知識の塔2

「彼女は魔道具を扱う階層の責任者、ラムネット・カナリアよ」


 お祖母様がそう言って、一人の女性を紹介してくれた。ここは三十三階。階段と幾つかのワープ陣を使ってやっと到着した場所だ。当然、一回来たくらいでは覚えられそうにない。

 魔法陣なら一発で覚えられるのにね……。


「コーデリア様のお孫さんなんですってね、ラムネットです。よろしくお願いします」


 尖った耳がピコピコ動いて、毛足の長い尻尾が身体の端からユラユラと見え隠れしている。

 えーと、キツネの獣人族かな? 

 年齢は、三十代前半くらい……軽くお辞儀をして、握手を求めてきたので、僕も慌てて手を出した。彼女は白衣姿だったが、その首には五芒星のチャームが付いたチョーカーを付けていた。

 首輪ってわけじゃないよね?


「ああ、これ? これは個人識別用の魔具ですよ。私には魔力がないので」


 そう言えば、ここに来るためには幾つかの魔法陣仕掛けの鍵を開けなければならなかった。そして、その起動条件は魔力なのだ。魔道具は、魔力がない者、少ない者、属性による制限を受ける者を、補助したり力を増幅させたりすることもできる。もちろん魔力を使うことにより、使用できる魔道具も数多くある。


「魔道具の研究所は三十階から三十五階にいくつかあるわ。それぞれの行き方はまた教えるわね。あとは、魔法陣系の研究所が三十九階から上よ。その辺りは階段があまりない階層だから、ワープ陣を繋いでいくことになるわ」


 そんな説明を聞いていると、僕らが先ほど通ってきたワープ陣がある部屋の扉が開いた。


「……コーデリア様、遅くなりました」

「よく来てくれました。リュシアン、彼が、魔法陣関係の研究所を束ねるニコル・エンゾ・ディオンよ」


 お祖母様がそう紹介すると、彼は僕の方を見て小さく頭を下げた。


「よ、よろしくお願いします」


 すごく背が高い。というか、細長い。

 浅黒い肌、尖った耳、青い瞳と銀色の髪。すごい、聞いたそのままのダークエルフだ。二十歳前後に見えるけど、お祖母様の説明によると、彼はこの塔でかなりの古株ということだから、それなりの年齢なのだろう。帝国貴族出身らしいけれど、かなり以前に生家を勘当されたという経歴を持っているようだ。


「リュシアン、あなたの身分はエドガー君たち同様、他国の留学生として扱うことになるわ。塔の中でも、研究の内容を知るのはこの二人と、一部の手伝いの研究員数人だけ。もちろん全員に、守秘の契約書を交わしてもらうわね」


 魔法による契約書。条件発動の魔法で、どんな手法であろうと秘密を漏えい出来ないとのことだ。契約書はピンキリで色々なものがあったが、最後に交わした契約書は、お祖母様お手製の特別なものらしい。

 塔での研究は、ほぼ国家事業が絡んでくる重要機密なので、ここの研究に携わる際には多かれ少なかれ契約魔法は交わすらしいけれど、最後の契約書は研究内容ではなく、僕の個人情報についてだった。


「リュシアンの研究室は、三十七階。この階層は今は使われていないから自由に使っていいわよ。ニコルとラムには行き方と鍵の設定をしておくわ。もし手伝いを派遣するなら、使い切りの鍵を渡すから申請して頂戴」


 ラムネットとニコルが頷くと、お祖母様は僕の方を振り向いた。


「これからの活動のことは、明日にでも研究室に資料や道具を運び込むから準備が整い次第、詳しく話すわね。それから……」

「……あの、お祖母様」


 今日は顔見せだけだったので、ニコルとラムネットの二人は立ち去った。そして僕達も、受付階に戻るためにワープ陣をいくつか渡りながら通路を歩いていた。


「助手のことですが、ニーナ達にお願いしてはダメですか? それとも、ここへは僕しか来れないのでしょうか?」

「そうね……本来なら難しいわ。でも、見知らぬ人ばかりの中ではリュシアンも気疲れしてしまうわね。わかったわ、大勢は無理でも一人か二人、人手がいるときに許可が出るようにしておくわね。ただし、魔力登録じゃなく、魔具による仮登録で入って貰うことになるわよ」


 もしかして、あの首輪のことだろうか? 

 どうやらあの魔道具は、魔力が無い人だけでなく、仮登録用にも使用されているようだった。立ち入り制限がある場所への入場許可証のようなものだろう。

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