閑話 冒険者王女
――時は少し遡り、ニーナが王宮から帰って来て少し経った頃……。
慌ただしい日々が一段落して、やっと通常の日常が戻ってきた。僕は、のんびりと花を咲かせたソティナ草を眺めながら、草むしりをしていた。
だんだんコツがわかってきて、新しく植えたものはほとんど綺麗に花をつけてくれた。ただ、採集の時期を間違うとすぐに枯れてしまうので、先ほどから保存瓶を準備して待ち構えているのだ。
「今回は、半分量を乾燥処理して効能の違いを確かめてみよう。処理の仕方は他の薬草と同じでいいのかなあ……」
「リュシアーン!」
遠くからニーナの呼ぶ声が聞こえてきた。ちょっと離れた場所から、手を振りつつこちらに走ってくる。僕が立ち上がって待っていると、息を切らしながら一緒に来てほしいと頼まれた。
「いいけど、じゃあ手伝って。そろそろソティナ草が採取可能になるから」
「もちろん手伝うけど、急いでね。学園長に呼ばれてるのよ」
「学園長? 僕、なにかしたかな?」
「ううん、呼ばれてるのは私。じゃあ、この瓶に入れればいいのね。使うのはこのナイフ?」
「そう、クラフトで昨日作った新作で、切れ味抜群だから気を付けてね」
道具の説明をしながら、身をかがめて小さなビニールハウスに入ったところで、僕は「ん?」と首を傾げた。
「……って、ニーナが呼ばれてるの? それで僕はなんで?」
「それがね、例の冒険者ギルドの件なのよ」
長身のニーナは、窮屈そうに身体を縮めてビニールハウスの手前のソティナ草を採集し始めた。それ以上奥へ入ると、うっかり立ち上がったときにハウスを壊しかねないと遠慮したのだろう。
「冒険者ギルド……?」
ニーナの話によると、冒険者ギルドの使いがやって来て、とんでもなく分厚い書簡を置いて行ったらしい。
そこまで聞いて、ようやく僕の中で一連の話が繋がった。ニーナも当然気が付いていて、真っ先に僕を呼びに来たというわけだ。
言うまでもなく、冒険者ギルドの登録をけんもほろろに断られた件だ。
広い学園の敷地内、そのほぼ中央に教養科が使っている巨大な総合教室棟がある。その一階に保健室、職員室があり、その隣に学園長室があった。
他の部屋とは、扉のデザインが違うのですぐに学園長室だとわかる。
ニーナはともかく、僕は初めての訪問だ。少なくとも、普通に学園生活を送っていれば、ほぼ来ることはない場所ではあるので、ちょっとばかり緊張してしまうのは仕方がない。
「いらっしゃい、ニーナ。リュシアン君も、ごきげんよう」
学園長のブリジットは、椅子から立ち上がって僕達を笑顔で迎えてくれた。
重厚な学園長の机の横には、簡易の応接間のようなソファーセットが置いてあり、そちらに座るようにと勧められた。僕達が腰かけると、ブリジットは机の引き出しから封書を取り出し、テーブルへと置いた。
「これがそうですの? 大叔母様」
「ええ、ギルドマスターの……どなただったかしら、ザックさん? からの謝罪と、お願いのお手紙なのですって」
それにしても分厚い。いったい何が書かれているのか、僕の想像通りの通達だとしたら、こんなにも書くことがあるとは思えないんだけど。
ニーナは、何とも言えない表情でその封を切った。
一枚目をめくり、二枚目をめくり、その表情は困った顔から、だんだんイライラしたものに変化して、それでもなんとか最後まで読んで、しまいには疲れ果てたように手紙をドンッとテーブルに置いた。
少なくとも、手紙を置いた音じゃないね。
「どうしたの? なんて?」
「……冒険者ギルドへお立ち寄りください、ですって」
「え? そ、それだけ?」
思わずポカンとなった僕に、ニーナはその手紙を手に取って渡してくれた。
学園長が伝えたように、確かに謝罪とお願いの文章だった。ただし、内容のほとんどが謝罪という名の言い訳だった。しかも、とりとめのない泣き言の繰り返しである。
そして、最後に一言、ギルドへの来訪を願い出る一文で締め括っていた。もちろん、この一文の前にも手続きがギルドでしか行えないだとか、お越しいただくことになり申し訳ないだとか、びっしりと前置きがあった。
「今更どうでもいいけれど、これってやっぱりアイツの仕業だったのかしら」
「そうね、冒険者を卑しい職業だと思っていたようですから、妻となる予定のニーナにはなって欲しくなかったのでしょう」
「勝手な人! それに、妻だなんて冗談じゃないわ」
「まあまあ、完全になくなった話なのだし、そんなに怒らないのよ」
話の流れから、どうもバートンの仕業だったらしい。変な妨害をするものだと思ったものだが、そんな理由だったとは呆れて物も言えない。
「だって、大叔母様!」
「まあまあ、いいじゃないの。父親ともども、あの子も、これから大変な人生を送ることになるわ。別に許すこともないけれど、ニーナはもう煩わされなくてもいいのよ」
「大叔母様……」
「ほら、冒険者ギルドに行くのでしょう? せっかくお許しが出たんだもの、今度は陛下がごちゃごちゃ口を出す前に、既成事実を作ってしまった方がよくってよ」
やっぱり国王様的にはあんまり賛成じゃないんだ、冒険者の王女様。当然とういえば当然だけど、学園にいる間は好きにしていいって言っちゃった手前、きっぱり反対も出来なかったってことだね。
「そうだった。お父様ったら、お披露目もしたことだし、これからは……とかなんとか言いだしたのよ。リュシアン! 早く、早く行きましょう!」
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