20.目に見えるきずな

 2021年8月27日金曜日。神奈川県川崎市、私立新川学園、校庭。

 

 高等部1年1組の5限目の授業は体育――体育祭の競技練習だ。


 各々が自分の出場する競技種目の練習をする中、隅に2本だけ引かれた白線の内側で走る男女は、他の生徒と比べて競技に対する意欲が全く違った。


 なぜ彼らの意気込みが他を軽く凌駕するほど凄まじいのか、それは当事者さえ知り得ないことであり、元より理由など存在しなかったのかもしれない。


「前日になって、ようやく息があってきたね」


「ま、毎日練習したから、かな……」


 水分を補給しながら、少年少女は自分たちのレベルアップに対する歓喜を噛みしめる。少年のほうは途中で付き合いが悪くなり練習時間は減ってしまったが、放課後は毎日欠かさず二人三脚の練習に励んでいたことは事実だ。


 最初はよくわからない理由でペアを組んだ男女が、日にちと練習を重ねるごとに仲睦まじくなっていく様は、まさに青春謳歌のそれである。

 彼らが体育祭本番で優秀な成績を残すことができれば、その栄誉と男女間に生じた絆が認められ、あわよくば翌年も男女ペアの二人三脚が競技種目に加えられるかもしれない。


「偉そうなこと言うけど、クラスのためじゃなくて、二人のために優勝したいよね」


「ふっ、二人だけの、ため……」


 少年のキザな台詞に対して、少女は恍惚の表情を浮かべながら言葉を繰り返し唱える。


 いまだ気付いていないようだが、色々な意味でクラスメートたちの視線はその二人に向けられていた。体育の授業の直中で堂々と逢瀬を満喫していれば、当然注目されるだろう。



 しかしこの時、少年は気付くべきだった。


 うら若き恋乙女というものは、相手に対する想いが昂れば昂るほど、比例して体温や疲労の蓄積も増してしまうのだ。バレンタインの日に意中の相手へチョコを渡した少女が、翌日に精神的不調に陥っているのがその証左である。


 尤も、この少女の場合は精神面でこれ以上ないほど健康だが、身体面ではすでに異常を来していた。


「明日は頑張ろうか、郷さん」


「うんっ! よろしくね、楠森くんっ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る