幕間ーひと休みー

「わああ、すごいご馳走! それに珍しい食材もいっぱい」

「本当だ、美味しそう」


 アリスが歓声をあげて、カエデも目が輝いている。ダリルもノルと戯れながら、さすがに興味をひかれたように釘付けになっている。

 そこは、薬草畑にある小屋。もっとも、最近では増築も進み、ひと回りくらい大きくなって小屋と言うにはちょっと無理があるのだけれど。

 僕も、今ではいろいろ持ち込んでいるので、すっかり研究棟の方にはいかなくなった。この間も、全然顔を見せないとエイミに文句を言われたので、ご機嫌伺いに、新作の補助魔法の魔法陣を一つ進呈した。もっとも、まだ写生できないって相変わらず悶えてたけど。

 そして、ユアン先生には、お礼と、今回の処方の結果報告も行った。

 むろん詳細は話せなかったが、薬を使った後の経過報告はできた。古い書物ゆえ掠れていた手順の欠けている部分や、有効な追加薬剤、どのような事象が起こるか、などなどレシピにはかなりの補助ページが加えられたようだ。


 ニーナは、大きなテーブルに、所狭しと料理を並べている。パーティの時に出された料理のいくつかをお城のコックに作らせて持って来たらしい。それと、別のテーブルには、各国からのニーナ王女への献上品から、いくつかチョイスして持ってきたという特産品を並べた。


「そういえばニーナ。冒険者の登録出来たんですって?」

「そうなのよ! 聞いて、あのギルドマスターったら、書類に手違いがあったようです、ですって! しらじらしいでしょう?」

「うわぁ、嘘が下手ね」


 アリス、ニーナ、カエデが、美味しい料理に舌鼓をうちながらおしゃべりを始めた横で、僕はテーブルに所狭しと並べられた品々を眺めていた。

 見たこともない珍しい果物に、驚いたことに焼き菓子のようなものまであった。やはり、あるところにはあったんだね、お菓子。

 裕福な南の島国からの献上品には、コーヒー豆に似た香りのものまであった。焙煎処理してあるので、本当にコーヒーなんじゃないかと思う。

 もっとも、お菓子にしろコーヒーにしろ、前世にあったような洗練されたものと比べようもないが、遠い地には見たこともないものや、僕にとっては懐かしいものが色々ありそうだ。

 せっかく冒険者になったのだから、ちょっと遠出してでも、そんな未知の場所へ行ってみたい。

 ――そして、ぜったい大量に買ってこよう。

 それはともかく、チョビはいつものように好き嫌いなく何でもバクバク食べている。エドガーと並んでいると、まるで兄弟のようだ。美味しそうな食事には負けたのか、珍しくダリルも積極的に料理を物色している。

 この辺では見かけないライチのような果物があったので、相変わらず人見知りのペシュのために剥いてやろうと手を伸ばした時、僕はその横にある奇妙な黒い物体に気が付いた。

 シャンパングラスのような形の、銀製の豪華な細工がされた器に、真っ黒な艶のないごつごつした物体が乗っていたのだ。

 それはお菓子が並べられている所ではなく、乾燥した薬草や、根っこ、木の皮のようなものや、動物の部位、ツノなどといっしょに並んでいた。


「こ、これって……」

「なんだ、その黒いの。気持ち悪いな」

「……ああ、それは珍しい薬剤だって、外国のお客様から頂いて。その辺に置いてあるのは全部そうよ、リュシアンは薬の材料とか興味あるでしょ、だから」


 僕はその黒い物体を指でつまんだ。

 これも、ちゃんと加工してあるようだ……そう、これは!

