第二話:相性と友達
眷属は一番大きなカテゴリで分けると七種類に分けられる。
夜の闇の中でもはっきりと浮かび上がる真黒の月。黒月が司る冥種。
ひっそりと浮かび上がる最も現実世界の月に近い白の月。白月が司る天種。
生命を感じさせない神秘的な青の月。青月が司る無種。
七つの月の中では最も強い輝きを持つ黄の月。黃月が司る竜種
煌々と燃える赤の月。赤月が司る獣種。
なんか浮かんでる緑色の月、緑月が司る霊種。
いやらしい金色の月。金月が司る異種。
僕の説明を聞いていたナナシノが微妙な表情をした。
「なんか途中からやる気なくなってません?」
「いやー、説明が面倒になってね。種類とかいいじゃん。一応、初めの方はそれぞれの種で特徴あったんだけど、アップデートで力のインフレが進むにつれて差がなくなってきたんだよね」
だから、後期アップデートで実装された眷属は、強いものは強いんだと言わんばかりに能力が高い。
最後まで残った差はグラフィックの違いだけだ。
流石にドラゴンが冥種として出てくる事はない。でも、ドラゴンゾンビは冥種として出てくるのでそれもまた目安でしかないのだ。
まぁ文句言ってもしょうがないけど。
ナナシノが頬を膨らませ、子供っぽい表情でカバンから一冊の本を取り出す。
「本の方がもう少しちゃんと書いてありました……」
ハードカバーの本だった。タイトルは『
ストーリーなんてどうでもいい。育成ゲーなんだから育成させろ。
ナナシノとの約束通り、僕は宿の自室で召喚士の講義をしていた。と言っても、アビコルの基礎的なシステムは単純なのですぐに覚えることができるだろう。
この世界の本で勉強はしているようだが、ナナシノは『
気を取り直して、砕けた格好のナナシノに続ける。
「重要なのはどちらかというと属性の方だね。アビコルには眷属ごとに幾つかの属性を持ち、属性ごとに相性がある」
魔法型か物理型か、補助型なのか。
火を使うのか水を使うのかはたまた雷光を纏うのか。
剣を持っているのか、盾を持っているのかあるいは無手なのか。
例えばギオルギの進化1ゲールだと、物理型で光属性で剣士・格闘タイプという事になる。物理耐性持ちで光弱点のサイレントとの相性はそこそこだ。
アップデートにアップデートを重ねられたアビコルに存在する属性は一口には語れない。恐ろしいことにアビコルでは属性は次から次へとアップデートで増えていったので、常に勉強が必要だった。
軽くプレイするくらいなら強い眷属を使えばいいだけだが、やり込むには属性相性をきちんと理解する必要がある。
さもなくば無知の代償は魔導石という形で払うことになるであろう。
上級者でも間違えたりする知識だ。アビコルをやったこともないナナシノには荷が重い……と、普通ならそう思うだろう。
僕は丸一日かけて作り上げた属性相性ノートを意気揚々と取り出した。
それぞれの属性持ちの眷属が別の属性に対してどのような影響を受けるのか対応を全部書いたノートである。
「じゃーん。これがあればナナシノでもあっという間にプロプレイヤー。これがあれば猿だって立派な
「うぅ……なんかブロガーさんが優しくなって嬉しいのに、貶されてる気がしてならないです」
貶めてんだよ。学業だってスポーツだって、ずぶの素人がそれなりに見れたものになるのには勉強や練習が必要なのだ。アビス・コーリングはただのゲームだがそれは変わらない。
ナナシノは百ページもあるノートをパラパラめくって、
「うわっ……細かっ……これまさか全ページ書いてあるんですか」
「そうだよ。なんか久しぶりにいい復習になったよ」
アビコルが終了して、もう二年も経っているが覚えているものだ。
ナナシノが唇を結び、眉を潜めて唸る。そして、ふざけた事を言った。
「……戦闘中にこんなノート見てたら、戦闘終わっちゃうような気が……」
「いや、全部暗記するに決まってるだろ」
「……へ? これ全部? じょ、冗談ですよね、ブロガーさん?」
鳩が豆鉄砲を食ったような表情でナナシノが僕を見上げる。
冗談なんか言わない。
アビコルのバトルシステムはターン制ではないのだ。リアルタイムでバトルが進むのにいちいち調べてなんていられない。
