アビス・コーリング〜元廃課金ゲーマーが最低最悪のソシャゲ異世界に召喚されたら〜

槻影

第一章 闇に挑む召喚士の物語

Prologue:もう一度そのゲームを

 夢か幻か、気がつくと僕は【始まりの遺跡】にいた。


 前触れはなかった。僕の視界に入ってきたのは日本ではまず見られないような光景だった。

 辺りに広がるのは背の高い草が茂る草原。藍色の空にはそれぞれ別の色をした七つの月が輝き、頰を撫でる空気も今までのものとは明らかに変わっている。


 だが、唐突に放り出された僕の中にあったのは混乱ではなかった。それは、目の前の光景が見覚えのあるものだったからだ。


 ただし、現実ではなく、スマートフォン向けアプリゲームのムービーの中で。


 何故、と考える前に衝撃が脳を揺さぶった。それくらいに目の前の光景は鮮烈だった。


 円を描くように建てられた無意味に精緻な彫刻の成された七つの柱。

 柱に囲まれた中央に描かれたのは無意味に重厚な雰囲気をかもし出している無意味に複雑な魔法陣。


 スマフォ向けRPG、『アビス・コーリング』のマップの一つ。

 プレイヤー――召喚士がチュートリアル終了後に訪れる【始まりの遺跡】。


 ゲームのユーザーならば嫌になるくらいに見たことのあるはずの光景で、しかし僕はその光景にただ滂沱の如く涙を流した。


 夢か幻か。僕は果たして狂ってしまったのか。

 現状が全く理解できなかった。唯一わかるのは――その光景は僕が求めてやまないものだったという事だけだ。


 自分の格好を見下ろす。

 服装は記憶に残る最後のものだった。黒のジャケットにジーパン。幸いな事にちゃんと外に出れる格好をしたので行動に支障はないはずだ。室内にいたせいか、はいているのが靴じゃなくてスリッパだけど、場合によっては真っ裸だった可能性もあったのでそれよりはマシだ。


 だが、今はそんなことも気にならない。


 吹き荒ぶ冷えた風にジャケットの襟を寄せる。頰を流れ落ちる涙。圧倒的な現実感。視覚嗅覚聴覚触覚味覚、五感のすべてがこれが現実である事を訴えていた。

 自分でも驚くほどすんなりとそれが理解出来ていた。ありえない。ゲームの中に入り込むだなんて、いくらアビス・コーリングの廃プレイヤーだった僕でも絶対ありえないはずなのに……。


「アビス・コーリング……そんな馬鹿な……」


 試しに言葉で否定してみるが、何の意味もない。


 空に七つの月が浮かんでいる時点でここは日本ではないだろうし、すでに賽は投げられてしまった。少しずつ、時間の経過とともに少しずつ頭の中が冷静になっていく。

 涙を拭い、ズボンのポケットの中を探る。硬い小さな石ころのような物が幾つか、指先に触れる。それを掴みかけた瞬間、ふと声が聞こえた。


「あれ……? こ、こは……」


 先程までは誰もいなかったはずだ。慌てて声が聞こえた方向を見る。


 そこにいたのは一人の少女だった。黒髪に黒目、黒のブレザーにスカートで、一見学生のようにも見える。おそらく僕と同じ境遇なのだろう、不安げにあちこちを見渡していた。

 

 確かに先程までいなかったはずだが、僕もいきなりここに連れてこられたのだから不思議でもなんでもないだろう。というよりも既にこんな所にいる時点で不思議なので考えても仕方ない。


