第五章 奔走する召喚士の物語
Prologue:にゃにゃしぃ
「え? エレナ達から捜索依頼が?」
「そうにゃ。今まで何やってたんだにゃ?」
僕の言葉に、召喚士ギルドの【帝都フランマ】支部ギルドマスターが小さく頷く。
帝都フランマのギルドマスターは猫だ。猫耳美少女じゃなくてガチの猫である。
こういったソシャゲではキャラクターは大体三種類くらいに分類される。
可愛い・綺麗系。格好いい、グロテスク系。そして……マスコット系。
ほとんどのキャラクターは可愛いか格好いいのどちらかなのだが、【帝都フランマ】のマスターは変わり種で三番目に区分される。
コーシカ・クリソベリル。
帝都フランマ支部のマスターは白黒の縞模様の毛皮をした猫だ。
猫と言っても二本足で立ち、ちゃんと衣類も着ているから獣人とでも呼んだ方がいいかもしれないがともかく、完全に人間ではない。
真っ赤なコートに大きな長靴。目は赤と青のオッドアイで、ピンク色の帽子をちょこんと頭に乗っていた。くりっとした目とぴくぴくと動く耳が愛らしい。
今更猫が喋ったところで驚きはしないが、この猫の部下として働いている連中の気持ちが少しだけ気になった。もちろん、口に出したりはしないけど。
カウンターの上に両足立ちになり、コーシカがにゃーにゃー鳴く。何しろ猫なので台の上に立ち上がってもその目線は僕よりずっと下にあった。
「ずっと探してたにゃ。えれにゃが心配しているにゃ」
「可哀想なキャラ付けだぜ」
語尾が『にゃ』ってテンプレート過ぎてから笑いも出ない。もうちょっと運営は考えたほうが良いと思う。
僕のもっともなツッコミにコーシカは微かにその小さな首を傾げたが、話を続ける。
「変な噂も流れているにゃ」
「もうその話題はいいよ」
「主は自分勝手だなぁ」
自分で噂を流しといて何なんだが、もううんざりである。クエストの決着はついたのだ。後腐れなく終わりにしたいし、あまり引っ張るネタでもない。
ここしばらくヨアキムの命令で帝都を練り歩いていた剣士ギルドの連中も既に解散している。噂も自然に治まっていくことだろう。
何しろ九割がたフィクションなので。
頭の上のサイレントがぺしぺしと額を叩いてくる。僕はサイレントの胴を掴み、床に叩き落とした。そのまま足でぐりぐり踏みつけながら視線をコーシカに戻す。
「ともかく無事だから。まーエレナによろしく言っておいてよ」
「え……古都には戻らないのかにゃ?」
コーシカの瞳孔が驚いたように窄まる。
別に戻っても構わないが、戻る理由がない。後戻る手段もない。
立地が悪いよね、古都。何だよ陸の孤島って。もうちょっとなんとかしろや。数タップで戻れるようにしろや。
「イベントやってるらしいから王都に向かうよ」
フィー達の馬車に空きがあるようで、ヨアキムが迷惑をかけたお詫びに乗せてくれるらしい。
ヨアキムさまさまである。今度お礼を言いに行くつもりだ。
「えれにゃが帰りを待ってるにゃ?」
うるうるした目で猫が言ってくる。僕の感動は微塵も動かされない。
僕は猫よりも犬が好きだ。
「えれにゃなんてどうでもいいにゃ」
「!? まねするにゃ!」
「まねするにゃ」
しばらくにゃーにゃー不毛なやり取りをしていると、やがてコーシカが諦めたように肩を落とした。
「……せめて手紙の一つくらい出すにゃ。えれにゃがうるさいのにゃ」
「手紙……か」
一理ある。えれにゃはどうでもいいが、にゃにゃしのを一人残してきてしまったのは少し気がかりだった。
にゃにゃしのはしっかりしているし、行動を共にすると約束していたわけでもないが、このまま黙ってというのも義理を欠くだろう。心配しているかもしれない。
便りのないのは良い便りとも言うが、手紙の一通くらい出してもバチは当たるまい。どうやって届けるのか知らないけど、きっと届くんだろう。
にゃーにゃーにゃー。
「わかった。書くにゃ。紙とペンをよこすにゃ」
「なんで偉そうなのかにゃ? 書いたのを持ってくるにゃ」
「後カメラもあったら貸して欲しいにゃ。写真も送るにゃ」
「それは自分で買うにゃ!」
「お土産とかも送られるなら送りたいにゃ。宿屋とかで売ってたにゃ」
「……おみゃー帝都まで何しに来たのかにゃ? 遊びに来たのかにゃ?」
「うん。そうだよ」
「にゃ!?」
コーシカのまっすぐ伸びた尻尾が太く膨らんだ。
§
イベント。それは、アビス・コーリングにおいて、スムーズな眷属育成には欠かすことの出来ない要素だ。
期間限定で開くダンジョンやクエストはその難易度に比べて報酬が豪華であり、レアな素材アイテムがドロップする高難易度ダンジョンをクリアできない初心者にとっては絶好のチャンスである。
僕は廃課金者だったが、だからこそその重要性は誰よりも知っている。
今回、フィー達にお呼びがかかったという【王都トニトルス】の『竜神祭』は、竜属性の多様な素材アイテムが手に入るイベントだ。
竜属性のアイテムは竜種の魔物が落とすが、竜種の魔物は他種と比べて高難易度のフィールドやダンジョンに生息しており、入手難易度が少しだけ高い。今回は竜種の眷属を持つ初心者召喚士にとって絶好の機会といえるだろう。
種族特化型のイベントは他にも幾つかあるが、それらのイベントは対象種族が全てにおいて優遇される。
