乱暴者

 そして、放課後。

 チャイムがなると同時に、くり色の髪がなびくほどのいきおいでマシュマロさんがぼくの席へかけよってきた。

「勇生くんも来て」

 そう、一言だけかけてすぐにきびすを返す。

「ど、どうするの?」

 あわてて立ちあがって、その背中を追いかける。なんだかいつも追いかけてばかりだ。

「種井くん。話があるんだけど、いいかな?」

 いつもどおりの、ストレートすぎる行動。でも、さすがに教室のなかがピリッと緊張するのがわかった。今朝、あんなことがあったばかりだったから。マシュマロさんが種井と星田さんのことについて何かを言おうとしているのは、誰にでもわかる。

「なんだよ、おれに文句あるのか?」

 席に座ったままの種井が、ふんぞりかえっていう。すでにマシュマロさんに対してケーカイしてるっていうか、イカクしてる。

 でも、当のマシュマロさんはけろっとしてそのイカクを受けながす。

「ううん。もしかしたら、恋の相談にのれるかもって思って」


 いきなりの発言に、種井がおもいきり噴き出した。

「ぶはっ! 相談? おれが、転校生に?」

「なんだよ、今度は転校生からか?」

「モテるなー」

 まわりの男子が声をあわせて笑う。マシュマロさんをからかっているんだ。

「相談することなんか何もねえよ」

 それから一転して、にらみをきかせる。ふつうなら、それでひるむんだろうけど……


「そんなことないよね、勇生くん」

「えっ、ぼ、ぼく?」

 いきなり話を振られて、おもわず自分を指さしてしまう。それで、まわりの男子の注目がぼくにむいたときに、マシュマロさんが種井に顔を近づけるのがわかった。

「星田さんは、種井くんのこと気になってるって」

 ひそひそとささやくのが、ぼくの耳には聞こえた。

(気にしてるって、「迷惑してる」って意味でしょ……)

