俺、皇帝になったら結婚するんだ

ベンギエイル帝国皇帝謁見の日

俺は、連合国軍を勝利に導いたと勘違いされ、諸々の手続きのためにベンギエイル帝国に呼ばれていた。すでに、連合国軍加入国に対して行われていたベンギエイル帝国の専制的な政策は緩和され、じきに皇帝が変わる前の平等さを取り戻すだろうと言われている。

そして、その他の国に対しての圧政を権力に任せて行ってきた皇帝に、緑の草みたいなアレがお呼ばれしたというわけだ。

正直、最後に適当に言ったあの一言が戦争………正式には、大ギンギーK・ゲームと言うらしいが、を勝利に導いたのには驚きを隠せない。こんなんでいいのか連合国軍。

ともあれ、俺は一国の………初めてになるかもしれないまともな王に会えるとあって、緊張よりも楽しみの方が上回っていた。

「どうぞ、こちらへ。………おい早く行けよノロマ」

ベンギエイルの案内を務めるという、皇帝の使いが、げしげしと俺を蹴りながら皇帝の部屋まで連れて行ってくれる。倒れるから。そんなに蹴ったら地面に倒れるから。

俺はこれでも連合国軍の王任されたんだけどなぁ………。

コンコンと、皇帝の部屋らしい荘厳な扉がノックされると、扉の奥からは便器の水を流した時の「ジャァァァァ」の音が漏れ出ていた。

そういえば、この帝国の椅子は全て洋式トイレなんだったな。もしかして俺の秘書とか侍女とか、恐れ多くて行けないんじゃなくてただ便器の椅子を見たくなかったから来なかったのではなかろうか。いや、あいつらの事だ、俺と行動したくなかったからとかだろう。

はぁ。

「王よ。ゴ………ああいえ、かざ………失礼、のうな………」

「おお、そうか。形がなんかイラッとす………すまん………見るだけでふか………失敬、食べる前に捨て………」

分かった。俺がこの国の人間にどう思われてるかよく分かった。とりあえず放課後体育館裏に来い。

放課後も体育館も、威厳も無い俺は、開かれた扉に押し込まれ、転びそうになる。こんな世界の神だったあいつを少し尊敬しつつある俺がいる。

「よく来たな、我が帝国に」

「お初にお目にかかります、緑の草みたいなアレ国王の緑の草みたいなアレです。此度の戦争は………」

そこで俺は気がついた。

玉座(洋式便器)には、誰も座っていない。代わりに、その上にはさらに和式便器があるだけだという事に。咄嗟に、皇帝は誰にも顔を見せないのだろうと思い直す。それだと和式便器が何か気になってきたな。あらかた、威厳を増すためとかいって置いてあるだけだろう。

「いや、もうその話はよそう。貴国の強さは見張るものがある。我が帝国の兵力をして敵わなかったほどだからな。………話があって今日は呼んだんだ。お前にとっても嫌な話じゃないはずだろ」

最後、俺の事をお前とか呼んだことよりも、俺は重大な事に気がついてしまった。

玉座(洋式便器)の上の和式便器から………声が聞こえる。

まさかとは思うが、この国の皇帝は。

「話、とは?」

ゆるキャラみたいな真っ白の手袋の手でジェスチャーしながら聞き返すと、声は不愉快そうに言う。

「見ての通り、今俺の身は和式便器になってしまった」

和式便器が皇帝だった。

「数年前、呪いをかけられてな………由緒あるボットン家のトイレ使いとして大ギンギーの腕だけで上り詰めてきてようやく手に入れたこの地位も………和式便器なぞの身体では、意味がない!」

ボッドトン家ってもしかしてボットントイレ………。

大ギンギーは世界的なスポーツらしかった。戦争の手段にするなと言いたい。ちなみに、帝国軍はいもけんぴではなく細長いかりんとうを使っていた。そこはいもけんぴじゃないのか。

皇帝(和式便器)は高らかに言った。

「そこで、だ!戦争を勝利に導いたお前に皇帝になって欲しい!そうすれば、民の信頼も回復し、我が望んだ帝国になるだろう………なに、政治の事は我が指導をする。お前は、肩書きを背負ってくれればいい」

