職人やりながら商売してる、わたしでさえ想像できないくらいに。だけどね、これだけは言える。絶対に敵に回しちゃいけない人だよ、あの人は」
「そのくらい分かってますって」
「いいや、分かってないよ。全然、甘い。そうでなきゃ、こんな事は絶対に口に出せない。いいかい? あの人は絶対に敵に回しちゃならない。それこそ何があっても、絶対に。今後、迂闊な事は口にするんじゃないよ。そんな事をすれば、わたしだって許さない。いいね?」
「……そこまでですか?」
「そうだよ。少しでもあの人の不興を買えば、どうなるか分からないくらいのつもりでいておきな」
そこまではちょっと言いすぎじゃないかな。私は理不尽なことはしないつもりだ。人の胸の内なんて簡単に分かるもんじゃないから、そこまで言われるのも仕方ないのかも知れないけどさ。
悪口くらいでどうこうするつもりなんてないけど、その代わりに具体的な不利益を被ったら容赦はしないから、トーリエッタさんの言い分はある程度は正しいかな。
「何より、わたしはあの人を気に入ってるんだ。だから仕事を受けている。文句ある? ないよね。とにかく、この話はこれでおしまい。さぁ、さっさと仕事にかかるよ!」
「はい!」
なんか話しかけられるタイミングじゃないけど、黙って帰るのもおかしい。店員さんは私が店の奥に行ったのが分かってるんだし、ここで話しかけずに帰るのは逆にまずい。
今来た振りして暢気な感じに行くしかないか。でも真面目な話をする気も失せちゃったから、別の話にしないとなぁ。どうしたもんか。
注文したのを途中でも見に来ていいか、とか適当な話でお茶を濁そう。あーあ、聞くんじゃなかったな。トーリエッタさんは私たちに肯定的みたいだから良いんだけど、弟子の人は必要以上に警戒してるみたいだからちょっと話し難い。
私は気まずい思いでトーリエッタさんの部屋を改めて訪ねるのだった。はぁ、なんか面倒ね。
注文した外套が仕上がるまでの間もやることはたくさんある。
業者任せだけど地下訓練場の追加改装、訓練用武器の調達、備蓄回復薬の生成、鉱物魔法での訓練場の補強、事務所の家具や調度品の調達、ついでに私の部屋の家具や調度品の調達も。そしてブルーノ組との調整などなど。
地下の追加改装の発注や経過の管理はフレデリカにお任せ。
訓練用武器の調達はアンジェリーナにお任せ。
ブルーノ組との調整はジークルーネにお任せ。
家具や調度品の調達はジョセフィンにまるっとお任せ。
稲妻通りの見回りや揉め事の解決は他のメンバーにお任せ。
戦闘力に不安のあるメンバーは訓練漬け。
酒場や賭博場の経営や仕切りを任せたいメンバーには、ブルーノ組の助けを借りてそっち方面の勉強漬け。
サラちゃんには勉強のノルマも課して将来に備える。
残った回復薬の生成と秘密の補強工事が私の担当。
補強工事は改装後にやるから、それが終わるまでは回復薬の備蓄くらいしかやることがない。というわけで毎日、魔力が枯渇するまで各級、各種類の回復薬を作りまくってる。能力強化系の魔法薬もお試しで少々。
地下に新設する保管庫には傷回復薬のみならず、各種回復薬と魔法薬もまとめて保管するつもりだから、扉と同じように鍵がかかるようにしてもらう。貴重品だからね、部外者に盗まれたら大変。
しかも地下の入り口は表に晒されてるガレージにあるからね。その入り口にも鍵がかかってるとは言え、セキュリティにはできる限り気を配っておきたい。
地下の追加改装は小規模だから、それほどの期間も必要なく完了した。私は黙々と地下訓練場にこれでもかと、補強を施していく。
