仕事時々異世界

NEO

リアルのちファンタジー

『いっくよ~、頭引っ込めてな!!!』

 ジェットエンジンの轟音と共に、前方の森林が文字通り爆発して吹っ飛んだ。それに巻き込まれて散っていく、ゴブリンやオークの大軍……ああ、両方とも人形の魔物な。とんでもなく見てくれは悪い。この手のゲームなんてやる人には、お馴染みだろう。

「こら、やり過ぎだ!!!」

 俺は無線に向かって怒鳴った。辺りの轟音で、こうでもしないと相手に届かない。

『あーあー、無線不調。よく聞こえないであります!!』

 …このやろ!

 さてここで質問。異世界といったら、何を想像するだろうか?

 まあ、オーソドックスなところで剣を振って魔法を使って、なんかこう魔王的ものを倒して…な感じだろう。間違っても、機関銃を振り回して、F-15Eストライクイーグルが航空支援に来たりする世界はなかなか想像しがたいと思う。しかし、この世界がそこだ。


「さてと……」

 時刻は深夜、オフィスには俺以外はいない。ハナキンなんていう言葉なんざとっくに廃れているが、それでも金曜日は皆遊びたいようで、上司や同僚の退社時間も気持ち早い。

 俺は時間つぶしに社用のパソコンでこっそり遊んでいたゲームをやめ、ギシギシうるさい椅子から立ち上がった。

 二三時五七分。定刻だ。俺はオフィスから出て廊下を歩き、同じフロアにある今は使われていない部屋に入る。毎度の事だが、この埃っぽさはどうにかならんかね。安物とはいえ、スーツが真っ白になるのは勘弁だ。

 今や、倉庫という名のゴミ捨て場と化したこの部屋には先客がいた。

「おう、来た来た」

 真っ先に声を掛けてきたのは、第1営業部の荒木大悟。かなりゴツい体格で、夜闇で見たら子供が泣くレベルの容姿をしているが、実は気は優しくて力持ち。おまけに猫好きである。そのギャップが素敵と、一定のファン層がいるらしい。どうでもいいが……。

「一分遅刻。相変わらずね」

 いい歳こいてきっちりロングヘアを金髪にしていらっしゃる、このちょっぴりキツいお姐さんは荒井美咲。総務課のお局様である。彼女に睨まれたら会社にいられなくなると、もっぱらの評判だ。くわばらくわばら……。

「まぁまぁ、いいじゃないですか」

 やたらのんびりしているこの娘は、三井美貴。庶務課のアイドルだ。赤毛をショートに切り。まあ、美人である。

 ……ああ、俺か? 俺は三木大介。社内のネットセキュリティを担当している。だから、一般社員は接続出来ないゲームも、ファイヤーウォールに「穴」を空けてやりたい放題。内緒だぞ?

「さて、皆の衆。いざ、出陣!!」

 俺たちは部屋の隅にある、ボロボロの掃除用具入れを開けた……。


 事の始まりは、もう半年くらい経つだろうか。俺がたまたま残業をしていて、この部屋に入った時だった。

「ったく、なんで使いもしないゴミ部屋掃除なんだよ……」

 なぜか、各部署で暇人もとい、有志を募ってこの部屋を掃除する事となり、集まったのがこの三名。いや、俺を入れれば四名か。まあ、そんなわけで掃除していたのだが……。

「なぁ、このボロ掃除道具入れ。なんでここにあるんだ? 一応は元オフィスだぞ。学校の教室じゃあるまいし……」

 それは、明らかに異質なものだった。全てがそうとは言わないが、おおよそこんなものがオフィスに置いてあるのは珍しいだろう。しかも、相当年季が入っている。

「さぁね。そんなのどうでもいいから、サッサと済ませましょう!!」

 この時は自己紹介もしていない。怖そうな金髪のお姐さんがガンガン掃除機を掛けていく中、絶対腹筋六つに割れてる系の男が重いものをバリバリ運び、癒やし系美人さんが拭き掃除をしている…やる事ねぇな。俺。

 そう思った俺は、例の掃除用具入れがどうしても気になった。そっとドアを開けてみようとしたのだが、拉げているのかまるで開かない。…よし、その勝負受けた!

 俺が全力でそのドアを開けた瞬間、室内を白い光が覆い…。


「…どこだ?」

 手に掃除機を持ったままの金髪の姐が、呆けたように当たりを見回している。まあ、俺も他の面子も似たようなものだ。

 辺りは一面真っ白。どういう仕掛けなのか、壁自体が発光しているようで、居心地がいいような悪いような不思議な空間。そうとしか言いようがない。

 辺りをきょろきょろしていると、部屋の一部が開きなんかちっこい男がやってきた。

「いやー、すまんすまん。今日は『客人』が多くてな。さて、まず絶対信じてもらえないが、ここはお前さんたちの世界と異世界との中継点みたいなものだ。……いや、だから、なぜ掃除機で吸おうとする!!」

 さすが、姐さん。そして、さすが吸引力が落ちないダイ○ン!

 オッサンの顔が吸われて歪んでるぜ。

「ふむ、ゴミではないようだな」

 冷静過ぎて惚れそうだ。全く。

「ワシも長くやっているが、掃除されそうになったのは初めてだな。さて、いきなりの選択だ。綺麗さっぱりここの事を忘れて日常を過ごすか? それとも、まあ異世界とでも言っておくか、そこでちょろっと遊んでみるか?」

 …いかんな。ゲームやりすぎたか。

「ふむ。まあ、たまには息抜きも必要か…」

「異世界、面白そうですねぇ」

 それぞれ言葉は違うが満更ではない様子の女性陣。いいのか、そんな簡単に納得して!?

「おい、どうする?」

 俺は隣のシックスパック(推定)に声をかけた。

「まあ、暇つぶしとストレス発散にはいいんじゃないか? 体を動かしたいしな」

 ほう、こいつも乗り気か。なら、俺は…。

「やれやれ、それって休日出勤手当出るの?」

 これが、四人の意志が決まった瞬間だった。


 白い部屋から最初にぶっ飛ばされたのは、まるで年末のアメ横みたいな場所だった。

「ここは、初心者の街だ。古今東西、あらゆる時代や世界から、武器・防具が集まっている。お前さんたちの時代だと…この辺りが馴染みがあるだろう」

 例のちっこいオッサンからはぐれないように歩くと、そこは確かに「俺たちの時代の」現代兵器のエリアだった。

「なんで普通に戦車なんか置いてあるんだ?」

 …レオパルト2A6、M1A2…うぉ、陸自が誇る最新の10式まで!?

