寮3

 話が逸れてすっかり意識がペシュにいってしまったが、ニーナにそう聞かれて僕は思わず手を叩いた。この寮が思った以上にシステマチックに管理されている様子を見て、普段は姿を隠しているもう一人の存在を思い出したからだ。

 寮の門を前に、鍵を開けているお祖母様に慌てて声を掛ける。


「もう一人、寮に入る許可をしてもらっていいですか。あっ……部屋はどうするんだろう、いらないのかな? えと、あっちの学園ではどうしてたの?」

「?……な、なにを一人で喋っているのじゃ……」


 お祖母様に話しかけた後、いきなり誰ともなく話し出した僕に、ベアトリーチェはキョロキョロしている。


「ああ、いつかの彼ね。もちろん、寮には入れるようにしておくわ。もし、部屋がいるなら用意するわよ」

「どうする? ゾラ」


 僕がそう聞くと、何もない空間から音もなく現れたゾラが、静かに片膝をついて顔を伏せた。いきなり現れた人影に、ベアトリーチェは腰を抜かすほど驚いている。


「部屋は必要ございません。普段は境界に身を置いておりますので……」

「……まあ、境界?」


 僕も初めて聞いたことで驚いたが、お祖母様はもっと驚いたように口元に手を置いた。思わず言いかけたことをとっさに隠したようにも見えた。

 ゾラは口を噤んだお祖母様の方を見て、窺うようにこちらに目配せしたので、僕はすぐに頷いた。説明してもよいか、という確認だろう。


「……お察しとは存じますが、私は精霊憑きです」

「ごめんなさい、驚いてしまって。話には聞いたことはあったけれど、本当にそんな空間があるのね」


 お祖母様は、精霊憑きという出自には言及せず、あえて狭間のことを言った。

 精霊憑きと呼ばれる彼らは、使役する精霊獣の力により、ここに居て、ここではない狭間の空間に身を置くことができるらしい。その現象について独自に研究している機関もあるらしいが、彼らのほとんどは他人と交わることを極端に避けることが多く、ほとんどが仮説の域を出ないことが多いという。


「新学期が始まる数日前になれば、寮や購買も通常通り稼働するけれど、それまで食事は、職員棟近くのカフェで取れるようにしておくわね。それから寮は、共有スペースを使いやすいように、三階の部屋を用意したわ。申し訳ないけれど、男女ともに相部屋で我慢してね。広いお部屋なので大丈夫だと思うけれど」


 建物に入ると、ベアトリーチェの先導で歩きながら、お祖母様は、学生のいない静かでがらんとした寮の中を案内してくれた。こうして僕達は、こちらでの学校生活の拠点を手に入れたのである。

 明日からがいよいよ本題、僕はお祖母様と共に塔の上部へ行くことになる。

 ニーナやエドガー達は、ベアトリーチェが高等課程が使っている教室棟や実習室、研究棟、購買部など、学校の中を案内をしてくれるという。

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