成美のばあい

男と女

 朝。いつもどおり、時間どおりに起きて、顔を洗って、歯を磨いて、朝ご飯。

勇生ゆうき、さいきんたのしそうだな」

 めずらしく、朝から登校の準備をしているお兄ちゃんが、いきなりそう言った。

「そうかな。ふつうだと思うけど」

「二学期になってから、元気だよ」

 いきなり言われて、くびをかしげるけど。


(思いあたるところは、あるかなあ……)

 うん。二学期になって変わったところといえば、ひとつしかないしね。

「今日は、お兄ちゃんも学校?」

「まーな。大学生もヒマじゃないんだぞ」

「いつもヒマそうだけど」

「あれも勉強なんだ。映画には大事なことがすべて詰まってるんだぞ」

「ふーん」

 先に食べおわって、食器を片づける。すっかり目もさめて、準備はばっちりだ。


「わかってないな。それじゃ、今日帰ってきたらみせてやるぞ。『お熱いのがお好き』」

「ヘンなタイトル」

「みればよさがわかるんだ」

「でも、今日ももしかしたら、おそくなるかもしれないから」

 だって、また「相談室」があるかもしれないもんね。

「そうか……」

 なぜか肩を落としているお兄ちゃんに背中をむけて、ぼくは玄関へむかった。


「いってきます!」



 🌂



 学校に近づいていくにつれて、生徒たちの姿がふえてくる。

 校門のまえではいろんな色のランドセルがそろう。五年生にもなると、下級生の元気なあいさつを聞くのも楽しいものだ。

「勇生くん、おはよう!」

 校門のまえで、下級生よりもっと元気な声をかけられた。ふりかえらなくたって、だれかわかる。

「おはよう、マシュマロさん。今日は、上から落ちてこないんだね」

「もう、やめてよ」


 冗談を言いながら、くつ箱を通って階段を上がる。ふたりで教室の戸をくぐったとき……

「あやまりなさいよ!」

 キンと耳にひびくような声。……イヤな予感。

 教室の後ろに、人だかりができている。人だかりはふたつに分かれていて、半分は男子、半分は女子だ。

「たまたまあたっただけだろ」

 男子の中心には、大柄な日やけ顔。種井たねいだ。


「あなたたちが遊んでなかったら、当たったりしないでしょ」

 いっぽう、女子のリーダー役は星田ほしたさん。始業式の日と同じだ。面とむかって男子に(とくに種井に)文句を言うのが星田さんぐらいだから、いつもこのふたりの口げんかになってしまうのだ。

「もういいって。けがしたわけでもないし……」

 ヒートアップした星田さんを、里中さとなかが止めようとしている。どうやら、彼女がヒガイにあったらしい。


「何かあったのかな?」

「本人たちにきかない方がいいよ。また、熱くなるから」

 好奇心のおもむくままにくちばしをつっこんでいきそうなマシュマロさんをひっぱって、ぼくの席の方にヒナン。

「おはよ、多加良」

「おはよう。今日はどうしたの?」

 同じように、遠巻きに様子をみている横平よこひらにきいてみる。


「男子がボールを打って遊んでたのが、里中さんの頭に当たったんだって」

 みてみると、たしかに男子のひとりが紙を丸めたものを持っている。あれで野球ごっこしてたわけだ。

「なんで種井くん、あやまらないんだろ?」

 マシュマロさんが首をかしげる。

「女子にあやまりたくないんだよ」

「なんで?」

 まさかさらにききかえされると思ってなかったんだろう。横平がこまったように頭をかいて、ぼくのほうを見る。すっかり、マシュマロさんの相手をするのはぼく、という空気ができてる気がする。


「男だからってかっこつけたいんでしょ。女の子にあやまったら、かっこわるいと思ってるんだ」

「そうなの? そんなことないのに」

「種井はそう思ってるんだよ」

 ふうん、と鼻をならしてから、マシュマロさんがじっと、ぼくの目をのぞきこんでくる。

「な、なに?」


「勇生くんって、種井くんの話になると、いつも怒ってるよね」

「そんなこと、ないと思うよ」

 こんどは、ぼくが目で横平にたすけを求める。

小練こねりさんが転校してくるまえにも、いろいろあったんだよ」

 フォローになってるような、なってないような。とりあえず、マシュマロさんがまたべつのことをきいてくるより先に、また後ろのほうに目をむける。


「星田って、いっつもつっかかってくるよな」

「あなたたちがいつもふまじめだからでしょ!」

 男子のからかうような言葉づかいに、ますます熱くなっている星田さん。カチューシャでおさえた前髪からみえるひたいが、すこし赤くなっている。そうとう怒っているみたいだ。

