Epilogue:プロ召喚士は省みない
剣士ギルドの面々が最後まで敵意を治める事なく出ていく。
堂々と召喚士ギルドの中を歩いて出ていくその姿に、NPC召喚士達の大部分は苦い表情を向けていた。
召喚士と剣士と魔導師が犬猿の仲なのはゲーム内でもしきりに出ていた設定だ。特に剣士と魔導師は召喚士を見下しているので、その表情も仕方のないことなのだろう。
剣士ギルド・魔導師ギルド関連のクエストは大体、理不尽なものが多い。そういえば、ここに来て初日、お金を得た時に襲ってきたNPCも剣士だった。
唯一、表情を崩さず剣士ギルドの面々を見送ったエレナがつかつかと近づいてくる。そして、僕をその透明感のある瞳で見上げ、鈴の音を転がすような声で聞いてきた。
「本当に帝都に向かうつもりですか?」
「もちろんだよ」
剣士ギルドの提案に、僕は即座にイエスを返した。元々、古都から離れたいと思っていたので渡りに船の話である。報酬もくれるというし、断る理由はない。
本来のルートならば面倒なクエストを受けなければ飛行船には乗れないはずなのだが、まさかストーリークエスト関連で古都から出る方法があったというのは初耳だ。後で日記に書いておかなくては。
エレナは僕の言葉に小さく吐息を漏らし、目を瞑る。数秒後、もう一度瞳を開いた時には、先程アクセサリーをドロップした時の様子からは信じられないくらいに真剣な表情が浮かんでいた。
「ブロガーさん、剣士ギルドと召喚士ギルドの仲は正直――あまり良くありません。エレナは仲良くすべきだと考え、長年活動していますが、その行動が実を結ぶにはまだ時間が必要でしょう」
「そうだね」
全く聞くつもりのない僕に、エレナはその整った眉を寄せ、声を抑えて続ける。
どこか哀しげな表情だ。
「エレナが言うのは問題ですが……エレナは、彼らが何か企んでいるような気がしてならないのです」
「ストーリークエストなんてそんなもんだよ。大丈夫大丈夫」
ストーリークエストというのは端的に表現すると『事件』だ。陰謀など標準装備なのだ。
最悪、僕は帝都まで行ければいい。そこには無数のクエストがあるだろうし、帝都は陸の孤島じゃないので飛行の眷属がなくても別の街に移動できる。
たとえ報酬は渡せないという話になっても、エレナから得られた分で我慢するので問題ない。
「こっちは地雷クエストには慣れてるんだ」
大事なのは魔導石だ。魔導石さえあれば大抵の事はどうにかなる。
自信満々に放った言葉に、エレナが一瞬訝しげな表情をしたが、すぐに目をうるうるさせた。
あざとい。さすがエレナ、あざとい。
「ブロガーさん、エレナはブロガーさんのことを心配しているのです。エレナは……許可なくここを離れる事ができません。今ならば心変わりしたと要求を断る事も出来るでしょう」
「もう答えちゃったし」
「説得します」
どうやって説得するつもりなのか。
あのこちらに敵意を抱いている剣士ギルドの連中を説得出来るとは思えないが、エレナの目からは本気でそのように考えているのが見て取れた。
エレナ・アイオライトの名はアビコル世界では広く知られている。奴ら剣士ギルドのモブ達……ギオルギに剣を盗まれボルテージがマックスまで上がっているモブ達が話している最中に感情を爆発させなかったのも近くにエレナがいたからである可能性が高い。
そして実際に『深青』ならば簡単に奴らを駆逐できるだろう。彼女の存在は一種の抑止力になっているのだ。
僕はそんな心配そうな『
こいつ、こんな顔してるが、『挑戦』のクエストではこっちの召喚している眷属をロストさせるまで攻撃をやめないのだから信用ならない。
「なんとかなるさ」
「そりゃ……ギオルギとエルダー・トレントを倒したブロガーさんの眷属の力は理解していますが……剣士ギルドにも強力な使い手はいます」
「別に戦争に行くわけじゃないし、相手も人間だ。下手に出れば攻撃されたりしないだろ。大丈夫、大丈夫」
エレナが僕の言葉に、色の薄い唇を戦慄かせた。
「……エレナは、とてもブロガーさんが下手に出れるようには思えません」
「……」
相手がNPCだと思うと馬鹿らしくなってしまうのだ。だが、僕だってお世辞くらい言えるし譲歩くらいできる。
僕はエレナの鋭い指摘に答えずに、大きく背筋を伸ばした。余程急いでいるのか、船が出るのは一時間後らしい。
幸か不幸か、宿に置いてあるアイテムは既に全てポケットに入れてある。後は身一つで乗り込むだけだ。
大丈夫、そもそも名前のないNPCなどたかが知れている。心配そうに身体の前で手を組むエレナに言った。
「すぐに戻ってくるよ」
帝都のクエストを全て平らげて、最寄りの街のクエストも全部終わらせたら、な。
