2章 吹奏楽部の白銀笛姫 4節
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「という感じで、部活をやめようと思います」
「神は死んだ!」
「おお、姫よ。あなたはなぜ姫なのですか」
「ホーリーシット!ブッダファック!」
「オタクに神はいないんだよ……いるのは創造主(クリエイター)だけだ。そして、その神はちょっとしたことで炎上したり、筆を折ったり、老害化したりする」
「生きづらい世界に生きているもんだ……そんな中、姫は希望だったっていうのに」
「どれだけ引き留められても、やめるんで」
「じゃあ、この部活も解散っすよ!姫しか裁縫できないし!!」
「いいよ、それで」
「おお、ジーザス!!」
全く、罪悪感や名残惜しさがない訳ではない。ただ、こうしないといけない。だからそれをする。
一度やると決めたからには、そこから私は、自分の行動を機械的なそれに落とし込んでいくことができた。ただ目的のためだけ、過程にはこだわらず、行動する。
ただ退部するだけなら、部長に退部届を出せばいいんだけど、私自身が部長だし、部を畳まないといけない以上、生徒会に申請しないといけない。……行きますかね、あすこへ。
よく創作物における生徒会は、異様に自由であったり、教師よりも学内における権力を持っていたりするけど、ウチの高校はそうでもない。というか、現実はそういうものだ。ただ、部活に関してだけは生徒会がその全てを管轄している。より正しくは、生徒会から教師への処理を通しているんだけども、窓口がそこだから、実質は生徒会の仕事だ。
生徒会室は部室棟の三階の隅にある。なぜこんな割りと辺境にあるのかは知らない。元々は空いている部室を使ったとか、そんなのだろう。
生徒会の役員は各学年から二人ずつ選ばれ、書記が二人、会計が二人、副会長が一人、会長が一人、という構成になっている。副会長は必ず二年、会長は必ず三年だ。会長が二年という学校もあるだろうけど(というか、私の中学がそうだった)、ここは最高学年を会長としているらしい。
中々に格好良く感じる生徒会という肩書ではあるけども、実際はただの雑用係という面が大きいし、しかもウチの学校では生徒会の監査役はもっともヘイトを集める損な役回りだ。まあ、入試の時は生徒会の役員をしてしました、と言えばいくらかは有利になるのかもしれないけど、普通はやりたがらないと思う。
それでもやっているということは、よっぽど意識が高いか、人から尊敬されたいか、といったところな訳で、まあ、現生徒会長は間違いなく後者の人種であったりする。
「失礼します」
「おお、君は二年の……ええっと、そう!“第二手芸部の超越怪姫”!!」
「その名前で呼ばんでください。“生徒会の究極女王(アルティメットクイーン)”さん」
「はっはっはっ、いい名前じゃないか。私の称号に勝るとも劣らんぞ」
センスの悪さではな……。というツッコミを堪えて、なんとか対峙したのは生徒会長、時澤常葉(つねは)さんだ。身長はかなり低くて童顔。……ということは、“私のお姫様”候補かといえば、全然そんなことはなかったりする。
態度がめっちゃ尊大だし、口調が中性的でいまいち萌えないし、それに、でかい。どこがとは言わん。低身長なのにしっかりあるんだ。まあ、ロリ巨乳があかんかっていえば、ウチもそこまで嫌いやないんやけども、お姫様としては邪道邪道アンド邪道っちゅーか……なんで関西弁になってるんやろ。
「まあ、冗談はいいとして、立木さん。生徒会に何の御用かな?今月の監査についてはまだだが……」
「はい。部活のことなのですが、今まで活動支援をしていただいていて、申し訳ないのですが、廃部にさせてもらいたいと思って」
「ふむふむ、廃部か。なるほど…………えっ、廃部!?」
なんというか、この人もわかりやすいなぁ、と思う。
ちなみに他の生徒会のメンバーは出払っているようで、常葉さんだけが小さな体で椅子にどっかと腰を下ろしていた。机の上には何やら書類があるけど、あまりその処理は進んでいないらしい。
「正直、今のまま続ける意味がわからなくて……それなりに楽しめてはいたんです。でも、部としてまとまる必要があるのかと言えば、そこが微妙で」
「まあ、そうだな……実質第二手芸部は君だけが成果を出していて、他の部員は仲間というよりは、仕事の依頼者のようなものだったということは聞き及んでいる。確かにそれでは、部活である意味は薄いと言えるだろう」
「わかってもらえますか」
「実は私としても、考えていたのだ。まあ、その端的に言ってだな。第二手芸部はいわゆるオタク系の部活だ。……いや、それがダメと言うのではない。私もアニメは好きだ。しかし、同好の士が集まって何かを作り出したり、結果を出すような行動を起こすならともかく、君だけが依頼を受けるという関係は学校の部活として不健全だと思う。コンテンツの享受者として見るなら、彼らの姿勢は間違ってはいないのかもしれないが……」
「私は“姫”扱いですしね……」
