寮にて2

「この腕輪と、ピアス、個人認証用のチョーカー。これらは全部、姉の開発した蓄魔技術が採用されているんですよ」


 ジャンはそう言って、腕や首、耳を指差した。

 まだ一般化されているわけではなく、ジャンは試験運用の一つとして協力しているのである。

 保有できる魔力の大きさには個人差があり、その回復には、自己回復や大気や周囲から吸収する能力、スキルを使っての譲渡など、方法は様々であるわけだが、どちらにしても個人の許容量を超えて魔力を溜めておくことは出来ない。それを曲がりなりにも可能にしたのがラムネットの開発だ。

 魔力がまったくない獣人などにも使用可能で、現にラムネットはこのシステムのおかげで魔法錠を操作できるのである。何でも当時、一人で塔に出入りできなかったラムネットを、魔法錠を開けられぬ者に塔に登る資格はないと嗤った輩に、たった数日で既存の蓄魔技術の応用で新たなアイテムを完成させて、相手をぎゃふんと言わせたという逸話があるらしい。

 ともあれ、食事の時間には少し早かったので、男女それぞれの階段を使って談話室がある三階まで移動することにした。寮の階段は、男子寮、女子寮それぞれ個別にあり、もう一つ緊急用に普段は使わない非常階段があった。

 一度部屋に戻り制服から部屋着に着替えると、改めて談話室に集合した。男女が使用できるこの談話室は、寮内では数少ない全員で合流できる場所なのである。

 全員が揃ったところで、落ち着いてジャンの話を聞くことにした。


「父は妖狐族でしたが、姉の母は獣人で、俺の母も獣人とのハーフでした。俺には多少なりとも魔力がありましたが、姉にはまったく魔力がなかったんです」


 もともと帝都に住んでいたらしいが、父親の都合で故郷に戻らねばならなくなったという。獣人にとっては魔力がないのが普通でも、妖狐族の集落では、ラムネットやジャンはかなり異質だったに違いない。

 ラムネットの母はすでに亡くなっていたが、ジャンの母親は、数年もしないうちにラムネットとジャンを連れて帝都へと戻ることになった。どうやらいろいろあったようだが、ラムネットはその頃から機械工学に興味を持っていたので、いろいろな資料が手に入る都会の方が都合がよかったと喜んでさえいたという。

 そんな中、たまたまラムネットの開発したものに目を付けた魔界の研究員が、彼女をスカウトして魔界学校へと誘ったというのが大まかな経緯だった。


「魔界で研究されている蓄魔技術のほとんどに、姉が関わっています」


 試験的ではあったが、今では色々な物に使われ始めているらしい。

 もちろん前提として魔石が必要だし、いまだ研究中の新技術なので安価ではないが、魔力が皆無な者が疑似魔力を使うことができる点で画期的であった。

 魔石と連動させて起動する器具や魔法陣は今までもあったが、最大の相違点は自身の魔力のように使うことが可能ということだろう。

 そして、魔王はこの開発を個人財産として認めたため、ラムネットには関連使用料などの代金が定期的に入るようになった。いわゆる特許のようなものである。


「魔王様のおかげで母にも十分に仕送りができるし、僕もこうして学校に通わせてもらえてる。とても感謝してるんですよ」


 姉の影響なのか、ジャンも機械仕掛けの魔道具の開発を研究テーマにしている。

 多く出回っている魔道具は、使用者の魔力ありきのものがほとんどだ。一方で、魔力のすべてを魔石に頼った道具は、当然ながら高価になってしまう。けれど、ラムネットの技術を使えば、ごくわずかな魔石で蓄魔システムが構築できるため、庶民にも手が届くものが作れるのではないかと予想されている。

 蓄魔の方法は、大気中に浮遊する魔力を吸収するか、または人為的に魔力を注入する、この二つだ。効率がいいのは直接魔力を注入する方法で、これだと結局は魔力が必要ということになってしまうので、大気中の魔力を素早く溜めることができるようにすることが最大の課題のようだ。

 話を聞いてると、アレっぽい……ほら、太陽電池みたいな感じ?

 とはいえ、この辺はラムネットが塔の方で本格的にやっているので、学生のジャンとしては、出来る範囲で蓄魔技術を使った道具などを作ったりしているようだ。


「それじゃ、ベアトリーチェもそっち関係ってことよね」


 商人魂をくすぐられたのか、人一倍熱心にジャンの話を聞いていたアリスがそう質問した。彼女たちは、ジャンがベアトリーチェのクラブに入っていると知っているため「そう言えば」と頷いている。


「へえ、そうなんだ。面白そうなテーマだもんね」

「そうじゃろ! 妾は、ここに入学する前から興味があったのじゃ。ラムネットのことを、すでに父に聞いておったゆえにな。なのに……」


 立ち上がりそうなほど勢いよく頷いたベアトリーチェは、けれど言葉尻にいくにつれ力を失っていき、心なしかむくれたような顔になっていった。


「妾が立ちあげたクラブには、一人しか賛同してもらえなかったのじゃ」


 当然、ジャンのことだろう。

 たった二人の活動では、学校の援助もほぼ受けられず、毎年の活動評価も惨憺たるものだったようだ。聞けば、彼らは揃って学校の成績は優秀らしく、教師からも才能を惜しまれてもっと評価がつく研究をするようにと、毎年諭されているらしい。


「今年は自信があったのじゃ……まあ、結果は塔への入所資格を得るには至らなかったのじゃがな」

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