 石を握りしめ、僕はとりあえず女の子に声をかける事にした。


 アビス・コーリングは多人数同時参加型のスマートフォン向けRPGである。当然だが、プレイヤーは一人ではない。

 基本的には一人でプレイできるゲームだが、特定プレイヤーとフレンドになって協力してゲームをすすめる事もできるし、対戦する事だってできる。

 といっても、対戦には双方の同意が必要であり、基本的にはライト層の好む『仲良く楽しくゲームをする』事をコンセプトとしたゲームなのでプレイヤーは味方だと言っていい。

 協力すれば有利にゲームを攻略する事もできるし情報の交換もできるだろう。そして、眷属が見当たらないという事は僕と同じ初期プレイヤーである可能性が高い。


 周囲に他に人影がない事を確認し、女の子に声をかけると、女の子の方はこちらに気づいていなかったようで、ぴょんと跳び上がった。


「なななななな……」


 よほど驚いたのか、目を大きく見開き、意味のなさない言葉を吐き出す。

 よく見ると随分と美人の子だ。年は僕よりも幾つか下だろうか、学生時代に同じクラスにいたら間違いなくアイドルだっただろう。

 僕は面倒だったので、何も言わずにしばらく腕を組んで少女が落ち着くのを待った。


 声が止まるのを待って自己紹介から入る。もっと先に話すべき事はあるはずだが、僕はなるべくさっさと眷属召喚アビス・コールをしたい。


「初めまして。僕の名前は……ブロガー。君の名前は?」


 本名を言うか一瞬迷って、ゲーム内で使っていたハンドルネームを言う。もうすでに今の状態が常識の範疇外なのだが、ネットで知らない人間に本名をばらしてはいけない。

 女の子は僕の言葉に一瞬固まっていたが、慌ててあちこちを見回した。そして、周囲に誰もいない事を確認してそっと唇を開く。


「あの……ここは……」


 この光景、どう見ても【始まりの遺跡】だろ! チュートリアルで流れるムービーはできの良いことで有名であり、スキップ不可能なので大抵のプレイヤーは覚えていたはずだ。七色の月に七本の柱は単純であるが故に早々忘れるものではない。

 だが今はそんなことどうでもいい。僕はそれに答えずにもう一度尋ねた。


「君の名前は?」


「私、さっきまで家にいたはずで……」


「君の名前は?」


「……あお……青葉、です。七篠青葉」


 怯えながらも少女が答える。


 ナナシノ・アオバ。


 まるで本名のような名前だ。だが、そんなわけないだろう。今時ネットに本名を出してはいけないなんて小学生でも知ってる。まぁ、ここはネットじゃないんだけど、とりあえず呼ぶための名が分かればいい。


 僕はできるだけ警戒させないように穏やかな微笑みを浮かべ、小動物のようにキョロキョロしているナナシノアオバに尋ねた。


「おーけー、ナナシノ。じゃーまず重要な事だから不躾なのは承知で聞くけど……君、現金とか持ってる?」


「……え?」


 ちなみに僕は持っていない。ポケットを探っても入っているのは小さな石が五個だけだ。

 ナナシノは家にいたはずなのにいつの間にかここにいたといいかけたが、僕も同様である。そして、普通家の中にいたら財布なんて持っていない。日本にいた最後の記憶はコンビニから帰ってきて財布とスマフォを机に放り出した所で終わっている。


 ナナシノが僕の言葉に、おずおずとスカートのポケットに手を突っ込むと、恐る恐る手を取り出した。


 ゆっくりと手の平を開く。そこにあったのは5つの小さな宝石だった。

 金色に光る石。何故か申し訳なさそうにナナシノが呟く。


「これしか……入ってないです」


「そうか。僕も同じものを持っている」


 先程ポケットで掴み取った石を取り出す。金色に光る透明感のある石は月明かりの下、神秘的な輝きを見せている。

 

 アビス・コーリングのプレイヤーならば誰もが見覚えのある物だ。


 ――魔導石。


 アビス・コーリングというゲームはこれなしには始まらない。一番初め、ゲーム開始時にプレイヤーに与えられる魔導石は特別なものだが、普通の魔導石も形は同じだ。


 そして、僕は落胆した。


 ナナシノが魔導石に向けている視線はどう考えても魔導石を知っている者のものではなかった。この場所がどこだか知らなかった時点でなんとなく予想してはいたが、彼女はアビス・コーリングのプレイヤーではなかったらしい。

 ならばNPCか。いや、話を聞く限りでは僕と立場は同じだ。


 僕は一度息を呑み、恐る恐る言葉を選んで尋ねた。


「ナナシノ、君さ。アビス・コーリングってゲーム知ってる?」


「……はい……名前だけは。やったことは……ないですが……」


 ナナシノは心訝しげな表情で小さな声で答える。


 予想通りだった。ナナシノはプレイヤーではない。

 年齢は十代後半くらいだろうか。アビス・コーリングというアプリが日本を席捲したのは三年前の事だ。

 当時、アビス・コーリングは国民の半数がプレイしているとも言われた驚異的なシェアを誇るアプリゲームだった。

 ナナシノの年齢ならばやっていても不思議ではない――いや、やっていなければ不思議なくらいだ。そのくらいアビス・コーリングは人気があり、当時はそれをプレイするためのスマフォ本体各機ですら売り切れになったとニュースでやっていた。


