あなたも私も透明人間でした

ちびまるフォイ

見えないってすばらしい

鏡の前に立つと、鏡になにも映ってないので歯磨き落とした。


「え!? ええ!? 透明人間になってる!?」


着ているパジャマごと透明になってる。

それどころかうんこも透明になってる。


さっそく夢にまで見た女風呂を覗きに行こうと外に出ると誰もいなくなっていた。

前にみた映画の中で世界にひとりだけ取り残された男がいたがそんな感じ。


「うそだろ……せっかく透明になったっていうのに。

 全人類、というか女がいなくなるなんて!!」


このまま静かに孤独な余生を過ごすしかないのか。

世界単位の孤独を感じながらコンビニに入った。


どうせ誰もいないので床に座って陳列されている弁当を食べる。


「おい……誰か……いるのか?」


どこからか声が聞こえた。ついに幻聴か、孤独もここまで来たか。


「そこで弁当食ってるやつ! 聞こえてるんだろ!! 誰かいるのか!!」


「ぶふぅ!!!」


ごはん噴き出した。


「え? だ、誰かいるんですか?」 思わず敬語になってしまう。


「僕はこの店の店長だ。なに勝手に弁当食ってんだこの盗人め」


「見えるんですか?」

「見えないよ」


声のする方へ歩いていくと、伸ばした手の先にひと肌を感じた。


「おい! 気色悪いな! 触るんじゃない!」


「ごめんなさい、お金払います!」


財布を出そうとしていると店内に流れていたラジオニュースが聞こえた。


『変人科学者・アイーンシュタイン博士の開発していた

 次世代ステルス兵器が暴発し、全人類がステルス化されてしまいました。

 みなさん、お互いに見えないといっても犯罪は犯罪です』


「そ、それじゃあ……」


「あんたニュース聞いてないのか? 全人類が透明人間になっただけだ。

 あんただけが世界に取り残されたわけじゃない」


コンビニの外に出ると、入口で誰かとぶつかった。


「あっ、すみません」


「いいえこちらこそ。お互い見えないですから」


日本人同士の礼儀正しさを誇りに感じつつも、透明世界になった現実を悟った。


「なんてこった……女風呂覗くどころか日常生活も大変だぞ……」


ナイフを持った透明人間がすぐ隣を歩いているかもしれない。

俺だけ透明人間ならまだしも、みんな透明人間なんて迷惑すぎる。


「あのクソ科学者なんてことしやがったんだ……。いや待てよ?」


ふと思いついた。

この状況で、「見える」ことができれば好き放題できるんじゃないか。


例えばサーモグラフィー。


熱量で透明人間がいるかどうか見えるようになれば、

銀行強盗だってし放題だし、店のものだって盗み放題だ。


どこに誰がいるかなんて、誰にもわからないんだから。


「ようし!! これで俺は透明世界で好き放題できるはずだ!!」


さっそく街に繰り出してサーモグラフィーカメラを探した。

電気屋さん、中古ショップ、大学、病院……などなど。




「ぜんぜんないんだけどぉぉぉ!?」


どこにもおいてなかった。

びっくりするぐらいどこにもなかった。


「くそ……1台くらいあってもいいじゃないか……」


あるにはあったが業務用のもので持ち運びができなかったりする。

俺が求めているのがサーモグラフィーゴーグルみたいな便利グッズ。


もちろん、それをイチから開発できる技術力も学力もない。

俺の最終学歴は小卒なのだから。


「はぁ……やっぱり人生そううまくはいかないよなぁ……」


どっかのうんこ科学者のせいで透明世界になったが、

現実のままならなさは相変わらずだった。


科学者……。


「あ! そうだ!! 少なくともあの科学者は持ってるはずだ!!」


こんな透明世界を作り上げた張本人。

アイーンシュタイン博士なら1台は持っているはずだ。


ちゃんとステルス化されているかどうか確かめる必要がある。

だから必ず持っているはず。


「よし! 博士の居場所を突き止めてやるぜ!!」


引きこもりニートの情報収集能力を甘く見てもらっては困る。

その気になれば、いち科学者の住居を特定することくらい

ネットでエロ動画を探すよりも簡単だ。


「いた!! ここだ! 博士の居場所!!」


自転車をこぎまくって、ちょいちょい透明事故に巻き込まれつつも到着した。


透明なのでなんなく家に不法侵入することができた。

あとは博士からサーモの場所を聞く必要があるので、家の壁沿いで待機。


「ただいまーー……ふぅ、疲れたわい」


ちょうど家に人の気配とドアの音が聞こえた。

足音が近づいてくる。


「どっこいしょっと」


ソファが沈み込む。

見つけた。今、博士はあの場所にいる。



「動くな」


できるだけ声をひそめておもちゃのナイフを首筋に突きつける。

ひやりとした冷たさだけが博士に伝わる。


透明万歳。

もしこれが見えていたらとんだ茶番だろう。


「ひぃ! だ、誰じゃ! いつからわしの家に!?」


「そんなことはいい。この家にあるサーモグラフィーはどこにある」


「どうしてそれを!?」


「言え!!」


おもちゃのナイフを強く突き立てる。

ナイフの刃が少し引っ込んだ。でも気付かれてない。


「わ、わかった。あの戸棚にしまっておる。頼むから助けてくれ」


「ようし」


戸棚を開けるとゴーグルがあった。


「それがサーモグラフィーゴーグルじゃ。それが欲しかったんじゃろ?」


「ああ、そうだ。感謝するぜ」


これで世界の透明になっているものが見えるようになる。

悪さもし放題だ。


女風呂は覗けなくても、女を痴漢しまくることはできる。


「よっしゃ!! 装ーー着!!」


ゴーグルをつけた瞬間、生物の熱量が形となって見えた。




そこには、人間の形をした影以上に

得体のしれない宇宙人や異星人がうじゃうじゃ人間よりも多くいた。


博士はそっと話した。



「わしがどうしてそのゴーグルをつけないかわかるか?

 この世には、見えてはいけないものもあるんじゃよ」



今まで透明な宇宙人に囲まれて生活していたなんて……。

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