第二章 光を求める召喚士の物語
Prologue:深青
魔導石九個。コツコツと雑用クエストでためた魔導石は言うまでもなく大事な物だった。
だが、今回のクエストで得たものがないわけではない。
ギオルギからドロップした剣を持ち上げ、確かめる。剣とは思えぬ軽さ。赤と金の細工が施された柄に曇りのない銀の剣身。黒塗りの鞘も合わせて、かなりの貴重品に見える。
アビコルのアイテムレパートリーはかなり多い。その殆どが眷属の進化や成長に関係するアイテムなのだが、多すぎてさすがの僕も全部は覚えていなかった。
ギオルギから剥ぎ取った剣(と、杖)には見覚えがなかったが、多分その類だろう。剣は数え切れないくらい存在する剣士タイプの眷属の進化に使う事が多かった。
売却すればそれなりの値段になりそうだが、この手のアイテムは店売りしていないのでそれは最後の手段だ。
何で出来ているのかはわからないが、やたら軽いので持ち運ぶには支障ないだろう。
僕はそれを苦労してベルトに取り付けた。
上からローブを着れば帯剣している事は一見分からないはずだ。また、何か言われたら
だが、本命はそちらではない。
やっと痛みが引いてきた身体をなんとか動かし、
どうやらギオルギには密かに懸賞金が駆けられていたらしく、クエスト報酬の他にもまとまった額の懸賞金が入るらしい。
ゲームにも強力なNPCを倒す事により賞金が得られるクエストがあったので、ギオルギのクエストもその類だったのだろう。
数日ぶりにギルドに入ると、幾つもの視線を感じた。頭の上の定位置についたサイレントがきょろきょろと周囲に視線を投げる。
「主、いっぱい見られてるぞ?」
「気にしなくていいよ。どうせNPCだ」
ゲール相手に何も出来ない程度のモブ召喚士、いちいち気にしてはいられない。
目立つのは得意ではないが、僕は魔導石のために、そして、いつか目的の眷属が引けた時に進化させるため、素材を集めるつもりでいる。貴重な素材はクエスト報酬で手に入る事も多いので、クエストをむらなくクリアせねばならない。
まぁ、そもそも古都に長居するつもりもないんだけど。
受付で名前を言うと、カウンターの奥の応接室に通された。賞金受け取るだけなのにVIP待遇だな。
シックで品のいいソファにテーブル。空調も効いていて、まだ少しだけ痛む身体に冷たい空気が心地よい。
勧められるままにソファに座る。出されたお茶を飲みながらサイレントが茶菓子に無節操に食いついているのを眺めて待っていると、程なくして扉が開いた。
現れたのは予想外の顔だった。脊髄反射で眉を顰める。
入ってきたのは海のような青い髪をした妙齢の女性だった。
すらっとした身体つきに深海のような青の目。染み一つない白い肌。人に似ているがその耳だけが尖っており、その存在が人ではない事がわかる。
森聖人――アビコルでは森聖人と言う名で出てきたが、俗に言うエルフという奴だ。
ファンタジーのテンプレート的存在であり、名前以外の容姿も特徴も外していない。これぞエルフと言えるようなエルフである。王道って大事だよね。髪の色は青いけど。
アビコルには眷属以外にも様々なキャラクターが出てくるが、重要キャラクターは諸々の事情から大体女性キャラであり、現れたNPCはアビコルの中でも最も有名なNPCの一人だった。
古都プロフォンデゥムの
アビコルには大きな都市が六つ存在するが、各都市にはそれぞれやたら強いNPC召喚士が最低一人存在する。エレナはその中の一人で、魔導石をもう数えるのも馬鹿らしくなるくらいに吸い取られた因縁の相手でもあった。
所有眷属のレア度の総数が一定以上になった際に発生する特殊クエスト『
ギオルギの百倍強いのに、なんでこいつがギオルギを捕まえなかったのか理解に苦しむ。
エレナの格好はギルドのマスターというお硬い職とは思えないものだった。
白地に青の刺繍が施されたローブは胸や腹こそ隠しているものの白くすき取った脚を大きく見せつけるように開いており、嫌がおうにも視線を取られる。慎ましやかな胸元には召喚士の印である七芒星の刺繍が成されていた。
ゲームのグラフィックはあくまで絵だったが、現実でこうして顔を合わせてみると、当然な話ではあるがグラフィックそのままだ。今まで出会ったどの女よりも可憐だが、こうしていると喜びよりも怒りが湧いてくる。
が、僕は大人だったので、これみよがしと舌打ちするに留めた。目を合わせただけで反吐が出るぜ。
僕の表情に、エレナを連れてきた職員が眉を顰める。エレナもまた意表を突かれたのか、目を丸くした。
それでも何も言わずに僕の目の前に座ると、透き通るような青の目が僕をじっと観察し、桜色の唇をゆっくりと開いた。
「この度は当ギルドのメンバーがご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「古都の
凛とした声は透き通るような容貌にひどくあっている。
開口一番に謝罪を始めたエレナに、隣の職員の男が捕捉した。職員と言っても、受付と比べて偉そうな格好をしているので相応の地位にいる男なのだろう。
サイレントが菓子を漁る手をとめ、僕の頭に登る。エレナの目がじっとその様子を追う。
隣の男の目つきは険しいが、エレナの目はまた違う。もしかしたらレア度を見積もっているのかもしれない。