「ちなみに、ここにある物はすべて初回は無料だ。まあ、初期装備ってやつだな」

 初期装備に戦車はないだろ。昔、そんなRPGがあった気がするが……。

「俺、あんまり知識ないんだよね…」

 体に似合わず弱気な事を言うシックスパックだったが、女性陣の適応は非常に早かった。金髪姐さんがデザート・イーグルを構えると、怖いくらいめっちゃ様になる。ああ、これは恐らく世界最強の拳銃だ。見た目も威力もかなりえげつない。

「よし、あんたのは適当に見繕ってやろう」

 このガタイだ、やっぱり軽機関銃持でも持たせてラ○ボーだな。それと……。

「見違えちまったな……」

 さすがにスーツや会社の制服では防御力なさそうだし、なにより雰囲気がイマイチということで、とにかく全身一揃えしたのだが……姐さんの手にはデザート・イーグルに、まるで杖のように背負っているのは、巨大な対物ライフルのM82バレット。一番破壊余力のあるライフルを聞かれたので紹介したのだが、一体何を撃つ気だ? 

 その他、手榴弾やらなにやらまで、もはや一揃えの立派なコマンドだ。どこからそんな力が出てくるのか分からないが、そうとう重いはずだ。

 一方、可愛いお姉さんは、やっぱり可愛く? グロック18Cがメイン。コイツは連射モードがある拳銃だが、振動が凄すぎて弾丸ばらまき装置になるので、普通は単発がベターだ。

 シックスパック野郎などまんま戦争映画の登場人物だし、俺は控え目にサブマシンガンのMP-5とベレッタで特殊部隊風にしてみました。

 この重量装備だ。乗り物も欲しいなということで、探しに繰り出す。異世界の定番は馬車であるが、何せこの格好だ。ミスマッチもいいところなので、それなりの物を選ぶ。

 さすがに戦車はない。動かせるかそんなもん。中型免許(8トン限定)で扱えそうなところで、ハンビーを選んだ。ジープの後継、よく戦争報道で出てくるゴツいあの四輪駆動車だ。なあ、俺たちマジで戦争にでも行くのか? 聞きたいくらいの装備である。


「おっといかん。最初に職業を決めておく事を忘れておった。シンプルに、剣士、戦士、魔法使い、回復士なのだが、希望は?」

 忘れていたチビオヤジが聞いてきた。今さらかい!!

「そうね、魔法使いで」

「私も」

 …可愛いお姉さんはともかく、バレット背負った魔法使いって…多分、下手な魔法より効くぞ?

「面倒だから、俺も魔法使いで」

 この装備をみて、もはや職業なんてどうでもいいだろう。名刺の肩書きみたいなもんだ。

「じゃあ、俺も魔法使い…」

『お前がか!』

 姐さんと俺との二人の息が見事に合った。

可愛い姉さんはニコニコ笑っているだけだった。


 というわけで、現在に時刻は戻る。

 森に住み着いた魔物退治という依頼だったが、ど派手な航空支援でその森ごと吹っ飛んじまった。ああ、航空支援ってのは地上部隊を航空機で援護する事だが…これでは支援ではなく主役だ。

 結局、俺たちは依頼主から、報酬どころか違約金すら取られそうになったのだった。まあ、何とか宥めて契約時の半額は貰ったがな。


 「異世界」とこちらを行き来するようになって、もう半年近くになっただろう。少なくとも、俺は休みの度に何かのテーマパークに行くような気分だ。

 いつものように異世界に飛んだ俺たちは、四人とも肩書き魔法使いという編成で街道を行く。運転手は決まって俺。自然に決まったルールだ。

「で、今日は何だって?」

 初心者の街の外れにある依頼斡旋所で、つい先ほど受けた依頼を聞いた。俺はハンビーの暖機運転をしていたので、聞いていなかったのだ。

「ああ、ルクスとかいう村からだ。畑を荒らす魔物退治だと」

 助手席の荒木が依頼書を見ながら言った。

「ランクは?」

 静かに姐さんがラ○ボーに聞いた。

「Fだな。まあ、ストレッチくらいにはなるだろう」

 一番下の難易度だ。大した事はないはず。いい加減、もう少しランクを上げもいいだろうが、まあ、バカンスみたいなものだ。

「ルクスか。山を越えた先だ」

 姐が後部座席から言ってきた。結構な距離だな……。

「夜が来る前に到着したい。飛ばすぜ!!」

 ゴーっという轟音を轟かせ、俺が操るハンビーは街道を突き進んでいった。


 村に到着すると、ハンスと名乗る爺様……じゃなかった、村長が畑を案内してくれた。

「こりゃ酷いな」

 広大な畑のほとんどはズタボロだった。

「…許せん」

「酷い…」

 女性陣がそれぞれ呟いた。

「野生動物ではないな。足跡を見てくれ」

 ラ○ボー荒木が意外と繊細な観察眼を見せ、それは明らかに人のようなものだった。

「…一人や二人じゃねぇな。少なくとも、十以上だ」

 明らかに、足のサイズの違うものばかり集めてこれだ。実際は、もっと多いだろう。やれやれ、骨が折れそうだ…。

「足跡はそっちの森の方から来て、真っ直ぐ帰っているな。どれ、仕掛けしておくか…」

 こうして、俺たちの作戦は開始されたのだった。


 天候晴れ。上弦の月が照らす畑に、突然爆音が響いた。昼の間に仕掛けたクレイモア対人地雷だ。ぎゃあぎゃあ悲鳴が上がる中、俺の暗視ゴーグルには無数の「人影」が映っていた。

「チッ、ゴブリンだ。気を付けろ!」

 前の依頼でも登場したが、ゴブリンとは醜悪な姿をした人形の魔物。多数で暮らし、ずる賢く始末に悪い。

 俺は無線で全員に知らせ、それと同時に荒木の軽機関銃が、凄まじい勢いで銃弾を吐き出し始めた。拳銃弾を使う俺のサブマシンガンでは、まだ遠すぎる。

『別方向からも多数接近中!!』

 三井から無線が入った。姐さんとともに、ここが見渡せる千五百メートルほど離れた場所で、監視兼狙撃のためにずっと待機していたのだ。

「了解した。撃てるか?」

 辺りをざっと見ると、森の至る所からゴブリンが溢れ出してきている。こりゃFランの仕事じゃねぇぞ!