 湧き上がる期待に胸を膨らませて、その匂いを嗅いで確認する。鼻孔をくすぐる懐かしい香り……僕は思わず歓喜の声を上げた。


「うわ! マジ!? これチョコレートだ」

「チョ、チョコ……レート? ってなんだ?」

「……さあ?」


 外野の声はもう耳に入ってこなかった。ともかく、まるで吸い寄せられるように、躊躇なくそれを口に運んでいた。ニーナが慌てて制止したが、もう口に入れた後だ。


「ちょっと! リュシアン、それ薬っ……て」

「………………に、苦い」


 苦いっていうか、渋いっていうか……むしろ、口が曲がる。

 これって、砂糖もミルクも入っていない。鼻を抜ける風味は、間違いなくチョコレートなだけに、ガッカリ感もひとしおだった。

 そういえば、薬剤だっていってたっけ。

 口直しに甘いお菓子を口にすると、懐かしさのあまりジタバタするほど完璧にチョコレート風味だった。惜しい、惜しいよチョコレート! なければないで考えもしなかったけど、あるとなったら諦められないのが人情だ。

 これって、どのぐらい手に入れること出来るのかな? やっぱ高価なのかなあ……ちゃんと甘いチョコレート食べたいなあ。


「ねえねえ、なによ、どうしたのよ?」

「リュシアンが、さっきから壊れてるのよ」

「……そうか、俺、割とよく見るぞ」


 黒い塊を凝視している僕に、いつの間にかみんなが集まって来た。そしてエドガーは、いつもと変わんねーぞ、と失礼なことを言っている。

 よし、チョコレートを作ったら、口に突っ込んでやる。


「ねえ、みんな。この綺麗に盛り付けられたタワーみたいのは崩していいの? 早く食べようよ」


 そんな中、ダリルとノル、チョビは、黙々と食事を続けていたが、その横でカエデがテーブルの中心にそびえる造形物を指差していた。それは、アフタヌーンティなどで使う銀製の器具の超巨大版で、マッシュポテトでコーティングされたミートローフや、ゼリーで固められたテリーヌなど、色とりどりの食材がまるでウエディングケーキのように積み上げられていたのだ。


「ああ、それはね……」


 本当のパーティでも、あれのもっと大きい物をみた。なんだろう、こっちのお祝いの席には必須のものなんだろうか。ニーナが、みんなに料理の説明をしながら皿に分配し始めたので、僕もチョコレートの器をテーブルに戻して、手伝いに行った。


「そういえばエドガーは、単位ちゃんと足りた?」

「ばっちり……というか、まあギリギリだったけどな」


 いつの間にか、今年度もあと数か月で終わろうとしている。

 かなりの欠席がかさんだエドガーは進級を危ぶまれたが、なんとか進級できそうでニーナがホッと胸をなでおろしていた。

 僕にしても、いろいろと不測の事態などもあって、勉学や課題の研究に集中して取り組めず、成績は正直あまり芳しくはなかったが、むしろ充実した日々を送ることができたと思う。

 新しい発見、新しい知識、新しい経験、どれをとっても有りえない程の収穫があったのだ。そんな新鮮な知識の数々は、自然と僕の中に遠い地への羨望のようなものを芽生えさせた。

 新天地を目指したいという漠然とした意識を目覚めさせたのだ。

 もちろん、いつかは外に飛び出すつもりではいた。もともとは身の安全のため、また自分の存在がトラブルの種になりかねないと、最終的には国を出るつもりだった。そのための冒険者への道だった。

 でも、だんだんと目的が変わって来た。

 それでも結果は同じ、冒険者として各国を回りたいし、興味はそれこそ尽きることがない。まだまだきっと、この世界には僕の知らないことがたくさんあるのだ。

 そして、もちろんあちらの世界のことも――。

 会ったことはないけれど、お祖母様の兄だという魔王様が支配する国、魔界。豊かな国だといっていたから、さぞ珍しい物がいっぱいあるだろう。

 本当に、やりたいことが山ほどあって困るくらいだ。


 とはいえ、今はこうして気の置けない仲間たちと学園生活を送るのも、きっと悪くない。

 美味しい料理を楽しそうに囲んでおしゃべりしているみんなをぐるりと見回して、僕は一言呟いた。


「うん、平和が一番」


 それを聞いたみんなが、なぜか一斉にどっと笑った。

 どうやらまわりから僕は、トラブルメーカーという認識らしい。いや、そんなことないでしょ?


 その後、僕が力いっぱい抵抗したことは言うまでもない。

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