Epilogue:プレイヤー
ごしごしと洗う。買ってきたスポンジでそのつるつるした表面を顔が反射するくらいに。
大浴場で二メートル程の手足の生えた壁を洗う僕を、他の客が気味悪そうな目で見ていた。
カベオの身体には傷一つない。
一度ばらばらになったにも関わらずカベオは文句一つ言う気配はなかった。もしバラバラになったのがサイレントだったら絶対に何か言っていただろう。
まぁ、もともとカベオはしゃべらないんだけどな。
「カベオって壁じゃなかったんだな……」
大浴場の床に座り込んでいたサイレントが言う。ぼこぼこにやられて意気消沈していたようだが少し立ち直ってきたらしい。
シャワーでしっかりとカベオを洗い流す。ぴかぴかになったカベオに一度頷き、僕は負け犬を振り返った。
「壁にするには脆いしね」
「ならなんでカベオなのだ……」
「サイレントだって静かじゃないだろ」
「…………」
サイレントがそっぽを向いた。
カベオは防御力は高いが、魔法に弱いし攻撃行動が殆ど取れないのだ。敏捷もないし、何も考えずに出しても一瞬で蒸発してしまう。見た目に反して防御スキルも持っておらず、壁にするならば以前戦ったギオルギ配下の大兄貴のようにダメージ軽減スキルに長けた騎士系眷属が望ましい。
攻撃力も敏捷もなく、まともに使っても役に立たないが、たった一つだけ強力なスキルを持っている。
それが――『グラビティ・クラッシュ』。
上空から落下した眷属が、自身のHPを代償に対象を押しつぶし大ダメージを与えるというスキルである。どれだけのHPが代償になるかは相手のステータスによるが、ちょっと強い相手に使うと大体ゼロになるのでアビコルでは強力な自爆技として広く知られていた。
ほぼほぼ眷属がロストするだけあってその威力は絶大だ。ちょっとしたボスならば即死する程の威力を秘めている。強力なボスが相手でも何回もぶつければ大体倒せる。リビング・ストーンを相手が死ぬまでぶつけまくる戦術はエレナにも通じる数少ない手法である。
が、反面コストパフォーマンスは凄まじく悪い。なにせ使えば眷属が死ぬ。復活させるには魔導石が必要だ。魔導石は一個百円なので、連コインとか揶揄されていた。
そして何よりも、強敵相手だと連続でぶち当てなければ意味がないので、それだけで戦うには眷属召喚をしまくってリビング・ストーンを何体も貯めなくてはならない。
『グラビティ・クラッシュ』は
進化させないと範囲と威力が低くて使い物にならないとか、誤って自分の眷属に当たると自分の眷属が死ぬとか他にも様々な理由があり、『生き石』戦法は理論上あらゆる相手を倒せる可能性を秘めていると同時に、使っている者がほとんどいない戦法だった。
といってもコストは痛いが単発ならば十分切り札として成立し得る。砂漠で『生き石』を引いたのはこれはもうヨアキムにぶち当てろという天啓としか言いようがない。普通にヨアキム倒せる眷属よこせよ、こら。
お肌ツルツルになったカベオの表面をばんばん叩き話しかける。
「これからもよろしくな、カベオ」
「ま、まさかあるじ、またおなじことやるつもりなのか……」
「……え?」
それ以外に何に使うと言うのだ。
サイレントが何も言わず、黙って聳えるカベオを憐れみの目で見た。
「じさつきょうようとか、壁にするよりもひどいぞ……われなら病むかも」
そんな、壁が病むわけないだろう。
§
フィーの部屋は僕の泊まっている部屋よりもワンランク上だった。
僕の部屋も決して悪くはないが、広さだけでも倍以上ある。国賓待遇らしい。皇帝に気に入られているというのは本当なのだろう。
ちょっと興味があったのだが、フィーの部屋には私物の一つもなかった。宿屋なので仕方ないのだろうが残念だ。
開口一番。勧められた席につくなり、フィーが言った。無表情に事務的な口調。
「ヨアキムは生きてる」
凄いどうでもいい。が、その答えは想定通りだ。
プレイヤー程ではないが、名有りのNPCと言うのはそう簡単に死なないものだ。少なくとも訓練みたいなストーリークエストで死んだりはしない。
多分、せっかく作ったキャラを使い捨てにするのはキャラデザ料が勿体無いからだろう。真面目な表情で答える。
「手加減したんだ」
「あるじってこきゅうするようにうそつくよね」