 俺はスタングレネードを取り出し、ありったけぶちまけた。これは、爆発と共に派手な閃光と音を出す手榴弾で、殺傷力はないが相手の行動を一時止める効果がある。

 案の定、ゴブリン共の動きが止まった。その間に、シュルシュルシュルという風切り音と共にゴブリン一体の頭が吹っ飛び、後追いで雷のような発射音が届いた。

 そう、これが重機関銃弾を使う凶悪な狙撃ライフル、M82「バレット」の破壊力だ。姐さんが放つ銃弾により、次々にゴブリンたちは倒されて行くが、とにかく数が多い!

 一方、荒木の方もひたすら撃ちまくっているが、倒しても倒しても次々に現れて来る。状況は圧倒的に不利だった。とても、四人で扱える数ではない。俺は無線のチャンネルを変えた。

「おい、鈴木。来てるか?」

 この半年間で、「こっちの世界」で知り合った友人は多い。無線の相手は鈴木敦子。空自でF-2を飛ばしている生粋の戦闘機乗りだ。

 こっちでは、F-15Eストライクイーグルを駆り、そこら中を爆撃しまくっている。前回の依頼で森を吹っ飛ばしたアイツだ。

『あいさ。きてるよ!!』

 すぐに応答が来た。よし!!

「航空支援要請。座標は……」

 全く、いつの間にか俺も様になったもんだ。そして、懲りない俺。やれやれ。

「了解。五分で着く。ドデカいやついくよ!!」

 ちょっと興味がある奴ならF-15イーグルは知っているだろう。デビューして相当経つのに、いまだ空戦で撃墜された事がないという空の王者である。それの爆撃改装版がストライク・イーグルだ。ちょっとした爆撃機並の爆弾やミサイルを搭載可能という、恐ろしい機体である。

 そして、まさに五分きっかりにジェットエンジン音が聞こえ、森は火の海に包まれた。

『うっひょー、気持ちいい!!』

 …大丈夫か。こいつ?

「おう、サンキュ!!」

 ともあれ、ゴブリン共の勢いは一気に落ちた。これならイケる!

『じゃーねぇ、また用事があったら呼んでねぇ』

 ジェットエンジン音は去っていった。俺は無線のチャンネルを元に戻した。

 これで、安い報酬はさらに半分になった。向こうも仕事だ。呼んだら報酬を半分分ける。そういう約束をしている。

 ああ、ちなみにだが、昔ならいざ知らず、今の暗視装置はとても性能がいい。強烈な光を見ても、自動的にフィルターされて目がやられたり、壊れるような事はない。

「相変わらず、えげつないというか何というか……」

 ラ○ボーが苦笑いしている。恐らく、女性陣もそうだろう。

「助かったんだからいいだろう。仕上げ行くぞ!!」

 俺たちは残されたゴブリンに向けて、一気に突撃を仕掛けた。ここに来て、ようやく俺のMP-5を使う時が来た。接近戦ならこれほど頼りになる相棒はない。

 バックアップで、遠くから姐さんが撃ち込む凶悪な12.7ミリ弾の支援を受けながら、残らずゴブリンを殲滅した時には、空はうっすらと明るくなっていた。

 両眼タイプの暗視装置を上げ、隣の荒木とグーで挨拶を交わす。これで、畑はもう大丈夫だろう。そう思っていたのだが……


「ああ、森が死んでしまった……」

 ……そこまで守れるか!!

「俺たちが引き受けたのは『畑を荒らす魔物退治』だ。森を守る事は契約に入っていない」

 悪徳金融みたいな事を言っているが、お人好しではこの世界では生きて行けない。貰うものを貰わねば……。

「……二度と来るな!!」

 村長……ジジイに金が入った袋を投げつけられ、それを拾うと、俺たちは早々に村を後にした。のんびりしている場合ではない。早く帰らないと月曜日の出勤時間に遅れてしまう。こちらの時間の流れと、俺たちの世界の時間の流れはほぼ同じなので、今は土曜日の朝だ。

 ここから初心者の街に移動し、装備を預り屋に預けて…。帰るのは日曜日の昼だろう。あまり時間の余裕はない。

「さて、ぶっ飛ばすぞ!!」

 とはいえ、クソ重い車体はさほどの速度が出ない。轟音だけは立派だがな。

 こうして、一つのクエストは終わった。後ろめたさはない。契約は契約だ。


「はぁ、刺激が足らんな」

 サーバやら何やらを相手にする仕事は、とかく暇との戦いになる。さすがに居眠りこそ出来ないが、明日は祝日。今夜も「あっち」に行く手はずになっている。

 とまあ、こんな時に限って愛するサーバちゃんがトラブルを起こすのだ。

「ああ、ハードディスクか。さっそく、メーカーに……」

 当たり前の事だがRAID-5なので、ディスクの1本が飛んだところでデータに害はないし、システムが止まる心配もない。故障したハードディスクを代えて終わりだ。

 ああRAIDってのはそのままレイドと読み、ケツの数字はまあ方式みたいなものだ。

 普通のパソコンはおおよそハードディスクが一台だと思うが、サーバは止まらない事が前提である。そこで、ハードディスクを複数台繋ぎ、一台くらいぶっ壊れても止まらないようにしている。壊れたハードディスクは交換して終わりだ。

 メーカーに連絡して1時間後、さっそくCEが飛んできて五分で作業完了。伝票にサインして終わりだ。ああ、CEっていうのは、確かカスタマーエンジニアの略だったか。

 いつ壊れるか分からない顧客のサーバに、ひたすら目を光らせて待機する過酷な仕事だ。二四時間三六五日システムは止まらないのだからな。俺じゃ務まらん。


 さて、定時を過ぎた。同僚や上司が三々五々帰宅していく中で、俺は相変わらずゲームに興じていた。

 ひとしきり終わると、時刻は二三時四七分。少し早いが、たまには一番乗りしてやろう。

 例のゴミ部屋に行くと……すでに全員揃っていた。

「遅い」

 姐さんがぼそりと言った。

 スマホを取り出して見ると、零時十七分。あれ?

