夢の中で

成瀬 碧

第1話

 目が覚めた。

学校の教室で一人、机に突っ伏して眠っていたらしい。誰か起こしてくれてもいいのにと思ったが、周りを見て言いかけていた言葉を飲み込んだ。

誰もいない。ひとりぼっち。

そして、気づいた。これは自分の夢だと。

*****

 今日もまた一人運ばれてきた。最近、未成年者が昏睡状態で病院に運ばれて来るという事例が多発している。詳しい原因は不明だが患者に共通しているのは、何かしらの強いショックを受けたということだ。

****

 いつの間にか隣に親友のハルがいた。なにも言わない。微笑むだけ。いつもなら

「ユミ話そうよ。」

と言って後ろから抱きついてくるのに。

「ねぇ、何か言ってよ!どうして笑うだけなの?いつものハルらしくないよ。」

ハルの顔を見て言う。いつものきらきらと輝く瞳は、暗く霞んでいた。

「夢から覚めて…」

「えっ…」

ハルは一言言い残すと霧となって消えた。

****

 運ばれてきた患者の様子を見に病室へ行った。病室には看護師が一人いた。「家族の方は?」

「それが、母子家庭で母親は仕事に行ってしまったんです。はやく目が覚めればいいんですけど…」

「はやくて一日、最悪の場合亡くなってしまうかもしれない」

俺の言葉に看護師は顔を強張らせた。

***

 ユミは図書室へと向かった。もしかしたら、あの人に会えるかもしれない。入口の扉を開けて覗いてみた。

奥のソファにあの人の姿があった。静かに扉を閉めて、近づく。

いつものようにソファの右側に座り、肘掛けに右肘をついて小説を読んでいる。

「隣、いい?」

アオトは無表情の顔を縦に振った。

***

午後5時半。患者の友人が来たと看護師から聞き病室へ行った。

窓から夕日の光が差し込み、患者とその友人をオレンジ色に染めていた。

「ちょと、話を聞かせてくれないかい?」

その友人は風見はる。患者とは小学校からの親友らしい。話を聞く限り、孤独を患者が感じていたとは思えない。

「もう、時間なので帰っていいですか?」

私が頷くと風見は患者の枕元に一冊の小説を置いた。

「蒼斗から返してきてくれって頼まれたから、返しておくね。」

そう言い残して風見は病室を後にした。

かの有名な文豪の小説だった。その小説を手に取ってページをめくった。すると、一枚のメモ用紙が挟まっていた。

「ごめん、相沢の事は好きだけど 俺らは付き合えない。」

その文字を見た途端嫌な予感がした。**

好きだけれども決して付き合えない人。その人が隣で小説を読んでいる。これ程に幸せで切ない事はこの先の人生できっとない。

蒼斗の横顔を見つめながらそう思っていた。図書室に閉館の時間を知らせる音楽が流れ始めた。

「もう帰らないと…」

ソファから立ち上がって図書室を出た。蒼斗は小説から目を離さないままだった。

**

患者の母親に蒼斗という子について尋ねた。

三波蒼斗。患者の生き別れた双子だった。物心のつく前に両親が離婚し、お互いの事を知らないまま育ち高校生になって偶然にも同じ学校に通っていた。二卵性双生児であるために二人は自分たちが双子だとは気づかなかった。

ここまでが母親に聞いた話だ。

そして患者である彼女と双子の蒼斗の間に何かが起こり、彼女は昏睡状態になったのだろう。

玄関に着き、靴を履く。硝子戸の向こうにはオレンジ色の空が広がっている。誰かの足音がこっちに近づいてくる。振り返ってみると、足音の主は私の少し後ろで止まった。私の瞳に映ったのは足音の主、蒼斗だった。

「蒼斗…」

私が名前を呼ぶと少しだけ微笑んだ。

私が好きになってしまった人。でも、決して好きになってはいけなかった人。

「夢から覚めて…」

はるから言われた言葉。そうだ、ここは夢の中なんだ。


なら…


「はる…ごめん…」

靴を脱ぎ蒼斗に抱きついた。

蒼斗は私を優しく包み込んだ。

なぜだろう。涙が溢れていく。今まで感じたことのない複雑な気持ちになった。

サヨウナラ…

助けられなかった…

病室には彼女の母親と三波蒼斗が来ていた。

「ごめん…ごめん…」

蒼斗は俯いたまま言い続けていた。母親は顔をタオルで覆い泣いていた。

ユミは優しく微笑んだまま息を引き取った。

相沢夢美…

彼女は名前の通り、

夢の中で生きる美しい人となった。







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