「危なかった」
フィーの胸が静かに上下する。フィーはいい。何がいいって、サイレントの危ういツッコミを全て無視してくれるのが素晴らしい。冥種と白騎士、相容れない立ち位置だからだろうか。あるいは所詮眷属だと思っているからだろうか。それともただの性格か。
コメントを貰えなかったサイレントがむっとしたように形を変える。人型から手に乗るサイズのクマに変化した。
テーブルの上で一人ダンスを始めるサイレントミニベアーをフィーがちらちらと見ている。やめろ。
「そのクマは一体なんなんだ……」
フィーの後ろに立っていた取り巻きAがぼやく。僕も知らない。
取り巻きのぼやきに、フィーの目線が僕に戻った。
じっと見つめてくる美しい銀色の瞳。そして、フィーが深々と頭を下げた。ダンスを踊っていたサイレントミニベアーが固まる。
「……ブロガー。この度は、うちの者が迷惑をかけた。ごめんなさい……」
「構わないよ。もう全ては終わったことさ」
剣士ギルドと言っても、各都市の支部は半ば独立しているようなものだ。クエストによっては対立だってしている。彼女に文句をいうつもりはない。
ドロップだって、死にかけのヨアキムやイグリートからは剥ぎ取れなかったが、ちゃんとあの後ギルド長室に侵入し、隠し金庫をサイレントキーでこじ開けて剥ぎ取っている。
劣化であっても剣王だけあって報酬も相応であった。空いた金庫にはロッカーでドロップした取り巻き達の装備をつっこんでおいた。
魔導石は手に入らなかったがそれは半ば予想していたので、どうでも良くはないが飲み込んでいる。
ストーリークエストは終わった。彼らに対しての遺恨はない。彼らの側もきっとないだろう。
「うちのあるじがめいわくかけて、悪かったなふぃーふぃー」
サイレントミニベアーがすかさず余計な口を挟む。最近のサイレントの言動は僕に恨みでもあるかのようだ。
「ん? 保護者面か? スリッパにしてやろうか?」
「片方にしかなれないぞ……」
スリッパでぶん殴りたい。次の機会までに用意しておこう。
安直にふぃーふぃー呼ばわりされたフィーは体温低下した爬虫類のようにじっとしていたが、一度頷き僕を見上げる。何をどう納得しているのか。
「これ以上迷惑は掛けない。もう二度とヨアキム達には手を出させるつもりはない。私の名に賭けて」
真面目だなふぃーふぃーは。
ストーリークエストは当分受けるつもりはないので心配はいらない。
魔導石を貯めて召喚するのが先決だ。枠も広げないと……ログインボーナスと課金がないのが本当に嘆かわしい。それさえなんとかなればこの世界も悪くないのに。
帝都はいいところだ。フィーに会えたし温泉だってある。剣士がちょっとばかり多いが、不都合はない。
ギルドでクエストを受けてしばらくは魔導石の備蓄に注力することにしよう。雨が止んだら、だが。
そこで、今までフィーに全てを任せていた取り巻きD――背の低い髭を蓄えた男が初めて口を開いた。
「フィリー様と我々は数日中に帝都を経つ。予定より長く滞在しすぎてしまった」
「……」
フィーのホームタウンはあくまで【聖都ルーメン】だ。いつまでも帝都にいるとは思っていなかったが、その言葉は予想外だった。
結構好きなキャラだし、せっかく知り合ったのでもう少し色々やりたかったが、文句を言ってもNPCの行動を制限することはできない。せめて視聴者プレゼントのためにカメラ買ってこよう。数日中ならば間に合うはずだ。
取り巻きが言う。その声には警戒と同時に深い感情が込められていた。
「世話になったな。フィリー様は同年代の知り合いがおられなくてな」
憮然とした表情の取り巻きB。もしかしたら彼らが僕とフィーの会話に口を挟まなかったのはそれもあったのかもしれない。フィーはナナシノと同じ年齢だったはずだ。どう考えても同年代ではないが、取り巻きのおっさんたちよりは近い。
もしかしたら彼らはロリコンではなく保護者枠だったのか。僕は取り巻きから視線を反らしフィーを見た。
「聖都に戻るの?」
フィーは少しだけ迷うかのように沈黙し、静かな声で答えた。
「…………【王都トニトルス】に用事がある」
【王都トニトルス】は古都と帝都、聖都に並ぶ都市であり、順当にクエストを進めれば二番目に辿り着く大都市だ。