「俺の時計……止まってやがる」

 さすが「ローメックス」。これだから偽ブランドは!!

「さて、行くぞ!」

 遅れてきたくせに音頭をとり、俺は掃除用具入れのドアを開けた。


「今回は混成か」

 受けた依頼がハードなので、俺たちともう一組のパーティーと合同となった。相棒の組は戦車隊だ。各国様々な最新鋭戦車が、俺たちのハンビーの後に付いて来る。受けた依頼は「村の裏山に住み着いたドラゴンの駆除」だ。ランクは最上級のA。もちろん、しこたま爆弾やらミサイルを積み込んだ鈴木のストライクイーグルも現場上空に先行しているはずだ。

『対象発見。おっと!!』

 無線にザーという音が混ざったが、すぐに復帰した。

『なんか、口から変なもの吐いてきたけど、とりあえず避けた。あとどのくらい?』

 なぜか、鈴木の声は楽しげだ。

「多分あと三十分くらいか。戦車隊を連れているから、ちと時間が掛かる」

 昔の戦車は鈍足だったが、現代の戦車はかなり速い。こんな整備された道路なら時速七十キロは出る。あの巨体が七十キロだぞ? 迫力満点だ。

 特に問題はなく現場の山に到着した。ここからはひたすら山登りだが……問題が起きた。

 山道が狭すぎて、戦車の巨体が通れないのである。これが、戦車の弱点の一つだ。重く大きすぎる故に、場所を選ぶのである。

 そのまま山を登るにしても、のり面は険しい崖。とても登れないだろう。

 先頭車の車長でありリーダの男が両手で✕印を作った。なにしに来たんだ、お前らは…。

 ともあれ、戦車が動けないようなら、俺たちだけでやるしかない。

「鈴木、一発かましてやれ!!」

『待ってました!!』

 山の上の方で爆音が聞こえた。

『さすがに頑丈だねぇ。全部使ったけど、まだピンピンしているわ』

 ……嘘だろ? ストライクイーグルといえば、世界最強の戦闘攻撃機って言われているんだぞ。一斉投弾で生きているとは。

「撤退するか?」

 俺は皆に聞いたが、やる気満々のようである。誰一人帰るとは言わなかった。

「さすがに死ぬかもな!!」

 俺はアクセルを踏み込んだ。ハンビーは轟音を立てながら隘路を抜けて行く。この道幅では、戦車は難しかっただろう。

「なぁ、ドラゴンってどう倒すんだ?」

 今さらながら、皆に聞いてみた。

「なんか、こう伝説の剣っぽいもので倒すのが普通ですよねぇ」

 三井がのんびり言ってきたが、そんなものはない。あっても使えない。

「私の12.7ミリで頭をぶち抜くとか…」

 姐さんが無茶をいう。確かにバレットはM2重機関銃と同じ弾丸を使うが、近くに狙撃ポイントはない。かといって、軽機関銃の弾丸が効くとは思えないし、俺のサブマシンガンや三井の拳銃など論外だ。さて、どうしたものか…。

『ねぇ、私の友人でアパッチ・ロングボウ乗っているのがいるけど、呼んどく? ってか、もう呼んだ』

 鈴木の声が飛んできた。アパッチというのは、世界でも有数の性能を持つ攻撃ヘリだ。ロングンボウとなれば最新型。そんなものまであるのか、この世界は…。

 「あの映画」で印象的に流れたクラシック音楽はないが、バタバタとローター音を響かせながら、木立の間にそのいかにも凶悪そうな姿をちらりと見せる。陸上部隊に取ってはまさしく悪魔の存在だ。

『こちら本田明美。聞こえますか?』

 聞き慣れない声。恐らくアパッチの操縦者だろう。

「ああ、聞こえる。まさか、攻撃ヘリとは…」

 さすがに驚き、俺は無線で返した。

『初心者の街にはなんでもありますよ。ヘルファイヤー満載で来ました。航空支援に当たります!』

 また力強い言葉を。ヘルファイヤーとは、対戦車ミサイルだ。戦車はもちろん、小型艇すら狙う、かなり強力なやつである。

 そのまま山道を登ることしばし。その現場はすぐに分かった。鈴木の集中爆撃で木々がなぎ倒され、焼け焦げた地面にドラゴンがいたのだから…。

「行くぞ!!」

 俺たちはハンビーから飛び出し、一斉に射撃を開始した。これで倒そうと思ってはいない。アパッチを有効に使う!!

「本田、頭部に30ミリ!」

『はい!』

 ダララララと極悪な破壊力を持つガトリング砲が発射され、ドラゴンは怒りの咆吼を上げた。現用戦車の上面装甲をぶち抜くための武装だ。半端な破壊力ではない。

「よし、突っこむぞ。って、姐さん!?」

 姐さんはバレットを腰だめに構え、ガンガン撃ちまくっていた。それは、そんな風に撃つ銃じゃない。よく反動で吹っ飛ばないものだ。

 まあ、いい。気を取り直して、俺たちはドラゴンに接近していく、そこに、ミサイルが飛んできた。気を逸らすつもりだったのだろう。実際、攻撃はアパッチに向いた。こちらを先にと思ったようだ。口から吐き出された強烈な火炎をサッと避け、アパッチはミサイルを二発発射した。

 その間にかなりの位置まで接近したが、俺のサブマシンガンではまるで役に立たず、マッチョ荒木の機関銃では軽く鱗が剥がれる程度、三井の拳銃弾などなんの役にも立たない。しかし、この人の12.7ミリは違った。

「おねんねしてなさい。坊や」

 バレットのゼロ距離射撃なんて初めて見た。分厚い鱗と皮膚をぶち抜き、どこかの内臓にヒットしたようだ。ドラゴンの体がぐらりと倒れてきた。

「待避待避!」

 倒れ込むドラゴンの下敷きにならないよう、俺たちは慌てて避難した。全く、無茶しやがる!