武器の保管庫には、これって誰が使うの? といったマイナー武器までもが勢ぞろい。種類、量も十分あるから保管庫の中を見物するだけでも面白い。予算の無駄遣いとは言うまい。どれにもきっと出番はあると思っておく。
回復薬の保管庫もまた、これでもかと作りまくったせいで、美しい水晶ビンがみっちりと棚に並べられてる。種類と等級によって、ビンの色と濃淡を変えてあるから分かりやすいはず。
薬の保管庫の一角には冷蔵庫型魔道具も設置してもらって、中には常飲できるように体力回復薬と魔力回復薬を大量に作り置きしておいた。これは訓練中、遠慮なく飲んで活用してもらいたい。
「ユカリ、薬屋でも始めるつもりですか?」
「多すぎたかな?」
「体力回復薬はともかく、こんなにあっても使い切れないと思いますよ……」
家具や調度品も一通り揃えられた。ジョセフィンの抜群のセンスが光る。私の部屋までやってもらっちゃったから、お礼は十分にしておかねば。
「私の部屋までやってもらって、悪いわね。ありがとうね」
「いえいえ、仕事というよりも趣味みたいなものですし」
「何かあったら個人的にでも相談に乗るから言ってよ?」
「その時には存分に頼らせてもらいますよ!」
こうは言ったものの、ジョセフィンの個人的なお願いとかもしあったとしたら、ちょっと怖いかもしれない。
ブルーノ組には情報操作ってほど大したもんじゃないけど、裏社会に噂話を流してもらった。
六番通りの管理は表向きというか今のところブルーノ組が仕切ってるけど、新参と手を組んで今後はそこが仕切るらしいって感じで微妙にぼかしつつ、情報収集に時間がかかるように。そして迂闊に手を出してこられないよう巧妙に。キキョウ会のデビューまでの時間稼ぎにすぎないけど、それで十分だ。
みんな訓練や勉強もやる気があるから想定以上に捗ってるらしい。
特に面倒を見てくれてるブルーノ組からは、一部を除いて絶賛されてる。なんかブルーノ組にはだんだん頭が上がらなくなってくるわね。
「早くしやがれ! お前たちが思ってる以上に、こっちは苦労しているんだぞ!」
中年魔導士の嘆きは聞き流した。
着々と準備が整っていって、少しずつキキョウ会の中にも緊張感と高揚感が生まれてきた。
六番通りでの本格的な活動は近い。注文してる外套が届いたら、ブルーノ組と最終調整をしてからド派手に行く。
これでやっと大っぴらに金稼ぎができるってもんよ。喧嘩だって絶えないだろうし、強くて面白い奴にだって会えるはず。楽しみで仕方ないわね。
準備万端、新たな展開に向けてやる気も漲ってきた折、服飾店ブリオンヴェストの使いから待望の届け物が到着した。
「おおっ、これが!」
「なんと見事な」
「ああっ、もう一生これを着て生きていきます!」
いつも以上の大はしゃぎの面々。一日千秋と待ちわびた、自らの理想の具現とも呼ぶべき一品が届いたのだから無理もない。
黒と白。墨色と月白の見るも美しい外套に身を包んだ一同のインパクトは絶大だ。我ながら壮観。なんだか誇らしい気持ちにさせてくれる。
それにしても各々が好き勝手なデザインに注文したみたいで、かなり個性的で面白い。
首元まで覆うような大きな襟の付いたものから、鋭角的なシルエットのもの、やたらとファスナーを付けたり、チェーン付けてみたり、リボンを付けてみたり。
個性的ではあるけど、意外と似合っていて悪くない。幸いにもトゲトゲを付けるようなセンスの持ち主はいなかったらしい。
「この外套と背中のキキョウ紋に恥じない仕事を期待してるわよ!」
「おおっ!」
ブルーノ組への本格始動開始の連絡と、服飾店への見事な仕事のお礼をしておかないとね。
これから、いよいよ始まる。
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