Endless Happiness⑥

「良い子ですね貴女は、ちゃんと泣き止んで。お母さんですよ〜」


「やめぬか、おぬしは母親ではなかろう。ええい近付けるな、子どもは嫌いじゃ」


「可愛い〜、トールの髪が気に入ったみたいだって。綺麗だもんねそのブロンド、私の髪は灰色だから羨ましい」


「ふんっ、よぅく見ておけジュン。おぬしの髪の色は素晴らしい事を教えてやろう」


小さな範囲で雨を降らせて虹を作り、その色と同じ花から7色を抽出し、全てを混ぜて色を変える。

7色が混ざり合ってどんどん色が変わっていき、それはやがてジュンの髪と同じ灰色に変化していく。


「どうじゃ、虹の色を混ぜるとな。なんと、おぬしの髪と同じ色をしておる。だから私は好きだと言ったのだ、その髪の色がな」


「知らなかったこんなの、やっぱりトールは私に知らないものを沢山見せてくれのね……だから、私を帝国から連れ出して」


「それは笑えぬ冗談だ、私は隣国の将である。それが帝国の皇女を攫ってみよ、即戦争だ」


一瞬驚きが大き過ぎて何を言っているか分からなかったが、言葉を漸く噛み砕いた私は、それが2度目の我儘だった事を思い出す。

当然、本当の世界では連れ出さなかった。


暫く皇帝の説得が続いて、私たちが出発出来たのは、暴走した帝国が、私の仕えていた国を消し飛ばした後だった。


「分からず屋、あの窮屈な城は飽きたの。皇女らしくって言われる日々なんて、まっぴらなの」


「……分かった、私は分からず屋だ。だから考えは変わっておらん、だが皇帝とは顔見知りだ。私が説き伏せる」


「本当に? 本当の本当に?」


「あぁ、だから今日はもう帰るぞ」


「逃げたらお父様に言い付けるからね」


「……末恐ろしい生意気な小娘じゃな」


私の背中から首に腕を回したジュンを尻尾で固定し、しゃがみ込んでから一気に空に舞い上がる。

上昇したと同時に遠くの空で鳴る雷が、君の手をぎゅっとさせた。


少しキマり気味の手をそっと握ると、締まっていた首の手が少しだけ緩み、降り出した雨を避ける為に、小さなトンネルに避難する。

ジュンは先程まで晴れていた空を惜しむ様に溜息を吐き、それを見て何故か安心した私は欠伸で応える。


この時は唯平和だった、少し前まで、と言っても長寿なドラゴンの少し前だが、戦争をしていた私にとって、空を見てガッカリするなんて、日常では考えられなかった。

雷が怖いのか、恥じらうように緩く繋いだ手を一瞥して、途方に暮れたジュンを見て、また私も途方に暮れる。


案外小さなトンネルで身を寄せ合っていると、少し震えていたジュンが、私の顔を見上げる。

それに笑顔で返してやったが、ジュンは見たかどうかも分からないタイミングで顔を伏せてしまい、結局再びこちらを見てはくれなかった。


「のぅ、そろそ……」


「ひゃぁ!」


またも遠くで雷が轟き、私の手に添えていた手をぎゅっとさせた。


「クククククっ……ひゃあとな、また愉快な悲鳴を上げるのだな」


笑いを堪えながら怖がって私の胸におでこを合わせているジュンを、出来るだけムキにならせようとするが、余程恐怖が勝っているのか、再び顔を上げてはくれない。

まぁ、頼るにもどこか頼りない私に頼れる訳もないかと、今は唯の一国の将である事を悔やむ。


せめて帝国元帥であるカミラなら、ジュンも頼って、カミラは容易く空を晴らしてしまうのだろう。

当然雷を呼ぶ事しか出来ない私は空を晴らす事など出来ず、ジュンが怯えている雷そのものだ。


それなのにジュンは鈍いのか、私を恐れたりなどしない。

叙任式や大切な時に、逆にからかうように私に視線を投げたり、目の前で衣服を脱いだりする。


本当に怖いのは雷なのか疑問があった時もあつたが、それ以外で怖がっている姿を見た事が無かった。

虫も普通に手で捕まえては私に向けて投げ、いつも反応を見て喜んだり、真っ暗闇な洞窟で突然驚かされ、腰が抜けた事もあった。


ジュンには何が見えているのか聞いたこともあったが、それには明確に答えずに、いつもただ怖いだけとはぐらかす。


そんな反応ばかりで私にも本心を言えないのは、何か大きな意味があるのか、益々気になって来る。


「帰ろ、雨止まなそうだし。メイド長が探してるかも」


「……そうじゃな、雷に怯えるおぬしを探し回っておるかもしれぬ」


「もう、行きますよ早く」


「仕方が無い、しっかりと掴まれ。雲を突き抜けたら姿を変える、そうすれば雨にも当たらぬであろう」


少し助走をつけてジュンを抱き抱え、魔法で起こした風で雨を凌ぐ。


「ストレルカ」


光の矢で雨雲ヲ払い除け、青空が射し込む空への入り口を潜り、まるで神界に来たかのような光景が広がる。


「……眩し過ぎる」


「何か言ったか」


「なーんも、気にしない気にしない」

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