 こうして、様々な人の手を借りながらも、俺たちは初ドラゴン退治に成功したのだった。さすがランクAの依頼は違うぜ…。


 異世界でドラゴンを倒そうがなにしようが、こちらでは普通のしがない会社員なわけで、今日も可愛いサーバちゃんのお守りである。

 俺が普段仕事をしているのは七階のオフィスだが、持ち回りで最上階にあるサーバ室での監視という仕事がある。

 サーバ室の主は、整然と並んだ黒いラックに収められたサーバたち。常に室温は二十度前後に保たれている。夏はパラダイスだが、冬はキツい。「冷風」での二十度と「温風」での二十度はまるで違う。巨大な冷蔵庫みたいなものだ。サーバ様は膨大な熱を出すくせに、非常に熱に弱いのだ。

「はぁ、ゲームも飽きたな…」

 交代までは三十分以上ある。ここにあるサーバは約百五十台だが、こういうときに限って壊れない。まあ、俺が暇なのはいい事だが…はぁ、やれやれ。

 暇なので、うちのパーティーの面子に社内メールしたりしたが、特に返信はなかった。まあ、文面が「へい、暇してる?」じゃ返す気にもならんか。

 そんなこんなで交代を済ませてオフィスに戻ると、ちょうど三井が蛍光灯交換に来ていた。脚立を上り、フラフラと作業する様は何とも危ないが、俺たちのルールで決めた事がある。こちらの世界では、赤の他人で通すこと。何かとややこしい事になるからな。

 三井は危なっかしく作業を終え、俺の背後を通り様にさりげなく軽く肩を叩き、オフィスから出ていった。まあ、このくらいのルール違反はいいか。

「さて、仕事しますかね」

 俺はノーパソに向かい、溜まりまくったどーでもいい作業日報を書き始めたのだった。


 時々思う。「初期装備」がストライクイーグルだの、アパッチロングボウってのはどうかと…。なんかこう、いきなり最強装備だぞ? 開始早々、王様からロ○の装備一式を渡されたようなものだぞ?

 この例えが分からない世代はすまん。

 まあ、ここはそういう世界だと言えばそれまでだが。

 ある魔物のハーレムは空爆による殺戮の炎に晒され、辛くも逃げ出した魔物をアパッチが片付けていく。俺たちも残党狩りの真っ最中だ。あえて承知で俺の指示通り、三井がグロックをフルオートで乱射し、ビビって敵が動きを止めたところで、姐さんのデザートイーグルが火を噴き、ラ○ボーの機関銃がなぎ払う。俺はといえば、辺りの索敵で忙しい。

「いたぞ、あっちだ!」

 こうして、ご近所様を悩ませていた魔物の巣は、ものの二時間で壊滅したのだった。


「もう一つくらい簡単な依頼をこなせるな。まだ土曜日の午前中だ」

 依頼斡旋所のFラン依頼を見ながら、俺はポツリと呟いた。商隊の警護など、時間がかかる依頼は連休でもなければ出来ない。

 そうなると、必然的にサクッと倒せば終わりの魔物退治になるわけだが…。

「これなんてどうだ?」

 姐さんが指差したのは、「コボルト退治」の依頼だった。場所は隣の村である。

 コボルトというのは二足歩行する犬だと思って欲しい。

 徒党を組んで悪さをするため、ゴブリン同様嫌われ者の一つだ。

「そうだな、場所も近いしいいか。報酬は安いがな」

 これが、とんでもない事態になるとは、当然知るよしもなかった。


 なにせ隣村だ。三十分もあれば到着する。ハンビーから下りると、早速村長が駆け寄ってきた。

「コボルトを退治して頂ける方々ですな。こちらへ」

 まあ、この格好を見て観光客とは思わんよな。俺たちは素朴な家へと案内された。家のちょっとした広さの部屋には、テーブル上に地図が置いてある。

「実は何度も依頼を出していて、コボルトの巣のようなものは分かっているのです。しかし、何回討伐してもすぐに元に戻ってしまって……」

 地図を見ると、村のすぐ裏山だ。こんな所から魔物が出てきたら、確に迷惑千万な話しだ。

「分かった、この地図は借りていくぞ。早速出発する」

 こうして茶を飲む間も惜しんで、俺たちは村の裏山に向かったのだった。


 ある程度までは車で行けたが、山道は狭すぎて途中から歩きになった。運動不足のインドア派にはなかなかシンドイ。

 しかし、荒井の姐さんはゴッツイ武装のまま顔色一つ変えず歩いているし、ラ○ボーも涼しい顔。まあ、コイツは当たり前か。

 そんなとき、これまた楽しげに歩く三井が隣にやってきた。

「あの、なにか持ちましょうか?」

 正直、装備をちょっと持って欲しい。しかし、ここは男のプライドってもんだ。

「ああ、大丈夫だ。お前さんこそ大丈夫か?」

 その返事の代わりに、三井は俺のバックパックを無理矢理引きずり剥がし、ダブルバックパックという、信じられない光景を見せてくれた。

 あの、それ一つで三十キロはあるんですけど…。

「私はあまり戦闘で活躍できません。中心となるあなたを疲れさせるわけにはいかなので、サポートすることにしたんですよ」

 ぺろりと下を出し、片目を閉じて見せる三井。

 くっそ、可愛いじゃないか。そして、情けないぞ、俺!!

