里帰り
「本当に? ここって、湖畔の……」
カエデが冒険者ギルドの出張所を兼ねている小屋近くの湖畔で、風にさざめく湖に向かって呆然と佇んでいた。
「うん、うまくいったね。昨日、ちゃんと僕一人では成功したんだけど、カエデも一緒に連れて来たくて。せっかくの週末なんだし、ね」
僕達は今、湖のほとりに立っていた。例の湖の乙女、リィブが居る湖。かつて、カエデの先祖であるティファンヌ公爵家のお城があった場所でもある。
「でも、待って。転移魔法って、確か相互に魔法陣を設置する魔法だよね?」
そこで、もう一人の同行人であるニーナが、呆気にとられたように周りを見渡しながらそう言った。
この魔法はまだ実験段階だったので、それを同意の上で帰郷を兼ねたカエデだけを誘ったのだが、ニーナはなんだかんだと理由をつけてついてきた。まえから湖の乙女に会ってみたいと言っていたので、理由はそんなところかもしれない。
「それね、そもそも転移魔法の使い手にとっては、マーカーは自分の記憶の中にあるからいらないんだよ」
前々から少し引っかかるところはあった。
なぜなら界渡りの時には、カエデに引きずられたり、ニーナに引きずられたり、ずっと以前に無意識で飛んだ時も、たぶんリィブやリンに引きずられて湖畔に来た。一度だけ、変なダンジョンに飛んだことあるけど、あれだって誰か知っている人がその近くにいたのかもしれない。
もちろん人に限ったことではなく、一度でも行ったことがあり、しっかり場所を印象付けさえできれば、それがマーカーになるのだ。
僕にとっては無意識だったため、それが人であっただけだろう。
「ダンジョンに設置されているのは、誰でも使えるワープ陣でしょ。即ち、転移魔法陣を使えない人を前提に設定されているから、それぞれがマーカーと転移、両方の役割をしてるんだ。だけど、転移魔法陣そのものを使える本人なら、狭間に一つ展開すればいい」
「え、え? え、じゃあ。もう実験とか成功したってこと?」
僕は、苦笑しつつ首を振る。
「もちろん転移魔法は使えたけど……なんていうか仕組みが分かったから、やってみたら出来ちゃったっていう感じで」
ポカンとした二人の心情が、手に取るようにわかった。なぜなら、僕も同じ気持ちだから。
「上位魔法の界渡りが普通に出来るんだから、考えてみれば当然だったんだよね。目標にするマーカーが世界を跨いでいるか、いないかだけの違いだったんだから」
同じ魔法だと聞いたことで、ハードルを簡単に越えてしまった。もともと僕は、異界渡りは魔法じゃないと思ってたし。
「ただ問題があって……当たり前なんだけど、魔法陣が世界や空間の狭間に展開しちゃうんだよね」
そんな場所に、魔法陣の設置実験など出来ようはずもない。ただ魔法陣の展開自体はできるのだから、ちょっとだけ希望が出てきたという段階なのだ。
「ちょうど週末だったから実験がてらこっちに来たけど、来週から本腰いれて頑張ろうと思って」
「そっか、頑張ってるのね」
「そのおかげで私はここへ来れたんだもの、すごく嬉しい。ありがとうリュシアン!」
そこへきて、ようやく嬉しさが込み上げてきたのか、カエデは僕の手を握ってブンブン振って、そのままの勢いでスカートを翻して小屋の方へと走っていった。
「……じゃあ、乙女には後で挨拶するとして、僕達も行こうか」
つむじ風の様に去っていったカエデと、微かにさざめく湖面を見比べて僕はそうニーナを促した。ニーナは初対面だし、また落ち着いてから紹介したほうがいいだろう。
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