相手が固定ならば事前に調べておく事ができるが、アビコルではいつ強敵が現れるかわからない。
暗記である。暗記するのである。アビス・コーリングの第一歩は暗記から始まるのである。
僕は、ギオルギからドロップした悪趣味な杖の先でこんこんとノートを叩く。
「猿でも立派な召喚士だ」
「が、学校の勉強より、大変そうです」
大変なものか。アビコルはゲームだ、勉強なんかよりよほどモチベーションが保てる。
「その立派な頭は何のためについてるんだ? ナナシノぉ?」
「……ブロガーさんは、先生には向いてないですね」
放っておけ。
なんだかんだ言いながら、ナナシノがノートの視線を落とし、むーむー言い始める。
とりあえずアイギスの単騎兵の項目だけ覚えればいいと思ったが、水を差すのも悪いのでやめておいた。量があるので今すぐ覚えるのは無理だろうが、召喚士として成長するに連れて自ずと頭に入ってくるだろう。
その時、今まで興味なさそうにしていたサイレントが顔をあげ、ナナシノの方を向いた。
「そう言えばななしぃ。さっきギルドに行った時に、ななしぃの友達が主のところに来たぞ」
「……え?」
「……あー、そんな事もあったなぁ」
ナナシノがギオルギにさらわれた際に一緒にいた女の子だ。モブの名前なんて覚えていないが、眷属にアルラウネというマンドラゴラ亜種みたいな眷属を連れた可哀想なキャラだった事だけは覚えている。りせまらりせまら。
ナナシノと同じ最近なりたての召喚士らしく、年齢も同じくらいだった。
幸薄そうなロリである、アビコルではロリっぽいキャラがやたら多い。
眉を寄せ、ちょっと名前を思い出そうとするが、どうしても思い出せない。
腕を組み首を傾げる僕をよそに、サイレントが言った。
「しゃろりあって言ってたぞ。女の子だ!」
それだ! サイレントが初めて役に立った瞬間である。
シャロリアっていう可哀想なNPCだ。なんというか、メインキャラじゃないだけあり、なんとも花がないNPCだった。リアルプレイヤーのナナシノの方がもう少し可愛い。
だいぶ失礼な事を考えていると、ナナシノが困惑したように僕を見る。
「……? シャロが、ブロガーさんに何の用があって……」
「ななしぃを助けに行けなかったのが悔しくて――主に弟子入りしたいと言っていた」
「……え!?」
何か言う前にサイレントが全部言ってしまった。
まぁ、今の今まで忘れていたイベントだ。
アビコルには師弟システムと言うシステムがあるが、それはプレイヤー間でのみ成り立つシステムであって、NPCを弟子にできるような機能はなかった。どうやらこの世界のNPCは随分とアグレッシブらしい。
「まぁ、主はすぐに断っちゃったけどな」
「え?」
「ちょっと泣きそうだったぞ」
「え?」
ナナシノが混乱している。
だが、断るのは当然だ。何もこれは僕が冷徹な人間だとかそういう話ではない。
師弟システムというのはそもそも、アビコル内では割の合わないシステムとして有名であった。弟子側はともかく、師の側にメリットがほとんどないのだ。師弟でのみプレイできるクエストなどもあるのだが、その殆どが煩わしいばかりで報酬に旨味もなく、現実の知り合い同士でもなければ利用する者はほとんどいなかった。
ましてや、相手の眷属はアルラウネである。別の隠し玉を持っている可能性も低いだろうし、話にならない。
寄生プレイとか一番嫌われる奴だ。リセマラしろ。
施しや好意とは与えるものであって求めるものではない。僕はそういう貰って当然とか考えてる奴が一番嫌いなのだ。
ナナシノは戸惑ったあげくよくわからない事を聞いてきた。
「ど、どうして断っちゃったんですか?」
受けた場合に受けた理由を聞くのはいいが、断るのに理由はいらないはずだ。が、ナナシノは受けるのが当然で断るのには理由がいるとか考えてそうだね。
僕はギオルギの件でほんの少しだけだがナナシノの性格に好感を持っていた。だから言葉を少しだけ選んで答える。
「僕もまだ修行中の身だし、ナナシノに少し教えるだけで精一杯だからね」
