33.狂乱波乱の舞台演出Ⅵ

 2021年10月30日土曜日。千葉県、房総半島某所。

 午前10時10分。


 アズガルズ・カーン率いる過激派の潜伏場所が判明し、すでに作戦部所属の各部隊が周辺を包囲している。その中にはバジルやマイ、『クリエイター』部隊に所属するHarderやラボンの姿もあり、まさしく攻撃に徹した陣営だ。

 しかし、こうも主戦力が一ヵ所に集中すると、裏をかかれてエコービルが過激派に攻められる可能性も考えられるのだが、ヴォルカン曰く「カーン派の連中はほとんどが脳筋」らしい。


 ――と、先日の森の入口手前で作戦準備を終えたマイが、改めて作戦を説明しようとしたその時、



「今回は、俺一人で突撃する。他は俺が呼ぶまで待機していてくれ」



 一人、勢いよく立ち上がって宣言したバジル。途端に全員の目線が彼のほうへ向くが、その眼差しの中に彼の言葉に賛成するようなものは勿論なかった。


「――ジル……危険なことを言わないで、心配もかけないで」


「大丈夫、俺は死なないから。それに……今回はこいつもあるんだ」


 全員の意見を代表して述べたマイに対して、バジルが懐から取り出して見せたものは、


「……自在剣があっても、ジルを単独では行かせない。行かせたくないわ」


「マイの言うとおりだよぉ、ジルくん。自惚れも大概にしないと、本当に大変なことになるんだからぁ……そぉゆぅの、ちゃんとわかってる?」


 マイの正当な訴えを後押しするように、ツインテールの機巧少女も剣呑な雰囲気を醸しながら、独断を貫こうとする白髪少年に鎌をかける。

 しかし、いつになく険しい表情の少年は、どこまでも冷静だった。


「今回の任務内容に『全員の確保』っていうのがあるはずだ。確かに俺は、戦闘テクニックに関して誰よりも劣っていると思うが、この自在剣と俺の力を使えば……誰も、殺さずに済む」


「お、劣っているとまでは言わないけどぉ……ボクたちだってぇ、殺さずに倒すことくらいは簡単にできるんだよね。自在剣しかできない、ってぃうのはさすがに飛躍しすぎだよ」


 どちらも頑として妥協することはなく、自分の考えを通そうとする。

 このままでは一向に埒が明かない――すると、マイの携帯している無線機が甲高い機械音を発したのち、参謀長の音声に切り替わった。


『楠森くん。確かに、君の言い分は勝手がすぎます。……しかし、君には別の理由がおありのようなので、是非とも皆さんにお聞かせください』


「ホントに目ざとい奴だな……」


 普段どおりのしたたかなヴォルカンに嘆息すると、バジルは自在剣を両腕に嵌め込む。


「片腕の自在剣を失った連中は、ただ無力化しただけでは止まらないと思う。そうなると、小さなミスが一人を失うことになり得る……こっち側も、あっち側だってそうだ」


 両手で、妖しい照りを纏った柄を握る。快い『バチュンッ』という音が鳴り響くと、マイたちは一瞬だけ驚いた。針に骨もろとも穿たれても真顔のバジルは、さらに言葉を紡ぐ。


「俺なら、傷も痛みも向けられる刃も、全てを受け止められる。俺は死を知らないから」


「ジル……わたしは、それでも……!」


「いや、ごめん。言ってきたこと全部、説得力ないよな」


 空色の双眸で、まっすぐにマイを見つめる。


「だから俺は、ただ一つの約束を守るためだけに、わがままを言っているんだ。今までに1度も良い勝負ができなくて、死ぬような苦痛を重ねて、それで結局心が折れた。ここで汚名返上しないと、もう俺は戦場に立てなくなりそうなんだ」


「ちゃんと、今日は来てくれた。だから、一緒に来てくれるだけでいい」


「それなら別に、俺じゃなくてもいいんじゃないか?」


 彼がそう言い放った直後、マイの両肩がビクンと跳ねた。


「たとえ俺の体質が珍しかろうが、俺は新人類じゃない。ちゃんと天辺から踵まで新人類で、能力も使いこなせていて、人格も真っ当な奴を探せばいい。世界は広いし、どのくらい時間がかかるかわからないけど、きっと見つかるよ」


 自分が選ばれた理由が『特殊な力を持っていること』のみだったバジルは、当時から今までそれだけをひたすら磨いて、一生懸命研磨したうえで難敵に敗北してきた。それも毎回、全身からおびただしい色と量の血液を垂れ流した、惨たらしい姿での敗北ばかりだった。


 自分には、特別な役割を任された理由がひとつしかない。ならば、それだけを鍛え上げることは何も変わった行動ではない。しかし今、自ら享受した試練への挑戦権を、仲間たちから取り上げられそうになっている。どうにかして取り返したいと思うのも、当然のことだ。

 バジルが無茶をしてまでも欲しているものは、いつも「自分が選ばれた理由」だった。


「今回に限らず、別にいつだって俺に替えは利いたはずだ。能力だって、移植する方法を見出せばいいだけのことで、俺が保有する意味なんてない。それ自体は咎めないよ。なんせどこのどんな世界でも、同じことをしているんだからな」


