第四幕:戦術指導技師《タクティクスコンサルタント》(二)

 現実とゲームの違いはもちろんたくさんある。

 その中でもダンジョンという閉鎖空間で、役割分担されたパーティー戦をやっていると、守和斗は「ゲームって楽だな」と感じるところが多々ある。


 まずはやはり回復だ。

 魔法師マギタが使う回復魔法リマギアというの法術があるが、それは一瞬でHPが回復するというようなものではない。いわゆる治癒能力の超高速化であり、回復まで時間がかかる。もちろん、あっという間に回復する回復薬なんていう便利なものもない。

 また、死んだら蘇生魔法はないし、教会で蘇ったりもしない。だからゲームでたまにある、死亡と蘇生をくりかえして敵を倒すような「ゾンビアタック」という手法はありえない。


 そしてもうひとつ、大きく違うのは「ヘイト管理」だ。いわゆる敵が味方の誰を狙うのか、固定化する戦術である。ゲームだとパーティーメンバーの盾役と呼ばれるものに敵の攻撃を集め、攻撃係がその間に攻撃する。

 その為に盾役には、敵の怒りヘイトを率先して買う能力があるものだ。

 しかし、現実ではそんなに上手くいかない。敵の怒りを買う能力などないし、ヘイト管理などできないのだ。


 一方で、現実の方が有利なこともある。

 たとえば、地面を泥にして足を取ったり、強風の壁を作りその場から動かないようにしたりする、敵の動きを封じる魔術マジアだ。

 ゲームの場合、その手の能力は繰りかえし使っていると、敵に抵抗力ができてだんだんと効かなくなっていく事が多い。敵の位置を離れたところで固定し、遠距離攻撃で一方的に倒すような、いわゆる「ハメ」ができないようにするためだ。


 しかし、現実にはハメ対策などない。

 逆に言えば、完全ではないにしろ、ということだ。


 すなわち、あらかじめ敵の種類がわかり、敵の動きがわかっていれば、先手で相性のいい足止めの魔術マジアを使うことで戦いはかなり有利にすることができる。守和斗にしてみれば当たり前のことで、戦いの基本とも言うべきことだが、この世界ではあまり重視されていない。

 理由は簡単で、使いどころが難しいのだ。


 まず、足止め系の魔術マジアは広範囲でやらないと効果が薄くなるため、呪文詠唱に時間がかかる。結果、使うタイミングが難しい。先手を取れない場合、どのタイミングでどのぐらいの範囲をどこで発生させるかを判断し、パーティー全体に的確な指示をださなければならないのだ。

 また足止めのエリアも考えないと、メンバーによってはこちらも攻撃できなくなってしまう。

 それだけではない。ほとんど閉鎖空間と言える宝物庫迷宮ドレッドノートで、冷却効果のある魔術マジアを使いすぎると、内部の温度が下がり行動に支障が出る。炎系を大量に使えば、温度が上がるだけではなく酸素の消耗が激しくなる。風の魔法障壁を張ってしまえば、弓矢の攻撃が届かなくなる。

 そもそも敵が魔術マジアを使うとなれば、遠距離で足止めする意味がない。

 足止めの使い分けは、当たり前だが状況判断しながらやらなくてはならない。先読みしたり、味方の動きをコントロールできる指揮役が必要なのだ。


 それでもこれを使わない手はない。だから守和斗は、いく先々でこの手法を薦めたし、またそれができるような陣形をとるようにしてきた。

 もちろん、ウィローのパーティーでもそうすることにした。


 ウィローたちには、第9層に入ってから最初に遭遇した亜邪鬼デミデーモンと自由に戦ってもらった。まずは動きを確認するためだったのだが、予想以上に酷いものだった。陣形は前衛後衛と別れていたが、それはすぐに崩れてしまった。ウィローの指示が間にあっていないだけではなく、各自が勝手に動きすぎているためだ。

 あまりの酷さに我慢できず、守和斗は2戦目から口出しをすることにした。このままやらせては、犠牲者が出てもおかしくない。


 もともとウィローのパーティーの構成はバランスがよく、遠近攻撃職が揃っており、さらに回復もいる。それにわりとパーティーメンバーの戦力もある方だった。なにしろ、こんなでたらめな戦い方でも未だになんとか生き残っているのだ。力がないわけではない。


