協力2

 思わず声に出すところだったが、これは魔界文字だった。所々、古い単語があって、僕にも読めないところはあるが、もともと魔法用語は普通に読めるので解読は可能だった。

 それら改めて確認して、先ほどユアンの言っていた事を納得した。あの材料がでたらめだと言っていた点だ。

 なぜなら……。


「あなたには、この文字に心当たりがあるようですね?」

「え……あ、いえ。呪文用語に近いので一応読めるくらいです。それで、お祖父さまはこれらの薬を作っていたのですか?」


 僕ってそんなに顔に出ちゃうかな。ちょっと反省して、誤魔化すようにすかさず質問で返した。


「いえ、祖父はこのレシピはほとんど使ってなかったようです。通常よく使うレシピは、現代の方が優秀なレシピもありますし、秘薬に分類されるレシピには不明の材料が多く、作れなかったようです」


 さもありなん、だよね。だって、この材料ってほとんどがこちらの世界では絶滅したものや、存在しないとされているものなのだ。レシピが書かれた用紙の劣化具合を見ても、すでに何百年も経過してそうだし、もしかしたらまだ二つの大陸が並んでいた頃のレシピなのかもしれない。


「……君は、不思議だね」


 レシピ集と錬成陣を睨みつけていた僕に、ユアン先生がポツリと呟いた。夢中になっていた僕は、しばらく気が付かずに、むしろ彼の視線に気が付いて「……え?」と間抜けな返答をしてしまった。


「いや、それが読めるなら遠慮なく見てくれて構わない。秘伝とされている秘薬だって、作れなければ何の役にも立たないのだからね」


 先祖代々の秘薬という重みに、まったく怯まなかった訳ではなかったが、ここはどちらかというと好奇心が競り勝った。もちろんアンソニー王子の事を忘れた訳ではない、それは第一目的だが、薬剤師見習いとしては、こういう古来の秘薬というものにロマンを覚えずにはおれないのだ。


「私は、私の判断で、君にこれを見せても構わないと決めた。だから、君は遠慮することはない。でも、さっき君も言ったように、これらをいかなる場所にも移動しない、私の許可した相手にしか話さない、そして公機関に発表しないでほしい。そして、最後に一つ……これらレシピの調合、もしくは関連の実験などの際には、できたら私も参加させてください」


 と、ユアン先生は締めくくった。

 どちらにしても、これらレシピが何らかのヒントになった場合だ。僕はひとまず頷いて、手元のノートを紐解いていくことにした。


「では先生、読ませていただきます」

「どうぞ、ごゆっくり」


 ノートをテーブルに置いて、それに向かって杓子定規にお辞儀をした僕に、ユアンは口元に手をやり小さく笑ったように見えた。お言葉に甘えて、ノート状に綴ってある表紙部分を慎重に捲った。

 なにしろ、劣化が激しくパリパリしている。乱暴に扱ったらバラバラになりかねない。

 まずは初級編として、傷薬などのレシピと等級を上げるコツ、素材の配合などが丁寧に書かれている。結構、なるほど、と思えるようなコツなどもあって、読み物としても面白い。

 魔力回復薬、マヒ解除、解毒に……万能薬まである。万能薬のレシピは、僕が覚えているのと少し違うな……現代のレシピは、たぶん今現在こちらにある素材で出来るようになっているのだろう。

 現代の万能薬は魔法に敵わないが、このレシピの万能薬は伝説の魔法級のようである。素材も、人魚の鱗とか、シレッと普通に書いてある。

 さすがに人魚は見たことないけど、獣人に麒麟、精霊だっているんだからいても不思議はないのかな。

 せっかくなので、ノートに合わせて、錬成陣のメモなんかも整頓しつつ、項目に合う場所に順に挟み込んでいった。

 先ほどまで、手前の椅子に座っていたユアンがいつの間にかいなくなっていたので顔を上げると、どうやらお茶を入れなおしてくれているようだ。気が付くと結構な時間が経っている、さすがに長居しすぎたかな。

 この続きはまた今度にしようかな、と思ったその時、スルーしかけた視線が一カ所に釘付けになった。


 ――ガタンッ!


 あまりに勢いよく立ち上がったので、椅子がガタガタと激しく揺れた。

 驚いた顔でこちらを振り向いたユアンを視界の端に捕らえながらも、僕の意識は机の上に注がれていた。


「……そ、蘇生薬!?」

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