 家族、友人、恋人、社会。それらが欲する人材も、あくまで「理想像に近い人間」を求めているだけで、その人物でないといけないという訳ではない。その人物にしかできない、その人物だからこそ称賛される事柄、バジルはただそういった類のものが欲しかっただけなのだ。


「正直、俺はまだマイたちとどう付き合えばいいのか、わかってないんだ。これからも戦いを共にする仲間なのか、俺という人間を見込んで引き入れてくれた、かけがえのない俺の居場所なのか……誰かが決めてくれないと、俺はずっと中途半端な立ち位置に居ないといけない」


「ジルは、ジルだから!」


「だったら、今回の任務は俺にとって、ある種の大事な儀式なんだ。約束のこともあるけど、これからも俺を求めて貰えるようになるための儀式で、譲りたくないものなんだよ」


 バジルの本音を聞いたマイたちはしばらく沈黙して、互いの顔を見つめ合っている。


 それぞれがそれぞれの理由で、白髪少年の申し出について答えを決めあぐねていた。

 任務に差し障りがあると考える者や、己の力を過信する彼に呆れる者、賛同したいが周囲の空気を読んで言葉をのみ込んだ者まで様々だ。仮にバジルが一人で任務を行うことができるとしたら、それは同志全員が彼の実力を見込んで任務を委託した時だけである。


 それからしばらくしても、当然ながら結論は一向に出なかった。――しかし、どうやらこの現状を、魔剣は許してくれなかったらしい。


「なあ、マイ……」


「ごめんなさい。もう少し待っていて?」


 決定が遅れていることに謝罪するマイ。俯く白髪少年の顔をのぞき込むと、今まで一度も見たことないような険しい表情で、謎の震えと戦っていた。

 するとバジルは勢いよく顔を上げて、


「どうやら俺には、生半可な戦いをすることができないらしい……だから、ごめん」


「……大丈夫。ジルのことは、みんながわかっているわ」


「俺がなんで、こんな物騒な兵器を手にしているのか、よく理解できた」


「ジル、大丈夫よ。大丈夫だから」


 ところどころで話が噛み合っていない、バジルとマイは、その実互いを慈愛に満ちた双眸で見つめている。目で語っていると言わんばかりに、熱い視線と言葉を交錯させる二人の周囲はいつしか、和やかな空気で満たされていた。

 先ほどまで沈黙しながら、バジルの志を肯定するか否定するか悩んでいた同志たちも、二人のムードを感じた途端表情が明るくなる。

 バジルが折れて、マイたちとの共闘を受け入れる。完全にそう思われたが――、



「俺はもう、無所属にんげんをやめたんだ。俺は、そう……新人類ばけものなんだよ」



「ジルっ――!!」


 マイの鋭い制止を振り切って、バジルは森の中へと走り去ってしまった。

 すぐに彼のあとを追うため、幾人の同志たちも深い森へ入っていったが、すぐに戻ってきて口々に見失ったと呟いた。見失ったどころか、そもそも姿すら確認できなかったという事実を誰かに伝えることなく、各々が元の座っていた地面へ静かに腰をおろした。


 誰もが、バジルの行動を予測できてはいなかった。

 普段から怒鳴ったりせず、仲間が口にしづらい内容には触れないよう気を遣って、そのくせ戦闘の訓練や任務では、嫌がるどころか自らつらく苦しいことを享受する。気弱でふざけたような振る舞いをする一方で、自分に課せられた運命さえもありのままで受け止める、それが楠森という男だ。

 なぜ自分が、得体の知れない力を宿していて、武器を持たされて、狂ったような人間たちと真っ向から向き合って、そして心身ともに傷つけられなければならないのか。それらを、これまで一度たりとも、バジルが口にすることはなかった。


 マイや日和たちは、バジルが次々と自らに課せられる理不尽について追及してこないことを最初は良しと思っていたが――いや、今でも彼の奥ゆかしさを利用しているきらいがある。

 

 軽々と口にはできない内容であることが明白な事象について、バジルはこれまでほとんど言及してこなかった。そのためマイたちも「彼は真実を欲していない」と決めつけて、聞かれないことが当たり前だと思っていた。

 彼女たちにとって、今回のバジルの強行はある種の報いだったのかもしれない。


「……ひとまず、ジルのあとを追いましょう。この先で、ジルが敵勢力との苦戦を強いられている可能性もあります。その場合、『ヘヴィーズ』は彼の援護、その他の部隊は敵勢力の増援が来る前に拠点を制圧してください。……以上、作戦開始」


 凛とした表情のマイは、バジルを独りで行かせてしまったことに責任を感じつつも、冷静な振る舞いを維持している。


 マイの指示を聞いた者たちは重い腰を上げて、それぞれ部隊に分かれながら以前と同じ洞窟を目指した。現在の地点から洞窟まで、1キロメートル前後の距離がある。彼らがこのままのペースで進んでいくと、凡そ15分程度で到着するだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る