僕は今日、エレナに会うつもりはなかった。というか、古都を出るまで一切会うつもりがなかった。エレナに限らずだが、各都市に存在する『色』の二つ名を持つNPCへの挑戦は割と理不尽なアビコルというゲームの中でも最凶の難易度を誇る。アビコルのエンドコンテンツとまで言われているのだ。
僕のやりたいことはあくまで召喚であり、化物と戦う事ではない。全く話にならない。
とっとと報酬を受け取って帰りたい。始めて名前を覚えているNPCに出会ったが、特になんということもない。
このゲームバランス崩壊貧乳エルフめ、地獄に落ちろ。
「初めまして、初心者
なるべく声を抑えようとしたのにどうしてもぶっきらぼうなものになってしまった。僕も聖人じゃないので過去の事をさらっと水に流すことなんてできないのだ。
僕がエレナを倒すためにいくら課金したのか、その額を知ったらきっと彼女も邪険に扱われるのを許してくれると思う。
乱暴な僕の言葉に、隣の男性職員の方が怒気の混じった声をあげる。
「!? おい、こら――たかが一召喚士の分際でっ――」
「静かに」
そして、エレナは僕を見つめてがあざとく首を傾げた。
「…………ブロガーさん、もしかしてエレナと会ったことありますか?」
エレナの訝しげな視線を僕は鼻で笑った。ゲーム内では何度も出会ったが、エレナはそんなの知ったことではないだろう。
「いや、会うのは初めてだよ。ただちょっと噂で聞いただけで……」
「……なるほど」
僕の答えを聞いても、エレナはその整った眉を歪め、訝しげな表情をしている。
もしかして、感情が出過ぎていただろうか?
何か失言したか、自分の言葉を思い返すが全くわからない。まぁ、それでも致命的な事は言っていないはずだ。
じっとエレナを見つめていると、こちらの視線気づいたのか、小さく首を横に振って話を続けた。
「ギオルギ・アルガンとそのパーティ――『赤獣の王』は……非常に評判の悪いメンバーでした」
評判悪いのか……まぁ、夜中に、僕という連れがいたナナシノに声をかけるような連中である。納得だ。
でも、それなら、さっさと捕まえろよ。僕が魔導石を失ってしまったのはある意味エレナの怠慢じゃあないのか?
お前の眷属――『深きものども』ならゲールなんて一瞬でロストだろ!
そんな僕の考えを読んだわけでもなかろうに、エレナがどこか艶やかな所作でため息をつく。
「彼らは……狡猾にも捕縛に足る証拠を残しませんでした。今回は……少しばかりやりすぎたようですが、それも、ギオルギに反抗した貴方あってのものです」
初めにナナシノが絡まれていた時、誰一人助けに入る様子がなかった。あれは今思えばギオルギ一味の存在を皆が知っていたからなのだろう。
だが、それでも……NPCにこんな事言ってもしょうがないのは承知の上だが、幾千幾万ものプレイヤーを深淵に叩き落としたエレナならなんとでもなりそうな気がする。
僕の表情に何かを察したのか、エレナは少しだけ寂しげに微笑んだ。
「エレナは……眷属を自由に
「……あー……なるほど」
エレナの言葉に納得し、小さく頷く。
当然の判断である。確かに、エレナが眷属を出したらそれだけでギオルギなんてお話にならないくらいの被害が都市を襲うだろう。
そして、だが、そんな戦略兵器みたいなエレナを初めの都市に置くのはプレイヤーが勘違いするからやめていただきたい。
どうかしたのか、エレナはしばらく視線を彷徨わせて何か考えていたが、すぐに隣の男性職員を見る。
「ブロガーさんには彼にかけられていた賞金と――特別報酬としてギルドポイントが与えられます。ロック」
「……はい」
ロックと呼ばれた職員が僅かに眉を顰め、テーブルの上に、箱を置いた。
エレナがゆっくりと蓋を開ける。中に入っていたのは帯で止められた一万ルフ札の束だ。
「三百万ルフあります」
魔導石を九個も失ったのだ、ゲーム内マネーで三百万とか全く割りに合わない。まぁ貰っておくに越した事はないが、ギオルギ討伐報酬にしてはだいぶ低い気もする。
エレナはその事に触れずに続ける。
まぁ、僕も文句を口に出して言うつもりはない。
「続いて、ブロガーさんには特別報酬としてギルドポイントが一万五千付与されます。これはご存知の通り、召喚士のランクを決定するもので、ギオルギの『ゲール』を討伐した実績から算出されています。ギオルギ本人はともかく、『ゲール』は古都の召喚士の中でトップクラスに強力な眷属でした。端的に言うと、それを討伐してみせたブロガーさんをエレナ達、
都合のいい話だ。やはりこの世界は少しばかり現代よりも明確に弱肉強食が成り立っているらしい。
だが、理由はどうあれ、ギルドポイントが増えるとそれに従い受領できるクエストも増える。選択肢の幅が広がるのはいい事だ。
僕が黙って首を横に振ると、エレナが居ずまいを正す。どうやらここからが本題のようだ。
真剣な表情で、エレナが小さな指輪を差し出した。
見たこともない白い宝石がついた金の指輪だ。だが、もちろんただの指輪ではないだろう。
そして、エレナがじっと僕の目を見つめて言った。
「そして、これがクエストの正当な報酬――『七篠青葉の献身』です」
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