死体少女と黒帽子
@po_ka_mann
序章 旅
第1話
「い”っっっっだ”ぁ”あ”あ”あ”あ”あ”ッ!!!!!!!”」
風圧を受け飛ばされる瓦礫。空を舞う炎の渦。
吹き飛ばされた身体を宙で支え、叩きつけられる寸前に足を壁に向ける。
直後腰まで来るビリビリとした激しい衝撃に苦痛の呻きを漏らしながらも少女は叫ぶ。
「っ………………!!!!!!こんなの聞いてないぞ、くろいの!!!」
『私はただ《この先に英雄に相応しい装備を持った敵がいる》としか言っていない筈だが?』
「巫山戯るな!どう考えても僕の実力差に見合っていない、こんなのただの嬲り殺しじゃないか!!!」
『お喋りする暇があるなら剣を構えろ。………次が来るぞ』
目の前を黒く巨大な腕が掠める。身体を仰け反らせ、引いてから流れるように短剣を横に薙ぐ。黒い塊は鉄臭い血を僅かに流しながらも、その巨躯には小さすぎる裂け目を確かに開いた。
『逃げてもいいんじゃないか、英雄風情』
頭の上の帽子が風故か、はたまた自ら身体を傾けたのか僅かに揺れる。それは心底自分の主人を馬鹿にしたようなせせら嗤いを供にした低い、中性的な声。
「英雄は目の前の敵から逃げちゃいけないんだよ…!ぁあ、クソッ!!」
発言の内容にそぐわない、弱々しい声が悪態を吐く。徐々に疲弊し動きが鈍る自分とは裏腹に、敵の傷は浅く、少しずつだか英雄志望の少女を追い詰めていく。
『このままでは拉致があかない、また死ぬか?それはそれで良いだろう。所詮お前は亡者だ。死体だからな』
何処までも冷めた頭上の声を鼻で笑いとばし、少女は敵の懐に潜り込む。一撃、二撃、三撃と身体を滅茶苦茶に斬りつける。
「………もう少し待て、クロ坊。活路が見えたかもしれなーーーーーーッ!!!」
直後、自分の背に鈍い衝撃が走る。
今までに何度か感じた事のある、脳の奥底にまで響くような、または身体中を溶かし尽くすような檄熱が。
先程までバタバタと走り回っていたのが嘘かのように、背中から血を吹き出して少女はぐらりと傾く。
ぼんやりとし始める頭に響く声。
『ぁあ、油断するからそうなるんだ。』
視界が暗転し、深い眠りのような冷えが自分の身体を蝕み、そして意識は闇に落ちていく。
『………それで、お前はどうするつもりだったんだ?』
閃光。白く満たされ、次第に取り戻される視界。傷は塞がらず、深く、未だに赤い血を流し続けるというのに。最早死に至り、倒れた筈の少女はもう一度立っていた。
それが〈当たり前〉だと言うかのような。冷たく、自分の状況をごく有り触れた事象として受け止め、既に敵を見据えた目。
「………どうするつもりかって?」
ぼろぼろになった服を、取り繕うかのように羽織り直し、駆ける。
「戦うんだよ。」
『呆れた。それが英雄か』
「今、この状況で勝ったら、最高にカッコ良いからな」少女は笑う。嘘でも、余裕があるかのように取り繕う。それが少女也の、生き方ーーーー
ーーーーーーーーーー否。
死に方。死者の在り方だったのだ。
『では、不死の亡者よ。お前はどう戦う』
黒い獣は首をもたげ、殺した筈の人間が起き上がり向かって来る事に僅かながら動きを止めた。
然し、恐怖する程の知能も在るわけがなく、大口を開けて目の前の地面に吐いた炎を叩きつける。
炎を掻い潜り、動きを予測するかのように身体を捻り、脇を走り抜け、もう一度斬りつける。何度も、何度も、同じ場所を。
「一撃では小さい傷も、同じ場所を何度も切り裂けば………!」
『ぁあ、どうやら効いているようだな。もう戦う力は半分も在るまい』
獣は先程よりも確実に多く出血している。少し後ずさりし、飛びかかる体制を整えて確実に仕留めようとその目をギラつかせているが、その隙を少女は見逃さなかった。
短剣を前に構え、獣の爪に肉を裂かれながらもその黒い毛皮に深く刃を入れ、裂く。
辺りに響き渡るような獣の咆哮に多少怯みながらも、そのまま頭の下に潜り込み喉を僅かに貫く。
『そろそろ体にガタが来るんじゃないのか?』
頭の帽子は他人事のようにつぶやくが、少女は一言、
「だから………次で終わらせる。」と返すのみ。
獣は少女を喉元諸共切り裂こうとするが、地面を転がり張って獣の下を這い出し、少女は追撃を避ける。
そんな血生臭く、美しさや鋭さのかけらもないような争いが続く内に徐々に疲弊が顕著になっていくのは獣の方に成り変わった。
頭を引きずるように火を溢す獣の一撃一撃を同じように身体を引きずりながら避け、自らも獣のように叫びながら飛びかかりその爛々と輝く獣の片目に短剣を突き刺す。
地響きのような獣の倒れる音を聞き、身体の奥からため息を吐く。
『見事、というには多少無様だったな』
「勝てば英雄って言うだろ?…………………………疲れた。死にそうだ。装備を戴いて早く引き上げよう」
『もう死んでいるけどな。奥の宝箱を見に行くといい。英雄にピッタリの素晴らしい剣をその目で確かめ給えよ』
最初は微動だにせずその場に棒立ちになって荒い息を繰り返していた少女だったが、「座ったらもう立ち上がれないだろうな」とのろのろ先の道へと歩み始めた。
…………………………………………夜は明け、日が昇り始めた。冬の朝だった。
『……………………黒き獣、ドゥルウグ。その牙は血に塗れ、門を守護する役目を喪い、憎悪の炎を吐きながら旅人の魂を喰らう者。
……これ以上見苦しい姿を王に晒すよりは、未来の英雄様に殺された方が。
………幾分かマシだったろうな』
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