 こうして、俺たちはひたすら山を登っていくのだった。


 コボルトの巣。そこは、ちょっとした洞窟だった。入り口に見張りらしきものはいない。極力音を立てないように接近すると、俺はストップの合図を出した。

 全員が止まり、それぞれの武器を準備した事を確認すると、俺はスタングレネードを取り出し、洞窟の中に抛りこんだ。

 派手な爆音と閃光が巻き起こる中、俺たちは一気に洞窟に突入した。中は松明の明かりで薄暗く照らされていたが……クソ、迂闊にも暗視装置を忘れちまった。昼だしかさばるしで、うっかり預け屋に置いてきてしまったのだ。

 まあ、ない物をねだっても始まらない。薄明るい中、俺は目に付いたコボルトに単発モードでMP-5のトリガーを引いた。

 姐さんのゴッツイ拳銃や三井のグロックも好調にコボルトを倒し、ラ○ボーは機関銃ではなくサブウエポンの拳銃だ。狭い空間で機関銃は長すぎる。しかし、コイツが持つとベレッタがよく出来たオモチャに見えるな。

 コボルトたちは、先ほどのスタングレネードがよほど効いたようで、頭を抱えながらうめいている。聴力良さそうだもんな。こいつら。

こうして、洞窟内のコボルトはあっという間に排除された。まだ居残りがいないか、洞窟内を隈無く調べていく。特に異常はなさそうだな…と思っていると、三井が人が通れそうな隙間を見つけた。覗いてみたが、中はボンヤリと明るいだけで、あまりよく見えない。つくづく、暗視装置を持ってくるべきだったと思った。

「しゃーない。とりあえず…」

 俺は手榴弾を中に放り込んだ。すると、ぎゃあぁぁぁ!!!というコボルトの悲鳴が聞こえた。間違いない。この隙間が肝だ。

「荒木、この中を一掃射してくれ」

 俺の指示に応え、荒木は機関銃でドガガガガっと、隙間の中に向かって弾丸を送り出した。

「よし、突撃!!」

 俺を先頭に一同一気に突っこんでいく。よい子は真似しちゃいけない戦法だ。暗視装置がないのでこうしたが、死ににいくようなもんだ、

 狭い隙間を抜けると、そこはちょっとした部屋のようになっていた。

 中央にほのかな光を放つ目玉焼きの黄身のような色をした球体があり、そこから次々とコボルトが「量産」されていた。

 なるほど、これじゃ何回討伐したって湧いてくるわけだ。

 まずこの「黄身」を始末しないとキリがない。

「まずは、周りのコボルトを掃除するぞ。ある程度消したら、あの『黄身』を!」

「馬鹿者、逆だ!!」

 姐さんが短く叫び、どこかで見たようにバレットを腰だめに構えて撃った。だから、そんな事したら、肩とか腰を痛めるぞ…。これも、よい子は真似しちゃいけないことだ。

 すると、「黄身」の表面にヒビが入り、粉々に砕けた。光を失い、辺りは完全に闇に覆われる。ここにいるのは危険だ。本能が囁いた。

「退却!!」

 俺たちはダッシュで割れ目に向かい、松明の明かりがある洞窟に出た途端、壁を突き破って、なにかバカデカいものが出現した。

「うおっ、ドラゴン!?」

 恐らく、あの黄身野郎の最後っ屁だったのだろう。こんなもんどーするんだよ!

「こんなの聞いてない!!」

 ラ○ボーが叫ぶが、俺だってそうだ!!

「フン!!」

 再び姐さんがバレットを撃った。

 前にとどめ差したのはこれだったな。しかし、ドラゴンの種類が違うのか、全く効いた様子はない。

「撤退、撤退!」

 洞窟で張り合ったら航空支援が受けられない。バレットすら効かないのなら、人の助けを借りるしかないだろう。しかし、報酬は安い。割に合わねぇ。この仕事!

 俺たちが転がるようにして洞窟から飛び出した途端、強烈な炎が吹き出してきた。ブレスってやつだな。あんなもん食らったらシャレにならん!

 俺たちは、そのまま山道を少し下った。

「あの、このまま洞窟を埋めちゃえば……」

 遠慮がちに三井が言ってきた。

「どうやって!! 爆薬なんざ持ってきてないぞ!?」

 強いて言うなら手榴弾があるが、そんなものであの洞窟を埋める事は出来ない。

「仕方ねぇ。斡旋所の力を借りよう。このままにしておけねぇしな…!」

 鈴木に頼んでもいいのだが、あいつにばかり頼るのも問題だろう。クレームを出したかったしな。

 俺は無線のチャンネルを、斡旋所の非常連絡周波数に合わせた。

『はい、斡旋所。どうした?』

「コボルト退治の依頼を受けたら、ドラゴンが出やがったぞ。どうしてくれるんだ!」

 とりあえず叫んでおいて、落ち着いて事の次第を説明する。

『了解した。近くにドラゴン退治専門のパーティーがいたはずだ。到着まで粘ってくれ』

 粘れって…!?

 そのとき、派手な音を立てて洞窟を破壊して、ドラゴンの首が外に出てきた。

「うぉぉ!?」

 無駄と知りつつ、俺はサブマシンガンを連射モードで撃ちまくった。

 皆一様に射撃しているが、無駄と知りつつ撃つ虚しさ…。

 手持ち弾丸などあっという間になくなった。俺は信号弾を打ち上げた。順番を間違えたが、これでその辺の連中には場所が分かったはずだ。

 すぐさま返しの信号弾が上がり、五人のパーティーが文字通り飛んできた。

 この世界は、あらゆる国、時代、『世界』からごっちゃに人が集まる。

 俺たちのような肩書きだけ魔法使いではない。本物だ。

「斡旋所から連絡を受けた。あれだな」

 なんだかゲームっぽい鎧を着込んだ男が聞いてきた。ドラゴンはまだ、完全には洞窟から出てきていない。

「ああ、あれだ」

 俺は指をさして、男に答えた。

「なるほど、ブラックドラゴンか。あれは並の武器では倒せん。待っていろ、五分で片付ける…」

 男が腰から剣……じゃねぇぞ。これ!?

「それ、ジャベリンじゃねぇか!」

 米軍の最新鋭対戦車ミサイルだ。

 おいおい、そのなんかのファンタジーゲームみたいな格好でそれかよ!

「魔法はいい。しかし、もう剣の時代は終わった!」

 男はミサイルを発射した。ひっでぇ!!