今回は砂漠を渡ったので経由していないが、【古都プロフォンデゥム】から唯一飛行船が行き来している都市でもある。二番目の都市だけあってフィールドやダンジョンの難易度は古都に次いで易しく、都市としての発展度も帝都と同等以上だが、【聖都ルーメン】とは正反対の方向だ。
大都市と大都市の間には例外なくかなりの距離がある。古都は陸の孤島だったので別格だが、王都に行くのもかなり大変なはずだ。
フィールドをいくつも抜けなくてはならないし、ゲームでも少し面倒だったが現実ではその比ではない。
「ふーん」
ゲームの時はギルドマスターとか何仕事してるのかわからなかったが、現実になると大変だな。
そんな事考えていると、特に何も聞いていないのに取り巻きが捕捉してくれた。
「大きな祭りがあるのだ。フィリー様はゲストで招かれている。知らないか? 『竜神祭』と言うのだが……」
聞き覚えのある単語に思わず瞠目する。
竜神祭……イベントだ。
アビコルでは期間限定で行われるイベントがいくつも存在し、その一定期間だけ特殊なダンジョンに入れるようになったら限定クエストが発行されたりする。特殊なアイテムや素材を手に入れる格好の機会でもある。
竜神祭はその中の一つであり、不定期で王都で開催されるイベントだ。
竜は王都トニトルスのシンボルである。竜神祭期間中のみ立ち入ることが出来るダンジョンは竜種の素材が沢山落ちるもので、もしも竜種の眷属を育てるならば是が非でも参加すべきイベントだった。
だが今の僕には竜がいない。
「各地から商人が集まり盛大に開かれる。もしもまだ見たことがないのならば一度は見るべきだな」
「十回くらい回ったかな」
「……は? 年に一度だぞ?」
ゲーム時代は四半期に一回くらいきていた。大器晩成の竜種の眷属のレベルを上げるにはいくら素材があっても足りなかったから、僕はほぼ毎回、ダンジョンを周回していた。
だが、今の僕には戦力がサイレントしかいない。イベントダンジョンなので難易度は易しめだが、ストレスなく回れるかはかなり怪しい。
腕を組み悩む僕を、サイレントがちょんちょんと突っついてくる。
「あるじ、お祭り行きたいぞ」
「邪神祭だったら行くのに……」
なんで竜種なんだよ。冥種か無種か霊種なら使えるのに。
「邪神……それは、たのしくなさそう」
「君のアイデンティティはどこにあるんだ」
若干うんざりしながらサイレントのボケを拾ってあげる。僕は主の鑑だな。
だが、そうだな。行く意味はないが、行かない意味もまたない。
ゲーマーとしてイベントには参加したい思いもある。竜神祭とか嫌になるくらいに回ったが、現実となった今新たな発見もあるだろう。
何より――プレイヤー。もしもこの世界で僕達の他にアビコルプレイヤーがいたとするのならば、イベントはそれを探す格好の機会だ。ソシャゲーと言うものは基本的にイベントの比重がかなり高く、アビコルもその例に漏れない。プレイヤーならばきっと参加しようと思うだろう。
僕と他のプレイヤーはアビス・コーリングにおいて平等である。
別に他にプレイヤーがいるならば何かするというわけではない。敵対するつもりもない。
だがそれでも、もしもこの世界にナナシノと僕以外の他のプレイヤーが存在し会う事ができたのならば、きっとそれは僕の力になるはずだ。
アビス・コーリングはソーシャルゲーム、マルチプレイ要素は薄くとも、多人数で攻略していくことが前提のゲームなのだから。
フィー達NPCが僕の選択を待つかのようにこちらを見ている。
サイレントが、この世界に来て得た唯一のレア眷属が期待したようにこちらを見上げている。
そのままイエスと答えるのも癪だ。僕はその眷属の期待をどうやってへし折ってやるか真剣に考えることにした。
アビス・コーリングは、まだ始まったばかりだ。
====あとがき====
ここまで読んで頂きありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
第五章も投稿予定ですが、ストックが切れたので今後不定期更新になります。
今後もよろしくお願いします。
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