6.四刀乱武流Ⅰ

 2021年12月31日金曜日。京都府亀岡市某所。

 午後13時。


「――では、わたしたちと同盟を結んでいただける、ということですね」


「勿論。貴方らのいう『新旧大戦』においては、私たちにも相当な利益が発生する。むしろ、今回私たちと同盟を締結していただき、誠、感謝の念に堪えませぬ」


 普段頭頂近くに纏めた髪をおさげにした美麗な少女は、目前に座る袴姿の男性に対し、正座しながら深く頭を下げる。額の下の正三角形から頭を垂れる角度に至るまで、少女の礼は手本のように完璧なものだった。

 すると男性も同じように頭を下げて、再び前へ向き直る。


「どうやら会商が延長したようです。……よろしければ、こちらで昼食など如何でしょう?」


「では、お言葉に甘えて」


 少女が微笑と共に快諾すると、男性は側近の男性に彼女を含む数名の案内を命じる。男性は畏まった口調と態度で少女たちのほうを振り向いて、迅速に屋敷内の説明を始めた。


          ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 厳かな雰囲気の大広間からしばらく離れた場所にある、小さな畳の部屋。

 普通に利用しても大人5名程度しか入ることができない程狭く、周囲の漆喰壁には防音効果も付与されている。まさしくセキュリティーが完璧な、完成されたプライベートスペースといったところだろう。


 圧迫感のある壁に囲まれただけの部屋に一歩足を踏み入れると、その息苦しさがひしひしと伝わってくる。昼食を馳走になりに来たはずが、まさか毒を盛るつもりではないのか……そんな思考に陥ってしまう程に、この空間は外界と隔絶されているのだ。


「このような重苦しい部屋で誠、申し訳ない。かく言う私もあまりここを好みませぬが、何分此度の題目は外部に漏洩することを良しとせぬものなのです」


 朱や金、抹茶など上品な器に盛られた、これまた色彩豊かな料理の品々を吟味する男性は、神妙な面持ちでそう言った。


 彼は京都を中心に、近畿・中部地方の新人類たちを纏め上げている『四刀派よつとうは』の現当主であり、また一般社会でも投資家として成功した成功者・四刀よつとう伝一閃でんいっせんである。


 彼と対面する黒髪の少女――マイは相変わらずの無表情で吸い物を啜る。そして猫舌のため襲い来る灼熱地獄に小さく顔を歪めたのち、ゆっくりと伝一閃に訊ねた。


「派閥の同志の方々にもお話しできないこととは、一体どのような……?」


 マイが怪訝な顔で、鯛の煮付けを口にしたその直後、伝一閃の側近の男性が不思議な道具を持ってきた。


 外見はバジルの所有する『魔剣』と酷似している黒金の腕輪だが、取り付けられた小さな長方形の箱からは半透明のチューブが伸びており、先端は現在何にも接続されていない。

 道具の形状から、チューブ部分より何かを吸引し、腕輪に取り付けられた柄から噴射して使用するものだと思われるが、肝心の素材が見当たらなかった。


「これは『水双刃すいそうじん』という、私たち四刀派が開発した兵器です。天然水を込めた容器と接続した状態で、使用者が装着することにより、柄の噴射口から高圧の霧が噴射されます」


 伝一閃は腕輪から剣柄を取り外して噴射口をマイたちへ見せる。よく観察すると、形状だけでなく太さや色艶に至るまで、自在剣そのものである。


「開発されたのはいつ頃でしょうか?」


「1965年から研究が始まり、78年に開発されました」


 水双刃という兵器について正確な記録が残っているのなら、決して四刀派の同志たちに聞かれては都合の悪いことではないはずだ。しかし伝一閃はこの兵器を紹介する前、確かに「外部に漏洩してはいけないもの」だと口にした。

 明らかな矛盾についてマイは冷徹な面持ちで、


「伝一閃様。何故、この兵器についての情報が派閥内へ漏れ出でることを良く思われないのでしょうか? 構造や開発に関する内容をうかがったところ、知られては不都合な事柄などなかったように思われるのですが……」


「ええ。ですが私の知り得た情報の中に――四刀派同志の幾人かが、何やら良からぬ企てを考えている、というものが存在しておりして……この水双刃は、四刀派独立直後に萩谷派技術者と協力した結果、誕生した兵器でございます。彼らの遺産であるこの兵器の技術が悪用されることは、四刀派の崩壊に直結すると言って差し支えはありませぬ」


 伝一閃は不安を零すと、徐に側近の男性のほうを向いて、


「四刀派は独立した時より、当主の30年交代制を採り続けております。そして私も、翌年で30年を迎え、4月より息子の晶羅あきらに当主の座を譲るのですが……何分、まだ傍仕えすらままならない未熟者で、派閥の長を務めさせることが不安でなりませぬ」


「……つまり伝一閃様は、四刀派内部に存在する叛乱者を危険視しておられるのですね」


「然様でございます」


 伝一閃は自身の息子だという側近の男性に部屋を退出させると、唐突にマイへ頭を下げる。


「不躾なお願いをして誠に申し訳ありませぬ。どうか、四刀派の同志を装い叛乱を企てる不逞な輩を、私たちと共に排除していただきたい。私たちは新旧大戦に完全勝利するために尽力することを約束いたします。カーマイン殿、何とぞ、よろしくお願いいたします……!」