 ミサイルは見事にドラゴンの首に命中し、大穴を空けた。

「フレア!!」

 そこに、いかにも魔法使いという感じの女性がさらに大爆発魔法で追い打ちをかけ…ドラゴンはゆっくりと倒れた。

 …言葉なんてでねぇよ。

「じゃあな。俺たちは先を急ぐので失礼する」

 そして、対戦車ミサイル一行は去っていった。

「…なあ、俺たちも買っておくか? 対戦車ミサイル」

 誰も何も言わない。

 異世界ロマンはミサイルで破壊されたのだった。


「はぁ、いい天気だねぇ……」

 はい、おサボり中です。

 夏の日差しに照らされた屋上は、まあ快適とは言わないが寝るにはちょうどいい。パラソルが欲しいな。

 ちなみに、今時はホワイトボードに予定を書く時代ではない。その辺りのことは全てシステム化され、パソコン上でスケジュールを共有するのだ。

 俺の予定は『うっかり間違えて』有給となっているので、オフィスにいなくても誰も探しにこない。

「さて、どうしたもんかね…」

 俺はポケットの中に突っこんであった紙切れを取り出した。基本ルールとして、「あっちの世界」にある物は、元の世界に持ってくる事は出来ない。有料で預かってくれる通称「預り屋」に装備一式を預ける事になる。

 俺はそのルールを少しだけ破った。依頼斡旋所の依頼書を、こっそり持ってきていたのだ。

「魔王退治。Sランクか…」

 あっちの世界には魔王と名乗る強者が無数にいるらしく、こいつはその一人。腕試しに挑むか、もう少し経験を積むかで悩んでいたのだ。

 しかし、最上級ランクのAを越えるSだ。悩む…。

「もう半年だもんな。少し欲をかいてみるか…」

 向こうで地道に蓄財したお陰で、ある程度装備を強化する事は可能だ。

 旧態依然とした大戦中のものでよければ、戦車すらも買えるだろう。まあ、買わないが…。まあ、ティーガーとか興味がないといえば嘘だけどな。

 しかし、仮にも魔王だ。どんな奴かも分からないし、コイツは要相談だな。俺はスマホを取り出し、誰もが知っていそうな緑色のアプリを立ち上げた。

 色々相談事があった時用にパーティー全員でグループチャットも作ってある。

 表示名は、「ラ○ボー」「姐さん」「かわいこちゃん」となっているのは内緒だ。分かりやすいだろ?

『なあ、次は魔王退治なんてどうだ? ちょうどお盆休みだしさ』

 ささっとチャットにメッセージを入れる。すぐさま既読3になった。みんな暇なのか?

『リーダーのあんたに任せる』

 姐さん、クールだぜ。ってか、いつから俺がリーダーに?

『無茶っぽいっけどな。まあ、任せるよ』

 これはラ○ボーだ。こいつも任せるときたか。

「いいと思いますよ。いつまでもゴブリンじゃ飽きちゃいます」

 おっとり三井はちゃんと意見を述べてきた。

 ……ふむ、やるか。

「待ってろよ。魔王!」

 こうしてお盆休みが始まるまでは一週間。

 それまでに、向こうに行くチャンスは一回だけ。ここで、必要なものを揃えねば。

『魔王討伐、実行』

 それだけ入れてスマホをしまい、俺は空を眺めた。

 それにしても、暑い…。


 週末、アメ横こと初心者の街で、俺たちはひたすら必要になりそうな物を買いあさっていた。

 近未来や未来の武器もあったが、使い方がイマイチ分からないし、なにか気持ち悪いので現代兵器で選んでいった。

 さすがにNBC兵器こそなかったが、どこかの国の闇兵器マーケットのごとく、揃っていないものはない。

 ああ、NBC兵器ってのは、核兵器と生物科学兵器の略だ。

「なあ、携帯対空ミサイルはいるか?」

 ラ○ボーが聞いてきた。スティンガーか……。

「まあ、一発くらい持っていても損はないか。あとは……対戦車ミサイルは高いから、こっちの対戦車ロケットとと……」

 対戦車ミサイルは高性能だが、その分値段が高い。

 そこで、汎用性も高く比較的気軽に使える、使い捨ての対戦車ロケット弾を数発買う。

 昔はバズーカといっていたものだが、最近はよりスマートに出来ているし高性能だ。

 こうしてハンビーに積み込んだ荷物は、俺たちが運べる量の限界だった。武器も多少弄っている。

 ラ○ボーにはしこたま対戦車ロケットと対空ミサイルを担いで貰もらい、屋内戦用にウージーというその筋では有名なサブマシンガンを追加した。

 ベレッタと弾丸の互換性があっての選択だ。相当歴史があるが壊れににくいと評判のものである。

 姐さんの武装は変わっていない。変えようがない。怖くて言えない。三井はサブに回ってもらうことにして、雑多な荷物を運んでもらうことにした。申し訳ないのだが、誰かがやらねばならない事だ。