「騙されちゃダメだぞ、ななしぃ。主がそんな殊勝な事言うわけがない」
「『
「あああああああぁぁぁぁぁッらめえええええええぇぇぇッ!」
サイレントが無意味に艶めかしい声を上げて消える。
とんでもないことを言い出す眷属だ。やはり常時出しておかない方がいいのだろうか……でもずっと出しておいた方が強くなるしなぁ。
ナナシノの隣でかしこまっているアイリスの単騎兵を見ていると羨ましくて仕方ない。
固まっているナナシノにすかさずフォローを入れる。
「まぁ、ナナシノが教えて上げる分には関知しないから、友達なら教えてあげたら?」
「あ……そ、そうですよね。そうします」
ナナシノは少しだけ寂しげな笑みを浮かべて小さく頷いた。
だが、アルラウネはアビコル眷属の中でもサービス開始直後から存在している一体である。つまりそれは、初めに引ける眷属の中で最弱だという事だ。
眷属の数が増えた今、アルラウネを引くなんて相当運が悪くなきゃありえない。サービス終了直前では誰も連れていなかったその眷属の姿を思い浮かべ、僕は鼻で笑った。
腐るほどでたぜ。出る度に『
アイリスの単騎兵の方がまだマシだ。
その時、漂う微妙な空気を変えるつもりなのか、ナナシノが明るい声で尋ねてきた。
「そういえばブロガーさん、私、魔導石五つ持ってるんですが、これってどうするのがいいですか?」
僕よりもたくさん持っているとか腹立つな……でもまぁ、ナナシノはまだ一切魔導石を使っていないみたいだし、グチグチ文句を言っても仕方ない。
僕は気を取り直してナナシノの方を見た。視線を受け、びくりとナナシノが身を震わせる。
魔導石には様々な使いみちがある。
使いみちは人それぞれだ。僕はリアルマネーを潤沢に使って魔導石を大量に持っていたので魔導石不足で困ったことなどなかったが、五個しかないのならば何を重視するかによるだろう。
念のため基本だけ教えておく。
「まぁ、ナナシノも見ていたとおり、最低一個はストックしておいた方がいいよ。魔導石の保有数は眷属の命の数みたいなものだから」
「眷属の命の……数……」
ナナシノがはっとしたように自らの眷属に視線を投げかける。もしかしたら主を守るためにゲールの前に立った時の事を思い出しているのかもしれない。
アイリスの単騎兵もそこそこのキャラだ。恐らく次の眷属召喚ではそれ以下の眷属が出ることだろう。
リセマラしないと決めたのならば、その眷属をロストしないように注意せねばならない。
「まぁ、後は五個使うともう一度
こうして考えると、本当にログインボーナスで魔導石が手にはいらないのが痛い。
召喚士になるゲームなのに一回しか召喚出来ないとか、この世界バグっているのではないだろうか。一ヶ月もあったらゲームなら三十個、石が配られていたはずなのに……。
酷いバグである。ゲームならばお詫びに魔導石を配ってもいいレベルのバグだ。アビコル運営はそういうところには良心的なので、これがバグだったら百個くらい配っていたはずである。
僕はもしかしたら運営チーム見ているんじゃないのと言う思いを込めてはっきり口に出して呟いてみた。
「まったく、運営は何やってるんだ……」
「……何言ってるんですか?」
しばらく待ってみるが、返事はなかった。予想していたが、どうやらこの世界の運営チームは随分と怠慢らしい。
見込みがつくまで自分でなんとかするしかない、か。
計画を立てて検証しそれを実行する。ゲーム内でやっていた事と何も変わらない。
可哀想なものを見るような目でこちらを見上げているナナシノに言う。
「……そういえば、ぼちぼち納品クエストにいくこと事にするよ」
「え!? 本当ですか?」
「もう残っている雑用クエストもないし、そろそろ頃合いかなって」
魔導石のストックが一個しかないのだけが不安だが、そんなこと言っていたらいつまでたっても動けない。
何よりも、エレナに出会ってしまったのが僕に焦りを与えていた。襲い掛かってくるわけもないが、近くに深青がいる事を考えると、とても悠長にしている気分にはなれない。
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