ベアトリーチェの研究

「昨日も思ったけど、ずいぶん画期的な研究なのに、なんというか周りの目が……えーと、そう、好奇的というか」

「気を使わなくともよい。要は、酔狂な研究じゃと思われておるのじゃ」


 ベアトリーチェは、どこか諦めたようにため息をついた。


「あ、それそれ! 私も思った。どうしてかしら」

「……俺は、何となくわかるぜ」


 ニーナとベアトリーチェの会話に頷くカエデに、分かりやすく不機嫌になったダリルがソッポを向いて答えた。


「え? そうなの?」

「そりゃそうさ。それなら聞くが、お前らはこれが必要か?」


 指を指されて、一瞬ぽかんとしたカエデだったが、すぐに周りを見渡して納得したように呟いた。

 

「……あ、そうか」

「そうだね、それなりに魔力を持っている人にとっては無用の長物、ということになるんだね」


 僕もそれに頷く。

 魔力無用の道具に限っては、なにかしら用途はあるだろうけど……それにしたって、大概の場合は起動に少しの魔力を使えば済む話だ。蓄魔技術のおかげで、魔石のグレードを落とせる利点はあるけど、こういう道具を使うのはやはり経済的強者なので、必須となるかは微妙なところである。

 ただ、魔王……というかお祖母様が、一番にラムネットを紹介したからには、なにか必要な技術ということにはなると思うんだけどね。


「要するにこの研究は、獣人や魔力のない人族、ドワーフなんかの亜人の為のものだってことだ」


 チラチラと時折こちらに視線を向けていた他の生徒に、ダリルはギロリと睨み利かせ、本人にその気はないのかもしれないが教室中に聞こえる声で言い放った。言い方は悪いけれど、一般的に貧しく、最下位層に位置する人々のための開発なのだ。

 獣人混じりだと不当に追いやられ、一年中寒く痩せた土地の集落に住んでいた頃を、ダリルは苦々しく思い出しているのかもしれない。

 ドリスタン王国の学園もそうだったが、基本的にここに通う多くの生徒や、その家族にも魔力を持つ者が多い。例外こそあれ、魔力の大きさ、その有無は、経済的、また身分、地位にほとんど比例する。

 ラムネットをスカウトした研究員は、変わり者で有名な人物であった。

 名家の出で有能ながらも、遺跡に籠っては訳の分からないガラクタを拾ってきて研究している変人、との評価が大方を占めるらしい。魔王が後ろ盾になっていなければ、とっくの昔に塔から追い出されていたかもしれない。

 蓄魔技術関連の研究開発は、魔王その人が有用だと太鼓判を押して認めているが、正直、魔力至上主義の世に於いて、これらの装置に価値を見出せない者が多いというのも現実だった。


「それで、ベアトリーチェは今はどんなことをやっているの?」

「そうじゃったな……、これじゃ」


 ベアトリーチェがテーブルの下の棚から取り出したのは、少々形が特殊ではあったが、持ち運びが出来るタイプの魔石ランプだった。


「……ランプ?」

「見て欲しいのは、道具そのものではないのじゃ」


 そう言って、分厚い辞典程の大きさの台座を、ランプから取り外した。

 何の変哲もない台座に見えたが、ちょっと自慢げに頬を赤らめ「どやぁ!」とばかりに差し出してくるところ見ると、ただの台座ではないようだ。

 手渡されたそれは、ずしりと重かった。


「魔力を感じる……」

「そうじゃろ。でも、魔石は入っておらぬよ」

「……え? これ、魔石の魔力じゃないの?」

「魔力を集めるために魔石は使っておるが、これには入ってない、という事じゃ」


 ベアトリーチェは、机の横に置かれたものの上にかぶせてあった布を取り払った。


「蓄魔システムの本体はこっちじゃ」


 そう言って見せてくれたのは、ただの大きな箱のような武骨な機械。その腹の部分に、先ほどの台座が幾つか嵌っている。


「ランプの台座ばかりこんなに……」

「これは、なにもランプの台座というわけではないのじゃ。今は試作品ゆえ、分かりやすい道具に使っているに過ぎぬのじゃ」


 ラムネットの作る蓄魔装置はもうちょっと小型だが、どうしても蓄魔システム全部を内蔵すると大型な道具に採用せざるを得ない。何しろ嵩張るからだ。


「大量の魔力を使う大掛かりな装置ならそれも構わぬが、一定の魔力を微量づつ消費するようなでランプなんかには使えぬであろ? そこで蓄魔のシステム本体と、魔力を溜めて置ける仕組みを、なんとか別個に出来ないものかと考案したのが、これなのじゃ」

 

 と、威勢よく説明したのち、少し小声でもごもごと付け足した。


「正直なところは、限られた資金で苦労して買った蓄魔装置を、なんとか使いまわせぬかといじくりまわした結果なのじゃが……」


 どうしても高額になる蓄魔システム。実験のためとはいえ、それぞれの道具に一つずつ付けることが叶わず、一つの蓄魔システムを使いまわすための苦肉の策だったらしい。

 他の研究クラブが潤沢な費用を使って派手な実験をする中、ちょっと貧乏くさい理由なのが恥ずかしかったのか、言葉尻に行くほどベアトリーチェの勢いが失わていく。


「……あっ! なるほど」


 そんな中、いきなり大声を出した僕に、全員の視線が集まった。


「な、なによ、びっくりするじゃないの」


 ニーナを始め、カエデやダリルは「今度はなに?」と言いたげである。どうやら彼女達も、他の生徒たちとほぼ変わらずへえー……としか思ってないようだ。


「これって、電池だよね!」


 違う、電気じゃないから、魔池……? いや、読み方わからんけども、ともかく発想はそうだ。

 僕の内心の興奮を余所に、一同はまとめて首を傾げていた。

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