 こうして装備を調え、俺たちは魔王討伐へと向けて、お盆休みを待ったのだった。


 お盆休みも明日に控えた今日。俺は会社で…やっぱりサボっていた。

 明日からしばらくはこちらの世界に戻ってこない。

 気持ちの問題で、仕事なんてやってられるかという感じだ。

「あっ、いました!」

 屋上のドアを開け、三井がやってきた。

「ん? 仕事はどうした?」

 サボるようには思えない彼女が、まさかここに来るとは。

「仕事になりません。ですから、息抜きに」

 …似たようなものか。

 そのままお互いに都会の景色を眺めることしばし、三井が沈黙を破った。

「私、この戦いが終わったら…」

「待て、それは死亡フラグだ!」

 俺は慌てて止めた。危ねぇ。

「そういや、あっちで死んだらどうなるんだろうな? 考えた事もなかったぜ」

 すっかり忘れていたが、あっちで死んだらこっちに戻る…なんて、都合のいい話しはないよな。死んだらそれまでか…。

「さて、どうなんでしょうね。少なくても、今のチームなら誰も死ぬことはないと思いますよ。ねっ、リーダー!!」

 三井に肩を思い切り叩かれ、俺はため息をついた。

「リーダーか。やれやれ…」

 その時だった。なにを思ったか知らないが、三井が俺の頬に軽く唇を当てた。

「のわぁ!?」

 いきなりの事に、思わずその場から跳んで逃げてしまった。

「ふふふ、リラックスリラックス。あまり根を詰めると、いい仕事出来ませんよ?」

 三井がニコニコ笑顔で言う。まあ、そりゃそうだが…。

「あのなぁ、そういう事は大事な時に取っておけ!」

 全く、いきなりビビったぜ。

「大事な時ですか? まあ、いいです。その時がきたら、ちゃんとしますので」

 ちゃんと? まあ、いいか。

 こうして何をするでもなく、俺と三井の時間は過ぎていった。


 当然ながら、こっちにお盆渋滞なんてものはない。

 俺の操るハンビーは、ひたすら快調に街道を走っていた。

 今回の作戦はこうだ。まず鈴木の「準備攻撃」で魔王の住む迷宮だか洞窟だったかを叩き、泡食った魔王が出てきたらそれはもうこっちのもの。一気にありったけ弾薬を叩き込む! もし出てこないなら、迷宮だか洞窟だかに攻め込んで叩きのめす。

 手間を考えれば前者が楽だが、ロマンを求めたら後者だ。ただの洞窟の奥にひっそり住む魔王など、正直あまり見たくない。

 魔王が住まう場所までは陸路で行けるが、ざっと片道二日というところだ。

 お盆休みには、ちょうどいいアトラクションである。

「よし、今日はこの辺りで野営するか」

 地図を確認して、俺はハンビーを止めた。

 空はまだ明るいが、慣れないテント設営などを考慮したのだ。

 最悪休み中に帰れなかったら…後出し有給で。怒られるけど。

 やはり、慣れないテント作りは手間が掛かった。

 いってぇ! テントのロープを留めるペグを地面に打っていたら、金槌で思いっきり左手の親指を打っちまった! この作業、インドア派には辛いぜ。

「あらら、痛そうですね。私がちゃちゃっとやっちゃいますので、その辺にいて下さい」

 俺を押しのけるようにして、三井が恐ろしく慣れた手つきでテントを設営していく。キャンプ教室で指導員でも出来るんじゃないか?

「私の別名って「野生児」なんですよ。森の中で一ヶ月くらいなら楽に暮らせます」

 三井はニッコリ笑った。

 …うむ、恐ろしい奴め。

 他の連中の準備も終わり、俺たちは最初の夜を迎えた。持ち回りで見張りを行う事になり、一番手は俺だった。

「やべ、寝そうになった……」

 たき火のパチパチ言う音を聞いていた俺は、危うく撃沈するところだった。

「あの、隣いいですか?」

 テントの一つがもそもそ動き、三井が這い出してきた。

「休まなくていいのか?」

 一応聞いたが、彼女は無言で頷いた。そして、俺の隣に座って沈黙。

 何かこう、ケツがムズムズする。

「あ、あの、悩んだのです。終わってからの方がいいかと……でも、万一の事があれば、死んでも死にきれません。この半年間、私はあなたを見ていました。お願いです。お付き合いして下さい」

 三井が赤面しながら、か細い声でそう言った

「…マジ?」

 俺の口から飛び出したのは、まずそれだった。

 まあ、あとは野暮だからいわないぞ。


「あー、こりゃ洞窟コースか」

 山の奥深く。問題の魔王の拠点は迷宮ではなく、単なる洞窟に住み着いただけのようだった。

 青白い肌でそれっぽい格好をしているが、俺が飛ばしているドローンに気が付かないくらい鈍い。

「…魔物もいないな。予想外だ」

 偵察のバディである姐さんが、双眼鏡で辺りを見回しながら呟いた。

 はっきりいってチョロそうだが、どんな隠し球を持っているか分からない。

 俺たちは洞窟から離れた地点にある待機ポイントに戻った。

「よし、予定通りいこう。鈴木、やれ!」

 俺は無線で上空の鈴木に言った。

『あいよ、唸れ漆黒のバンカーバスター!!』

 なんか厨二っぽい事を叫びながら、鈴木はかなりマニアックな爆弾を投下したようだ。GBU-28「バンカーバスター」。地下施設破壊に特化した特殊な爆弾である。

 生粋の爆撃機を除けば、韓国が運用しているF-15Kとストライク・イーグルしか運用出来る機体がないという、通常の地面なら三十メートルはぶち抜く代物だ。

 ちょっと離れた所で轟音が響き、俺たちは素早く行動を開始した。

 洞窟まで三分。一気に斜面を登って洞窟前にきたが、中から誰かが出てくる様子はない。

「…あれ?」

 俺は思わず声を出してしまった。

 濛々と砂煙は上がっているが、中に誰かいる気配はない。

 警戒しながら砂煙が収まるのを待つ。そして…。

「あー…」

 それしかいえなかった。

 鈴木が投弾したバンカーバスターは、本来は遅発信管で地中にめり込んでから起爆するのだが、これは不発弾だったようだ。

 しかし、それが間が悪かった魔王にとって悲劇だった。

 総重量四万八千ポンドもあるクソ重い爆弾は、地面も魔王の体も「貫通」してしまっていた。

「…これ、俺たちじゃなくて、鈴木の戦果だよな?」

 誰も答えるものはいなかった。虚しさだけが、その場に残ったのだった。


 街に帰れば魔王を倒したパーティーということで、一目置かれる存在になってしまった。銃弾一発も撃ってないけどな。

 このままでは不本意なので、またあの魔王が再生したら再戦するつもりでいる。

 聞いた話しでは、一ヶ月くらい経つと再び元通りになるらしい。特に悪さをするわけでもないが、かなり強い存在。挑戦者求む。それが、この世界の魔王らしい。


 さて、仕事の休みは異世界で過ごす。これはもう、俺たちの定番だった。俺と三井はただ今結婚前提のお付き合い中。それに触発されたのか、なぜかラ○ボーと姐さんがくっついてしまい。早々に結婚までしくさったという笑い話もある。リアルな状況こそ変われど、休日にドラゴンの首に大穴を空け、ゴブリン共を吹き飛ばす日々は変わらない。


 仕事や学業の余暇に異世界ライフ。そうそう悪くないぜ。なぁ、あんたもどうだい?

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