 だから、2戦目で亜邪鬼デミデーモンをスムーズに倒せたこと自体は、守和斗にしてみれば不思議でも何でもなかった。

 確かに亜邪鬼デミデーモンは、スピードが速く、短距離ながら空を飛ぶ厄介な敵だったが、知能はそれほど高くないし、魔法もほぼ使えない。今回は多少、手を貸したが、慣れればそれも必要なくなるだろう。


「――君、何者?」


 ただ手を貸したことが、タウという闘士トールにバレてしまった。

 彼女はウィローと話しているところに寄ってきて、怪訝な視線を不躾なまでにぶつけてくる。惚けることを許さないと言わんばかりに、鋭く尖って守和斗を貫いている。


「ボク、気がついている。君がやったこと」


 世界冒険者ワールドにもピンキリいるが、タウはテラほどの力はない。だからバレないかもしれないと、高をくくったのだ。が、動体視力という意味ではかなり優れた資質があるようだ。なにしろ敵を怯ませるために、視界外で弾丸並みの速度で飛ばした小石に気がついたのだから。


「私はね、貴方たち冒険者の手助けをする……ただのしがない冒険生活支援者ライフヘルパーですよ」


「ただの冒険生活支援者ライフヘルパーが、ウィローに震盾気打シルバルドを教えられるはずがない」


 【震盾気打シルバルド】は、騎士ロール装気術アウラエンハンスのひとつである。盾から強力な気の波動を周囲に放つ技だ。ウィローはそれを独自に学び練習していたのだが、うまく放つことができなかったのだ。

 それもそのはずで、気の流し方がまちがっていたのだ。彼は盾から気を放とうとしていたが、震盾気打シルバルドは盾へ気を流し、震動を起こさせて共振した気の波動を放つ技である。元の世界にはなかった技だが、守和斗はファイに習っていた。


 ウィローが盾役として震盾気打シルバルドが使いこなせれば、戦いが有利になる。そこで1戦目が終わった後、彼に教えることにした。ほんのちょっとした手ほどきだったが、もともと練習をしていたウィローは、それだけで簡単に震盾気打シルバルドをマスターできたのだ。


「君、震盾気打シルバルドを教える時、ウィくんの中の気を導いた、正しい流れに。気の誘導……それはボクもできない高レベル者、指導者の技。それに君、隙がなさ過ぎる……」


 その言葉に、守和斗はクスッと笑いをこぼす。同時に、周りを見る。ウィローとタウ以外の3人は少し離れたところで、まだ興奮がやまず楽しそうに互いの活躍を褒め称えていた。

 これならば聞かれないだろうと、守和斗は開口する。


「ああ。そういえばあなた、ずっと私の隙を狙っていましたよね」


「……気がついていたのか」


「そりゃあ、まあ。あれだけ気を向けられれば……」


「そこまで気を扱える冒険生活支援者ライフヘルパーなんていない。何者?」


「ま、まあ……待てよ、タウ」


 そこに割りこんだのは、ウィローだった。

 彼は顔をひきつらせながらも、守和斗を庇うように立つ。


「確かにこいつは正体不明だし、妙に強いんだ。なにしろ、正騎士ラロルのクーラの剣を小枝1本で止めて見せたんだからな」


「――! なるほど……最低でも万能冒険者オールラウンドランクの力。テラ先輩の言ったとおり」


「テラさんと話したのか。でもさ、あのテラさんが率先して雇おうとするんだから、悪い奴だと判断しなかったということだろう。なんで冒険生活支援者ライフヘルパーなんかやっているのかわからないけど、オレもこいつは悪い奴じゃないと思う。それに強い奴だからこそ、言うことも信じられる気がするんだ」


「…………」


「タウが不安に思うのもわかるけどさ、ゴメン……頼むよ。もう少し、オレはコイツに力を借りたいんだ。今の勝利で……なんか変われる気がしたんだ!」


「ウィくん……」


 タウが続く言葉を呑みこむように黙りこむ。

 守和斗はその様子を黙って見守っていた。決めるのは彼らだ。そして自分の役目は、彼らが決めたことを尊重して手助けすることだけ。


「……別にボク、反対はしない」


「タウ……」


「ただボク、知りたかっただけ」


「こいつの正体?」


「違う」


「え? じゃあ、なに?」


「強さ。……ボクは彼の強さが知りたい」


 守和斗に向けられたタウの眼差し。そこには、まるで餓えを感じさせるほどの切望が含まれていた。

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