またこのパターンか。

だが流石に、俺はもう一国の王をしている身。大帝国であるベンギエイルの皇帝は、断ろう。

その決意を揺るがすように、真後ろから囁き声がした。

「ああそれと、緑の草みたいなアレ王国の連中に話したら、涙流して喜んでたよ。やっとあの気持ち悪い国王がいなくなるっ、てね。今頃祭りでもしているんじゃないかな。だから、お前が生きるためには、皇帝になるしかないんだ」

何これ怖い。

「何?皇帝を引き受けてくれる?素晴らしい!ありがとう!これで我が望んだ帝国に………!あ、そしたらもうこの部屋から出なくても大丈夫だから。聞いたところお前食事いらないんだって?だったら、あの便器の上で座ってるだけでいいから。我ちょっと政策考えるために一人になりたいから。何かあったらそこの使いに言ってくれればいいから」

言うが早いか、皇帝(和式便器)は玉座(洋式便器)から、大砲のように射出され、ちょうどいいタイミングで開かれた扉から飛び出して行き、その先の開け放たれた窓から城の外へと一直線に旅立っていった。あいつ政策考える気無いな。

まぁでも、使いの人が残ってくれるみたいだし。

「あの、ところで………あれ?」

もう、玉座があったその部屋には、俺と、洋式便器と、トイレの詰まりを治すあのスッポン型の通信機しかな無かった。

そして誰もいなくなるのか………。

まぁ、使い以外人間はいなかったわけだが。




ベンギエイル帝国皇帝五ヶ月半

「おい立て00W。初仕事だ」

はじめ、俺は呼ばれた事に気がつかなかった。時々和式便器がやっていきては一通りイジって帰っていく、というのがここ最近の俺の人………というか和式便器との会話だったからだ。

つまり、例の秘書から呼ばれる事も久しぶりだったわけだ。その上、00Wという名前に心当たりが全くない。俺には緑の草みたいなアレという立派な名前があるのだ。

「聞いているのか00W!仕事だと言っているだろうが!うしろで皇帝閣下の話す言葉をそのまま国民に伝えるだけの簡単な立ち仕事。これな国民に見せるお前の初姿だ。それくらいしっかりできるだろ」

秘書さん数ヶ月で随分偉くなりましたね。事実上の皇帝閣下って俺なんですけどね。

「なぁ」

「なに?00Wの分際で質問を?」

俺に人権もとい緑の草みたいなアレ権は無いのか。無いんだろうな。

「00Wとは何のことでしょうか」

皇帝が自らの秘書………この秘書にとって皇帝はあの便器だけだろうが、自らの秘書に敬語を使い、秘書は皇帝を囚人のように扱う国が今までにあっただろうか。

「それはお前の番号だ00W。お前はこれから立って歩き、皇帝として働くだけの緑の草みたいなアレに成り下がるのだ」

それ緑の草みたいなアレ的には超成り上がってるんだがな。

というか名前が00Wとは。コードネームみたいだな。でもどうしてW?俺は緑の草みたいなアレだから頭文字を取るならMのはずなんだが。

………まさか、草だからWか?

「なぁ、なんで00Wなん」

「質問の許可は出ていない。それとも、その愚鈍な質問で?」

………なるほど。

どうやら俺はここでは本当に囚人なみの待遇らしい。こうなってくるとあの王国が恋しくなってくる自分がいて怖い。




ベンギエイル皇帝挨拶一度目

「諸君!我が国民よ!聞け!」

と、後ろで囁くのは裏の皇帝、和式便器。

俺がいるのは城が抱える広場が見下ろせる小さなベランダで、眼下には帝国中から集まった国民が、新らしい皇帝の言葉に耳を傾けているのだろうと信じたいのだが、こちらに向いている目は後ろの和式便器くらい。

「我は民を導き、この帝国に平和を!それだけを目指して諸君らに笑われぬようにしっかりと頑張らせていただきます、応援よろしくお願いします!皇帝になりました緑の草みたいなアレでございます!」

後半が選挙に出馬した人みたいにらなっていたし言っている内容がメチャクチャだったが、人々の関心がこちらに向いていないようでホッとする。よくない。

そんなこんなで行われた十五分間のスピーチのうち、十分間はいかに和式便器が優れているかのプレゼンを、三分間は五歳になる娘の話を、二分半は緑の草みたいなアレをディスり、冒頭の挨拶は三十秒で終結していた。ここの皇帝は何がしたいんだろうか。

無駄な時間なのに、始めの挨拶以外は真面目に聞いていた国民達は、めいめいに解散していく。

俺必要なかったんじゃねぇか?

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