大神殿にて2
「すでに報告は行っているはずだがな、皇帝陛下? 事態はすでに動いておるのだ」
黒ずくめの青年が、ため息交じりに手を組んだ上に顎を乗せ、いささか面倒そうに答えた。皇帝陛下、という敬うべく呼称も、この男が言うとどこか見下ろしたような表現になるから不思議だ。
「だが、あちらの世界と行き来が出来るからなんだというのだ。もとより、一人二人移動で来たところで、何も変わりはせぬではないか」
「だからこその、今回の技術者の召喚ではないか」
話を聞いてなかったのか? と、魔王は揶揄するように片眉を上げた。
思わずビクッと身を引いた皇帝が、すぐに取り繕うようにコホンと咳払いした。
「いや、も、もちろん聞いていたとも。その技術者とやらが、其方の縁者だということもな。そのような身びいきで、世界の大事を……」
「誰だろうと関係がない。これは神の使徒、麒麟の思し召しだ」
話の論点をずらした皇帝に、魔王が不機嫌そうにピシャリと遣り返した。
台詞を分断された形で遮られた皇帝は、何やら言い返せるネタはないかと、苛立ったように机をしきりに指で叩いていた。
「これは、なにも急にふってわいた話ではないはずよ」
諭すように、教皇が静かに割って入った。
「これまでもずっと議題に上がり、それが叶う方法が模索されてきた案件です。その手段がなかったゆえに、具体的に話が進まなかっただけなのだから」
もとより、情報や技術、世界情勢などは交換しあっていた。大陸が分断された三百年前、当時の魔具研究施設などにあった魔石通信のおかげで、ほんの一握りの細い繋がりが保たれたのだ。
「計画が成就すれば、荷物や大人数の移動も可能になるわ。環境の違う二つの世界、もはや一つにすることは叶わぬとしても、それぞれ生きやすい世界に移り住むことを望む者はいるでしょう」
例えば魔族やエルフ、魔獣などは、魔力が豊富な世界に移り住むたいと願うかもしれない。これまでも、双方の世界で引き寄せ合うように、または神隠しのように、物や人が消えたり、入れ替わる事象がまま起こった。
より住みやすいような環境に自ら引き寄せられているのか、はたまた神のいたずらなのか、そういった事故で望まず迷い込んだ者も、希望すれば元いた世界へと帰すことができるのだ。
「う、うむ、それは余も承知しているが、本当にそのようなことが可能だと思うておるのか?」
一定の理解は示しながら、皇帝は、計画は立派だが、絵に描いた餅だとでも言いたげな様子である。
「今回は飽くまでテストのような試みで、一気に事が進むわけではないと、私も思っています。けれど……」
教皇は、これまで上がってきている報告を吟味するように微笑んだ。
「麒麟が現れた時から、こんな日が来るとわかっていたわ。世界が動く日を……」
「俺のところでも、すでに冒険者ギルドと商業ギルドから一枚かませろって、うるさくせっつかれている。あいつらは、鼻が効くからな」
「……ともかく」
どこか楽し気に話す二人の会話にはあえて乗らず、皇帝は首を振ってさっさと会話を切り上げた。
「余が、あまり賛成していないことだけは覚えておいてくれ。後日の会議の場でも、おそらく意見は変わってないと思うがな」
帝国は人口は多いが、大陸の中でもとりわけ人族が多い国である。世代の移り変わりが早い社会において、既に大昔に乖離した世界のことなど、始めからなかったことに等しいのだろう。
商業ギルドの品物の流通などについては賛成だが、とりわけ人の移動には反対という意見だけを述べて、早々に水晶から姿を消したのである。
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