 って、思ったけど。種井の顔つきが変わるのがわかった。


「ふーん?」

 にやついた笑みが種井の顔にもどってくる。

「いいぜ、聞いてやっても」

「ホント? よかった。じゃあ、勇生くんといっしょに、屋上で待ってるから!」

 ぽん、と手を叩いて笑顔を見せるマシュマロさん。さすがに、それに対してこれ以上からかいの言葉をかけるつもりはないらしいけど。

「ヘンなことたくらんでるんじゃないだろうな?」

 またホコ先を変えて、ぼくに向かって言ってくる。


「そういうこと考えてそうに見える?」

 もう屋上に向かって歩き出している彼女を示す。種井は「ふん」とだけ答えた。

「みんなには聞かせたくないから、ひとりで来てね!」

 出口から振り返って、手を振りながら大声で言ったら、あんまり意味ないんじゃない



 🌂



 屋上には、今日もほかの生徒はいなかった。

 始業式の日にここでおきたことを思い出す。マシュマロさんの「ヒミツ」を知ったのがここだった。教室にもどって種井に相合傘を書かれたのも同じ日だ。

「先にきいておきたいんだけど」

 なんて思い出してるうちに、マシュマロさんがぼくの顔をのぞきこんできた。また青い瞳で見つめられて、ぼくは身を引いてしまう。

「勇生くん、種井くんのことキライなの?」

「別に。あっちがつっかかってくるだけだよ」


 視線をそらすと、マシュマロさんは腕組みして、「じーっ」と眉を寄せていた。

「そういうとこ。種井くんにだけトゲトゲしてる」

「一年の時からずっと同じクラスなんだ」

 おおきく息を吸って、吐きだす。

「身長順で並んだら、ぼくがいちばん前で、あいつがいちばん後ろなのもずっと」

「それだけ?」

「それだけ。でも、種井は誰にでもあんな態度だよ」


 マシュマロさんが思い出そうとするように、ちらりと後ろをふりかえる。

「誰にでもって?」

「エラそうで、ちょっとしたことでからかって、怒らせて笑いものにするの。男子はみんなそれがいやで、種井にはかかわらないか、じゃなきゃあいつの仲間になってる」

「女の子は?」

「みんな、星田さんにまかせてる。ちょくせつ言っても、まともに話そうとしないから」

 そこまで言って、声が荒っぽくなっていることにきづいた。マシュマロさんの言うとおりだ。


「それじゃあ、種井くんは一年生のときから、みんなのことからかってたの?」

 うなずく。声を出すと、またトゲトゲしくなりそうだったから。

「そっか……よし!」

 なにやら、気合を入れるように両手をぎゅっとにぎっている。

「どうするつもり?」

「みんなの気持ちを、わからせてあげるの」



 🌂



 種井が屋上に来たのは、それから何分かしてからだった。わざとゆっくり来て、ぼくたちを待たせていたに違いない。

「それで、転校生は何をきかせてくれるんだ?」

 肩をいからせて、マシュマロさんを見おろしている。あいかわらず、エラそうだ。

「転校生じゃないよ。小練マシュマロ」

「ヘンな名前だよな」

「うらやましいでしょ?」

 マシュマロさんが笑ってかえすと、種井は「ふん」と鼻をならした。


「じゃ、俺は種井成美なるみだ」

「ナルミくん?」

「なんだよ?」

「ううん。かわいい名前だなって思って」

 楽しそうな笑みをうかべるマシュマロさんに対して、種井は明らかにイライラしてきている。名前のことでからかわれるのが大キライなのだ。

「悪いか?」

「ぜんぜん! それより、種井くんは沙織ちゃんのこと、どう思ってるの?」

「星田か? そうだな……」


 ぼくは、ふたりの会話を横から眺めている。マシュマロさんの話し方も、ぼくや鳥羽さん、それに星田さんと話すときとは、ちょっとフンイキがちがう気がする。すこし早口で、すこしおおげさで、すこし……いたずらっぽい。

「あいつが謝ってくるなら、許してもいいぜ」

「謝るって、何を?」

「いろいろだよ。いつもおれに文句言ってくるから」

 対して、種井のほうはキゲンがよさそうだ。もしかして、「星田さんが気にしてる」って言われて、よろこんでるんだろうか?


「ねえ、どうして星田さんがそんなに種井くんにおこるか、わかる?」

「さあ。おれのこと、好きなんじゃないか?」

 からかうような言い方。マシュマロさんの表情が、すこしこわばるのがわかった。

「わたし、だれかがだれかを好きってこと、そんなに乱暴にあつかわないでほしいな」

「知らないって。それでおれを呼びつけたんじゃないのかよ」

 ふたりの間にますますピリピリした雰囲気が高まってきた。

「マシュマロさん。ちょっと、おちついたほうがいいよ」

 あまり、このまま眺めているとケンカになりそうだ。止められるうちに止めておかないと。


 でも……これは、だいたい予想してたけど、そうなると、種井はイライラをぼくにぶつけるに決まっていた。

「多加良、さいきん女のいうこときいてばっかりだな?」

 背中に浴びせられる言葉は、あきらかに、ぼくたちをふたりとも見くだしていた。

「女じゃなくて、小練マシュマロ。さっきも言ったでしょ」

「女は女だろ。本当のこと言ってるだけだ」

「種井くんが決めつけてしゃべってるんでしょ」

「へえ、じゃあ、女じゃないのかよ?」

「『女』なんて言い方しかできないの?」

 もう、マシュマロさんも怒っているのを隠そうとしていない。こんなふうに強く言いかえすなんて思ってなかったから、ぼくはおどろくと同時にとまどっていた。


 でも、相手が怒ると、種井はますます調子に乗る。

「じゃあ、女と一緒にいる多加良も女だな」

「勇生くんはてつだってくれてるだけ」

「なんだよ。やっぱり多加良のこと好きなのか?」

 その一言で、マシュマロさんの我慢の限界をついにこえてしまった。

「好きって言葉をそんなふうに使わないで!」

 いままできいた中で、いちばん大きな声だった。一瞬、種井も言葉を止める。


「星田さんがどんな気もちか、教えてあげる。星田さんだけじゃなくて、みんなの気もちを」

 どこからか取りだした日がさパラソルを構えている。

(魔法をつかう気!?)

「なんだよ。それでどうする気だ?」

 状況をわかっていない種井が、挑発している。まずい、まずい!

「ちょ、ちょっと、それは……!」

 ぼくが止める間もなく。

「これでもくらえーっ!」

 怒りまかせの声とともに、日がさから光が飛び出し、種井に直撃した。

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