竜神祭発生時に解放されるイベントダンジョン――『竜王の修練場』は竜種の眷属のステータスがアップする特殊なダンジョンであり、できれば竜種の眷属で挑むことが望ましい。おまけに竜種の眷属だと入手出来る経験値も跳ね上がるのだからそれで挑まない理由がないのだ。
召喚士ギルドから出て、帝都を歩く。
ここしばらく雨が振り続いていた帝都だが今日は天気がよく、日差しが降り注いでいた。道行く人々の表情も心なしか晴れやかである。つい先日まであった物騒な雰囲気も既になくなっていた。
サイレントとフラーを引き連れ大通りを歩く。
帝都付近のダンジョンやフィールドは町から少し離れた場所にある。フィー達が帝都を出るまでもう時間がないのでクエストを受けることもできない。
「あー、眷属召喚したいにゃあ」
「主ってえいきょう受けやすいよね」
「にゃにゃしぃがいればよかったのに」
「にゃにゃしぃ!? ……その煽りスキル、やばいぞ」
アビコルでは七つの種族がある。
その内、異種は特殊な種族なので普通の眷属召喚では滅多に出現しないが、それを抜いたとしても確率は六分の一だ。
確率通りに出たと仮定しても必要な石の数は30個。まず出現しないだろう。だが、それは挑戦しなくていいということではない。
カベオを復活させ、手元に残っている魔導石の数は8個。
常時召喚枠も増やさないといけないから、召喚枠常設に10個、召喚に5個で最低でも15個の石が必要だ。
一度終わったイベントはしばらくやってこない。フィー達の話によるとこの世界では一年に一回しかやらないらしい。
とりあえず今回の目標は一番簡単なイベントダンジョンに入ることだ。
アビコルのイベントは参加するだけでちょっとしたアイテムが得られる。参加しない手はない。
「手紙って、何を書くのだ?」
「ナナシノに竜神祭のことを教えておこうと思ってね」
まだナナシノにはそれ関係のことは話していない。それでもソシャゲーの経験があれば予想できることだが、あのナナシノのことだ。イベントの存在も重要性も知らないだろう。
多分間に合わないけど、卵を入手したナナシノにとって、このイベントは千載一遇の好機。後で教えてくれなかったと文句を言われてもつまらない。
「それに、たまには手紙でも送らないとナナシノが僕の存在を忘れてしまうかもしれないじゃん?」
「にゃにゃしぃはそんなキャラじゃないぞ。あるじと違って」
すかさずサイレントが頭の上で足をぶらぶらさせながらツッコミをいれてくる。
サイレントはナナシノをなんだと思っているのか。そして何より僕をなんだと思っているのか。
「君さ、僕をなんだと思っているのさ? さすがの僕でも忘れたりしないよ」
「……あるじさ、しゃろりんの存在わすれてるでしょ?」
「え……?」
しゃろ……りん?
頭の中に浮かんだクマを振り払う。一分近く待って、ようやく人間の方のしゃろりんが頭に浮かぶ。
完全に忘れていた。シャロって地味なんだよなぁ。モブなんだよなぁ。
「危ない危ない、破門するの忘れてたぜ。サイレント、ナイスアシスト」
「ねぇ? あるじに良心はないの? ねぇ?」
師弟関係の解除はどの町の召喚士ギルドでも出来る。
現実の仕様を検証するために取ってはみたが、こうしてついてこなかったわけで、これなら破門して新しい弟子を取ったほうがマシだ。次取るならもっと強い眷属を持った弟子を取ろう。
手紙出しに行く時についでに解除しておけばいい。
「うぅ……すまん、しゃろりん。我が余計なこといわなければ……」
古都も決して小さな町ではなかったが、帝都は更にその上を行く。
今までは雨の日が多かったこともありなかなか見て回れなかったが、大通りを歩けばその違いは一目瞭然だった。
メインストリートには古都ではなかなか見られない大きな店が無数に並ぶ。カール達のような行商人がわざわざ砂漠を越えてここで商売していると言うのも納得できるというものだ。
ヨアキムの隠し金庫からは書類や希少な素材アイテムの他、貴金属や現金もドロップしていた。懐には余裕がある。かと言って必要なものはあらかた買い込んだのでほしいものなどはない。追加で必要なものは便箋とカメラくらいだろうか。
「ナナシノへのお土産はチョコレートとクッキー、どっちがいいかな?」
「あるじ、ほんとうに遊びに来たみたいだぞ」
そんなくだらないことを考えながら歩いていると、ふと道端に戸惑ったようにあちこちを見ている初老のNPCの姿を見つけた。
腰が九十度近く曲がった婆さんNPCだ。背中に大きな荷物を背負い、しかめっ面で人通りを見つめている。
どうやら道に迷っているようだ。
僕は頭の上のサイレントを掴み、婆さんNPCの方を示した。
「ん? どうかしたのか、あるじ?」
「クエストだ。間違いない。あんなテンプレートな困っている人がそこら辺にいるわけない。クエストを受けるぞ、サイレント!」
「ええ……ええええ……本気か、あるじ」
今は石が欲しい。今だ、この世界にきて突発クエストで石を貰えたことはないが、可能性はゼロではないだろう。
目を丸くするサイレントを肩に戻し、僕はクエストを受けるためにNPCの方に近づいていった。
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