 彼の懇願を聞いたマイは目を伏せて、しばらく黙り込んだ。

 仕事に従順な彼女だが、目上の人間から許可を得ない限り、勝手な行動をすることはない。そのため、伝一閃の申し出を今すぐに承諾したい反面、ヴォルカンやローレンス派当主である父親の意思を確認することなく決定することはためらわれた。

 

 すると彼女の隣に座っていた、恵光派諜報部に所属する女性は取り出した無線機を彼女へ手渡す。

 マイは今しがた緊急連絡という手段に気付いたらしく、面食らった顔でそれを受け取り、すぐにエコービルとの連絡を試みた。


「――カーマイン・ローレンスです。本部に連絡、四刀派より依頼を受けました」


 砂嵐にも似た音声だが、時々聞こえてくる男性の声は間違いなくヴォルカンのものだ。


「依頼内容は、四刀派内部の叛乱者を発見し確保すること。わたしの独断で決定することはできかねますので、迅速な判断をお願いします」


「構いませんよ」


 即座に返答が来たことでマイは一瞬戸惑うが、すぐに平常どおりの真顔に戻ると、伝一閃の申し出を受け入れることを本人へ伝えた。


          ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 2022年1月1日土曜日。――某所。

 午前2時40分。



 明けましておめでとう。

 わたしは元気です。心配しないで。絶好調だから。

 それで、ちゃんと別れは言えなかったけど、ずっと想って、頑張っているわ。

 

 ……このまま、離れ離れだよな。

 

 ううん、そんなことない。わたしはずっと傍にいる。

 だけど今は少し遠くにいなければいけない。すぐに馳せ着けたいけど、わたしはこういう人間だから、しばらくは会えないの。すごく、残念だわ。

 それでもわたしは、ずっと想って、独りで頑張れるから。



「――えっと、お嬢さん? お部屋で何をなさっているのかな?」


 襖の向こうから女性が声をかけると、内側にいた人物は短い悲鳴ののち、恐る恐る顔だけをのぞかせた。

 妙に頬が紅潮し、荒い息に肩を揺らしている姿は、たいへんな違和感を漂わせている。


「……熱を冷ましていたの。ただ、それだけだから」


「こりゃ重症だな、おい……」


 明らかに様子のおかしい少女を前に、女性は頭を抱えるしかなかった。

 少女はフラストレーションが限界値に達しているらしく、赤橙の頬をしているにも関わらず虚ろな目をして額は青ざめていた。恐らく募りに募った誰かへの想いのやり場に困り果て、ついに場所も弁えず消化に耽ってしまったのだろう。


「あのなお嬢、別に年頃の女子なんだから行為自体は咎めんが、旅館という場所をよく理解したうえで好きにしなさいな。じゃないと、隣で飲んでるあたしに聞こえちまうだろ」


「ごめんなさい。何分、初めてだったから……」


「頼むから、声だけは抑えてくれよ?」


 軽く顎を引いて了承すると、申し訳なさそうな無表情を浮かべながら、少女は再び自室へと戻っていった。しばらくして布団に入る柔らかい音がしたのち、奇妙な沈黙へと切り替わる。



「「…………」」



「代表、大変ですっ!!」


 5分後――少女の襖を激しい剣幕で開け放った女性は、すぐに室内の異変に気が付いた。

 情景から少女の反応、不気味な音に至るまでの現状を女性が理解したところで、当人の少女は真っ赤な無表情で布団から全身を露にした。


「これは……違う、違う」


「え、ええ。わたしは何も知りませんよ……」


 女性は少し取り乱したが、再度険しい表情を浮かべて、


「とにかく、四刀派で事故が発生しましたっ。恐らく叛乱者によるものだと思われます!」


「……では、諜報部員は四刀派の方々の安否確認へ向かってください」


「だ、代表は、どうされるのですか!?」


 旅館で貸し出された浴衣の着崩れを正し、広範囲に及ぶ汚れを足先で器用に動かした掛け布団で隠しながら、凛々しい無表情を向ける。


「わたしは双葉さんのバイクで、犯人と思しき人物のあとを追います。3分以内に準備を済ませるよう、皆さんに言伝をお願いしますね」


「は、はいっ!」


 焦燥を滲ませた返事と共に、女性は少女の部屋をあとにした。


「……なぁ、お嬢。大丈夫なのか?」


 女性が去ったのを確認すると、隣の部屋から再び訊ねる『双葉』という女性。少女が精神的に不安定であることを知っている以上、先ほどの彼女は単に気炎を吐いただけだったのではないかと、とにかく心配でならない。


「大丈夫だわ。わたしは戦える、戦わなければいけないの」


「そっか、そっか。さすが、次期ローレンス派当主は肝っ玉がデカいねぇ」


「取りあえず、バイクを出してください。あと1分以内に出発します」


「はいはい、お嬢さま」


 愛想笑いを浮かる女性を尻目に、少女はその場で浴衣を脱ぎ捨てた。

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