3.アイアムインドアⅡ

 一同は東京テレポートから徒歩数分、お台場の某海浜公園へ到着した。今日は朝から快晴のうえ涼風が吹いており、最高のお出かけ日和だった。

 それもあってか、8月ながらビーチは大変に混んでいる。


「なあ楠森。お前、ぶっちゃけ誰が本命なんだよ?」


「えっ、そ、いや、えっと……」


 海を臨む場所にビーチパラソルを立て、その陰で二人はくだらない話を展開する。

 黄色がかった茶髪の少年の質問に、白髪で細身の少年は頭をポリポリと搔きながら戸惑いの色を見せる。本日のメンバーで唯一の男子たち――萩谷暁月と楠森バジルの話題は、他3名の女子に関するものだった。

 ちなみに二人はとっくに水着姿になっており、今は女子陣の着替えを待っているところだ。


「言い淀むってことは、当てはまる娘がいるってことな?」


 相変わらずの軽口で、暁月はバジルに追及する。確かに、メンバーの女子陣は皆一様に美人で、仮にバジルがその一人に好意を持っていてもなんら不思議ではない。

 しかし、そんな暁月の考えに対して、彼の隣に座るバジルは白い髪を振り乱しながら否定した。


「……まあ、どっちでもいいけどねー」


 暁月が退屈そうに呻いても、バジルの回答は同じ。彼は単に仲のいい友達が欲しい、そしてその友達と普通の高校生活が送りたいだけで、それ以上の関係を望んでいるわけではない。それを短い付き合いながらに暁月も理解しているようで、呆れている反面バジルの素直さに感心している。


 ――と、二人が友情を少しだけ育んだところで、背後から軽快な足音が近付いてきた。

 「おーい」という呼び声に男二人が振り向くと、



「「お、おお……」」



「何シンクロしてんだよっ!」


 即座に歌咲の突っこみが入る。

 駆けてきた3人はそれぞれ――麻衣は白で歌咲は赤のビキニ、愛理はライトグリーンのワンピースの水着だった。


「歌咲とおじょ――黒崎さんはスタイル抜群だから、ビキニがすんごい映えるね! 郷さんはワンピースの清潔感と僅かな膨らみが、またそそるよなぁ……」


「あのさ暁月、それって褒めてないよね? アタシらを性欲の捌け口にしないでくれる?」


 普段から仲のいい暁月と歌咲の言い合いを、他の3人は生暖かい目で見守る。

 しばらくして一段落がつくと、バジルが不思議そうな顔で麻衣に訊ねた。


「あ、あれ……みんな、泳がないんですか?」


「そういえば楠森くんに言ってなかったね。ここって、遊泳禁止なの」


「――そ、そうですか……」


 今さらどうしようもない事実を告げられ、バジルは大仰に顔を引きつらせる。

 この日のために水着を買って、アパートの共用の浴室で泳ぐ練習もしてきたバジル。そんな彼に突き付けられた『遊泳禁止』の約束事は、彼の努力を徒労だと間接的に嘲笑うものに等しかった。

 途端にボルテージが最低まで下がってしまった白い髪の少年に、励ましの言葉をかけられる人間なんてこの場にはいない。


「と、取りあえず、レストランに行こっか……ね?」


「あ、はい」


 麻衣の提案が、今回は最善の打開策となった。座り込んだ男子二人が立ち上がると、5人は足並みを揃えてお台場海浜公園にあるレストランへ――。


          ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ただ可愛い女子高生3人が、水着を披露するだけで終わってしまった行事は、レストランへの避難によりなんとか延長することが叶った。

 2階にあるイタリアンレストランに入店した一同は、隅のほうのテーブル席に座りながら、ただ雑談に耽っている。ちょうど20分が経過した。

 そんな彼らの今の話題は、なぜかとても物騒なものだった。


「最近また出たらしいね。あの『赤い人』」


 その話題を切り出したのは、普段は消極的かつ真面目な愛理だ。


 

 川崎市では、5年ほど前から連続殺人事件が頻発している。その被害者は延べ20人以上、被害者らの関係性や凶器・犯人像は不明。最近では「複数犯による犯行の説」が有力で、小中学生の登下校にまで多大な影響を及ぼしている。

 何よりひどいのが被害者らの扱いで、ほとんどの死体は斬殺されており、しかもそれら死体の発見現場は普通の道路が大半を占める。今までに何人もの子供が傷だらけの死体を目撃し、トラウマになって学校に行けなくなってしまった……。そんな話が連日、テレビやラジオなどのメディアで取り上げられている。