僕の言葉に、エレナが手を伸ばし、ぎゅっと僕の手を握った。ひんやりとした少し低め体温が伝わってくる。
エレナの表情は何を考えているのか、今にも泣きそうだった。
「……ブロガーさん、ご武運を。きっと戻ってきてくださいね」
変なフラグ立てんなや。
§
古都の片隅。広々とした平地に、中型の飛行船が止まっていた。剣士ギルド保有の証なのか、船体に剣の印が描かれた飛行船だ。
その周辺には帯剣した強面の男たち、剣士ギルドのメンバーがずらりと整列している。どうやら召喚士ギルドまでやってきたのは赤風探索のために古都にやってきた連中のごく一部だったらしい。数十人が並んだ姿は圧巻だった。
イグリートが、フラーを肩車しながら意気揚々と集合時間の三十分前にやってきた僕に目を見開いた。
きょろきょろと周囲を確かめ、僕を見下ろして言う。
「一人か」
「他に誰かいるように見える?」
エレナも一応ついていけるかどうか確認していたが、副ギルドマスターに叱られたらしく涙目で見送ってくれた。
僕の言葉に、後ろの連中の眼差しが鋭くなる。
「……本当にいい度胸だな。荷物もないようだが?」
さっき顔をあわせて会話した時の姿そのまま、手荷物の一つも持たない僕に、イグリートが訝しげに眉を顰める。そもそも僕にはあまり荷物はないのだけど、その数少ない荷物も全部ポケットの中だ。
僕は何か忘れている気がして首を傾げたが、気のせいだということにして飄々と答えた。
「人間、身一つで十分だよ」
「……乗るといい」
まるで護送されているかのように剣士ギルドの面々に囲まれながら、飛行船に乗り込むためのタラップに登る。
とてもじゃないけど歓迎している雰囲気はない。エレナの心配ももっともだろう。これがゲームでなかったら僕も正気ではいられなかったに違いない。
クエストの臭いに、僕はにやりと笑みを浮かべる。それを見て、メンバーの一人が目を剥いて怒鳴りつけてきた。
「あ? 何がおかしい?」
「……」
「やめろ」
イグリートの制止に、怒鳴りつけてきた短髪の男は舌打ちをして引き下がった。
爛々と輝く目を僕に向け、イグリートが口だけの謝罪をする。
「すまないな。うちの連中は皆――血の気が多い」
「構わないよ」
そういうクエストだと思っているからね。
もしもナナシノがそんな態度を取ってきたらびっくりしただろうが、剣士ギルドの連中はそういうものだと思っているので特になんとも思わない。
全員が飛行船に乗り終え、タラップが上がる。その段階になって、僕はようやく忘れ物に気づいた。
……ナナシノとシャロを連れてくるの……忘れてた。
頭が帝都のクエストのことでいっぱいになっていたせいだ。
顔が引きつるのを感じながら、どこかぴりぴりした雰囲気のイグリートに確認する。
「……忘れ物したんだけど、今から戻れる?」
「……出せッ」
僕の言葉を無視して、飛行船がゆっくりと上昇する。
広く取られた窓。地面がみるみるうちに離れてくる。全身に感じる浮遊感に、小さくため息をついた。
「……まぁいいか」
僕が帝都に向かったことはギルド経由でナナシノ達にも伝わるだろう。
ちょっと急な話だがいずれ古都を離れるだろう事はナナシノに伝えてあるし、大きな問題にはならないはずだ。
ド素人のナナシノをひとりぼっちにするのは心配だが、ナナシノならばなんとかするだろう。属性相性のノートも渡してあるし、伝えなければならない情報はあらかた伝えてある。
弟子にしたシャロには少し申し訳ないが、どのみち彼女は荷物持ちがいらなくなった時点で不要である。もしも手が必要になったら帝都で新たに弟子を探せばいい。シャロを首にして。
高度が上がる。夕方近く、眼下に広がる古都の町並みが何故かとても美しく感じられる。
たった数ヶ月だが、この世界に来て初めて過ごした街だ。次にいつ戻ってくるかも考えていない。
ただ黙って感傷に浸る僕の頭を、フラーが静かに撫でてくる。背後からそれを観察していたイグリートが無愛想な声で言った。
「【帝都フランマ】は【カッサ砂漠】を越えた先だ。この飛行船だと一週間程の旅になる、覚悟しておけ」
覚悟。果たしてその覚悟とは何の覚悟なのか。
僕は頷き、イグリートに気づかれないくらいに小さく唇を動かして唱えた。
「『
遥か遠く、地上のサイレントが『送還』され僕の手元に戻ってくる。僕は唇を舐め、窓の側から離れ、船の中に入っていった。
【古都プロフォンデゥム】からの脱出。アビス・コーリングは、まだ始まったばかりだ。
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