「尊敬を集めるのは悪いことではなかろう?……まあ、そういうことなら、私としても廃部に異論はない。というより、生徒会長とはいえ、部長が部を畳むと言っているのに異議を挟む権利はなかろう。ただ、一応は生徒の活躍を望んでいる立場の人間として、居場所を失った後の彼らの。そして、君の行き先が気になるが」
少しだけ、ぎくりとさせられた。
確かに、ここ最近の私は廃部にするかどうかだけを考えていて、その後のことをまるで考えてはいなかった。
「部員はまあ、帰宅部になるかもしれないですけど、それなりに楽しくやってると思います。部室という集まる場所を失うことにはなりますけど、元からオタ友だったみたいだし、私もたぶん、部長ではなくなっても、今まで通りに依頼は受けると思いますよ。……今の活動自体に、イヤとかそういう気持ちはないので」
「そうか。まあ、そうだな。……しかし、少し考えてもらいたいんだ」
「はい?」
「立木さん。君が成績優秀で素行良好ということは知っている。君のような人材は、生徒の模範となる生徒会のメンバーとして、理想的だと思っているのだが……」
「はっ!?え、えっと、生徒会の定員って、各学年二人ずつだし、今更になって私が入るなんて無理ですよね」
「正規の役員としてはそうだが、ヘルプとして入ってくれる臨時役員はいつでも募集中だよ。知っての通り、この学校は生徒会の仕事が中々に多い。そして、いわば会長である私の右腕と言える優秀な役員である華夜が監査として、度々飛び回ってしまうだろう?だから、新たな右腕……いや、左腕を探していたんだ」
「は、はあ………………」
華夜とは、三年生の生徒会書記にして、部活監査役の月町華夜先輩のことだと思う。
それにしても、まさか部活をやめると言ったら、生徒会への勧誘を受けてしまうだなんて、この展開、一昔前に流行ったトンデモ生徒会モノか!?極上だったり一存だったり共だったりするのか!?
「ええと、会長。私は全然、生徒会役員をやるような模範生ではないですし……」
「二年の成績トップだろう?座学も優秀、スポーツ万能、更に裁縫もできるという女子力の高さ!恥ずかしい話だが、君は私にはない能力を全て持っているようだ。まあ、人を引きつけるカリスマと、スター性は私が十二分に持っているから、君は私のブレーンとして…………」
「会長。やりませんって」
「そうは言うがな、生徒会に入ると君、進学にも就職にも有利だぞ?やはり社会が求めているのは、人をまとめるリーダーの存在だ。難関大や一流企業に挑むならば、当然、そこはエリートの集まりになる。皆が皆、リーダーの器の持ち主だ。そこでは生徒会への所属経験が運命を分けると言っても過言では……」
「やりませんよ」
「私は小学生の頃から生徒会長をしている、いわば生徒会長になるべくして生まれた人間だと思っているのだがな、まあ、初めは緊張したものさ。集会の時、壇上で原稿を読む時のあの恐ろしさ!まあ、私は芸能界を経験しているから度胸はあるから、これは一般論、他の役員から聞いたことでしかないのだが、初めは緊張しても、徐々にそれが快感となり、自分でなければこの役目は務まらないと思えてくる。いいものだよ、生徒会は」
「……………………」
ダメだ、はなしにならない!
会長、常葉さんは中学生まで子役女優をやっていた、リアル芸能人だ。それも一時は注目を浴びていたほどの人気子役で、中学生の頃にはもうテレビ離れをしていた私でもよく知っている。
ただ、今の容姿からわかるように、小柄で可愛らしい童顔ではあるものの胸が育ってきて、もうどうやっても子どもを演じることはできなくなっている。逆にグラビアアイドルへの転向を求められたこともあったそうだけど、それは本人が断って、今は一般に戻り、次なる芸能活動の準備に入っているのだという。
ちなみにこれらの情報は私が集めた訳じゃなく、頻繁に脈絡なく会長が語ってくれることなので、たぶん全校生徒が知っている。
昔の会長は、天使だとか世界の妹だとか、そんな感じの異名で呼ばれていたのだけど、後に“女王”とあだ名されるようになったというのは、妙に私と被ってしまう。身長までは高くないから、今でも妹で通用するとは思うけど、反対に本人の態度は限りなくでかい。
「まあまあ、ここは騙されたと思って入ってみてはどうだろう。一週間でやめてくれてもいいから」
歴史に“もしも”はない。一人の人間の人生にも“もしも”はない。自由にタイムマシンを使えるならば、人生の内のいくつものターニングポイントに戻り、その都度、人生を変えてしまうような選択をやり直すことができるだろう。だけど、それができない今の時代の現実の人間は、与えられた人生を精々、がんばって生きるしかない。
だから、もしも私が悠里に出会うことなく、この瞬間を迎えていれば……私は会長に「お姫様」を求めて、生徒会に入るという決断をしたかもしれない。
だけれど、私には悠里がいた。たった一度会っただけの一年生の女の子を、私は忘れられなかった。
「ごめんなさい、私は生徒会には入れません。先約があるので」
「先約だって?」
「はい。待たせている人がいるんです」
――私のお姫様を、ずっと待たせているんだ。
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