 被害者全員が川崎市民であるこの事件についていえるのは、バジルや日和を含む周辺住民の誰も彼もが危険であるということだ。

 川崎市民を狙った連続殺人鬼――今までに何人もの人間を殺し、血液にまみれたその人物は人呼んで『赤い人』。唯一の目撃者が命名したこの呼び名を知らない者は、恐らくいない。



「でもあれって、みんな斬殺なんだろ? だったら凶器は刃物じゃん」


 暁月が当然とばかりにそう言うと、愛理が顔をしかめ、


「人を斬る刃物って、ナイフとかじゃないよね。刀剣、かなぁ……?」


「そんな物騒なモン、持ち歩いてる奴なんていないでしょ」


 暁月の言うとおり、人間を路上で容易く両断できるような武器を持ち歩く人間なんて、見かけたらすぐに通報される。

 仮に今まで、通報しようとした人まで殺されたのなら理解できるが、もしそうならなぜ唯一の目撃者を殺さなかったのか。――巷ではその目撃者が川崎市民ではなかったせいだといわれているが、新聞やニュースでは個人情報など語られるはずもなく、その噂の真偽も確かめようがない。


「聞くところによると、犯人はガラスみたいな剣を持ってて、紺色のローブを着た細身の男、らしいけど……」


 たまたまネットで事件の詳細を調べていたバジルが、重々しい口調で呟く。


「ガラスの剣――そ、そんなので人斬れんのかよ⁉」


「暁月とか変態だし、案外斬れそうだよね」


「どういう意味だよ!」


「とにかく、死体を道路に放置するのは怖いよ……わたし、転がってるの見ちゃったら、絶対トラウマになるし……」


 暁月と歌咲のしょうもない絡みを聞いていた愛理が、少し青ざめた顔で不安を零す。

 もしやその惨状を想像してしまったのだろうか……彼女の顔色は段々とブルー一色になっていく。

 殺人事件なんて、発生した場所の付近に住んでいる、というだけの人間には他人事にしか聞こえないだろう。しかしこの惨殺事件はその例外――被害が大きいうえに死体の処理が雑で、直接の被害を被っていない人間にも被害が及ぶ可能性が極めて高い。万が一を想定できないとそれこそ一生のトラウマになりかねない。

 だから全員が愛理の言葉を肯定し、脳内で今までの事件を反芻した。

 

          ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 レストランの食事を終え、それぞれの都合で現地解散となり、


「それじゃー、みんな。気を付けてね! また明日っ」


 麻衣の朗らかな挨拶を合図に、各々が別々の手段でその場をあとにした。

 ――愛理は買い物のため、姉の送迎で渋谷へと向かい。

 ――歌咲と暁月は、なぜか東京テレポートで合流した日和と横浜へ赴き。


「…………」


「え、えっと、楠森くん?」


「なっ、なんでしょう。黒崎さん……?」


「わたしたちも帰ろっか」


「そ、そうですね、はい」


 バジルと麻衣の二人は東京テレポート駅から電車に乗り、


「あっ、席空いてるね。座る?」


「ああ、はい」


 少し気まずい雰囲気を醸しつつ、向かい合って席についた。

 先ほどの『赤い人』のこともあって、麻衣を一人で返すわけにはいかない空気になってしまったので、強制でバジルが付き人役に選ばれたのだ。そのためこの二人の相性など微塵も考慮されておらず、現状の気まずい雰囲気に至っている。


 何か話を振らないと――そんな焦りから、バジルの沈黙は正面の少女以上に深刻なものだった。というより、彼の纏う『今は話しかけるな』というオーラが非常に濃い。

 しかし、微妙に空気を読めない麻衣が、


「どうしたの? ……緊張してる?」


「――えっ、いや、別に……」


「わたしのことは別にいいよ。もし寂しくなったら、わたしから話題振るし。ね?」


「は、はい……」


 明らかに様子のおかしいバジルに対して、麻衣は優しく微笑みかける。

 そんな気遣いを彼女にさせてしまって本当に申し訳ない。バジルは激しい罪悪感と自己嫌悪に全身を襲われた。

 だがそれと同時に、バジルの心に麻衣と仲良くなりたい気持ちが、一気に募る。それが恋愛感情かどうかは不明だが、二人が歩み寄るきっかけになったことは否めない。


「こ、このまま平和が続けばいいんだけど……」


 そう呟いたのはバジルだ。

 ただ、その言葉の真意まではよくわからない。平凡な安寧、つまり平穏が欲しいという意味なのか、最近調子のいい自分に対する戒めなのか。それとも――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る