 僕の視線に気づき、ナナシノが言い訳のように言う。


「あの……私、スマホ、持たせてもらえなかったので……」


「へー、そうなんだ。大変だね」


 しかし僕はその時にはナナシノに対する興味を失っていた。


 まだ確定ではないが、ゲームの知識なしという事は彼女がこの世界で役立たずである可能性が高いという事を示唆している。


 話すことは話したので会話を終え、僕は早速【始まりの遺跡】に立った七本の柱に向き直った。


 七本の柱は眷属召喚アビス・コールにより異界から呼び出されるそれぞれの種族に対応したもの。ただし、何を呼び出せるかは選ぶことはできない。


 魔導石をじゃらじゃらと手の平で鳴らしながら柱の中央に向かおうとすると、ナナシノが慌てたように声をかけてきた。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


「何? もう話は終わったけど」


 ナナシノがショックを受けたような表情をした。

 十代の少女が見知らぬ土地に一人。心細いのはわかるがこちらを頼ってもらっても困る。自立しろ。


 僕がもう自分に興味を持っていない事が分かったのだろう、ナナシノは一瞬言いよどみ、石を見下ろしながら言った。


「あの……その……えっと……アビス・コーリングって……なんですか?」


 これはまた難しい事を聞く。

 足を止め、しばし考える。僕はアビス・コーリングのプレイヤーだった。当時石を投げればプレイヤーに当たるくらいに日本のプレイヤー密度は高かったが、アビス・コーリングが何かと聞かれれば答えはたった一つだろう。


 僕は一番最初、チュートリアル終了後にもらえる特別な魔導石――『レア度7以上眷属確定魔導石』を握りしめて、一言で答えた。






「課金ゲーだよ」







§ § §





 かつて、アビス・コーリングというゲームがあった。

 日本中で凄まじく流行ったスマートフォン向けのアプリゲームである。パソコンでも出来たが大抵の人間はずっとパソコンの前にはいられないので、多くの人がバスの中や電車の中で熱中していた。


 内容は一言で言うと課金ゲーだ。ストーリーとかゲーム性とかイラストが可愛いとか、一部キャラには声がついていてその声優が豪華だとか色々な特徴があるが、それをプレイしたことのある人にそのゲームを一言で表現してもらえば確実に『課金ゲー』と表現する事だろう。


 アビス・コーリングはRPGだ。

 現れる魔物を倒しながらダンジョン攻略やら何やらを進めていくRPG。


 プレイヤーは召喚士コーラーと呼ばれる存在になり、召喚魔法で天使やら悪魔やらドラゴンやらその他やら、多種多様の『眷属』を『奈落アビス』より召喚コールし、それを使役・育成しながらストーリーを進めていく。


 眷属召喚は最初、ユーザ登録した際に一回だけ出来る。

 召喚対象はランダムなので、これは完全に運だ。大抵の人はそこで毒にも薬にもならない眷属を得る。


 最初に召喚した眷属が弱かった運の悪い人には三通りの道がある。

 そのまま弱小の眷属でゲームを進めるか、ゲームを消して再度ユーザー登録をやり直しクソ面倒くさいチュートリアルをクリアしてもう一度眷属を引き直す、通称リセマラを行うか、

 あるいは――魔導石を新たに集めてそれを使って召喚するか。


 召喚は魔導石と呼ばれるアイテムを一定数消費すること行うことができる。

 魔導石の入手手段は色々あるが、一番手っ取り早いのはリアルマネーだ。魔導石は現実世界の金で入手出来る。

 魔導石は一個百円だ。五個五百円で一回の召喚。何が出るかは運次第、結果は神と運営のみぞ知る。それを高いと感じるか安いと感じるかは人次第。

 俗に言う『ガチャ』という奴である。


 さて、ここまではソシャゲーなどでもよくある話だが、アビス・コーリングは幾つかの点で他の似たようなゲームを完全に上回っていた。


 まことしやかにささやかれる運営による確率操作!

 搭載された類稀な物欲センサーに、課金必須のゲームバランス!

 開き直って自ら奈落(アビス)を名乗る豪胆さ!

 課金させるためにあらゆる手間を惜しまない無駄に量の多いアップデート!

 

 最強の集金システムと呼ばれ、数千万人のユーザー達をどん底に叩き落とした、社会現象を巻き起こし新たな法の整備さえ促進し、結局国に潰されサービス終了となった伝説のアプリ。



 それがアビス・コーリングだった。紛うことなきクソゲーである。


 そして、そんなゲームの廃課金ユーザーだった僕が『アビス・コーリング』に酷似した世界に迷い込んだのは運命の導きによるものという他ないだろう。

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