「もしかして、種井のこと好きなんじゃないの?」

「はぁ!?」

 星田さんが、きょう一番大きな声をあげた。


「赤くなってるし、あやしいよな」

「いまも、否定しなかったし」

「おいおい、そういうことかぁ?」

 種井が、あのニヤケ顔で大げさに頭をかいている。

(そんなわけないだろ)

 星田さんの顔を見れば、カンちがいだってすぐにわかる。顔が赤くなってるのは照れてるんじゃなくて怒ってるからだ。なにも言いかえさなかったのは、あまりにおかしなことを言われて、ショックだったからだろう。

 だいたい、いつもイジワルするやつを好きになんかなるわけない。


「ふざけないで。いまは里中さんの話!」

 もし、言われたのが鳥羽さんだったら、あまりのことに泣いたり、逃げたりしてたかも。でも、星田さんは男子に負けないように強がったから、ますます調子に乗らせてしまう。

「ムキになってる」

「やっぱ、あやしいな」

「いいかげんにしてよ!」

「種井はモテるなー!」

「おいおい、やめろよぉー」

 わざと星田さんをムシしている。さすがに止めようかと思ったときにチャイムがなって、先生が入ってきた。


「出席とるぞ。座れー」

 大林先生の前で、けんかをつづけるわけにはいかない。

 そのときは、星田さんがだまって引き下がることで終わりになった。

 でも、もちろん、これで終わるわけないって、ぼくたちはみんな思ってた。



 🌂



 昼休みまで、星田さんはずっとフキゲンそうだった。

 種井やとりまきの男子がときどきからかおうとしてたけど、今度は星田さんのほうがムシすることに決めたらしい。

 始業式の日いらいの、ギスギスした空気が教室にただよっていた。

 いつもは星田さんを頼りにしてる女子も、話しかけにくそうにしている。

 そんな中で……


「いま、お話しできる?」

 星田さんに声をかけたのは、マシュマロさんだった。

 昼休みにはいつも、種井たちは校庭に出ていっている。ぼくは自分の席にすわったまま、その話に耳をそばだてていた……たぶん、ぼくだけじゃなくて、教室のみんなが星田さんのことを気にしていた。

「なに?」

 星田さんはフキゲンなときでも、ぴしっと背すじをのばして座っている。


「わたしのカン違いだったらいいんだけど、沙織さおりちゃん、怒ってるかなって思って」

「怒ってるわよ。あんなこと言われたら、ふつう、怒るでしょ!」

 キンと教室にひびく声。おもわず耳をふさぎそうになる。

「……ごめんなさい。小練さんにいってもしかたないわね」

 大声をあげてから冷静になったみたいで、星田さんが両手で頭を押さえた。

「ううん。わたしもひどいと思う。人の気もちを勝手に決めてからかうなんて」

 よりそうように、マシュマロさんがむかいの席に座る。頭に当てた手の間から、星田さんがマシュマロさんの顔を見ている……たぶん、あの青い目で見つめられているんだろう。


「ほんとう。もっとおとなしくしてくれればいいんだけど」

「沙織ちゃん、勇気あるよね。種井くんのほうが大きいのに」

「だれも注意しないから、わたしが言ってるだけ。誰かが言ってあげないと、わからないんだから」

 星田さんのまわりの女子がうなずくのがわかる。

「でも、口で言ってもわからなさそうだよね……」

 さすがのマシュマロさんも、まわりにイジワルばかりする男子グループのことを気にかけているらしい。いっぽう、星田さんはようやく話をきいてくれる人があらわれて、少しうれしそうだ。


「よし、わたしと勇生くんでなんとかしてみる!」

「だから、なんでぼくまで!」

 みんなに聞こえる声で宣言されて、あわてて突っ込むけど。

「イヤ?」

 って、聞かれると、ことわれない。もしかして、マシュマロさんなら、種井をこらしめることができるかもしれない。

「でも、どうするの?」

「まあ、みてて」

 マシュマロさんが、口元をおさえて笑う。わるだくみしているときの顔ってことだろうか。どっちかというと、3時のおやつがなんなのかを考えてるときの顔にみえたけど。

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